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キセキが起きるその場所へ  作者: あかり
第一章:すべての始まりはここから
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Ep.19


 どうしよう、どうしよう。

 

 わたしは、無我夢中で森の中を走っていた。

 息が苦しくなっても、足が鉛のように重くなっても、止まる事は許されなかった。

 止まれば、それは、死を意味する。

 

 木々の枝で、頬が切れて血が流れている。

 地面に突き出た木の根っこで足がとられ、何度も転倒しては立ち上がった。真っ暗で何も見えないけれど、ただただ走り続ける。

 服も体もボロボロだ。


「待てェェ!」

「おいっ、こっちだ!」


 後ろを追いかけてくる山賊達は、一向に止める気配を見せない。

 彼らは、団長達とは違い、野蛮なのだ。そんな彼らに掴まってしまえば、それは。

 想像を掻き消そうと頭を振って、再び走る事に専念しようとした。


 けれど。


 耳を掠める小さな風と共に、体の動きが止まった。いや、正しくいうと、止められた。


「ぁ・・・」


 真っ暗で最初なにが起きたのかわからなかったが、目を凝らして、やっと今の自分の情況が確認出来た。山賊の一人が放った矢が、わたしのマントの裾を木に縫い止めてしまったんだ。

 呼吸が止まった。

 山賊達が、どんどん近づいてくる。

 わたしは真っ青になりながら、どうにかして自分の動きを止めた原因である弓を抜こうとそれに手をかける。

 けれど人間、焦れば焦るほど何事もうまくいかなくなるものだ。


 弓は、簡単には抜けなかった。

 どんどん近くなる人の気配。

 それと比例するように胸の鼓動が速まった。わたし自身が聞き取れるほどに大きく、速く。


「・・・見つけたぜ」

「俺らから逃げるなんて、いい度胸やなぁ」

「さて、どうしてやろうか」 


 囲まれた。

 目では把握しきれないが、わたしの居る場所を中心に、ちょうど円を描くようにならぶ人間たちの気配を感じ取った。

 

 あぁ、もう、逃げられない。

 

 なんで、こんなにうまくいかないんだろう。

 ようやく一人で生きようと決心して、出た初日にこれだ。

 異世界に来てしまった時から、絶対ついていないと思っていたけど、今回は、本気で最悪の結末を迎えてしまいそうだった。

 わたしは、マントのポケットを探って、団長から貰っていた短剣を取り出した。


「ほぉ、中々だな」 

「おい、こいつ、女だぞ」


 その一言で、周りの雰囲気ががらりと変わった。獲物を狙う肉食獣のようなギラツイタ目が、いくつも、わたしを射抜いてくる。

 わたしは短剣を強く握った。

 もしも彼らがこれ以上近づいてくる素振りを見せたなら、すぐにこれを使って、自分を。こんな奴らに辱めを受けるくらいなら、そうした方がましだ。


 そう覚悟を決めて、短剣を鞘から取り出そうとした時、一部から男達の悲鳴が上がった。

 その悲鳴を聞いて顔を上げると同時に、誰かに抱え上げられた。その勢いで、マントに刺さっていた矢も抜け落ちる。

 馬に乗っているらしいその人は、片手をわたしの腰に回して体を固定してくれながら、片手で馬を操り、山賊の輪を突き破って走り出した。



「・・・・あ」


 顔を上げて、その人物を確認しようとしたわたしは、驚きに目を見開く。

 木々の間から零れ落ちる月明かりが、その人物の印象的な部分を鮮やかに照らし出す。


 月の光に反射してキラキラと輝いたのは、真っ青の―――。




●  ●  ●  ●  ●  ●  ●


「・・・・ありがとう、ございました」


 馬の上で、わたしは助けてくれた命の恩人にお礼を言った。

 最初はわたしが命の恩人だったけど、今は逆だ。


 わたしを助けてくれたのは、昼間行き倒れていたミイラ男さんだった。


「・・・・・・・・無事、か」

「はい」


 まだ体は震えているけど、体は無事だ。

 わたしは、短剣を握り締めたまま、両手を強く握って震えを押えようとした。今になって、恐怖が足元から這い上がってきたようだった。


 もう危険は去ったのに。


 しばらくゆっくりとした速度で進んでいたわたし達だったけれど、男が途中で馬を止めた。そして、流れるような動作で馬から降りた。

 どうしたんだろうと、その様子を黙って見つめていたわたしに、ミイラ男は両腕を伸ばしてきた。そのまま何か反応をする前に、脇の下に両腕を入れられ、小さい子供のように抱きかかえられる。


 うわぁ。


「・・・・」


 こういう時、普段のわたしであれば、蹴りの一つぐらい入れたかもしれないが、今は、抵抗しない方がいいと思った。

 男はわたしを抱えたまま黙って歩く。

 重くないのかなと思ったけど、重くないんだから歩いてるんだろうと思い直した。


 すると、今度も突然地面に降ろされた。

 本当に、このミイラ男は突然が多いな。


 わたしは抗議の声をあげようと男を見上げた。しかし、男の視線が真っ直ぐ目の前だけに向かっていたので、そちらも気になった。

 結局好奇心には勝てず、男の視線を追って、顔を前に向けた。


「・・・・・・・・・・・」


 そこで、顎が外れんばかりのすばらしい光景を目にすることになる。


 一言で言えば、幻想的。さらに言えば、神秘的。


 森の中で、唯一木々に邪魔されず月明かりを受けていたのは、小さくも大きくもない、静かな湖。木に囲まれた森の中で、そこだけはぽっかりと穴が開いたかのように月の光に照らされていた。水の細波も聞こえないしんと静まり返ったそこ。月の光だけが、その湖の存在をわたし達に知らせてくれる。


