Ep.6
「マツリさん、今日はもう、お休みになられた方が・・・・」
いつまでも病院に居るわけにはいかないから、夜は家に戻ってきた。
食事を作るわたしの隣で、手伝いをしてくれていたコウヤさんが、気遣わしげに声を掛けてきてくれた。
「・・・大丈夫。二人も、お腹減ってるでしょ?すぐにご飯できるから」
「・・・あぁ」
リビングのテーブルセッティングをしてくれているカインが、ひどく居心地が悪そうに返事を返してきた。スプーンを並べながら、時々何かを言いたそうにわたしを見てきて、でも何も言わずに視線を逸らす。
二人に、祖母の寿命の事は言っていない。
言うのは躊躇われた。言ってしまえば、それが言霊になってしまいそうで、怖かったんだ。
すごく馬鹿みたいだ。
いつもは、そんな事気にしないで、なんでもズケズケというくせに、都合がいい時だけ、天に祈る。そんな自分が、ひどく滑稽に思えた。
「はい、出来ました」
そんなドロドロの心は胸の奥に仕舞って、わたしは笑顔でコウヤさんとカインに夕飯が出来た事を告げた。
今日のメニューは、クリームスパゲティー。
いきなり和食を出されても困るだろうから、どちらかといえばむこうの世界に似た味の物を作ってみた。
これだったら、スプーンとフォークで食べられる。
「マツリ、これはなんだ?」
スパゲティーを盛った三つの皿をテーブルに運ぶと、カインが尋ねてきた。
彼の方を見れば、カインの視線はテーブルの前にあるテレビに釘付け。
「・・・・あ」
異世界で過ごした時間が長かったせいか、すっかりテレビの存在を忘れてしまっていた。むこうに行く前は、パソコンや携帯、テレビがなければ絶対生きていけないと思っていたのに、いつのまにか、それらがない事の方が普通になっていたみたい。
それは一重に、むこうで過ごしていた日々が充実していたからだ。
「これは、テレビっていって」
わたしはリモコンで電源を入れた。
「うぉっ」
「!」
テレビ画面に、いきなり大勢の人々が映った事に驚いたんだろう。二人共肩を震わせて驚いていた。いつもは冷静なコウヤさんでも、今回ばかりは少し違う。
まぁ、さすがに驚くよな。
「どうなってるんだ?なんで、こんな箱の中に人が居るんだ?」
カインが、子供みたいな疑問をぶつけてきた。
それでも、しっかりスパゲティーを食べてくれているのは、味を気に入ってくれたと解釈してもいいよね。二人の口に合うように、調味料も比較的抑えて作った。
ちなみに、キッチンにあっためずらしい調味料の数々に興味を持っていたのはコウヤさん。本当に、いい旦那さんになるよ。
リビングにある電気器具より、キッチンの食材や調味料に興味を持つんだもん。
「別に、人が入ってるわけじゃないよ」
さて、どう説明しようか。
カイン達が、電気の仕組みを知ってるはずもないし、ましてや光の性質について懇々と語るわけにもいかない。わたしだって、そんなに詳しくはないんだし。
「うーんとね、まぁ、早い話、画面が合って、そこに色々映し出されてるって感じかな」
丁度ご飯を食べ終わったので、わたしがテレビに近づいてその画面をさわり、そこが平らである事を証明した。
続いて食べ終わったカインが、興味深そうに画面に触れた。
ここで恐れを見せないのは、いくつもの修羅場を乗り越えてきた人間だからか。
「どうなってるんだ?」
「知らない」
正直に言えば、変な沈黙が降りた。
そんな中、コウヤさんの夕食を食べる音だけが響く。
ほんとの事なんだから、仕方ないでしょ。
二人には祖母の使っていた部屋に二つ布団を敷いて、そこに寝てもらう事にした。
その際にも、二人は物珍しそうにわたしの布団を敷く様子を見てた。
むこうではベッドが主流みたいだし、移動車の中でもソファーの上やハンモックの上で寝てたから、こうやって床で寝ることは珍しいんだろうな。
