Ep.18 (コウヤ視点)
「団長!!お姉ちゃんが出ていったって本当なの!?」
その日、いつものように村の見回りを終えて私が帰ってくると、二―ルが団長に向かって怒鳴っている場面に遭遇した。
私達が行動の拠点としている大きな馬車の中に、皆が集まっている。
彼らを包む周りの空気には、只ならぬものが含まれていて、すぐに何か悪い事が起きたのだと察する事が出来た。それに、先ほどもニールが叫んでいたではないか。
そうか、彼女は出て行ってしまったのか。
私は予想以上に冷静にその事実を受け止める事が出来た気がする。
いつかはその日が来るのだと、心のどこかで分かっていたからだろうか。
「ニールッ!」
カインがニールを団長から引き離す。いつもは大人しく私達の言う事を聞く彼だが、今回は少し違っていた。
「なんで!なんで団長止めてくれなかったのっ」
その大きな瞳には、涙まで溜めて、それでもニールは団長を睨みつける事を止めなかった。彼にとって、マツリさんはそんなに大切な人物だったという事か。
二―ルはマツリさんの中に母親という像を見出していたのかもしれない。それなのに、そんな彼女が突然居なくなってしまえば、確かに取り乱すのも頷ける。
一方団長は、苦虫を口いっぱいに含んで、一気に噛み潰したような苦々しい顔付きになっていた。団長自身も、マツリさんを行かせたことを後悔しているような顔付きだ。
彼もまた、彼女に一方ならぬ思い入れがあったのだろう。ルイが言っていたように、団長は近頃では、マツリさんを娘のようにかわいがるようになっていた気がする。本人ではないので、その真意はわからないが、見ている限りではそう見えた。
この間酔っ払いながらマツリさんの頭を撫でていた。それがいい例だ。団長は、本当に心を許した人以外には、隙を見せる事もないのだから。
きっと、二―ル以上に動揺しているのは、マツリさんを送りだしてしまった団長自身。
それでも彼は、そんな弱気な事は言わない。ただソファーに座ったまま静かに俯いていた。
ここは、私が助太刀をしなければ、二―ルの混乱は収まらないよだ。
・・・・正直、混乱している子供ほど苦手な物はない。これはカインの方が適役だと思うのだが、カイン自身もまた、マツリさんが突然居なくなった事に動揺しているようだ。ニールの動きを押えながらも、その視線は何か説明を求めるように団長に向けられていた。
ルイは顎に手を当てたまま黙り込んでいる。さて、その無表情の裏で、一体何を考えているのだろうか。興味はないので、別に知りたいとは思わない。
バーントは、黙って窓から外を見つめていた。
セピアは、馬車の入口を引っかいている。外に出たがっているのだろう。
皆が、差はあれど同じように動揺している。
そんな中で、こんなに冷静で居られる自分は、人間としての何かが欠落しているとしか思えない。昔の自分であれば、少しは気持ち的にも動揺していただろうに。
無意識の内に、右腕に手を当てていた。痛みはもうないはずなのだが、少し熱を持っている気がして、自分が未だにあの事を断ち切れていないのだと実感する。
そんな自分に、マツリさんはいつも笑顔で笑いかけてきてくれた。私としては、ただ共に過ごしている一人の人間として接してきたつもりだったのだが、彼女にとってはどうやら『親切な人』と受け止められたようだった。・・・・・いや、実際に親切にしていたのかもしれない。バーントやルイ、カインに比べれば。
「ニール、少し落ち着いてください」
「コウヤはいいの!?お姉ちゃんが居なくなっちゃったんだよっ」
ニールの矛先が、私に向けられてしまった。
私は仕方なく応戦する。本当に、子供は苦手だ。ニールは、まだいいけれど。
「マツリさんは、自分で決めて、自分で出て行かれたんです。我々が口出しできる事ではありません」
「だけど・・・・・っ」
ニールはまだ納得いかないように私を見てくる。
彼は賢い子だ。けれど、同時にまだまだ幼い子供であることに変わりはない。
頭では理解していても、心が追いつかないのだろう。仕方のない事なので、私はあえてそこには触れずに、淡々と話しを進める。
「いいですか。最初の頃を思い出してください。マツリさんは、以前から自分で旅に出る事を前提に我々と行動していたんですよ。その彼女が、もう自分一人でも大丈夫だと判断した、だから出て行った。それならば、彼女の意見を尊重するのが、私達に出来る最後の事だと思いませんか?」
この言い方は、些か卑怯だと思ったが、これ以外に、二―ルを大人しくさせる事は出来ない。
「彼女、一人で大丈夫かな」
ルイが視線を窓の外に向けてそう呟いた。
外はもう真っ暗で、家の中を灯す光しか見えない。
外を見つめるルイは、無表情のままだ。彼もまた、マツリさんの事を気に入っていた。最近の彼の表情は、とても生き生きしていたのは、マツリさんのおかげだったのだろう。それに比例するように、マツリさんはやつれていた気がしないでもないが。
突然私達の前に現れて、異世界から来たと発言したおかしな少女。
最初は、そのすべてを諦めた無気力な彼女を受け入れる事は出来なかった私達。けれど、少しずつ自分の姿を見つめ直してきた彼女を見ている内に、彼女の存在が私達の中で大きくなっていたのかもしれない。
本当に少しずつ、しかし着実に前へと進んでいる少女を見守る事が、我々の楽しみなっていたのかもしれない。
ようやく静かになったその場の空気も、またすぐに打ち砕かれた。
「大変だよ!近くの森に盗賊団が出たっ!」
村人が知らせてくれたその情報は、私達の空気に罅を入れるには十分なものだった。
「・・・団長、マツリは、どこに行くと?」
カインが、震える声で団長に問い掛けた。
皆の視線が彼に集まる。もちろん、私もその一人だ。
私は、頭の中ですばやく情報の整理をした。元々の生業のせいで、こういう事は得意分野の一つに含まれている。
この村で一番近い森。それは、首都へ向かう方角にある一つだけだ。もし、マツリさんが逆の方向に行ってくれていれば、問題はない。
けれど、現実はそんなに甘い物ではなかったようだ。
団長の顔色が、見る見る青くなっていく。
私の頭に、最悪の予感が走った。
その時脳裏を過ぎったのは、マツリさんの笑顔。
皆が、一斉に同じ事を思ったのだろう。
カインとルイが勢い良く外に飛び出した。きっと、出発する用意をするつもりだ。
バーントもその後に続く。事情を村人達に話して、協力してもらうのだろう。
団長とニール、セピアが緊張の面持ちで居住まいを正した。これから向かう決戦の場に備えているのかもしれない。
そして私は。
「・・・コウヤ」
「わかっています」
私は外に出ると、ルイが連れてきた馬を引き取って、すばやくその上に跨った。
「頼むよ。私達もすぐに行く」
「はい」
ルイさんの言葉を受け取って、律儀に返事をすると、私に出せる一番の速さで馬を走らせた。顔面にかかる風が冷たく、刃のように私の行く手を阻もうとするが、そんなもの、関係なかった。
今はただ、マツリさんの事を。
大切な仲間である、彼女の無事を、確認したかった。
マツリさん。・・・・・あなたの存在は、あなた自身も知らぬ間に、私達の胸にちゃんと刻み込まれてしまっていたようですね。
だから、どうか、ご無事で。