Ep.5
しばらく、重い沈黙がわたし達を包み込んでいた。
誰も何も言わない。
ただ、炎の吹き上がる小さな音と、それに従って折れる小枝の音だけが、わたし達の時間が進んでいる事を教えてくれる。
わかってる。
この考えが馬鹿げて居る事も、そんな事、出来るはずがないって事も。
死んだ人間は生き返らない。異世界であるここにおいても、そんな非現実な事など起きるはずはないのだから。
握り締めている拳から、何かが滴り落ちる感じがした。
見たくないな。・・・・・バーントさんに怒られる。これって、立派な自虐行為だもんね。
でも、もし、これで、またみんながわたしの事、おかしい娘だと思い始めたら、それはそれで嫌だなぁ。せっかく受け入れてもらえたのに。
手のひらを血が伝うのを感じ取りながら、ふとそんな考えが頭を過ぎった。
でも、血をそのままほったらかしにするわけにもいかず、どうしようかと手を開こうとすれば、いつの間にかやってきていたルイさんにその手をとられていた。
顔だけ横を向けて、ルイさんを見た。
彼はゆっくり、何か壊れ物を扱うような慎重な手つきで、手の平を開いてくれる。
「こんなになるまで、我慢なんて、しなくていいんだよ」
目を見開いて彼を凝視する。
その微笑は、炎に照らされて、暗い影を作っていた。
さすがは医者というか。ルイさんは、持っていた救急用品セットを使って、あっという間に怪我の手当てをしてくれた。
そのおかげで、わたしの右手は包帯でグルグル巻きである。
どうするかな、わたし、右利きなのに。
団長がゆっくり立ち上がって、わたし元にやってくる。
そして、その大きな手を頭に乗せてくる。その表情はやけに真剣で、ただの昔話が、みんなにとって、どれだけ重く深刻なものにしてしまったのかを思い知る。
わたしは、みんなに悩んでほしくて、こんな話をしたわけじゃないのに。
「・・・・・今日は、もう寝よう」
ルイさんに誘導されて、移動車に向かって歩き始めた。
でも、これだけは言っておきたくて、途中で止まって、団長達の方を振り返った。
「あのっ、わたし、ただ、みんなに知っておいてほしかったから話しただけで!別に、みんなを落ち込ませたいとか、そんな事全然ないからっ。これはわたしの問題だから、わたしが、ちゃんと自分で解決するから」
その後の言葉は続かなかった。ルイさんに強制的に移動車の中に押し込まれたから。
それから、よく眠れるというお茶を飲んで眠った。
その日はもう夢は見なかった。
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湖での水浴びの途中、わたしはふとセピアの方に視線をやった。
彼は、動物のくせに、わたしが水浴びしている時は律儀に他の方を見て、わたしの方を見ようとはしない。本当に、彼はただの狼なのだろうか。
ふと疑問に思うことがある。もしかしたら、セピアの魂は人間なんじゃないかって。それくらい、この灰色の毛の狼は、不思議な行動をとる。それに、一行のみんなも、セピアには只ならぬ信頼を寄せているようでもあった。
「ねぇ、セピア」
湖で一泳ぎした後、タオルで体を拭きながら岸に上がり、服を身につけている途中、わたしはセピアに声をかけた。手の傷は、翌日にはすでに傷跡も残らずに直ってしまった。本当に、わたしの治癒能力は異常だ。
狼くんは、わたしがまだ着替え中だからか、視線をこっちには向けない。
「トラウマって、なくなるのかな」
「クゥ~」
今、心から、君が何を言っているのか知りたいな。
着替え終わり、セピアが足元に擦り寄ってきた。本当に、すごく懐かれたものだ。
わたしは身を屈め、セピアと同じくらいの背丈にして彼を見つめた。その頭を撫でながら、心の中にあるものを、打ち明けてみる。
「でも、どうやったらいいんだろう」
セピアは何も言わない。当然ながら。
でも、その湖のように澄んだ瞳で、何かを伝えてくれている気がした。あいにく、それが何を示しているのか、普通の人間のわたしには計り知れないけれど。
「わたしは、幸せになっちゃ、いけないんだよね」
言い聞かせるように言う。
この世界に来て、忘れそうになっていた事。
だから、あの時、あの親子を見たのかな。
元気そうな娘と、それをからかって遊ぶ父親。そんな二人を見て幸せそうな笑みを浮かべていた母親。
彼らは、ありし日の・・・・そして、今となってはありえない、消え去った現在の、わたし達親子を映しているようだった。
呟いたわたしの言葉を聞き取ったのか、セピアがより一層強くわたしの方に体を寄せてきた。
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過去を話したからと言って、今のわたし達にどうこう出来るわけがなかった。
事故が起きたのは十年も前の事。そして、その傷は、長い年月が経った今でも、消える事なんてない。
ただ、みんな、今自分達に出来る事をしようとしているらしく、いつもわたしを一人にしないように気を使ってくれた。他愛もない話をしてわたしを笑わせてくれようとした。
ルイさんも、毎晩、彼特製の煎じ汁を飲ませてくれる。そのおかげで、悪夢に魘される事も少なくなった。
ただそれだけで、わたしは、前に進んでいる気がする。
両親の事を忘れたわけじゃない。事故の事を忘れたわけじゃない。
でも、こんな風にわたしを大切にしてくれる人達に囲まれて、どんどん、幸せになりたいって思うようになってきた。ちゃんと、自分の未来を見てみたいと。
こんな甘ったれた考えのわたしを、母と父はどう思うだろう。
「マツリ、次の村では色々調達する事になるぞ」
「調達?」
「食料とか、他に旅で入用なものとかをね」
「・・・・へぇ」
と言う事は、その町はあんまり被害を受けていないと言う事になるのだろうか。
「マツリは初めてだったな。今向かってるのは、カラナールだ。ダンジェルに次ぐこの国第二位の大きな街」
「お姉ちゃんも、絶対気に入るよ。僕、大好きだもん!」
ニールくんが膝の上で歓喜に顔を輝かせていた。
「私達も、それなりに休暇は必要だからね。ここでは思い切り、羽目を外すといい」
ルイさんも、どことなく嬉しそう。
なんだかワクワクしてきたな。一体どんなところなんだろう。
それからほどなくして、わたし達は、この国の首都・ダンジェルに続く大きな都市、カラナールの門を潜った。