 そのすばらしい光景に、震えも恐怖も、一気に吹き飛んだ。

 わたしが無言で魅入っていると、大きな手が頭の上に乗せられた。

 もしかして、わたしを気遣って、ここに連れて来てくれたのだろうか。この光景を見れば、嫌な事も、忘れられると思って。


「ありがとうございます」

「・・・・」


 わたしがお礼を言って頭を下げると、男が無言で何かを指し出してきた。

 これは、わたしが逃げる時に置いて来た荷物。

 わざわざ、とって来てくれたんだ。

 この人、すごくやさしい人だ。


「・・・ぅ・・・・」


 こんな急に泣かれては困るだろうから、わたしは唇を噛み締めて泣くのを我慢した。やさしい人を、困らせたくはない。

 すると彼は、また、黙って頭の上に手を乗せて来た。

 それがまるで、泣いてもいいんだとわたしに伝えてきてくれているようで。


「ぅ~・・・」


 それでも声には出さずに、わたしは泣いた。頬を、いくつもの涙が流れ落ちるけど、それをあえて止めはしなかった。

 本当に怖かった。

 怖くて、怖くて、一人だったのが余計に辛くて。

 一人じゃ何も出来ないんだと、実感させられた。

 わたしが泣いている間、彼は何も言わずに傍に居てくれた。



「ごめんなさい・・・わたし、思いっきり泣いてしまって」


 気恥ずかしくなって、俯いたまま謝罪をした。 

 今はまた、森から出るために馬に乗って移動していた。

 男は黙って首を振る。気にしてないという事だろうか。

 それにしても、本当に無口なんだな。助けてくれた時に一度口を開いただけで、後は動作や表情で色々な事を語っているような気もする。


「あの、お名前、教えてくれませんか」


 これからも、ずっと、ミイラ男などと呼びたくはない。

 大切な命の恩人なのだ。それに、場面的に王子様と呼ぶに相応しい助け方をしてくれたし。―――ミイラ男だけど。


 もう一度言う。包帯で覆われてる人だけど。


 男とは、しばし逡巡した後、耳に残るやや低めな低音で名前を教えてくれた。その声も、包帯のせいで少しくぐもって聞こえるが。


「・・・・・リディアス」

「わたしは、茉里です」


 お互いに簡潔な自己紹介をしたのだ。

 森の出口まで連れて来てもらったところで、わたしは馬から降ろしてもらった。その際、丁寧な動作で頬の傷口に触れられた。気にしてくれたのかな。

 

 リディアスは、そのまま何も言う事なく、わたしに背を向けて行ってしまった。

 



 静かに彼を見送っていると、その背後から馬の蹄の音が聞こえてきた。しかも、かなり速い感じの。


「マツリさん!!」


 その蹄の音が近づいてくると同時に、名前を呼ばれた。聞いた事のある声。・・・でも、まさか。

 振り向いて見つけたその光景に、わたしは驚きのあまり自分の目を疑った。


 こんなところにいるはずなんてないのに、なんで。


「お姉ちゃん!!」


 馬に乗っているコウヤさんの後ろを、カインさんが誘導している移動車が続く。その移動車が止まるや否や、二―ルくんがそこから飛び出してきた。

 すぐにわたしの腕の中に飛び込んでくる。

 その勢いを受け止めきれなくて、わたしは地面にしりもちをついてしまった。

 そこで、今が現実なのだと思い知る。


「・・・・・なんで・・・」


 呆然とニールくんを見下ろしたまま、口からは当然の疑問が零れ落ちた。

 わたしはみんなに何も言わずに一人で旅に出て・・・・・なのになんで、彼らがここに居るのか。


「ったく、お前は世話ばっかりかけやがって!!」

「本当に」

「まったくだ」


 顔を上げれば、笑っている団長と、苦笑しているルイさん、そして真顔で頷いているカインさんが立っていた。セピアも、コウヤさんもバーントさんも居る。


「団長・・・」


 団長が、わたしが立ち上がるのを助けるように、手を差し伸べてきた。けど、その手をとるを、躊躇う。

 わたしは今までずっと迷惑をかけっぱなしで、すでに独り立ちした後で。

 すると、痺れを切らした彼は無理矢理手を握って立ち上がらせた。

 そしてそのまま、抱きしめられた。

 不器用な感じで、後頭部に大きな手を回されて、その広い胸に押し付けられる。

 頭上から、サンジュのおっさんの声が聞こえた。


「今まで、ずっと世話をしてきてやったんだ」


 さっき、泣いたばかりなのに。


「こうなったら、最後まで面倒見てやるから・・・・・ココに居ろ」

「~~っ」


 こんなの反則だよ。

 わたしは、泣かないように一生懸命我慢した。条件の中に含まれているんだ。みんなの前じゃあ、絶対に泣かないようにって。

 顔をくしゃくしゃにして、それでも涙を堪えた。

 これ、結構辛い。

 すると、溜息をついた誰かが、傍にやってくるのがわかった。


「・・・・本当に、お前は」


 バーントさんだった。


「自虐的な態度をとられるのは困るが、泣くぐらいならいくらでも、勝手にしていろ。俺は何も知らん」


 今まで一生懸命に気づいてきた堰止めが、粉々に崩れていく音が、耳元で聞こえた気がした。


「うぁぁぁぁぁあぁん!!!!」


 わたしは、幼い子供に戻ったように、声を上げて泣いた。

 今まで、我慢してきたものが、すべて溢れ出てきたように、わたしは声を張って泣きじゃくった。

 団長が、不器用な手つきで髪を撫でてくる。

 


 わたしは、ようやく見つけたんだ。

 本当の意味での自分の居場所を、今、やっと。 

 


第一章は完結です。次回は第二章に移ります。

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