Ep.7
「じゃあ、後で迎えに来る」
バーントさん達は、そう言って雑貨屋さんを出て行ってしまった。彼らは彼らでやることがあって忙しいようだ。
残されたのはわたしとマリンデールさん。
「さてと」
彼女はわたしを少し遠目から眺めながら、何かを考え込むような素振りを見せる。
「あんた、名前は?」
「茉里です」
「マツリ・・・・これまたずいぶんと珍しい名前だねぇ」
異世界だからか、わたしの名前は絶対に横文字になるんだな。
「そんな格好をしているから、てっきり男だと思っていたよ。髪も短いし」
「ははは」
「でも、こっちの方が何かとやりやすいだろうね。女性方の変な反感を買う事もないし」
「え?」
わたしと微妙に違う着眼点に、首を傾げる。わたしは、変な男に絡まれた時のために男装した方がいいのかと思っていたけれど。
「あんたが一緒にいる男共、種類は違うけど、みんな中々にいい男揃いだろう?これまで、一緒に旅をさせてくれと頼み出る女達も少なくはなかったのさ」
「へぇ」
意外な過去だ。
「けどあいつらはそれを全部断って、あくまで男だけで生活していた。まぁ、職業が職業なだけに、変に干渉されたくなかったんだろうけど」
「職業・・・・ですか?」
「知らないのかい?」
「何を?」
「・・・・いや、いいよ。気にしなくて」
マリンデールさんはすぐにその話題を終わらせて、話を進めた。
「それなのに、急にあんたみたいなどこにでも居るような女が入ってしまえば、そりゃあ嫉妬の嵐だろうよ。考えた事なかったかい?」
「いやー、ずっと男装してたから」
「いいことだよ」
マリンデールさんが笑いかけてくれた。
この人、最初は色っぽいから近寄りがたいなっと思っていたけど、そうでもない。
すごく気さくな女性である。
「じゃあ、必要なもの、揃えていこうか」
「はい」
よかった。本当は、下着や洗顔剤など、どうしようと思っていたんだ。
異世界のここでは、現代の石鹸もあるわけがない。わたし一人じゃなにもわからない。
マリンデールさんは、一つ一つ丁寧に説明してくれた。
どうやって使うのかとか、どんな効き目があるのかとか。まるで、わたしが何も知らないことをわかっているかのような口ぶりに、少し驚く。
また明日も来ると約束して、今回見繕ったのはそんなに多い物ではなかった。
下着と洗顔用品、後はその他の細々としたもの。
いざという時に、女の格好をする必要もあるだろうと、明日には何着かの服を用意しておくと申し出てくれた。
すごくいい人だ。バーントさんの恋人と言う事を差し引いても。
「マリンデールさん」
「なんだい?」
「・・・・姐さんって、呼ばせてもらってもいいですか」
少し目を丸くしてわたしを見つめていたマリンデールさんは、その後おかしそうに笑い出した。
ひとしきり笑って、目に溜まった涙を拭いながら、彼女はわたしを見た。
何がそんなにおかしかったんだろう。
「・・・すまないね、少し昔を思い出してしまって。もちろんいいよ。アタシの事は好きに呼びな」
「ありがとうございます!」
『マリンデールさん』は、『姐さん』に進化した!
