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キセキが起きるその場所へ  作者: あかり
第三章:一時帰国と永遠の別れ
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Ep.2


 しばらく話し合いらしき事をしている大人達を見ていたけど、正直ある程度の時間が過ぎると人間って色んな事に飽きてくる。

 例に漏れず飽きてきてしまったわたしは、未だ熱心に魚を観察している二―ルくんとセピアを残して、川の流れに沿って歩き始めた。

 風の流れに従って、マントが大きく翻り、優しい風が頬を打つ。

 隣を流れる川も、太陽の日差しに反射して所々眩しいぐらいに輝いている。反対側の森の木々たちも、風の動きのままに枝を揺らしていて、そのざわめきがどこか歌を歌っているように聞こえた。

 現在の日本で、こんな風に自然を間近で感じる事なんてまずありえないかったから、すごく新鮮に感じられる。

 こんなのんびりとした日も、やっぱり必要だな。


「んーっ」


 大きく背伸びをして、深呼吸をしてみた。

 あぁ、新鮮な空気はおいしい。

 そんな感じでのんびりしてたものだから、わたしは誰かが背後に忍び寄ってきた事さえも、まったく気がつかなかった。

 いきなり後ろから手が伸びてきて、口を塞がれた。


「っ!?」


 手袋で覆われたその手は、それでも骨ばっている感じがして、男のモノだとわかる。

 片方の手がわたしの口を、そしてもう片方が腰に回る。 


「~~っ」


 鼻まで塞がれてしまったから、息も出来なくなってくる。

 わたしは必死でその男の手を掴み、口元から離そうと躍起になった。どんどん、体の中にある酸素が抜けていく。

 それに伴い、意識が朦朧としてきた。周りの景色がぼやけていく。

 もしかしたら、こいつはわたしを気絶させる目的なのか。

 でも、それにしてはおかしい。こんな風に抵抗される事がわかっているなら、元から眠り薬でも含ませた布を嗅がせるのが一番いいはずだ。もしも、目的がわたしなら。

 そんな事、ありえないとわかっていても。

 口を覆っている手さえ外せれば、助けを呼ぶ事も出来たのに、その手が意外に頑丈でびくともしない。わたしの体から、どんどん力が抜けていく。

 男は、わたしの抵抗が弱まった事を確認して、森の中に戻ろうとわたしを腕に抱えたまま歩き出した。


 けれど、そこで突然、背中に衝撃が走る。


 わたしは男に、背後から覆い被さられていたので、この衝撃が男の背中から来たのだとわかった。

 その直後、一瞬だけ意識が覚醒して、体の動くがままに弱まった男の腕の中から抜け出すために身を捩る。けれど、あまりに勢い良く飛び出してしまったせいか、わたしは着地に失敗してしまい、そのまま砂利の敷き詰めてある地面に転がり込んでしまった。


「いっっ・・・・」


 うつ伏せに転がったまま、今の状況を確認しようと頭を上げた。


「・・・・・」


 ほぉ。とりあえず情況はわかった。

 男の背中に体当たりをしたのはセピアだったようだ。そのまま男を押し倒し、彼の背中に乗っかったまま、威嚇するように唸り声を上げている。

 すごい、本気のセピアくんは初めてみた。


 かっこいいよ。かっこ良過ぎるよ。

 その雄姿に感激していたわたしは、自分が地面に転がったままである事を忘れていた。


「何してんだ!」


 そんな大きな叱り声と共に、後ろから脇の下に手を入れられて、体を持ち上げられた。わたしは操り人形のように立ち上がり、そして再び自分の足で立つ事になった。

 声の持ち主はサンジュ父さんだったので、これも彼の所業だろ思われる。


「ったく、お前は」


 後ろから溜息と共にそんなお言葉を頂いた。もちろん、主はサンジュ父さん。

 バーントさん、コウヤさん、ルイさん、カインの四人は男を囲んで何かしている。セピアは未だに彼に乗っかったままだった。

 狼のセピアはきっと重い。


「おねーちゃんっ!」

「うぐっ」


 膝の辺りに二―ルくんの体当たりを喰らった。


「だんじょうぶ!?」

「あー、うん、大丈夫大丈夫」


 苦笑を滲ませて彼の頭を撫でながら、無事である事を伝えておく。ほんと、子どもって素直だから、こう云う時体全体を使って心配してくれる。

 嬉しいなぁ。


「団長」


 カインがサンジュ父さんを呼んだ。

 少し気になったので、わたしも彼の後ろに続く。もちろん、警戒態勢をとってサンジュ父さんの背後に留まっていたけれど。


「お前、何が目的だ」


 バーントさんが、いつになく険しい声のまま男に尋ねているけれど、男の方は一向に口を開く様子はない。


「マツリ、手当てをしようか」


 ルイさんに声を掛けられたので、わたしはサンジュ父さん達から離れた場所に移動した。

 いつものように、彼専用の救急箱で治療をしてもらう。転んだ際に、手の甲を擦り剥いてしまったのだ。それにしても、本当にルイさんはお医者さんらしく色んな所に気が付く。

 女のわたしでも、そんなに気は配れないというのに。・・・・いや、これはただ単にわたしの気配り能力がないだけの話かも。


「お姉ちゃん、いつも怪我ばっかりしてる。だいじょうぶ?」

「・・・・・だよね」


 隣に立って、治療の様子を見守っていた二―ルくんが、眉を下げながらそう言って来た。まるで、自分が怪我をしたかのようなその痛々しい表情を見て、わたしも何故か罪悪感が湧いた。

