Ep.12
買い物の仕切り直しと言う事で、その夜、わたしはサンジュ父さん達に連れられて、街の奥に向かった。
服装は、旅装束だ。
なんでも、こっちの方が色々やりやすいだろうと言う事で。
目的地は聞いていない。
彼らが行くのだから、危ない所ではないはず。
ちなみに、バーントさんは姐さんとの濃厚な夜を過ごすために一緒には来ず、セピアもホテルの方にお留守番になっていた。
わたしを連れて行くと、サンジュ父さんが宣言した時、コウヤさんを筆頭に、若手三人から止めが掛かった。だから、些か心配なんだけれど・・・・。
そして、その心配は、見事的中することになる。
「お兄さんは、どの子がいい?」
「好きな子、選んで良いわよぉ」
「じゃあ、アタシは?」
「それなら、ワタシよ」
「・・・・・・・・」
汗が流れる。ダラダラダラダラ音を立てて、体中が汗まみれになっていく。
わたしの隣には、妖艶なお姉さんが約二名。
二人共、こう・・・・そう、露出度が非常に高めのドレスを身に纏いながら、わたしの腕をやんわりと掴んでおられる。
「あら、大丈夫?」
「だだだだだ・・・大丈夫です!」
顔色の悪いわたしを心配してだろうとは思うが、お姉さんの一人が、思い切り顔を近づけてきた。その距離は鼻息が感じ取れるくらい近い。
大変失礼だったとは思うが、わたしは仰け反るように彼女から離れた。
いや、仕方ないよね!!わたし、女だもんねっ、同姓にこんなに迫られてのは初めてだしっっ、普通の反応だよね!?
やばい、動揺が収まらないよ。
お察しの通り、わたし達は今、世にいう「夜の街」の中にある店に居た。妖艶でセクシーなお姉さん達が、色々サービスしてくれる所。
十九歳の、か弱き純情な乙女のわたしには、一生縁のなかったはずの場所。
傍に居るカインやサンジュ父さん、コウヤさん達にも、例外なく女の人達がついていた。
サンジュ父さんは、酒を飲みながらなんだか上機嫌に笑っている。へぇ、やっぱりお酒が入ると笑い上戸になるんだな。
カインの傍に居るお姉さん方も、非常に積極的に彼の注目を取ろうと奮闘していた。けれど、カインは大した興味を持った様子はなく、静かにお酒を飲んでいる。憐れな。
ルイさんの方は、笑顔で対応しているみたいだけど、逆に彼の笑顔にお姉さん達がやられていた。そのせいで、みんなに仕事になっていない。これも、色んな意味で憐れかも。
コウヤさんはコウヤさんで、一人黙々と夕食を食べていて、その隣に居る二―ルくんも一緒にご飯を食べていた。あぁ、二人の傍に居るお姉さん達は暇だろうな。
・・・・・・・・・・・などと、呑気に考えている場合ではない!
わたしは勢い良く立ち上がると、小走りで二―ルくんの元に向かう。
サンジュ父さん達は、もう成人している立派な男なので、こういう事も必要だと言う事はよくわかる。・・・・・きっとこの後、夜のお楽しみもあることだろう。
しかーし!
二―ルくんとわたしは関係ないよね!?
正直、今のこの状況は、二―ルくんの教育上、よろしくない。大変よろしくない。そしてわたしは、一応彼の唯一の女性の保護者だ。
もう一度言う、「女性」の保護者。
「わたし達、帰りますよっ!」
とりあえず、二―ルくんが食事を食べ終わるのを待った後、わたしは高らかにそう宣言して、彼の手を引いて入口へと向かう。今の彼に、このような場所を教える必要なんてないのだ。
よかった、セピアがホテルに居て。
これなら、万が一というときも安心だろう。
「それじゃあ、朝帰りでもなんでも、後はお好きに!」
わたしは周りの止める声を聞かず、一刻も早くこの教育に向いて居ない場所から立ち去ろうとした。
入口に差し掛かった所で、誰かに行く手を遮られる。
誰だと思って顔を上げれば、なんとも意外な人物が立っていた。
「姐さん?・・・バーントさん?」
二人共お揃いで、何故ここに。
わたしの疑問を見抜いたらしいバーントさんが、溜息をつきながら近づいてきた。
「お前なら、絶対に逃げるだろうなと思っていたからな」
「また、迷子になられても困るからねぇ」
姐さんが茶目っ気たっぷりにウィンクをくれる。
「「「「「マリン姐さん!!!」」」」」
そこで、突然聞こえた大合唱。
それは、わたしの後ろに居るお姉さん達からのお言葉だった。
「??」
はて、何故、姐さんが、お姉さん達に「姐さん」と呼ばれているのだろう。・・・あ、ちょっとややこしくなった。
「みんな、久しぶりだねぇ。元気だったかい?」
姐さんは、苦笑しながら店の中に軽く手を振る。それは、かなり親しみの篭った感じだった。そのあいさつに、嬉しそうに答える店の中の人達。
さらに疑問が増えた。
わたしは姐さんを見上げた。ぜひ、質問に答えて貰いたい。
「姐さん」
「あぁ、いいよ」
わたしの言った事がわかったのだろう。姐さんはそう言って、店の中に居るバーントさんを見た。
「今日は、マツリのとこにお邪魔するよ」
それは、サンジュ父さんにも言っているようだ。
「あぁ」
バーントさんが答えた。
サンジュ父さんも頷いている。
と言う事は、今日は姐さん、ホテルに泊まる事になるんだな。ふふふ、なんだかお泊まり会みたいでわくわくしてきた。
夜のお楽しみを待っているであろう男達なんて気にするもんか。
バーントさんが店から出てきた。
「俺は二―ルを連れて後から戻る。お前達は先に戻っていろ」
