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キセキが起きるその場所へ  作者: あかり
第三章:一時帰国と永遠の別れ
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Ep.11  カイン視点


*カイン視点


 抱き寄せた少女の肩が震え始めた。

 オレは、背中を撫でる手に力を入れた。


「・・・・おば・・・・ぁちゃんは、きっと、安らかに逝ったよ」


 マツリが、ポツリポツリと言葉を漏らす。


「それ、は・・・・よかったと、思ってる」


 彼女のオレの服を掴む手に力が篭ると同様に、オレの彼女を抱きしめる腕にも力が篭った。何故かは分からない。でも、今、ここで引き止めておかないと、きっと彼女は何かに呑みこまれてしまう、そんな気がしたから。


「で・・・・も、もう少し、一緒に、居た・・・かった・・・」


 オレは黙って彼女の言葉を聞いた。


「もっと・・・甘え、とけば、よかった・・・」


 それからは、嗚咽しか聞こえてこなかった。

 どうして彼女は、こんなにも過酷な運命を背負ってしまったのだろうか。何故、この少女が。

 やり切れない気持ちが胸の中に広がった。

 今は泣けばいい。オレが、すべてを、受け止める。


「あの、じゃあ、わたし、行くね」

「もう、いいのか?」

「うん、もう大丈夫。ありがとう」


 マツリは赤くなった目を擦りながら笑った。

 目は赤いけれど、きっと誰も不審には思わないだろう。オレには、この世界の仕組みや世間体などわからない。けれど、彼女には泣く権利があると思う。


「ごめんね。変なとこ、見せちゃって」


 最後に小さく笑いながら謝罪して、彼女はオレの元から去っていった。

 少しは、役に立てただろうか。

 子供相手なら、オレもうまく出来る自信はある。けれど、マツリはもう子供ではない。ルイならば、きっと慣れたように彼女を慰める事が出来るだろう。

 昔から女と関わりなく育ち、剣と忠誠だけに生きてきたオレにはとても難しい技を。


 マツリの後ろ姿を見送って、オレはコウヤの元へ戻ろうとやってきた道を引き返し始めた。


 この世界は、オレには到底理解できない。

 今まで生きてきた世界と違い過ぎる。


 マツリの言っていた事は本当のことだった。実際に異世界といわれるものがあるのだと、身を持って知ることになった。

 今更ながら、オレは幸運だったと思う。

 コウヤと共にやってきて、元々からこの世界を知るマツリが居たのだから。


 しかしどうだろう。

 マツリがむこうの世界へやってきた時、彼女は一人だった。誰も知る者がおらず、彼女自身何も知りえなかった。

 初めて会った時、何故彼女があそこまで取り乱していたのか、今だから分かる。

 本当に、すまないことをした。

 確かに不審者であった彼女を警戒するのは当然だったとしても、十代の少女に一体何が出来たというのか。

 あの時、団長がマツリを受け入れた事、今は感謝するしかない。

 もしもそのまま放っておいていたなら、今頃彼女は、きっと取り返しのつかない事になっていただろう。


 自分は愚かだ。

 何年も鍛錬を積んでいながら、小さな事にさえ気づかず、目の前の事しか考えられなかった。さらに鍛錬を積まねば、きっとオレは団長には追いつけない。


 コウヤの背が見えた。

 渡り廊下に腰掛けて、空を見上げている。その横顔は暗く、彼が昔よく浮かべていた表情だ。初めて、オレがコウヤと会った時、奴はいつもあんな顔をしていた。

 過去を、振り返っているのだろうか。

 彼自身が、今も捨てきれぬ過去を。

 そんな彼に声を掛ける事など出来ず、近くにあった柱に背を預け、俺自身もまた雲に覆われた空を見上げた。

 今にも雨の降りそうな曇り空は、見ているこちらの気持ちを更に落ち込ませてくれる。


 こちらの世界に来て、随分経った。

 団長達は無事だろうか。

 ルイはきっと、オレやコウヤよりも、マツリの事を心配しているに違いない。最初はオレのようにマツリの事を警戒していた彼だったが、どこかで彼女の事を心配していたのは確かだ。そして、オレ達との間の柵が消えた今、それ以上に気に掛けている。

 マツリは、ルイの妹と歳が近く、彼はどこか自分の妹とマツリを重ねていた節があった。だからこそ、マツリが夜一人で出歩く事をあまり快く思っていなかったのだ。

 しかし今は少し違うような気がする。

 カラナ―ルでマツリが行方不明になった時も、動揺を隠し切れていなかった。いつも不敵に笑い、絶対に本心を見せないルイがだ。

 二―ルもきっと、大騒ぎをしている事だろう。

 今回は、マツリだけではなく、オレやコウヤも居なくなってしまったのだから。 


 そう考えると、マツリは随分オレ達の中に溶け込んでいたと思う。

 早く、皆の元へ帰りたい。・・・・できれば、マツリも共に。そう思うオレは、我が侭なのだろうか。

 


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