 本当にそうだ。出会った当初から、わたしは二―ルくんの前で色々怪我をしている。最初のあの事件は、今考えても申し訳ない。


「ほんと、君は怪我をする達人だよ。・・・はい、出来た」

「ありがと」

 救急箱を片付けたルイさんは、バーントさん達が囲んでいる方に目をやる。

「さて、私の出番かな」

「・・・・・っ!?」


 その時見たルイさんの笑みに、わたしは思いっきり鳥肌を立ててしまった。


 今見た薄ら笑いは・・・・超絶脅しスマイルであるぞ!!


 彼は、団長達の元に近づいていく。わたしと二―ルくんもその後に続いた。

 だって、事件の当事者はわたしなのだし。でも、吹雪をその辺に撒き散らしているルイさんの隣に立つ勇気などあるはずもなく、近くにいたバーントさんの後ろから顔を覗かせるだけに留まった。


「団長、後は私が()りますよ」

 うぉぉぉ、何故か言葉が脳内で勝手に変換されたァァァ!

「る・・・ルイ」


 その薄ら笑いを受けて、団長もたじろいでいる。

 ルイさんの声は、地を這うような空恐ろしい声音になっている。

 これ、前にどこかで聞いたな。・・・・あれだ、わたしが始めてルイさんと口を利いた時と同じ感じ。


「あいつ、目がイッてるな」

「私も、久々に見ました」

 コウヤさんとカインが呑気にそんな事を言っている。二人はルイさんから一番離れた場所に居るので、被害を受けていないのだ。


 ちょいとお兄さん方。そんなに呑気に会話をしている場合ですかい。


「団長」

「・・・・ルイ、これはお前の専門分野だから任せるが、くれぐれも相手を再起不能にしてやるなよ」

「最善を尽くします」

 約束はしないのかァァっ。


 ルイさんは、彼を見たまま動きを止めてしまった男の襟元を掴んで、腕一本で立たせると、半ば引きずるようにその場を離れた。その際、二―ルくんに目隠しをしたのは、もちろん他でもないこのわたしだ。


「バーントさん、あの・・・」

「マツリ、怪我はないか」

「あ、うん。ちょっと擦りむいただけ」

「そうか」


 バーントさんが、帽子の縁を指先で少し持ち上げてわたしの様子を見てきたので、わたしは笑顔で返した。

 そんな事よりもだ。


「ルイさんの専門分野って」

「あぁ、あいつは・・・・昔から、尋問が得意だ」

「いや、さっきの雰囲気から推定しますと、もうすでに拷問の域では?」


 わたしの素直な言葉に、バーントさんは眉をハの字に曲げて言葉に詰まっていた。うわぁ、なんかレアなもの見たかも。


「確かに、そうなんだがな」

「あ、戻ってきた」


 二―ルくんが声を上げた。

 そちらに視線をやった全員は、その場の空気が一気に二、三度下がった事を感じ取った。わたしは、さり気なく二―ルくんの顔をわたしのお腹の辺りで抱きしめるようにして、彼の視界を遮る。

 その意味を分かっているわけもない二―ルくんは、嬉しそうに腕を回してきた。

 いつもなら、ここで口元が緩むのが常なのだが、いかんせん今はその時ではない。


「団長、彼は下っ端の中の下っ端のようで、特に知りえる情報はなかったようです。使えませんでした」

「そ、そうか」


 にっこり笑って報告をしてきたルイさんに返事を返すサンジュ父さんの顔色は悪い。

 それもそのはずだ。

「・・・・・・・」


 ルイさんが引き摺ってきたわたしを襲った男は、完全に廃人と化してしまっていたのだから。

 男の髪の毛の半分がはすでに白髪になっていて、なにやら虚ろな目をしていた。もしかしたら、何も見ていないのかもしれない。すでに目の焦点すら合ってはおらず、ただルイさんに引きずられるがままに歩いていた。

 彼がルイさんに尋問されたのはたったの十数分。

 その間に一体何があったというのだ。聞きたくない。できれば一生知りたくない。


 『知らない方が幸せな時もある』

 どこかで一度は聞いた事があるこの有名な台詞だが、わたしはこの言葉を作った人に力いっぱいの賞賛の拍手を送らせていただきたい。

 まったくもって、その通りです。



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