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キセキが起きるその場所へ  作者: あかり
第二章:解けない過去の楔
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Ep.10


「娘さん・・・・ですか」 

「あぁ」


 旦那さんは、頷いて見せた。

 奥さんが何故かわたしの頬に手を当てて、目に涙を浮かべた。わたしが泣かしたわけでもないのに、すごく切なくなる。


「生きていたら、ちょうどあなたと同い年ぐらいかし・・・ら・・」


 どうやって返事を返したらいいのか分からなかった。しかし、人間の心とは裏腹に、わたしの脳内にあった疑問が、そのまま口について出ていた。


「・・・娘さんは、どう・・・・して?」


 わたしの失礼な質問に怒った様子も見せずに、旦那さんが答えてくれた。


「幼い頃に、馬車に跳ねられて、即死さ」

「!」


 わたしは思わず後ろに居るリディアスを見た。しかし彼の視線はわたしには向いておらず、何を考えているかも判断のしようがない。どういうつもりなのかさえ。


「あの時、ワタシ達が庇いさえすれば、あの子は助かったのに・・・・」


 奥さんが、顔を覆ってしまう。

 亡くなった娘さんを思い出しての涙なのだろう。

 

 この人達も一緒だ。

 けれど、決定的に違うもの。それは。


「・・・・・あなた達は、後悔、されているんですか?」

 娘を、死なせてしまった事に。


 わたしは後悔をしている。

 両親を死なせてしまった事に。


「もちろんだよ。あの子には、まだ、未来があったんだ」


 そう答えた旦那さんは、わたしをしばらく見つめた後、何かを悟ったかのような顔付きになった。年齢の功か、はたまたわたしの表情がわかりやすかったせいか。


「君も・・・もしかして」


 彼は、もしかしたら、わたしの気持ちをわかってくれるかもしれない。どうしようもない後悔に苛まれるこの気持ちを。

 同じような気持ちを味わっているからこそ、分かり合える事。

 いつの間にかわたしは、初めて会ったばかりのその夫婦に、自分の気持ちをさらけ出していた。


「わたしのせいで、父と母は亡くなりました。わたしが飛び出して、死にそうになったわたしを二人は庇って死んだ。・・・・きっと両親は、わたしを怨んでいる」


 すると、先ほどまで泣いていた奥さんが、顔を覆っていた両手を外しわたしの方に真っ直ぐに見つめてきた。

 その目は、涙のせいで充血しているけど、瞳は先ほどよりも落ち着いた色を見せている。どこか、「母親」を感じさせる目つきだ。


「あなたの両親が、もし、あの時、あなたを庇う事なく今も生きていたら、きっとワタシ達のようになっていたはずよ」


 どうしてだろう。他の人達に同じ事を言われても、全然納得なんて出来なかったのに、彼女に言われたら、すごくあっさりと受け止められた。

 それは、二人は「ワタシ達のように」と付け加えたせいだろうか。


「でも、もし、あの時、わたしが飛び出しさえしなければ・・・・」

「もしも、なんて、考えても仕方がないのよ」

「・・・・・・」


 その通りだと思った。「もしも」なんて、考えるだけ無駄なんだ。


「あなたはまだ若い。これから先、たくさんの未来が待っている。その未来を守れた君のご両親は、きっと君を怨んでなどいないよ」

「・・・・その未来を守りきれなかったワタシ達を、娘は怨んでいるでしょうね」


 奥さんが寂しげに、娘さんのお墓を振り返った。

 それは違う。


「それは違うと思います。・・・・娘さんは、絶対あなた達を怨んではいないと思います。自分のせいで、大好きな両親が居なくなったら、きっと娘さんは、どうしたらいいのかわからなくなる。・・・・ただ、自分を責め続けるだけで、これからを過ごすはずです。・・・・・大好きな両親を死なせてしまった自分に、幸せになる資格なんかないって」


 だから、今のわたしが居る。

 夫婦は、黙ってわたしの言う事を聞いてくれた。

 それから、奥さんの方がそっとわたしの手をとって、自分の手を重ね合わせた。

 手の平から伝わる人の体温が、とても気持ちいい。


「あなたも、思っているの?・・・・自分に、幸せになる資格はないって」

「・・・・はい」 


 素直に頷いた。そして、それと一緒に、今の気持ちも告げてみた。


「けど、今は、たくさんの出会いをして、少しずつ幸せになりたいって思うようになってきました。・・・・それは、いけないことでしょうか」

「そんな事、あるわけがないじゃない」


 奥さんは、少し語調を強くした。


「親が、自分の大切な子どもを守りたいと思うのは、本能よ。あなたのご両親はその本能に従って、あなたを守って亡くなった。・・・・じゃあ、残されたあなたの役目はなんだと思う?」

「・・・え・・・と」


 いきなり質問か。 

 わたしは言葉に窮してしまう。そんな事、考えた事すらなかった。―――役目って。

 わたしはただ、二人への罪滅ぼしだけを考えて生きてきたから。


「それはね」


 旦那さんがわたしの頭に手を乗せて来た。


 この答えが、これからの私の道しるべになってくれる。そんな気がした。



「君の両親が命を掛けて守ってくれたその命と未来を、次の世代に繋げていく事なんだよ。君のご両親が、君にしてくれたようにね。・・・・今度は君自身が、君と君の子どもを守っていくんだ」



 その言葉が、すっ、と胸の奥に入ってきた。

 なんだろう。すごく単純でシンプルな言葉なのに、すべてがそこに詰まっている。そんな気がした。

 

 母と父の笑顔が、浮かんでは消えていく。

 

 ―――お母さん、お父さん。

 わたしの今までの考えは、全部間違っていたのかなぁ。



 二人の夫婦の顔が、両親に重なった。


 

 自分と同じ境遇で、しかし、二人は逆に娘を守りきれなかった。

 

 もしも、わたしがあの時死んでいたら、父も母も、こんな風に後悔をしていたのかな。

 わたしの未来を守りきれなかった事を、悲しむのかな。



「わたしに出来ることは・・・・・・・・・二人の分まで、未来を・・・・幸せな未来を歩む事なんでしょうか。それだけで、いいんでしょうか」

 

「あぁ」

「そうよ」


 二人は、頷いてくれた。

 確信めいたその反応を、素直に信じたいと思えた。

 

 


 両親の本当の気持ちなんてわからないし、確かめようもないけれど。

 今は、この言葉を信じたいと思った。

 都合がいいのかもしれないけれど、この言葉で、わたしは前に進める気がした。



 最初に会った不思議な老婆が言っていたように、今までのわたし償いは、きっと間違っていたのだ。

 


 脳裏に張り付いて消えない紅い記憶がどんどん薄れていく。

 なぜ忘れていたんだろう。あんなに好きだった、二人の笑顔を。

 

 

 わたしはその時、自分の胸を絞め続けていた何かに罅が入った音を確かに聞いた。

 それと同時に、胸の奥に広がる暖かな温度も確かに感じ取っていた。



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