わたしとしては、布団で寝てみたいと思わないこともない。・・・どうしようかな、部屋に布団持って行こうかな。
今更ながら、日本に住んでいるのに、和の心を全然理解していなかった事に気づいた。
「これは、こんな風に寝るわけです」
布団の中に入って、どうやって使うか説明した。
あ、眠くなってきた・・・・。
「おい、ここで寝るな」
思っているだけではなく、事実眠りそうになっていたらしい。
カインに体を揺すられて、仕方なく目を開けた。
コウヤさんもカインも、パジャマに着替えていた。どちらも、お客さん用に置いていたものだ。
使う事は滅多にないけれど。使うとすれば、わたしと祖母がよくお世話になっている大音字透さんやその弟が泊まりに来る時くらいだ。
彼らは、母の昔からの幼なじみで、両親が亡くなってからは何かとお世話になっていた。祖母と大音字さんの両親が仲良かった事も要因の一つみたいだ。やっぱり、女性二人だけの生活には何かと不自由が出るので、彼らの存在は大きな助けになっている。
歳の頃は、多分サンジュ父さんより少し歳上くらい。お母さんと同い年だから。
仕事も出来るし、結構なダンディな彼は未だ独身。勿体無いと思うんだよなぁ。誰かいい人居ないのかな。なんて、大音字さんに会うたびに思っていた。
小さい頃も、父が居ないわたしに父親代わりで接してくれた人でもある。・・・そのすぐ下の弟も、わたしにとって歳の離れた兄みたいなものだった。
頑なに両親の死を自分のせいだと責めつづけていたわたしには、それは迷惑以外の何物でもなかったけれど、今は違う。
彼らにも、後で電話をして、ちゃんと話をしようと思った。
「マツリさん、明日もおばあ様の元へ行かれるんですね」
「・・・・うん。でも、先にちょっと大学の方へ行かないと」
出席日数が足りてるか不安だから、ちゃんと確認に行かないと。
「じゃあ、オレ達はどうしたら」
「大学に行ってる時は、家で待っててもらえるかな。病院に行く時は、一緒に行けるけど」
「私達も、まだ慣れてませんし、そちらの方がいいでしょう」
やっぱり、すごい変な感じだ。
布団の上で、コウヤさんとカインとこんな風に話しているなんて。しかもみんなパジャマ着てるから。詳しく説明すると、コウヤさんは深緑と黒のボーダーのシックな模様。カインは青のスプライト。似合っているような、似合っていないような、微妙な感じ。
さっき隠れて写真をとったのは当然。
「じゃあ、朝はまた起こすから、それまで寝てていいよ」
「はい。そうさせて頂きます」
「悪いな」
「ううん」
お休みのあいさつをして、わたしは部屋を出た。
二人には、ちゃんと休息を取っておいて貰わないと。初めての事ばかりで、大変だっただろうから。
一方のわたしは、すぐに寝る気にもなれず、ベランダに出てみた。
季節は夏と秋の境目だから、夜は結構過ごし易い。寒くもないし、暑くもない。
ここにも若干のずれがあった。むこうの世界は真夏なのに、こっちはもう秋になろうとしている。やっぱり、違う世界なんだ。
「・・・・」
マンションのベランダからは、町の様子が見下ろせた。
町の明り、車の明りがこんなに明るいものなんて知らなかった。都会の夜も、全然静かなんかじゃない。空だって曇っていて、星も良く見えない。
むこうの世界では、ありえない光景だ。
でも、都会を照らす明りは綺麗だと思う。夜が静かじゃなくても、その騒がしさが、寂しさを紛らわせてくれそう。
どちらの世界も、素敵なところはある。
その良さを感じられるわたしは幸せ者なのだと思うけど、今日だけは、そうは思えなかった。
『祖母の余命は、後二週間』
その言葉が心に圧し掛かっている間は、きっと、余裕を感じる事なんて到底出来やしない。




