Ep.8
ホテルに戻って、姐さんにもらったパジャマに着替えたわたしは、すぐに横になって眠ってしまった。
鈍いお腹の痛みのせいで、何も食べる気も起きないし、眠りも浅いものになってしまったけれど。
「起きた?」
ふと、視線を感じて目を開ければ、ルイさんの顔が視界に入ってきた。
わたしの眠っていたベッドに腰かけて、頭を撫でていたらしい。
「・・・・二―ルくんは?」
「団長達と一緒に夕食を食べに行ったよ」
カーテンから覗く外の景色は、まだ暗くなりきってはおらず、ホテルに戻ってきてからそんなに時間は経っていないのだという事を教えてくれた。
「体の方は、大丈夫かい?」
「・・・・だいぶ」
まだ、キリキリと痛むけれど、我慢できない事もない。
ルイさんは医者だから、ちゃんとわかっているんだろうけど、やっぱり体験した事はないはずだから、実際の痛みはわらないんだろう。
上半身を起こして、息をついた。
うーん、やっぱり、世界は違えどこの痛みは変わらないんだな。
「食欲は?」
「・・・ない・・・・かも」
「でも、一応何か口にして置いた方がいいよ。コウヤが何か持ってくるはずだから、それまで寝てるといい」
「わたし、別に病人ってわけじゃないんですけど・・・・」
ここまで心配される事はないのに。
するとルイさんは、やんわりとわたしの肩を押してベッドに戻しながら、にこやかに笑う。ちょうど、彼がわたしに覆い被さる感じになった。
「ヨロヨロになって、カインに抱えられて戻ってくるような人に、そんな事いう資格はないと思うけれどね」
「・・・」
あれ、ルイさん微妙に機嫌が悪い?
「やっぱり君も、女性なんだから」
ルイさんの手が頬に添えられた。
「・・・・・」
なんだか、ルイさんの雰囲気がいつになく怪しい。
「もう少し、私達に危機感を覚えた方がいいよ。・・・・・私達はみんな、男なんだからね」
彼の淡い青色の瞳に自分の姿が映っている事を確認できるほど、お互いの距離が近い。ルイさんの手が、頬から序々に肩の辺りにまで下りていく。
否応なしに、顔に熱が集まっていくのがわかった。
「なに、を」
「誰が何を考えているのか、わかったものじゃないからね」
最後に超絶な笑みを見せてくれた後、ルイさんはすぐにわたしから離れ、何事もなかったかのように扉へ向かっていった。
あなたが、一番何考えてるかわからないんですけど。
その後ろ姿を見送って、心の中で愚痴っておいた。
未だに熱を持つ顔を手で抑えて、毛布を頭から被った。
急に、ルイさんの中の隠されていた「男」を見せられたようで、すごく戸惑った。あんなに「男の人」を傍に感じたのは、生まれた始めての事だったんだから尚更。
「マツリさん、軽食を持ってきました。少し食べてください」
ルイさんが扉に向かった理由は、どうやらコウヤさんを中に入れるためだったようだ。
コウヤさんの声が聞こえた。
毛布から顔を出せば、コウヤさんがお盆を持って立っていた。どうやらスープもあるらしく、おいしそうな湯気をたてている。ルイさんは見当たらない。どこかに行ってしまったんだろう。
なんだか、本物の食事を目の前にすると、一気にお腹が空いて来たな。
本能による「食事をしろ」という命令に逆らえきれなくなった私は、毛布から這い出して、モソモソとベッドから降りた。
コウヤさんが机の上に食事を置いてくれた。
本当に軽食ばかりだった。お盆の上には、スープやフルーツ、いくつかのパン。
「ありがとう」
「食べられそうですか?」
「見たら、すごくお腹が空いて来たかも」
「それはよかった」
本当によかったと思っているのはわからない能面のような彼を前に、わたしは食事を始めた。
けれど、軽食且つ量も少なかったため、すぐに食べ終わった。
「まだ食べますか?」
「大丈夫。もう、お腹一杯」
ちゃんとご馳走様をして、わたしはコウヤさんに頭を下げた。
「わざわざありがとうございました」
「いいえ」
「もう食べ終わった?」
ルイさんが戻ってきた。
手には何かを持っている。
コウヤさんがお盆を持って出て行って、またもやルイさんと二人だけになってしまった。
「マツリ、ここに横になってみて」
ルイさんはベッドの端に腰をかけて、自分の膝を指しながらそんな事を言って来た。
