Ep.9
生理痛の痛みも引き、わたしは再び姐さんの雑貨屋さんを訪れた。
今日は、女性用の服を引き取りに来たのだ。
姐さんがわたしのイメージを合わせて仕立ててくれた特別なモノ。
それは普通の膝丈のワンピースだった。すごくフワフワとした素材のクリーム色で、下にはヒラヒラのレイヤー的なものが幾重にも重なっている。なんだか、形が現代っぽくて驚いた。
「ちょうどいいから、着てみせておくれ」
姐さんのリクエストで、着てみる事になった。
わたしだけ二階にある姐さんの部屋で着替えさせてもらって、その後また下のお店に戻る。
「・・・・・」
やっぱり居た。
さっき出て行ったと思っていたお馴染みの面々が、揃いも揃って階段の下に勢ぞろい。
姐さん、裏切ったね。
「おぉ」
「中々じゃないのか」
「似合っているよ」
「はい、とても」
「・・・・・・・・・・・・・お前、女だったんだな。・・・イテ」
最後にカインが漏らした言葉は、わたしが持っていたブーツを片方投げたのが当たったから。・・・・・ナイスヒット。
「うん、アタシの見立てた通りだね」
「すっごく軽いですよ!!」
「だろうね」
いつもあの暑苦しい服を着ていたから、久しぶりの解放感を味わっている。
これで、いかに現代の服が行動重視で作られていたのか実感できた。ビバ・文明。
「お姉ちゃん、きれい~~~」
お約束通り、二―ルくんが飛びついてきた。
「ありがと」
こういう率直な感想が、すごく恥かしかったりするんだ。
「それじゃあ、行こうか」
ルイさんがわたしの手をとった。
「行くって、どこに?」
「市場ですよ」
「あぁ、食料調達」
「じゃあ、コウヤ、ルイ、頼んだぞ」
「あれ、団長達は行かないんですか?」
「あぁ、オレ達は他に用事があるからな」
そこで、ルイさんとコウヤさんとわたしと二―ルくんは市場へ、残るみんなは別の用事があるということで一同は解散した。
● ● ● ● ● ● ●
市場は、すごく賑わっていた。
わたしは二―ルくんと仲良く手を繋いで歩く。二―ルくんは前を歩くルイさんの服を握っているし、コウヤさんもわたしの隣を歩いているので、迷子になる心配はないと思われる。
たくさんの店がたくさん並んでいて、その店先には、おいしそうな果物や野菜がたくさん並んでいる。八百屋がたくさん並んでいると想像すればいいのかもしれない。
どれも新鮮そうだ。
コウヤさんが食べ物を仕入れる隣で、ルイさんに買ってもらった果物などを、二―ルくんと一緒に食べた。そんなわたし達を見て、ルイさんは笑う。
「まるで子どもが二人いるようだね」と。
市場は中心に進むに連れて、人ごみも更に増していった。
ぎゅうぎゅうだ。
「すごいね」
「うん、すごいすごい」
「二人共、迷子にならないでくださいね」
「マツリは特に」
「大丈夫ですよ」
わたしも、もう十九歳だ。
迷子になるわけなんて・・・・・・・・・・・・・・・。
● ● ● ● ● ● ●
「・・・・・・あーあ」
ふ、十九歳のわたしはまだ子どもの枠から抜ききれていなかったのでした。
わたしは、どうやら見事に、みなさんと逸れてしまったらしい。
最悪だ。
見渡す限り、建物の壁しか見えない。
どこかの街路に迷い込んでしまったらしく、自分がどこにいるのかさえ、さっぱりわからない。
「絶対怒られる・・・・」
ルイさんの超絶悪スマイルを思い出して、わたしは自分の腕を擦った。
あの笑顔を思い出すだけで寒気がする。
とにかく、この街路からでも抜け出して、誰かに道を尋ねようと、一本道のそこを歩き出した。人間、どうにかしようとすればどうにかなるものだ。
この世界に来て、それを何度も体験した。
その結果、わたしはまだ生きているんだから。
けど、人生長い間(といっても十九年だけどさ)生きていれば、例外というものも体験する事になる。
「・・・・・どこよ、ここ」
なんで、歩いてからそんなに時間は経っていないのに、こんな森の中に出るんだ?
