Ep.2
やってきたのは小さな町。
この町も、あらかた修復は完了しつつあるようで、人々の表情もいつになく自然体だった。国の外れにあるから、そんなに襲撃されなかったんだ。
このまま旅をしていれば、いつかは海の見える村にも行けるんじゃないかな。だとしたら、嬉しい。わたしは海が大好きだ。いくら眺めていても飽きないのは、海くらいかな。いや、空を眺めているのも好きだ。雲の形が変わっていく様子がすごくおもしろい。
今回は、いつものように緊張しないで済んだ。
いいなぁ、こんな、のほほんとした空気も。
村のシンボルである大きな風車を見上げながら、わたしは大きく伸びをした。
「あーー」
馬鹿みたいに声を上げてみたりして遊んだ。
セピアも、野生に戻ったみたいに周りを走り回っている。その背に乗っているのは二―ルくん。
ここで新事実が発覚した。セピアは、わたしくらいまでなら背中に乗せて走る事も可能なんだ。・・・・かなり、いや結構危なっかしい。
重さ的には大丈夫なのかもしれないけど、やっぱり、体格的にあんまり乗りたくない。ので、本当に危機が迫った時意外、セピアの背中に乗る事は絶対にないだろう。
そう宣言した時、セピアが少し悲しそうな感じで小さく唸り声を上げた後、がっかりするように移動車の中に入ってしまった。
その後すぐに謝って、彼のお腹を枕代わりに寝た事で、すぐに機嫌は直った。
かわいいなぁ、もう。
「ここはいい所だね」
「・・・・・うん」
ルイさんが隣にやって来て、わたしに微笑んできた。
ウガァァァァ!
だから、そのたまに見せる優しい笑顔には面識がないんですよ!胸バクバクして、頬が高潮しそうなんです。なんかもう、こんな純情な自分を見るのも、色んな意味で寒いんで止めてくださいっ。
と、こんな事面と向かって言えば、恐ろしい目に合いそうなので、心の中だけで言っておく。
「君が来てから、比較的被害の多い場所ばかり行ってたんだ。実際は、こんな風に平和な村もいくつかあるんだよ」
「へぇ」
「でも、いい経験にはなっただろうね」
「まぁ、そのおかげで今わたしはここに居るから」
「確かに」
一緒にセピア達のはしゃぎ様を見ていたが、途中でわたしに向けられてくる視線に気づいてそちらを向いた。
カインだ。
お揃いの(といっても、セピア意外のみんなが着ている)マントを靡かせながら、カインが歩いて来た。きっと暇になったんだろう。
この頃彼らは、暇になるたびにわたしの所へ来ては、わたしを暇つぶしの材料にしている。
この間なんて、サンジュのおっさんに高い高いをされそうになったんだから。あの時、コウヤさんが助けてくれなければ、わたしはきっと人生の汚点を作っていたに違いない。『十九歳で、高い高いをされた』というある意味最大の屈辱として。
その様子を見ていたバーントさんは、何も言わずに見ていただけだったし(確実におもしろがってた)、カインとルイさんは笑ってた。
ここで、わたしの中でコウヤさんの株が一気に上がったのは言うまでもない。この頃では、本気で兄貴と呼ぼうか迷っている。・・・ふん、他の奴なんて知らないもんね。
近づいてきたカインは、しばらくわたし達と一緒に並んでいたけれど、ふとわたしの方を見て、なんともいえない顔を作った。附に落ちないような顔、とでも言っておこうか。
「何?」
「・・・・あの時どうして助かったんだ?」
あの時とはきっと、前にわたしが山賊に襲われた時の事。
頬と腕と足にかすり傷を負い、服が泥だらけになった事意外は、本当になんの問題もなかった。
ルイさん達は、わたしの精神面の方を心配していたようだったけれど、リディアスにあの素敵な湖をみせて貰っていたから、ある程度落ち着いていた。
「だから、ヒーローに助けてもらったの」
「その、お前の言うひーろーとやらが、一体誰なのかって聞いてるんだよ」
「知らない。そんなの」
「知らない人に助けてもらって、安心してるのか、お前」
「リディアスは悪い人じゃないもんね。最初にわたしが助けてあげて、そのお返しにわたしを助けてくれたんだもん」
これが世に言う、ギブアンドテイク。
ううむ、まさか、異世界でその定義を行なうとは。
「マツリは、すっかりその人の味方みたいだね」
「だって、命の恩人ですから」
そう言ってわたしは、自分の頬に触れた。傷は、とっくの昔に治っている。
表情も声も、雰囲気さえあんなに冷たかったのに、その手は暖かかった。冷え性に悩まされているわたしなんかよりもよっぽど。
その頬に当てた手に、ルイさんの手が触れた。
いきなりだったから吃驚したけど、ルイさんの手も意外とあったかい。
「マツリの手は、夏場なのに冷たいよね」
うぅ、それはわたしも悩んでるんです。
だからよく、二―ルくんに温めてもらってるんだ。
ルイさんはそう言って、笑顔のまま手をぎゅっと握ってきた。
あぁ、すごくいい体温だ。
わたしは、しばらくの間、彼にされるがままに手を繋いでいた。だって暖かいから。すると彼が手を離して、苦笑しながらわたしを見下ろしてきた。
ちなみにわたし達の身長差は、ちょうど頭半分くらい。わたしは比較的背の高いほうで、男の中でもかなりの長身であるルイさんとは、これくらいしか差がない。いや、頭一分でも、十分差はあるかも。カインとも同じくらいかな。軽く見積もって、百八十以上はあると思われる。
一行の中で一番背が高いのはバーントさん。わたしと頭一つ分と少し違うんだ。その次にルイさんで、コウヤさん、カイン、団長が続く。ニールくんは比べない。かわいそうだから。
ルイさんは苦笑したまま、今度はわたしの手に頭を乗せた。
うーん、手を置くには少し高過ぎやしないか、わたしでは。
「今は、まだってとこかな」と、ルイさんが呟いた。
「?」
「こいつは論外だろ」と、カインが鼻で笑った。
「!」
何の事を話しているのかはわからないけれど、馬鹿にされたのはわかった。
その後、わたしとカインの間で、軽い言い争いが勃発したのは当然で。コウヤさんが止めに来るまで、誰も止めなかったのも、また当然。
コウヤさん、いつも手をかけさせてごめんなさい。今度からは、もう少し自重します。
少し疲れた感じで移動車に戻っていったコウヤさんの背に向かって、わたしは小さく謝罪した。




