Ep.11
「わたしは娘さんの事何も知らないけど、彼女も、お二人の事、怨んではいないと思います。自分の死をこんなに悲しんでくれる愛情深いご両親なんですから」
リディアスに馬に乗るように催促されて、彼の元へ行く途中、わたしは夫婦を振り返った。
「娘さん、きっと感謝してると思います。自分をこの世に産み落としてくれた事。少しの間だけでも、自分を愛して育ててくれたお二人の事。そんな大切な二人が、自分のためにずっと哀しみ続けていたら、きっと娘さん、天国で困っているんじゃないでしょうか」
もしもわたしが逆の立場だったらそう思う。
旦那さんも奥さんも、驚いたような顔をしていたけれど、しばらくして笑顔を返してくれた。
二人の笑顔に見送られて、わたしはリディアスと共に帰途についた。
「・・・・・・」
「あ、ありがとう」
お馬さんの上で、わたしは非常に畏まりながら、リディアスにお礼を言った。
彼は後ろに乗っているので、リアクションがわからない。
けれど、わたしのお礼の返事なのだろうか。何故か頭を何度か軽く叩かれた。
うーん、これはこれで反応しずらいのだが。
なんにせよ、リディアスのおかげで、気持ちの整理が出来た。ちゃんと過去と向き合った上で、これから先の事を考える事が出来た。この気持ちは、感謝してもしきれない。本当に、いつも彼には助けてもらってばっかりだ。
「リディアスには、ほんとに感謝してる」
そういえば、なんで彼はわたしをあの夫婦の所にまで連れて行ってくれたんだろうか。偶然かな?・・・・ま、いっか。
街の入口が見えてきたところで、わたしは、現実を思い出した。
やばい、ルイさんが・・・・団長が・・・・カインが・・・・・。
リディアスに、このままどこかへ連れ去ってもらいたいな、とか本気で思った。
街に入ってすぐのところで、馬から降ろされた。
再び馬に跨った彼に、わたしは声を掛けた。
「ねぇ、また会える?」
今までの事、ちゃんとお礼がしたい。
「・・・・・・・いずれ」
「うん」
リディアスは去っていった。
だけど、わたしはその時、知らなかった。
リディアスが、この時、どんな気持ちでこの言葉を言ったのか。どうして、彼が、わたしの危機を幾度も救ってくれたのか。
わたしが、そのすべての因果を知る事になるのは、まだ先の事――――。
● ● ● ● ● ● ●
リディアスに、街の中まで案内してもらったわたしは、ホテルの前に到着した。
言っておくが、わたしは決して方向音痴などではない。ただ、時々方角が分からなくなるだけなのだ。経験上、道に迷う事はそんなにないんだぞ。というか、初めて来た街で迷わない方が難しいでしょうよ。
よし、言い訳は完璧だ。
けれどすぐに、辛い現実を目の当たりにする。
「マツリ!!」
ホテルに入って、すぐに名前を叫ばれた。しかも、鼓膜が音の振動で揺れるほど大きな声でだ。
低い、けれどずっしりとした重みのある声。
団長のその声に、周りにいたみんなが一斉にわたしの方を振り返った。
「・・・・・・・・た・・・だい・・・ま・・・・」
うぉぉぉ、むちゃくちゃこぇぇぇ!!
ルイさんの表情を見て、わたしはこれまでにないくらい本気で心臓が止まるかと思った。どうでもいいから、今すぐこの場から立ち去りたくなる。
「マツリ、今までどこに居たんだい?」
「・・・えーと、迷子になって・・・」
「うん、それくらいはわかってるよ。だから、私達は買い物を中断して、団長達の大切な用事も中断して、君の捜索に当たってたんだからね」
「・・・・・・・すみません・・・」
この笑顔は、いつもの超絶悪スマイル五割増(当社比率)だ。名付けるなら、超絶獄スマイルだろうか。この笑顔を見ていると、まるで地獄への階段を下りている気分になってきた。
「どれくらい、心配をかけたと・・・・」
「ごめん・・・なさい」
今回は、さすがに心配を掛けすぎたかも。
前に山賊に襲われかけた事や両親の事もあるし、みんなわたしを一人にする事に抵抗があるみたいだから、本当に申し訳ない。
肩を落としてしょんぼりしていると、力強い腕が背中に回り、そのまま引き寄せられた。
「!」
いつの間にか、ルイさんに抱きしめられている自分がいた。
「頼むから、あんまり心配はかけないでくれるかな」
ルイさんの言葉に、本当に心配かけてしまったのだと実感する。
申し訳なくって、わたしは黙ってルイさんに抱きしめられていた。これで彼が、少しでも安心してくれるなら。
「ちょいとお二人さん、見せ付けてくれるじゃないかい?」
姐さんの声が後ろから聞こえた。
「姐さん!」
わたしは嬉しくて、すぐにルイさんから体を離して、姐さんの方へ向かって走って行った。
「・・・・・」
そんなわたしを見て少し驚いたような顔をしていた彼女だったけれど、そのすぐ後、どこかへ向かって苦笑していた。まるで、「しかたがないな」といっている感じ。
「帰ってきたのかい」
「はい、どうにか」