「・・・・・・・」
つまり、膝枕されろと。
わたし的には、ご免被りたい内容だったが、ルイさんの顔に張り付いている笑顔が、その拒否権をわたしから剥がし落とした。これはあれだ、超絶脅スマイルだ。
この人、やる気になれば、国も乗っ取れるんじゃないかな。
渋々、ルイさんの膝の上に頭を乗せて、ゆっくり横になった。
う~、すっごく恥かしい。
「じゃあ、少し失礼するよ」
薄い毛布のような物を掛けてきた後、ルイさんがそう言った後、わたしのお腹の辺りに何かを乗っけてきた。
「・・・・・・・」
「どう?」
「・・・・気持ちいい、けど」
「よかった」
ルイさんが乗せてきたのは、すごく暖かい何か。湯たんぽのようなもの。
確かに、整理痛の時は、お腹を暖めるといいとはいうけど、それは異世界でも共通なのかな。
仰向けになればいいんだけど、そうするとルイさんの顔を直視せざるを得ない情況になるので、嫌だ。ので、わたしは横向けに寝ている。そのおかげで、ルイさんの手がお腹の辺りに廻っているのだ。
あれ、セクハラって訴えてもいいレベルだよねこれ。それとも彼は医者だからその訴えは適応しないのだろうか。
こんな事をするのは、暇だろうに。
どこの熟年夫婦だわたし達は。客観的に見て、何してんだろうなっていう気持ちになった。
● ● ● ● ● ● ●
「お姉ちゃん」
「・・・・何してんだ、お前ら」
二―ルくんの声で、意識が戻った。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「大丈夫?」
ベッドまでやって来て、わたしに視線を合わす為にしゃがみ込んだ二―ルくんが、すごく天使みたいだった。
団長も、傍のソファーに座って、呆れたようにわたし達を見ていた。
「・・・・・」
カインには、なんだかするどい目線を向けられた。
そこで、自分の情況に気がついた、
そう言えば、わたし・・・・。
「!!」
「おや、もういいのかい?」
「る、る・・・ま・・・まだ!」
支離滅裂の言葉だけがわたしの口から零れ落ちるがそのまま行き場をなくし消えていく。
「まだ居たんですか!?」
最終的にわたしが発したのは、すごく失礼な言葉だった。
「だって君、気持ち良さそうに寝てたから。私が動くと、起きちゃうだろう?」
「・・・・・ありがとうございました。わざわざご配慮頂いて」
ルイさんの言葉に、すぐに態度を豹変させる自分がすごく惨めだ・・・。
「ほら、お前らもう部屋に戻れ」
二、三度ほど気温の下がった部屋の様子を立て直すべく、団長が溜息をつきながらルイさん達を部屋から追い出した。
「大丈夫か?」
みんなが部屋を出た後、最後に扉を閉めて部屋の中に戻ってきた団長が、心配そうにわたしを見てくる。
「大丈夫」
精神的にはどっと疲れましたが。
「ほんと?」
「うん、ほんと」
二―ルくんの質問に、笑顔で返した。
ベッドは二つあるので、わたしは右側に、団長は左側に寝転がる。
もちろん、二―ルくんはわたしの方に。セピアはベッドの下で。
「おい、二―ル、今日は俺と寝るぞ」
「えーやだっ!」
「お前な・・・」
「お姉ちゃんとがいい~」
二―ルくんが毛布の中に潜り込んで、わたしに抱きついてきた。
彼がこんなわがままをいうのも珍しい。
「うん、せっかくだもんね」
「マツリ」
「大丈夫って」
「おやすみ~」
「おやすみ」
「・・・ったく。おやすみ」
こうして、わたしは二―ルくんの体温を抱きしめながら眠った。本当に、子どもの体温は高くて気持ちいい。
次の日、痛みは少しは良くなったけれど、それでも外出禁止令が出された。
バーントさんも昼ぐらいにやってきた。もちろん、姐さんも一緒だ。
やっぱり二人が並ぶと、ある意味威圧感が凄い。こんな二人が並んで歩いていたら、みんな二度見していくんではないだろうが。
「調子はどうだい?」
「もう平気なんですけど・・・・・」
姐さんがベッドの端に腰を掛けながら聞いてきた。わたしは返事を返しながら、すぐ傍に立つ団長やルイさんを見た。
「用心に越した事はないからね」
ちぇっ、姐さんも団長側か。
というわけで、わたしが自由に外に出る事が出来たのは、カラナールを訪れて、約二日後の事だった。