いかん、わたしはとうとう頭までやられたのか。・・・これは幻覚、幻覚に決まってる。
どうにかこの想像を追いやろうと、頭を振ってみた。
「・・・・」
目の前の森は消えない。
今度は手の平で軽く額の辺りを叩いてみる。
「・・・・・」
やっぱりだめ。
最後の手段として、近くの木に頭をぶつけてみた。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
なんだろう、後ろからすごい視線を感じるんだけど。
それはつまり、後ろに人が居るんだろうか。ってことは、こんな馬鹿な姿をバッチリ・・・・・・・・・見られた?
頭の動きを止めて、恐る恐る後ろを振り返ってみた。その際、わたしの首の辺りから、ギギーという鈍い音が聞こえたのは気のせいだ。きっと。
「・・・・リ、ディアス・・・さん?」
うわ、うっかり呼称をつけてしまったではないか。
「・・・・」
前に会った時と同じように、黒馬さんに乗っているリディアスは、ただじっとわたしを見下ろしてきた。その心中で何が渦巻いているのか知るはずもない。包帯で顔を半分以上顔を隠してるんだから当たり前かもしれないけど。
実に最悪な所を、よりによって彼に、見られてしまうなんて。
「い、いや・・・・これは・・・・」
どうにか誤魔化そうとしたけれど、言い訳のしようがなかった。
相手は何もいわないし、この場を脱出する手口が見当たらない。ここで、ルイさんとかカインだったら、きっと怒るだろうし、そうすれば、相槌を打つ事でどうにか場をやり過ごす事も可能だ。団長やバーントさん、コウヤさんも、微妙な顔をしながら見逃してくれるだろう。
けれど、皮肉にも、リディアスはそのどちらにも属さない。
ただだまってこっちを見てくるだけ。
そんな彼に、一方的に弁解をしても、きっとアホらしく思えてくるに決まってる。
沈黙がわたし達二人を包み込んだ。
それを破ったのは意外にも、リディアスの方だった。
「・・・・・乗れ」
手を差し出されて、短くそう告げられる。
助けてくれるのだろうかと、特に疑問に思う事もなく、わたしはリディアスの手に掴まって、黒馬さんの背中に乗った。
彼が、後ろからちゃんとバランスを取ってくれる。
わたしは普通の現代っ子だ。馬の乗り方なんて知るわけがない。
迷子のわたしを助けてくれるのだろうと思っていると、どうやら彼は違う所に向かい始めたようだった。
「どこ行ってるの?」
「・・・・」
「ねぇってば」
「・・・・・・行けばわかる」
本当にこの人は寡黙だ。いや、ちょいと静か過ぎやしないか。
彼の友人とか、苦労してそうだ。
そんな事を思っていると、目的地だったらしい、街からそう遠くない本当に小さな村に着いた。そこには何軒かの木で出来た小さな家があるだけで、他には何もない。
リディアスは、更に奥へと馬を進めた。
最後に到着したのは、何もない荒地だった。
本当に何もない、殺風景な風景だけが広がっている。
ここになんのようがあるのだろうかと思って、後ろのリディアスを振り返れば、彼は黙って視線を別の方向へ投げやった。
そこに居たのは、二人の男女。
四十代後半ぐらいの、夫婦のようだった。
二人は、目の前にある小さな砂山の前で祈りを捧げているように見える。
「おや、お前さんは」
近くまで寄っていけば、旦那さんの方がわたし達に気づいてくれた。
リディアスが先に降りて、その後にわたしを降ろしてくれた。
「また来てくれたんだね」
奥さんの方も、小さな笑みを浮かべてリディアスを見た。
知り合いなのだろうか。
リディアスは一礼で、二人のあいさつに返した。
リディアスくん。・・・・確かにこの世の中には、言葉だけでは伝わらない事もあるだろうさ。しかし、それ以前に言葉を使わないでどうするよ?
「この娘さんは?」
奥さんの方がわたしを見て首を傾げた。
「始めまして、マツリといいます」
見知らぬ人だけど、とりあえずあいさつはしておいた。
そして、今更気がついた事だけれど、二人共、どこか表情が優れない。
二人の目の前にある、花が添えられた砂山。
これは、前に一度見たことがある。
「あぁ、これかい?」
旦那さんの方が、砂山に目を落として、寂しげに笑った。
「ワタシ達の、娘がね。眠っているんだよ」




