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キセキが起きるその場所へ  作者: あかり
第三章:一時帰国と永遠の別れ
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Ep.9


「茉里も、すっかり逞しくなったねぇ」


 わたしは、元の世界に帰ってきてからの約一週間半、ずっとおばあちゃんの傍に居た。

 そして、これからはちゃんと自分で未来を見つける事を決めたと伝えた。それまでの経緯を出来るだけ詳しく話して聞かせた。もちろん、異世界の事は伏せてあるけど。

 すると、祖母は安心したように笑った。


「茉里がそう決心してくれた事が、真由里とタキトさんの一番の供養だよ」


 よかった。わたしの決意は、間違ってなかった。

 これで、少しはおばあちゃんの不安が取り除けたかな。

 家に帰って夜寝る時、わたしは毎晩それだけを願っていた。

 祖母が、わたしの事でこれ以上胸を痛めない事だけを願い続けていた。

 一週間を過ぎた辺りから、いつもお医者さんに呼ばれて、覚悟をしておくようにと言われていたから、それからは尚更願う事を止めなかった。

 暇さえあれば、目を瞑って祈ってる。

 別に、神様なんて信じてないけど、やっぱり人間の本能なのかな。祈らずにはいられないんだ。


「コウヤさん、カインさん」


 それから三日が過ぎたある日、祖母が傍に立っていた二人の名を呼んだ。


「「はい」」


 もちろん、コウヤさんもカインも、祖母の言ってる言葉はわからない。でも、頭の良い二人は、勘で自分達が呼ばれたのだと察したらしく、すぐにベッドのすぐ隣に立った。

 わたしは祖母のすぐ隣に腰掛けている。


「茉里、通訳を頼むよ」

「あ、うん」


 そうだった。わたししか両方の言葉をわかる人間は居ないんだ。だから、みんなの言葉を訳すのはわたしの役目。でも、やっぱり変な感じがするんだよなぁ。

 だって、わたしはどっちも日本語を話してる気分だから。


「お二人には、本当に感謝しています」

『お二人には、本当に感謝しています』


 忠実に訳すために、まったく同じ事をコウヤさん達に繋げる。


「茉里が、ここまで帰ってこられたのも、お二人のおかげ」

『茉里が、ここまで帰ってこられたのも、お二人のおかげ』


 おばあちゃん、何が言いたいんだろう。


「これからも、この子が迷惑をかけるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」

『これからも、この子が迷惑をかけるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします』


 ・・・・本当に、何を言いたいんだろう。

 コウヤさん達も、ちょっと戸惑っているような表情を浮かべはじめた。あ、でもコウヤさんの顔はそんなに変わってないけど。あくまでも雰囲気で。


「茉里の事をどうぞよろしく。・・・・これが、ワタシの人生で最後の頼みですから」

『茉里の事をどうぞよろしく。これが、ワタシの人生で最後の頼みですから・・・・って、おばあちゃん?」


 いきなり何を言い出すんだ。

 それじゃあまるで。

 わたしはとりあえず冷静を装っておばあちゃんの手を握って会話を止めようとした。でも、祖母は言葉を続けた。


「あの場所はきっと、茉里に過酷な試練を与えるでしょう。・・・彼女の母が、そうであったように。けれど、どうか、この子を、茉里を守ってやってください」

『・・・・あ、あの場所はきっと、マツリに過酷な試練を与えるでしょう。・・・・・彼女の母が、そうであったように。けれど、どうか、この子を、マツリを守ってやってください・・・・・』


 言葉を続けるごとに、意味がわからなくなってきた。 

 なんで、お母さんが出てくるの。・・・あの場所って、どこ?

 まさか、彼女は。


「ねぇ、おばあちゃん、あの場所って、何?」


 でも、彼女は答えてくれなかった。

 ただ微笑むだけで、もう、それ以上は口を開かなかった。

 それから、深く頭を下げた。

 コウヤさんとカインに向かって。

 コウヤさんもカインも、良く分かっていないながらも同時に頭を下げた。もちろん、祖母に向かって。


「・・・・・・」


 わたしはただ、黙ってその様子を見ているしかなかった。

 おばあちゃんが、今度はわたしを見た。

 彼女のその強い視線に、動きが止まった。


「茉里、お前は、自分の好きなように生きるんだよ」

「・・・・」

「もしも、何かに迷った時は、自分の決めた道をまっすぐに進む事。周りが何と言ってもいい。自分の守りたいものを守る。その強さが、茉里の中にはあるんだ。しっかり前を見て、生きなさい」

「おばあちゃん・・・」

「それでこそ、茉里さ。真由里とタキトさんのたった一つの宝で・・・・ワタシの、大切な、自慢の孫だよ」

「・・・・・・」


 何も、言い返す言葉がなかった。


●  ●  ●  ●  ●  ●  ●  


「マツリさん、何か、隠していますね」 


 病院を出て、家に帰ったすぐ後に、コウヤさんが感情の読めない声で問いただしてきた。場所はリビング。カインもその隣にあぐらを掻きながら、でも厳しい視線を送ってくる。わたしは一人ソファーに座ったまま彼らの視線を受け止めていた。


「・・・人生最後って、どういう、意味だ」


 誰だって、祖母のあの言動を見れば疑問に思うだろう。

 もう、隠せないな。

 わたしはそう判断して、二人に本当の事を伝える。


「・・・おばあちゃん、もう、長くはないって」

「「・・・・・」」


 二人共、何も言わなかったし、かといって驚きもしなかった。

 薄々感じていたんだろう。あんなに弱っていたら、誰だってわかる。


「後、どれくらいだと」


 コウヤさんが聞いてくる。

 この一週間と少しの間、彼らは本当に祖母に気を使ってくれた。言葉を通じなくても、他の方法で祖母を楽しませてくれてた。

 そんな彼らだからこそ、やっぱり心配してくれたんだろう。

 わたしの事もあるだろうけど、何より祖母自身を。


「わたしが帰って来て初めて病院に行った時は、お医者様に、後・・・二週間ぐらいって」

「に、二週間!?」


 カインがここで目を見開いた。


「もうすぐ二週間だぞ!」


 わかってるよ。わかってるから、最近じゃもう、全然眠れないんだよ。

 怖くて、少しでも目を瞑れば、おばあちゃんが白い布に覆われてる映像が浮かび上がってくるの。だから、気を紛らわすために、自分を安心させるために、祈っている。


「マツリさん・・・」


 コウヤさんの手が、頭に乗った。彼は、気づいていたのかもしれない。わたしが、どれだけ夜、心細い思いをしているのか。

 昨日も、夜寝る前にホットココアを作ってくれた。


 その時、電話が鳴った。


 わたし達の動きが一斉に止まる。

 電話は鳴りつづける。その電話の音が、今日は違って聞こえた。

 なんか、嫌だ。取りたくない。


「マツリさん」


 心は嫌だと悲鳴を上げてるのに、コウヤさんの一言で、わたしの体はすぐに動いた。習慣のせいか、すぐに電話をとって、その電話口に耳を当てた。


「相良さん!いますぐ病院までお越しくださいっ、志乃さんが・・・っ」


 聞こえてきたのは、祖母の担当をしている看護婦さんの声。



 ・・・・・・おばあちゃんが、何?

 


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