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キセキが起きるその場所へ  作者: あかり
第三章:一時帰国と永遠の別れ
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Ep.8


「じゃあ、くれぐれも、モノとか壊さないように」

「・・・・わかった」

「コウヤさん、よろしくお願いしますね」

「はい」


 大学に向かうため、わたしは玄関で靴を履き替えていた。

 コウヤさんもカインも、わたしを見送るために傍にいる。最後にもう一度、カインに釘をさすように同じ事を繰り返せば、苦々しい顔付きながらもちゃんと了承の意を示してくれた。コウヤさんも神妙な顔付きで頷く。

 さっき、家電用品の説明はしておいたし、コウヤさんも居るから、きっと大丈夫だろう。そう、信じたい。

 まだ不安は消えないけれど、彼らを連れて大学に行くのも憚れるので、仕方ないな。


「じゃあ、行ってきます」

「はい、お気をつけて」

「あぁ」


 こうしてわたしは、約二ヶ月ぶりになる大学講座へと向かった。


●  ●  ●  ●  ●  ●  ●

 

「一ヶ月、以上、ですか」

「あぁ、ほぼ二ヶ月だ。・・・まったく、どこをほっつき歩いていた」

「いや、別に、遊んでたわけじゃ」 

「じゃあどこに行っていた」

「・・・・ちょっと、遠出に」

「どこ」

「企業秘密で・・・」


 とある室内で、わたしは縮こまったまま目の前の教授の説教を聞いていた。


「お前は、別に優秀でもなんでもない。なのに、出席日数まで足りなくて留年にでもなったらどうするつもりだ。・・・・お偉いさん達を黙らすにも限度があるんだぞ」

「そんな、大袈裟な」

「自分の頭を考えてモノを言え」

「・・・・」


 教授は長い前髪を掻き揚げて、見せつけるように盛大な溜息をついて見せた。

 うぐ、これはなんだ。わたしに対するあてつけか。


「お前はなぁ」


 ここまで会話をもし他の生徒が聞いていたならば、きっと不審に思ったに違いない。それはそうだ。わたし達の周りの雰囲気は、決して甘くはないが、それでもただの教授と一人の生徒というわけでもないから。


「兄貴も、心配してたぞ」

「・・・う・・・今朝、電話は貰いました」


 ちょっと痛い一言を貰って、わたしは素直に負けを認めるしかない。

 彼は大音寺稔みのる教授。わたしが今朝電話越しで会話をした大音字透さんの弟さんだ。

 他の人と比べ物にならないほど頭がすごく良い彼は、若いながらに大学の教授を務めていた。あれだ、人脈の効果もあったんだろう。

 その彼の勤める大学に入学したわたしは、まぁ、昔馴染みと言うことで彼には目を掛けてもらっていた。

 だから今も、厳しい説教をされているんだ。 

 コウヤさんとは違う意味で、お兄ちゃんみたいな人。


「志乃さん、退院する予定は」


 透さんからの電話という言葉に、稔さんはわたしのおばあちゃんの事を思い出したようだ。

 わたしが居ない間、いつも彼女の身の回りの世話を行ってくれていたのは、他ならぬ彼。感謝しても仕切れない。


「当分は、無理だろうと」

「そうか」

「・・・・」

「そんなに気を落とすな。お前は、志乃さんを安心させるためにも、ちゃんと大学を卒業しろ」

「はい」


 そうやって、すぐに勉強に繋げる辺り、彼は頭の良い優等生なんだと思い返す。

 大音字家は透さん、稔さん、そしてたけるくんの三人兄弟で、その中でも稔さんはいつも勉強をしていたと記憶に残っている。彼らの中で比較的歳が近かった武くんとは良く遊んだなぁ。もう何年も会ってないけど、彼ももう二十代後半にはなっているはず。

 奥さんと仲良くやってるかな。


「武くん、元気ですか?」

「ん?・・・・・あぁ、もうすぐ次女が生まれるそうだ」

「へぇ」


 武くんは国際結婚をして、今はアメリカに住んでいる。奥さんは金髪のすっごく綺麗な人で、結婚してすぐに生まれた長女もすごくかわいかった。

 そうか、次の子も生まれるのか。

 そこまで考えて、わたしはふと疑問に思った事があった。

 自分の机の上で、なにやら書類の整理をしている稔さんに視点を定めて思い切って聞いてみる。


「一番下の武くんはもう結婚して二人目の子も生まれるのに、なんでみ・・・大音字教授も透さんも結婚しないんですか?」

「・・・・・・」


 わたしの言葉と同時に、稔さんの両脇を占めていたたくさんの書類が、津波のように彼の手元に流れていった。彼の腕が書類の束に当たったせいだ。


「・・・・あの、大丈夫、ですか?」


 腕くらいまで書類の波に呑まれてしまった稔さんが心配になって、声を掛けてみる。

 なんだか、悪い質問でもしちゃったのかな。だって、すごく疑問に思ってしまったんだから仕方がないじゃないか。


「いや、別に、これくらい」


 そう言いながら、稔さんは非常にぎこちない動作で書類を直し始めた。

 一部非のあるわたしもそれを手伝う。

 すべてが終わった後、稔さんが非常に複雑な表情をしたままわたしを見つめて、その後小さく溜息をついた。


「えーと・・」

「いいか、大人にはな色々あるんだよ」

「・・・・」

「それはだ、本人にもどうしていいのかわからないものもあるんだ。だから、絶対に、兄貴にもその質問はするな。いいな」

「は、はい」


 なんか真剣な彼の表情に呑みこまれて、わたしは頷いた。

 大人の事情・・・・。サンジュ父さんが時々するあの表情も、そんなモノが含まれているんだろうな。

 よし、今度からはあんまり触れないどこ。それが大人の付き合いってやつだ。


「じゃあ、明日からはちゃんと講座に来いよ。学校には俺から話しておく」

「よろしくお願いします」


 こういう時、彼が大学の教授でよかったと思う。

 大学から出て、病院に向かう途中、わたしはそう思った。

 昔からの性質のせいで、特別仲の良い友達が居なかったわたしは、大学に戻ってもそんなに驚かれたりはしなかった。

 ただ付き合いで、よくお昼を食べたり遊びに行っていた友人達には、少し心配された。それが素直に嬉しいと感じる事が出来るのも、すべてあの世界で過ごしたおかげだ。

 これからは、ちゃんと心から人に向き合っていきたいと思うから。

 こっちから言葉を伝えないと、相手も絶対答えてくれないもんね。

 


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