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キセキが起きるその場所へ  作者: あかり
第三章:一時帰国と永遠の別れ
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Ep.5


 タクシーは、ほどなくして病院の前までやってきた。

 正面玄関の前でタクシーから降りて、コウヤさん達と一緒に受け付けに行った。 

 そこで、祖母の身内である事と彼女の病室を聞く。

 すぐに看護婦さんに案内されて、病院とは違う棟にある入院患者専用の場所へ向かった。

 

 病室の前に立って、軽く息を吐いた。

 心臓がバクバクいってる。前に山賊に襲われた時に感じた時とは違う緊張が走った。


「マツリ」


 カインが肩に手を乗せてくる。

 近くで人肌を感じて、少し落ち着いた。こういう不安に苛まれている時、人が傍に居るんだと実感すると、すごく安心する。

 意を決して、わたしは病室の扉を開いた。


「・・・・おばあちゃん」


 病室の中はベッドしかなく、とても殺風景だった。

 その中で、祖母は静かに佇んでいた。ベッドの上に上半身を起こした状態で座り、ただ黙って外を見つめている。


 ―――それは、胸の熱さと痛さを感じ取った時に脳裏に過ぎった光景と、まったく同じだった。


 ふっくらしていた頬はすっかり痩せこけていて、病気なんだということが一目でわかった。

 本当はここで、わたしはひどくショックを受けなければいけなかったんだろう。いや、受けたはずだ。

 でも、今は違う。

 夢でしか会えなかった祖母が今、目の前に存在する。あれだけ会いたいと思っていた彼女の元にようやく帰って来られた。

 わたしはその事で胸がいっぱいになっていた。


「茉・・・里、かい?」


 ようやく病室の入口に立っていたわたしに気がついたのだろう。

 おばあちゃんが、その瞳をこれ以上にないくらいに大きくしてわたしを凝視してきた。


「・・・っ」


 この気持ちを、なんていえばいいのだろう。

 言い切れない気持ちが溢れ出して、でも、それは言葉に出来なくて。

 

「おばあちゃんっ!!」


 溢れる涙を隠す事もしないまま、わたしは祖母の胸の中に飛び込んだ。

 ベッドに座っている祖母の膝に頭を置いて、ただ泣いた。

「おばあちゃん、おばあちゃん」

 馬鹿の一つ憶えのように、彼女を呼び続ける。

 わたしのいきなりの行動に驚いていたであろう祖母は、けれどすぐにわたしの頭を撫でてくれた。


「帰って来て、くれたんだねぇ。・・・・真由里の時のように」


 その時祖母が呟いたその言葉は、わたしには聞こえなかった。



●  ●  ●  ●  ●  ●  ●


 感動の再会を果たした後、わたしは祖母に、コウヤさんとカインを紹介した。

 カインが帽子を取った時、祖母は一瞬驚いたような顔をした。きっと彼の髪の色に吃驚したに違いない。けれど、深くは追求してこなかった。


 そこで、わたしは一つの発見をした。

 それは、カイン達が日本語を理解できないということ。

 祖母の言った言葉も、理解していないようで、ただ沈黙を貫き通していた。でも、彼らはわたしの話している言葉はわかる。

 どういうことだろう。

 わたしは、自分が日本語を話していると思っていた。現に、前に英語を喋った時は、誰も理解できなかったし。でも、祖母の喋る日本語を、二人は理解できなかった。


 わたしが喋っているのは、日本語じゃないのだろうか。


 身も知らぬ男二人を、祖母は暖かく受け入れてくれた。

 わたしの家に泊まることを勧めてくれたのも彼女だ。ここでも、疑問を憶えた。例え、生きてきた年代が違ったとしても、初対面の人を年頃の孫娘と一緒に家に泊める事を許すほど、祖母は甘い考えを持っているわけではない。その証拠に、いつも夜帰りが遅くなる時は、必ず連絡を入れるように耳にタコが出来るほど言われてきた。


 その疑問をぶつけた時、おばあちゃんは笑った。


「この人達は、信用してもいい人達なんだろう?」


 彼女が何を思ってそう言ったのか、この時のわたしにはわからなかった。


 それから、わたしは祖母の担当医に呼ばれ、席を外した。 

 残された三人は、お互い言葉がわからないため、どうなるか心配だったけれど、空気が悪くなることはないだろう。コウヤさんが居るし、なによりおばあちゃんが居るから。

 


 担当医は、わたしがきちんとした身内だと知った時、すごく安心した表情をした。

 それはそうだ。

 おばあちゃんに近しい身内は居ないから、病気の進行状態の説明を受ける人が他に居なかったんだ。わたしが唯一の血縁者。

 そんなわたしも、まだ未成年ではある。

 けれど他に家族が居ないから、やむを得なくわたしが担当医の説明を受ける事になった。


「厳しいことを言うようですが、もう、長くはないでしょう」


 医者は、一つのレントゲンを掲げてはっきりそう言った。


「癌ですね」

「・・・・・」


 テレビでしか聞いた事のなかったその病名に、わたしは何も言い返す言葉がなかった。否、何を言えばいいのか、考える事さえ出来なかったのかもしれない。 

 そんなわたしを見つめながら、医者は話を続けた。


「あなたのおばあ様は、もう若くはない。もしここで手術をしたとしても、彼女の体が持つかどうか。・・・仮に成功したとしても、彼女の命の長さに変わりはないでしょう」

「・・・・助かる、見込みは・・・ない、と?」


 自分の意志とは関係なしに、口から漏れた言葉は震えていた。

 医者は小さく首を振った。


「志乃さんは、ご自分でもわかっておられるようです。もう、何もせずに、自然に逝きたいと仰られていました。・・・・ただ、孫であるあなたの事が心残りだと」

「・・・・・」


 祖母は、もうたくさん辛い目に合ってきた。

 昔からよく、「若い頃に苦労して、年老いてから楽をする事が一番いい」というけれど、祖母は若い時に苦労して、そして年老いてからも苦労していた。もう、いい加減疲れてきたのかもしれない。

 そんな彼女を楽にしてあげられないのは、彼女がわたしを心配しているから。

 まだ若い、祖母意外に頼る人が居ない孫娘が居るから。

 なんだか、ひどく申し訳ない気持ちになった。


「・・・手術をして、直る見込みは」

「非常に低いかと」

「じゃあ、このまま何もせずに居ると、後どのくらい持つんですか?」

「二週間が、限度かと」

「・・・・そっ・・・そんなに短いんですか!?」


 医者に告げられたあまりに短く祖母の寿命に、わたしは思わず声を荒げた。

 ようやく戻って来れたのに、ようやく、ちゃんと向き合えると思ったのに。その期間が、二週間なんて、あまりに短すぎる。

 担当医の年配の男性は、すごく痛ましそうな目でわたしを見てきた。


「発見が、遅れてしまったためです。癌はかなり進行していて、我々にも止める術は・・・・」

「・・・・」

 力なく、椅子に凭れ掛かる。

「覚悟は、されておいてください」


 医師はそう言って出て行った。

 残されたわたしは、医師の残した言葉を心の中で繰り返しながら、ただ呆然と椅子に座り続けるしかなかった。



病気に関しては、お話の都合上こうなりました。あり得ない設定かもしれませんが、作者の創作ですのでご了承ください。

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