Ep.4
「マツリッ!」
大きな声で名前を呼ばれ、わたしは目を覚ました。
その夜、わたしはハンモックに寝ていたはずなのに、目が覚めたそこはソファーの上だった。隣に寝ていたはずのニールくんが隣に居ない。
その代わり、みんながわたしの周りに集まっていた。
ニールくんも、その中に含まれている。
さっきわたしの名前を呼んだのは、どうやら団長だったようだ。
「大丈夫かい?」
ルイさんの声には少し困惑の色が含まれている。
みんなどうしたんだろう。そんなに心配そうな顔をして。
わたしはわけがわからず首を傾げた。
「これを」
コウヤさんにタオルを差し出されて、上半身を起こしたところで、ようやく自分がすごい汗をかいていた事に気がついた。
すごい、汗だらけで、体中がベトベト。
「うわぁ」
自分のことなのに、どこか感心してしまった。
今まで、こんなに寝汗をかいた事がない。なんだか、逆に引くな。
コウヤさんの好意に甘えて、タオルを受け取り、首や腕を拭いた。
さて。
「・・・みんなどうしたの?」
わたしがこんなに寝汗をかいたから、吃驚したのだろうか。まぁ、二―ルくんは驚くだろうな。ごめんね、こんなに汗かいて。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「え?」
「お前、魘されてたぞ」
カインがどこか不機嫌そうに声をかけてきた。
「え、うそ」
「今日に始まったことじゃない。もう数日は魘されているよ。あの村を出てからずっと」
ルイさんが、わたしの手首に指を置いて脈を図りつつわたしの様子を窺ってきた。体に影響はないらしく、彼は何も言わずに手を離した。
「何か、心配事でも?」
どこかに行っていたらしいコウヤさんが戻ってきた。手には一つのカップを持っている。どうやら、ミルクを暖めてくれたようだ。
それを一口飲めば、なんとなく心が落ち着いた感じがした。あくまでも感じだけだけど。
「お前、村を出てから、おかしくなったな」
バーントさんがわたしの隣に移動して、わたしの顔を覗き込んできた。
「・・・・あの、親子に会った辺りから」
「!」
・・・・・・しまった。あからさまに反応しすぎた。
そう思っても、後の祭り。
この一行のみなさんは、普通の人より勘も良く、尚且つ相手の様子を観察し読み取る能力に優れているのだ。
失敗した。最悪だ。
ルイさんも、いつになく真剣な表情でわたしの方を見つめてくるし、カインの表情も険しい。コウヤさんはいつもの通り無表情だけど、一体何があったのか知りたがっているようだし、ニールくんも心配そうにわたしの様子を窺ってきた。
団長に至っては、その太い眉をハの字に曲げてこっちを見ていた。
あんな夢を見た後に、彼の顔を見るのは少し辛かった。その表情が悲しげなものなら尚更。
だって団長は、死んだ父に、面影がとてもよく似ている。
● ● ● ● ● ● ●
「わたし、元々はお祖母ちゃんじゃなくて、両親と一緒に暮らしてたんだ」
その夜、いつものようにみんなで炎を囲んで座っていた。
わたしは、夕食を食べ終わりいつも通りにしていたのだが、ルイさんとカインに、強制的に事のあらましを説明するように頼まれた。
二人共真剣で、断る事なんて出来ない。
そこで、昔語りを始めたのだ。
みんな、ちゃんとわたしという人間を受け止めてくれている。そして、わたしは、ここでちゃんと前に進もうと決めたのだ。
いつかきっと、過去と向き合う時が来るはず。そんな時、わたしのわがままかもしれないけれど、みんなにこの気持ちを知っていてもらえたらと思った。
わたしを救ってくれた、そして居場所をくれた、大切な人達だから。
だから、話す。今まで、誰にも言った事のなかった、わたしの昔ばなしを。
「父はとても明るくて、よく大口を開けて笑う人で。・・・・この髪の色も顔立ちもお父さんから譲り受けた物」
わたしは自分の髪を触る。
「母は逆に、物静かででも頑固者。・・・このくせっ毛とこげ茶色の瞳は母のなんだけどね。・・・・わたしは、両親のどちらにも良く似ているって言われてたの。面影は父親似で、でも一度こうと決めたら動かないところは母似だって」
「・・・だが、お前は、元の世界には祖母しかいないと言っていたな」
バーントさんが口を挟んでくる。その手に、いつものキセルはない。
ちゃんと集中してわたしの話しを聞いていてくれると、行動で示してくれているのだ。
わたしは小さく笑った。よく、そんなに前の事を覚えているものだ。