「はーい」
「はいよ」
バーントさんになら、任せておいても大丈夫だろう。
わたしは、二―ルくんをバーントさんに預けて、姐さんと連れ立ってホテルへ向かって歩き出した。
● ● ● ● ● ● ●
ホテルの部屋に戻ったわたし達は、ベッドの上で向き合うように座った。
なんだか少々畏まった様子のわたしに、姐さんは笑って足を崩すように言って来た。
「そんなに、長い話じゃないのさ」
「でも、あそこのお姉さん達は、みんな、姐さんのこと知ってるみたいだった」
「まぁねぇ。アタシも、昔はあそこで働いていたから当然だよ」
「え!?」
意外な事実にわたしは飛び上がらんばかりに驚いた。いや、そんな大切な事を、姐さんはさらりと言いましたよね。
「アタシも元は、夜の世界に居た女だったんだよ」
「・・・へぇ」
でも確かに、雰囲気的にはそうかもしれない。
妖艶な感じとか、すごくセクシーなフェロモンを大量に放出してそうなその体躯とか。バーントさんも、いい人見つけたな。
密かに、姐さんの恋人に拍手を送っておいた。
そこで思い出す。
だから、わたしが姐さんと呼ばせてくれと頼んだ時に笑ったんだ。昔からそう呼ばれ続けてきて、急に見知らぬ少女からもそんな事を頼まれたら、そりゃあ笑いたくもなるわ。
「でもね、数年前に、たまたま会ったバーントに見初められてね。結局奴の恋人と言う立場で、店から出たんだ」
「一目惚れ!?」
「アタシは違うよ。・・・・・どちらかといえば、バーントに口説き落とされたのかもしれないね」
「・・・・ほほぉ」
あんな大人の余裕を醸し出すバーントさんにも、情熱的な所があるんだな。
「アタシは最初、一生、あの店で生きるつもりだったんだよ。だけど、バーントがあんまり必死に口説いてくるもんだから、奴と歩む未来も悪くないだろうなって思えるようになったんだ」
姐さんが、笑みを深くする。
ここで、照れないところが彼女らしい。
「結局、口説き落とされてね。今は雑貨屋を営んでいるのさ」
「・・・でも、バーントさんは旅に出てて、あんまり一緒に居られないんでしょう?」
「確かに、それはそうだよ。だけど、店をやるのも意外と楽しいもんだよ。それに、たまに昔の店にも顔出してるし、寂しいとは思わないね」
「・・・・」
それはそれで、バーントさんが可哀想な気が・・・。
「別に、大した話じゃないだろう?」
「いいえ!姐さんとバーントさんの素敵な恋物語ですっ!」
わたしがそう宣言した時、部屋の扉が開いた。
顔を出したのはバーントさん。サンジュ父さんから、鍵を貰ったのだろう。
彼に抱えられている二―ルくんは、すごく眠たそうだ。
それより先に、伝えたい事がある。
わたしは、バーントさんに向かって、親指を立てて見せた。サービスにウィンク付きだ。
「グッジョブ!」
「・・・・・・」
もちろん、彼自身は、わたしが何を言っているのかわからないだろう。
胡乱げにわたしを見た後、説明を求めるように、わたしの背後の姐さんに視線を向けていた。
あの話を聞き終わった後にこういうやり取りを見ると、なんだか二人の絆が、一層強く見える感じがする。
「昔話をしただけさ」
「そうか」
バーントさんが、二―ルくんを片方のベッドに寝かせた。服は簡単に着替えてあるので、ベッドが汚れる心配はない。
「いいなぁ」
バーントさんが二―ルくんを寝かせている光景を眺めながら、わたしはポツリと呟いた。
「なにが?」
その呟きを聞き止めた姐さんが、質問してくる。
「わたしも、そんな風に想ってくれる人に、会いたいなぁ」
「おや、珍しい」
「わたし、色々あったから、恋なんてものした事無くて。・・・でも、姐さんとバーントさんの話聞いてたら、なんだかいいなぁって思って」
「じゃあ、今からすればいいじゃないか」
第三者の声が割って入って来た。
ルイさんだ。
コウヤさんも居るし、カインもサンジュ父さんも居る。
「あれ、みんなどうして?」
夜のお楽しみはいいのだろうか。
「夕食は食べてきたからね。帰ってきた」
「・・・え、でも・・・・・」
男性って、そういう、色んな事も必要なのではないだろうか。わたしだって一応義務教育は終えている。
わたしの微妙な顔に、みんなその意味を悟ってくれたんだろうか。一斉に表情を強張らせていた。主に、男性諸君が。
「いや、お前は、気にしなくてもいい」
カインが、声を絞り出すようように断りを入れてくる。
「でも、男の人って・・・」
「マツリさん、知らなくてもいい事もあるんですよ」
「はい」
コウヤさんにそう言われちゃあ、黙るしかない。
まだちょっと気になるけど。
「はいはい、その話はそこまでにして」
姐さんが空気を戻してくれた。よかった、この微妙な空気をどうしようかと思っていたところだったんだ。
「今まで出来なかった分、ここですればいいだろう?」
「え?」
話の流れが掴めず聞き返す。すると姐さんが、意味深な笑みを浮かべた。
「恋をさ」
「・・・・」
恋・・・・ねぇ。確かにしたいとは思うけどさ。
「恋をしようにも、相手が居ないからなぁ」
「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」
―――その瞬間、その部屋の空気が、氷点下にまで一気に下がった。
あれ、わたし、なんかまずい事でも言った?