「この街は、首都ほどじゃないが、入り組んでいるからね。一度迷い込むと、出るのは至難の技だよ」
「以後、気をつけます」
「よろしい」
姐さんが、頷きながらわたしの頭を撫でてきた。
彼女もかなりの長身だ。ちょうど、カインと同じくらい。だから、バーントさんと並ぶとすごい感動する。かっこよ過ぎる。
「結局、お前はどこに居たんだ?」
わたしは姐さんと一緒に団長達の所へ向かった。ルイさんは一足先にその場に戻っていて、受け付けでカインと一緒になにやら話し込んでいる。
団長が、極当たり前の質問をしてきた。
あ、そうだ。報告しないと。
わたしは、笑顔で団長を見上げた。
その笑みを見た彼は、少し驚いたように目を見開く。あれかな、わたしの笑顔が今までと一味違うって事に気がついてくれたのかな。
わたしはそう思いながら言葉を続けた。
「あのね、わたし、決めたよ」
「決めた?」
バーントさんが、胡乱げにわたしの言葉を繰り返す。
「うん」
わたしは笑みを深めた。なんだか、胸の奥がどことなくすっきりしていて、今ならなんだって出来そうな気もした。
「わたし、未来を見るよ。幸せになるよ。・・・・・お母さんとお父さんの分まで」
「「「「!?」」」」
やっぱりいきなり過ぎたか。
みんなすごく驚いた顔をしていた。受け付けに居たルイさん達も、驚いたようにこちらを見てくる。二―ルくんと姐さんは、話の内容を知らないので、特に反応を示す事もなく、少しだけ疑問符を浮かべているようだった。
「さっき、会ったの。わたしと同じ境遇で、娘さんを亡くされた夫婦に。それで、話して・・・・・うん、少し心の整理がついたんだ。二人に言われてね、二人の分まで幸せになる事が、きっとわたしに出来る最後の償いなんだってわかって。だから、わたし、これからがんばる」
ずいぶん前に手放したこの想いを、見つけるのは、きっと難しいと思うけど。長い間自分を繋いできたこの罪悪感を開放するのは、そんなに簡単ではないだろうけど。
「・・・・そうか」
団長がわたしの頭に手を置いて、わしゃわしゃと撫で回してきた。
うゎ、髪が!
「よかった」
団長が、嬉しそうな顔でわたしを見下ろしてきた。
こういう、ちょっとした行動の一つ一つが、すごくお父さんに似てる。あまりにその言動が似すぎているせいか、彼の顔のパーツも、所々お父さんに似ているように思えてきた。
そんな事、あるわけないのに。
けれど、それが、口に出てしまった。
「団長って・・・・すごく、お父さんに似てるよ」
彼の方が、少し若いけれど。
「そうか?」
団長が小首を傾げて何かを思案するような顔付きになった。それから、がしっと両肩を掴まれ、真剣な面差しで見つめられた。
「俺の事、父だと思ったらいい」
ほんと、団長は、その無精ひげを剃ればいくらか見栄えのある人になりそうなんだけどな・・・・・・って、今、彼はなんと言った?
「え?」
「だから、俺が、お前の父親代わりになってやる。そんなに、似てるんだったらな」
「・・・・・」
「いい考えじゃないのかい?」
姐さんが入ってきた。
わたし達の今までの会話で、どうやら話しの内容を掴んでくれたらしい。さすが。
「わたしは、マツリの姐さんだ。じゃあ、団長が父親役になっても、なにも違和感なんてないさ。・・・・・呼び名は、そうだね・・・・・」
姐さんが顎に手を掛けて考え込む。
悩むところはそこなんですか。わたしはそう思ったけれど、その脳内に、この意見を却下する気持ちは毛頭ない。
わたしって、やっぱり、利己的な人間だから。
「サンジュ父さん、ってのはどうだい?」
「そのままだが」
「いいじゃないか」
バーントさんの指摘に、姐さんはするどい答えを返していた。そう、「いいじゃないか」。うん、姐さん、見事な切り返しだよ。
「サンジュ父さん?」
「・・・・・っ」
わたしが軽くその名を呼ぶと、団長は急に手の平で口元を抑えて、背中を向けてしまった。それでも、耳が真っ赤な事には気づく。
「団長、恥かしいのが丸見えですよ」
ルイさんがおかしそうに言う。
「う、うるせぇ」
「嬉しいんでしょう」
コウヤさんが助け舟を出すように付け加えた。
カインは苦笑しながら、コウヤさんの隣に並び、バーントさんと姐さんも、大人の笑みを浮かべて立っている。
二―ルくんも、不思議そうに首を傾げていた。そんな彼の隣には、セピア。
その光景が、すごく眩しく思えた。
この中に、わたしも居るんだ。
「サンジュ父さん!!」
嬉しくなって、照れている彼の背中に体当たりをしてみた。
顔が、どうしようもなく緩んでしまう。
人々に囲まれて過ごす事が、こんなに幸せなんて、知らなかった。
「なんだ、娘よ」
サンジュ父さんは、完全に開き直って様子で、わたしに声を掛けてきた。でも、その耳はまだ真っ赤な事も、ちゃんと知ってる。
彼らと一緒に居たら、きっと、わたしは見つけられる。
お母さんやお父さんに誇れるような、幸せな未来を。




