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キセキが起きるその場所へ  作者: あかり
第二章:解けない過去の楔
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Ep.5


 しばらく、重い沈黙がわたし達を包み込んでいた。

 誰も何も言わない。

 ただ、炎の吹き上がる小さな音と、それに従って折れる小枝の音だけが、わたし達の時間が進んでいる事を教えてくれる。

 

 わかってる。

 この考えが馬鹿げて居る事も、そんな事、出来るはずがないって事も。

 死んだ人間は生き返らない。異世界であるここにおいても、そんな非現実な事など起きるはずはないのだから。

 

 握り締めている拳から、何かが滴り落ちる感じがした。


 見たくないな。・・・・・バーントさんに怒られる。これって、立派な自虐行為だもんね。

 でも、もし、これで、またみんながわたしの事、おかしい娘だと思い始めたら、それはそれで嫌だなぁ。せっかく受け入れてもらえたのに。


 手のひらを血が伝うのを感じ取りながら、ふとそんな考えが頭を過ぎった。

 でも、血をそのままほったらかしにするわけにもいかず、どうしようかと手を開こうとすれば、いつの間にかやってきていたルイさんにその手をとられていた。

 顔だけ横を向けて、ルイさんを見た。

 彼はゆっくり、何か壊れ物を扱うような慎重な手つきで、手の平を開いてくれる。 


「こんなになるまで、我慢なんて、しなくていいんだよ」


 目を見開いて彼を凝視する。

 その微笑は、炎に照らされて、暗い影を作っていた。

 さすがは医者というか。ルイさんは、持っていた救急用品セットを使って、あっという間に怪我の手当てをしてくれた。

 そのおかげで、わたしの右手は包帯でグルグル巻きである。

 どうするかな、わたし、右利きなのに。

 団長がゆっくり立ち上がって、わたし元にやってくる。 

 そして、その大きな手を頭に乗せてくる。その表情はやけに真剣で、ただの昔話が、みんなにとって、どれだけ重く深刻なものにしてしまったのかを思い知る。

 わたしは、みんなに悩んでほしくて、こんな話をしたわけじゃないのに。


「・・・・・今日は、もう寝よう」


 ルイさんに誘導されて、移動車に向かって歩き始めた。

 でも、これだけは言っておきたくて、途中で止まって、団長達の方を振り返った。


「あのっ、わたし、ただ、みんなに知っておいてほしかったから話しただけで!別に、みんなを落ち込ませたいとか、そんな事全然ないからっ。これはわたしの問題だから、わたしが、ちゃんと自分で解決するから」


 その後の言葉は続かなかった。ルイさんに強制的に移動車の中に押し込まれたから。

 それから、よく眠れるというお茶を飲んで眠った。


 その日はもう夢は見なかった。


●  ●  ●  ●  ●  ●  ●

 

 湖での水浴びの途中、わたしはふとセピアの方に視線をやった。

 彼は、動物のくせに、わたしが水浴びしている時は律儀に他の方を見て、わたしの方を見ようとはしない。本当に、彼はただの狼なのだろうか。

 ふと疑問に思うことがある。もしかしたら、セピアの魂は人間なんじゃないかって。それくらい、この灰色の毛の狼は、不思議な行動をとる。それに、一行のみんなも、セピアには只ならぬ信頼を寄せているようでもあった。


「ねぇ、セピア」


 湖で一泳ぎした後、タオルで体を拭きながら岸に上がり、服を身につけている途中、わたしはセピアに声をかけた。手の傷は、翌日にはすでに傷跡も残らずに直ってしまった。本当に、わたしの治癒能力は異常だ。

 狼くんは、わたしがまだ着替え中だからか、視線をこっちには向けない。


「トラウマって、なくなるのかな」

「クゥ~」


 今、心から、君が何を言っているのか知りたいな。

 着替え終わり、セピアが足元に擦り寄ってきた。本当に、すごく懐かれたものだ。

 わたしは身を屈め、セピアと同じくらいの背丈にして彼を見つめた。その頭を撫でながら、心の中にあるものを、打ち明けてみる。


「でも、どうやったらいいんだろう」


 セピアは何も言わない。当然ながら。

 でも、その湖のように澄んだ瞳で、何かを伝えてくれている気がした。あいにく、それが何を示しているのか、普通の人間のわたしには計り知れないけれど。


「わたしは、幸せになっちゃ、いけないんだよね」


 言い聞かせるように言う。

 この世界に来て、忘れそうになっていた事。

 だから、あの時、あの親子を見たのかな。

 元気そうな娘と、それをからかって遊ぶ父親。そんな二人を見て幸せそうな笑みを浮かべていた母親。


 彼らは、ありし日の・・・・そして、今となってはありえない、消え去った現在いまの、わたし達親子を映しているようだった。

 

 呟いたわたしの言葉を聞き取ったのか、セピアがより一層強くわたしの方に体を寄せてきた。


●  ●  ●  ●  ●  ●  ●


 過去を話したからと言って、今のわたし達にどうこう出来るわけがなかった。

 事故が起きたのは十年も前の事。そして、その傷は、長い年月が経った今でも、消える事なんてない。

 ただ、みんな、今自分達に出来る事をしようとしているらしく、いつもわたしを一人にしないように気を使ってくれた。他愛もない話をしてわたしを笑わせてくれようとした。

 ルイさんも、毎晩、彼特製の煎じ汁を飲ませてくれる。そのおかげで、悪夢に魘される事も少なくなった。

 

 ただそれだけで、わたしは、前に進んでいる気がする。

 

 両親の事を忘れたわけじゃない。事故の事を忘れたわけじゃない。

 でも、こんな風にわたしを大切にしてくれる人達に囲まれて、どんどん、幸せになりたいって思うようになってきた。ちゃんと、自分の未来を見てみたいと。


 こんな甘ったれた考えのわたしを、母と父はどう思うだろう。  


「マツリ、次の村では色々調達する事になるぞ」

「調達?」

「食料とか、他に旅で入用なものとかをね」

「・・・・へぇ」


 と言う事は、その町はあんまり被害を受けていないと言う事になるのだろうか。


「マツリは初めてだったな。今向かってるのは、カラナールだ。ダンジェルに次ぐこの国第二位の大きな街」

「お姉ちゃんも、絶対気に入るよ。僕、大好きだもん!」


 ニールくんが膝の上で歓喜に顔を輝かせていた。


「私達も、それなりに休暇は必要だからね。ここでは思い切り、羽目を外すといい」


 ルイさんも、どことなく嬉しそう。

 なんだかワクワクしてきたな。一体どんなところなんだろう。


 

 それからほどなくして、わたし達は、この国の首都・ダンジェルに続く大きな都市、カラナールの門を潜った。


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