Ep.11 カイン視点
*カイン視点
抱き寄せた少女の肩が震え始めた。
オレは、背中を撫でる手に力を入れた。
「・・・・おば・・・・ぁちゃんは、きっと、安らかに逝ったよ」
マツリが、ポツリポツリと言葉を漏らす。
「それ、は・・・・よかったと、思ってる」
彼女のオレの服を掴む手に力が篭ると同様に、オレの彼女を抱きしめる腕にも力が篭った。何故かは分からない。でも、今、ここで引き止めておかないと、きっと彼女は何かに呑みこまれてしまう、そんな気がしたから。
「で・・・・も、もう少し、一緒に、居た・・・かった・・・」
オレは黙って彼女の言葉を聞いた。
「もっと・・・甘え、とけば、よかった・・・」
それからは、嗚咽しか聞こえてこなかった。
どうして彼女は、こんなにも過酷な運命を背負ってしまったのだろうか。何故、この少女が。
やり切れない気持ちが胸の中に広がった。
今は泣けばいい。オレが、すべてを、受け止める。
「あの、じゃあ、わたし、行くね」
「もう、いいのか?」
「うん、もう大丈夫。ありがとう」
マツリは赤くなった目を擦りながら笑った。
目は赤いけれど、きっと誰も不審には思わないだろう。オレには、この世界の仕組みや世間体などわからない。けれど、彼女には泣く権利があると思う。
「ごめんね。変なとこ、見せちゃって」
最後に小さく笑いながら謝罪して、彼女はオレの元から去っていった。
少しは、役に立てただろうか。
子供相手なら、オレもうまく出来る自信はある。けれど、マツリはもう子供ではない。ルイならば、きっと慣れたように彼女を慰める事が出来るだろう。
昔から女と関わりなく育ち、剣と忠誠だけに生きてきたオレにはとても難しい技を。
マツリの後ろ姿を見送って、オレはコウヤの元へ戻ろうとやってきた道を引き返し始めた。
この世界は、オレには到底理解できない。
今まで生きてきた世界と違い過ぎる。
マツリの言っていた事は本当のことだった。実際に異世界といわれるものがあるのだと、身を持って知ることになった。
今更ながら、オレは幸運だったと思う。
コウヤと共にやってきて、元々からこの世界を知るマツリが居たのだから。
しかしどうだろう。
マツリがむこうの世界へやってきた時、彼女は一人だった。誰も知る者がおらず、彼女自身何も知りえなかった。
初めて会った時、何故彼女があそこまで取り乱していたのか、今だから分かる。
本当に、すまないことをした。
確かに不審者であった彼女を警戒するのは当然だったとしても、十代の少女に一体何が出来たというのか。
あの時、団長がマツリを受け入れた事、今は感謝するしかない。
もしもそのまま放っておいていたなら、今頃彼女は、きっと取り返しのつかない事になっていただろう。
自分は愚かだ。
何年も鍛錬を積んでいながら、小さな事にさえ気づかず、目の前の事しか考えられなかった。さらに鍛錬を積まねば、きっとオレは団長には追いつけない。
コウヤの背が見えた。
渡り廊下に腰掛けて、空を見上げている。その横顔は暗く、彼が昔よく浮かべていた表情だ。初めて、オレがコウヤと会った時、奴はいつもあんな顔をしていた。
過去を、振り返っているのだろうか。
彼自身が、今も捨てきれぬ過去を。
そんな彼に声を掛ける事など出来ず、近くにあった柱に背を預け、俺自身もまた雲に覆われた空を見上げた。
今にも雨の降りそうな曇り空は、見ているこちらの気持ちを更に落ち込ませてくれる。
こちらの世界に来て、随分経った。
団長達は無事だろうか。
ルイはきっと、オレやコウヤよりも、マツリの事を心配しているに違いない。最初はオレのようにマツリの事を警戒していた彼だったが、どこかで彼女の事を心配していたのは確かだ。そして、オレ達との間の柵が消えた今、それ以上に気に掛けている。
マツリは、ルイの妹と歳が近く、彼はどこか自分の妹とマツリを重ねていた節があった。だからこそ、マツリが夜一人で出歩く事をあまり快く思っていなかったのだ。
しかし今は少し違うような気がする。
カラナ―ルでマツリが行方不明になった時も、動揺を隠し切れていなかった。いつも不敵に笑い、絶対に本心を見せないルイがだ。
二―ルもきっと、大騒ぎをしている事だろう。
今回は、マツリだけではなく、オレやコウヤも居なくなってしまったのだから。
そう考えると、マツリは随分オレ達の中に溶け込んでいたと思う。
早く、皆の元へ帰りたい。・・・・できれば、マツリも共に。そう思うオレは、我が侭なのだろうか。




