Ep.2
確かに、仲間でないのは事実だ。
もちろん初対面だし、助ける謂れなど、どこにもないのかもしれない。しかし、しかしだ。
普通、なんの抵抗も見せないただ震えるだけの年頃の娘をいとも簡単に見捨ててもいいものか。
答えは否。そうであってほしいのに。
なんて無情な世の中だろう。
その前に、自分が一体何をした。
大柄の男に、仲間ではないというKY宣言をされた時、わたしは思わず心の中で自分の過去について振り返っていた。別に、こんなひどい目に合うような悪い事などしていないはず・・・・だ。せいぜい、好きなドラマが始まるから、友達に嘘をついて遊びを断った事があるくらいで―――もしかして、自分がちっこい人間だから、神様はそれを大罪にしたのだろうか。
そんな、神様あんまりだ。
普段は信じない神様を怨もうとした時、突然腹に廻る腕と、首に感じる鋭い感覚がなくなった。
ふっと体が軽くなって、次の瞬間ドサッ、と地面にお尻から着地していた。
「いった~」
涙目になりながらお尻を抑えて前を見れば、黒い長髪の男性が無表情のままわたしを見下ろしていた。彼の足元に伸びているのは、先ほどまでわたしを拘束していた男。
これはつまり、助けてくれた、と言う事なのだろうか。
イマイチ現実が飲み込めず、わたしは男性を見上げた。青年とも男性ともつかぬ妙齢の人物だ。しかも顔まで中世的ときた。どこかのドラマで見た忍者のような人だと思う。
しばらくわたしを見ていたその男性は、しかしすぐに興味がなくなったかのように視線を外し、他の男達の元に戻る。失礼な。
男性の仲間らしき一行は、伸びている男達を一人ずつ縄で縛っている所だった。
その様子を、わたしはただぼんやりと眺める。
動けない。脳が動くという事を忘れたようだ。
わたしは、男達が最後の一人を縛り上げるため自分の傍にやってくるのを、どこか客観的に見ていた。彼らはわたしを気にした様子もなく、最後の一人を縛り上げ、どこに止めてあったのか、小さな荷台に積み上げ始めた。
彼らのする行動の一つ一つがどこか現実的ではない気がする。
そもそも現実とはなんだろう。
今居るこの場所は現実か。もし、ここが現実というならば、自分が祖母と共に住んでいたあの場所は何と呼べばいいのか。
どんどん、境界線がわからなくなっていく。
男達の一人、金髪の長髪の妙に女性的な男性が歩いてくるのが見えた。
彼は半ば放心状態のわたしの前で止まり、少し困惑気味に見下ろしてきた。
「君、とりあえず私達についてきてくれるかい?」
彼がそう言いながら手を伸ばしてくる。
わたしには、その手が、妙に遠くに見えた。彼の声さえ、ぼんやりとしか聞こえてこない。
周りにいる人間たちが皆遠くにいるように感じる。
今自分の座り込んでいるこの場ははたして、現実なのか―――。
男性の手を取ろうと自ら手を伸ばしたわたしだったけれど、その手はあと数センチのところで届かずに、地面に落ちていった。静かに落ちていく手を、無感情に見つめる。そしてその手の動きと比例するように、わたし自身の体もまた、前方にのめり込むように倒れていった。
その後の事は、わからない。
● ● ● ● ● ●
最初は確か、リビングでテレビを見ていたんだった。
ちょうど出かける所で、少し時間に余裕があったから、リビングでテレビを見ていた。そろそろ時間になったと思ったとき、自分が携帯を忘れている事に気づいて、急いで部屋に戻った。
リビングと部屋は隣同士で、そんなに離れては居ないから、いつものように何気なく自室の扉を開いて一歩踏み出した。
自分の目は携帯があるはずのベッドに集中していたため、足元など見ていなかった。
だから、気づかなかったのだ。
というかそもそも、誰がわかるというのだろう。
まさか、自室の床がなくなっているなんて。
扉を開いて一歩踏み出したとき、変な浮遊感を憶えた。
不思議に思って目線を足元に向ければ、そこにあったのは、いつもの床ではなく、真っ黒い穴。しかも、入口半径一メートル以内という妙な親切さ付きで。とりあえずこれで、ベッドなど、家具類の落ちる心配はない。
しかし問題はそこじゃない。
家具は落ちなかった。ベッドや机は無事だ。
しかしその持ち主は。
家具達の代わりにわたしが落ちたのだ。その穴に。
落ちた先は先ほどの乱闘現場のすぐ傍。
そして、この話の一話の冒頭に戻る。
結局、落ちた本人のわたしでさえ、何が起こったのかわかってはいない。