Ep.3
「・・・・す・・・・・か」
「し・・・・・・で・・・」
「・・・・・だ・・・・・・」
妙な暖かさと心地よい揺れの中で、わたしの意識は浮上した。
そんなに遠くない所から、人の声が聞こえる。
今の状況を確認しようと目を開いた先にあったのは、灰色のフサフサとした・・・・毛、と鋭い牙を除かせた犬の顔。
「・・・・・・」
この短期間で、本当にずいぶんと色々な事を体験しているなぁ、と妙に感慨深くなる。
いつものように変な事を考えて現実逃避をする事約数十秒。
「ぎゃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
人間の範疇を越えた素晴らしい速さと動作で、わたしは目の前のフサフサから飛び退いた。けれど、次の瞬間また別のモノに足を取られ、今度は仰向きに転ぶ。
頭を地面で強かに打ち、痛さで涙目になりながらそれでも状況を確認しなければと目を開く。
目の前にあったのは、白目を剥いた男の顔。
「・・・・・・・・・・・もぅ・・やだぁぁぁぁぁぁぁ」
ここでも、わたしは、素晴らしい瞬発力を駆使して飛び起きると、今自分がどこに居るのかも確認せずに、駈け出そうとした。
今は、とりあえずここから出たかった。今なら、全てを放り出してどこかへ行けるような気がした。そう、まるで、空も飛べるような。
「落ちるぞ」
走り出そうとしたわたしの背中に声がかかった。
かなり太い、聞いた者をすぐに従わせてしまうような低い声だった。
この声は、よく考えればどこかで聞いた事がある。
振り向けば、声の主がどこか面白いモノを発見したいたずらっ子のような表情でわたしを見て居る事に気づいた。忘れはしない。先ほどわたしをあっさり見放そうとしたKYの大柄のおっさんだ。無精ひげを生やした、小憎たらしいおっさん。
ようやく冷静になったわたしは、そこでようやく気がついた事があった。
今、自分が荷台の中に居る事と、周りに居る人々(一匹を含む)の視線を一身に集めている事。
その荷台がゆっくりとしかし人間の歩く倍以上のスピードで動いている事。今ここで、ここから降りれば、軽い怪我だけでは済まない。それに、先ほど躓いたのは、荷台に積み上げられた男の中の一人で、先ほど見て悲鳴をあげたのも、白目を剥いた男の一人だった。
フワフワの毛の正体は狼のようで、動物としてはとても珍しくらい静かな瞳で、わたしを見つめていた。
誰も、わたしに襲い掛かってくる様子は見当たらなかった。
冷静に考えれば、別に逃げ出す必要だって、あんなに慌てふためく要素すらどこにもないようだ。
「馬鹿だな」
大柄の男の一言に、わたしは反論の余地もないまま、その場に座り込んだ。
● ● ● ● ● ●
「・・・・・で、あんたは何もんだ?」
図体のでかいおっさんが無遠慮にこちらをじろじろを見てくる。ずいぶんを失礼な態度だな。こちらは、仮にもお年頃の娘というのに。・・・・・言ってて虚しくなったので、これ以上は言うのは止めよう。
わたしは、倒れた男達の積んである場所から一番離れた荷台の隅っこに正座をして、大柄男の率いていると思われる男性達と正面から向き合っていた。
ちなみに、今荷台を動かしているのは、濃茶色のウェーブ長髪のなんかセンスの良い帽子を被った人と、深緑の短髪の人だ。さっきちらりとこちらを向いた気がしたが、顔まではよく見えなかった。ただし、体形や先の出来事から男である事は間違いない。
そして、他もみんな男。狼の性別はわからないけれど、それでも男ばかりなわけだ。
いや、一人例外が居た。それは、先ほどから、好奇心に溢れた瞳を輝かせてわたしを観察してくる、灰色の髪の男の子。推定七、八歳か。彼は、一応医学的には男に分類されるのだろうが、わたしの中ではされない。とりあえず、可愛らしい子供、とだけ言っておく。
「見かけない衣服を纏っていますね」
大男の隣に座っていた長髪黒髪の男が、抑揚に乏しい声音で痛い所をしてきた。先ほどのKYに続く失礼な奴として、わたしの中にはインプットされている。
ちなみに、今の私は、スキニ―のデニムパンツに黄色のロングカーディガン、中に白いシャツという、いまどきの服装に身を包んでいた。いたって普通の服装だ。
こちらも思っていることをきちんと言わせて頂こう。
「・・・わたしにとっては、あなた方の着ている服の方が見慣れないんですけど・・・」
皆、揃いも揃って薄い茶色のマントを羽織っていた。しかもフード付き。その中は、今はよくわからないけれど、それでも現代の日本では絶対に見かけない類の服装だ。あれだ、映画の中やアニメの中で、よく旅をする人達が着ているようなもの。コスプレなら・・・・・わからないでもないけれど。
こんなごついおじさんや、無表情のお兄さんがそんな事するなんて、シャレにならないから。本当に。
「・・・・でも、もしほんとだったらヤダ・・・」
「あぁ?」
「っ!」
大男のおっさんが、睨みを効かしてわたしを威嚇してきた。その中になんだか冗談では済まされないような雰囲気が込められていた気がして、思わず肩が跳ねた。おっかないぞ。
「団長、そんなに威嚇しては、彼女も言いたい事すら言えなくなりますって」
金色っぽい長髪の男性が苦笑いをしながらおっさんを諌めてくれた。
あぁ、なんか輝いて見える。
二枚目のそのお兄さんがおっさんを諌めた後、こちらを向く。その美し過ぎる顔には、やさしげな笑顔が浮かんでいる。
彼は、少しは話がわかる人かもしれない。他の人よりは。
二枚目のお兄さんがわたしを見据えたまま口を開く。
「君は、一体何者だい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ひっ」
前語撤回。この二枚目の兄さんの方が、さっきの親父より断然おっかない。やばい、心臓が止まったかと思った。
綺麗なお兄さんの声は、とんでもなく無機質で、なのに地を這うような空恐ろしいものだった。そんなやさしげな顔を持つ体のどこからそんな声が・・・・・・。しかも、その声と笑顔がマッチしたと思った途端、背中を何かすごく嫌なものが走り抜けたような気もした。それに、眼が光らなかったか、今。とにかく、この兄さんはヤバイ、色んな意味で。
一番、お近づきになりたくないタイプだ。
背中を走りぬけた何かのせいで、瞬きすら出来なくなったわたしを見て、大男が呆れたような顔をして、ヤバイお兄さんを見た。その隣で、黒髪の兄さんが溜息をつく。
「お前の方がおっかねぇよ。・・・ほら見ろ、固まったまま動かなくなっちまった」
大きいおっさんが少し哀れみを込めた目でわたしを見てくる。あぁ、彼も餌食になった事があるのだろうか。
少し仲間意識が芽生えそうになった。いかん、相手はKYでかわいげのないおっさんだぞ。
馬鹿な事を考える余裕はあっても、わたしの体は今だ動かない。
そんな私の前に、男の子が歩み寄って来た。
「お姉さん、名前なんていうの?」
ようやく。・・・・ようやく、まともかつ具体的な質問をしてくれた天使が舞い降りてきました。ごめんよ、さっきまで子供としか思ってなくて。
今、私の中で決まった。・・・・・君が一番良い男だよ。