この世界に来て、女性の知り合いなんて出来たことがなかったから、素直に喜べた。しかも、こんなにすんなりと人に気に入られたのも、この世界に来て初めてだ。・・・・・あぁ、自分、がんばったなぁ。
するとその時、腹部に激しい激痛を感じた。
痛すぎて立っていられなくなり、わたしは床にしゃがみ込む。
「・・・っ」
この痛み。すっかり忘れていたけど、わたしも一応女で。
「大丈夫かい!?」
姐さんが驚いた様子で近寄ってきて、すぐに情況を察してくれた。
「上に上がろう。服も、着替えた方がいい」
店の二階は、彼女の家になっているようだ。
わたしは姐さんに支えられながら上に上がり、手当てをしてもらった。
最後になってから、二か月は経っている。それはきっと、慣れない異世界での生活で溜まったストレスのせいだ。だから、すっかり忘れていた。
長い期間が空いてしまったせいか、痛さが半端ない。
「最後に来たのはいつだい?」
「・・・・・二か月以上、前、です」
「だったら、痛みはすごいだろうね。・・・痛み止めはあるけど、体の事を考えると使わない方がいい」
「大丈夫です。少し横になってれば・・・・」
「アタシだって女さ。月のモノがどれだけ痛いかぐらいちゃんと知ってる」
姐さんは、そう言ってわたしの額にへばり付いている前髪をやさしく退かしてくれた。
服までは汚れなかったからそのままのものを着ているけど、姐さんのベッドを占領してしまって申し訳ない気持ちが広がる。
「気にしないくていいよ。マツリの事は気に入ったからさ。・・・・・こんなに普通の娘なのに、あんな変人達と暮らしている所とか、あいつらがみんな、あんたを大切にしてるみたいだし」
それはただ単に、興味を持ったって事だろう。
「ははは、そうかもしれないね」
「そうとしかいいません」
痛みはまだ引かないけれど、横になったら落ち着いてきた。
それからしばらくして、誰かが二階へ上がってくる音がした。そういえば、お店は・・・。
部屋に入ってきたのはバーントさんだった。
ベッドに横になっているわたしを見て、驚いたように寄ってくる。
「マツリ、どうした?」
姐さんの隣に膝をついて、心配そうな顔をしてきた。
うわぁ、大人な二人にこんなに心配されるなんて、わたしって幸せ者。
「じゃあ、わたしそろそろ行きますね」
「そんな体で歩くのは、負担をかけるよ」
「大丈夫です。ホテルに戻って寝ますし」
「・・・ほてる?」
「あ、あのわたし達が泊まるところ」
そうだ、ここは意味が通じる言葉とそうじゃない言葉があるんだった。
「いや、今日はここに泊まって行け」
バーントさんに提案されたけど、わたしは誰かさんと違って、KYなんかじゃない。
せっかく会えた恋人との夜を邪魔できるほど、わたしの神経は図太くないのだ。
二人が止めるのを聞く事もなく、わたしは階段を降りた。
「お姉ちゃん!?」
ヨロヨロと降りてきたわたしを見て、二―ルくんが驚いた顔をした。すぐに駆け寄って来て、わたしを支えてくれる。
本当に、大人になった時が楽しみだ。きっと、いい男になるに違いない。
「どうしたんですか」
コウヤさんも傍に寄ってきた。カインもその後ろを着いてくる。
団長とルイさんは居ないようだ。
「女として必要なものさ」
姐さんが降りてきて、遠回しに説明してくれた。コウヤさんとカインはすぐに分かってくれたらしい。
「泊まっていけと言っているのに」
「ちゃんとベッドで寝ます」
「ヨロヨロじゃないか」
「歩けます!」
今日買ったモノを入れた袋を持って、姐さん達の方に礼をした。今日は、バーントさんはお泊り決定。
「じゃあ、また明日、よろしくお願いします」
「・・・・明日は、一日寝てな。時間があれば、アタシから見舞いに行く。服の事は明後日でも構わないからね」
「・・・・はい」
もう一度礼をして、扉の方へと歩き出そうとすれば、また体が浮いた。
これはもう何回も経験していることだ。
「カイン」
「そんなにヨロヨロ歩かれたら、見てるこっちがイライラしてくる。大人しく掴まってろ」
「うん」
「では、荷物は私が」
「コウヤさん」
「・・・・僕は?」
「二―ルくんは、一緒に居てくれたらいいよ」
「うん!」
カインは憎まれ口を叩きながらもこうして甘やかしてくれるし、コウヤさんもすごくやさしい。二―ルくんも、本当に癒される存在だ。
結局わたしは、ホテルの部屋に着くまで、カインに抱えられていた。