「両親は、わたしが九歳の時に、事故で。・・・・・まぁ、実質的に、わたしが殺したって思ってる」
「「「「・・・・・・・・・・・」」」」
「だから、わたしは人殺し」
辺りの温度が一気に下がって、みんなの表情が強張る。
よかった、ここにニールくんが居なくて。彼にこの話は重すぎる。
わたしは、冷静を装って話しを進めた。
「で、身寄りがなくなったわたしを母方の祖母が引き取ってくれて、今まで育ててくれたってわけですよ。父は、外国の人だったらしくて、わたしの知っている親戚はみんな母方だけで。わたしを引き取るって言う人なんて居ないと思ってたから・・・ほら、わたしのせいで両親は死んだわけだし。そしたら、お祖母ちゃんが」
「だから、お前は彼女を一人にするわけにはいかないんだな」
カインが言った。
その言葉に頷く。
彼女から、大切な娘と義理の息子を奪ったのは、他でもないこのわたし。どちらかといえば、親戚と距離を置いていた祖母を、更に一人ぼっちにしてしまったのもわたし。
本当だったら、憎まれてもいいはずのわたしを、祖母は何も言わずに愛してくれた。
「おばあちゃんも他の誰も、その事故については何も言わなかった。でも、わたしはわたしを許せなくて。・・・・だって誰も責めてくれないから。わたしが原因を作ったのに。だったら、自分で自分を罰しようと思った」
「罰する?」
「そう。もう二度と、自分の幸せになれる未来なんて描かないってね」
そう決めたのは、わたしが中学に上がってすぐの事だった。
周りからすると、この決意は少し痛いと思われるのかもしれない。でも、まだ何も知らなかった子供のわたしに出来る償いは、これくらいしか思いつかなかったんだ。
まだ若かった母と父から未来を奪ったわたしが、安穏と幸せな未来を手に入れていいはずがない。
すると、ずっと黙っていた団長が、真っ直ぐわたしの方を見てきた。その瞳はいつも以上に澄み渡っていて、心がざわつく。
「マツリ、お前はさっきから、ずっと自分が人殺しだと言ってるけどな。本当にそうなのか?何があったんだ」
「わたしのせいなんだよ」
わたしの心は落ち着いていた。
「わたしが九歳の時、遊んでたボールを追って道路に飛び出した。そしたら大型トラックが・・・・大きな馬車みたいな乗り物なんだけど、わたしに向かって突っ込んできたの。それを庇ったのが母。で、その母を庇ったのが父。・・・二人はもちろん即死ね。本当なら、わたしがそうならないといけなかったのに。二人共、体中血だらけになって、手も足も変な方に曲がって・・・」
「マツリ」
ルイさんがわたしの名前を呼ぶことで、話を止めようとする。
でも、わたしは止められなかった。
「少し前までみんなで一緒に歩いてて、もし、あの時わたしが駆け出さないでいれば、父も母もあんなに惨い有り様で死ぬ事なんてなかったのに。綺麗だった母も、かっこよかった父も、別人みたいになって・・・・・わたしが、あんな風になればよかったのに」
「マツリ」
誰かの暖かいぬくもりに抱きしめられた。
「もういいから、それ以上は、言うんじゃない」
団長だった。
前にいたはずの団長が隣にいて、わたしの事を抱きしめてくれている。
「お前の両親は、お前を庇って死んだんだ。娘を守るためなら、誰だってそうするはずだ」
ほら、やっぱり。
わたしは団長から体を離して、みんなに背を向けて、立ち上がった。
心が、急激に何か縛り付けられていくように軋んだ。
「そう言って、みんな誰も責めてくれない。一言だけ、わたしがやったんだって、言ってくれたらいいのに。誰もそんな事言わない。わたしはちゃんと知ってるのに」
涙なんて、出ない。そんな事しても、どうしようもないって分かってるから。
その代わり、握った拳に力を込めた。
「だから、記憶に残るお父さんとお母さんがわたしを責めるんだ。わたしがした事を忘れさせないようにって、あの時の血まみれの格好で倒れたまま、わたしを見てくるの。・・・・二人は、きっとわたしを憎んでる。二人は死んだのに、わたしだけ生きてるから」
だから、わたしは生にも、自分自身にも頓着した事なんてなかった。
ただ流されるように生きて、そしてひっそりと死んでいく。それでよかったのに。
けれど、この世界に来てしまった。
みんなに会って、前に進みたいと思うようになった。
「だけど、わたしは、この世界に来て」
拳を握り締める力が強くなり、手が痛い。
「自分自身の未来がほしくなった。・・・・お父さんとお母さんに、許してもらいたくなった」
二人はもう居ないから、そんな事、出来るはずもないのに。




