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キセキが起きるその場所へ  作者: あかり
第一章:すべての始まりはここから
18/107

Ep.17

 朝は、昨日の夜と同じように、村の人の差し入れを移動車の中で食べた。

 昨日の事は聞かなかった振りをして、昼までは普段通りに振舞った。

 

 今日の分のお芝居が終わった時、わたしは団長と二人で移動車の中に居た。 

 他の人達が出て行くとき、わたしが団長だけを呼び止めたのだ。

 二人で、ぞれぞれのソファーに向き合うように座る。


「話って、どうした」


 用件を切り出してきたのは、団長の方からだった。

 わたしは、どう切り出せばいいのか迷っていた。少し視線を彷徨わせながら、自分の考えを纏める。


 分かっていた事じゃないか。


 わたし達は元々から赤の他人で、住む世界だって、生きる場所だって違う。

 彼らがわたしを拾ってくれたのも、わたしが大怪我をしていて、見捨てられなかったから。


 なんて愚かなんだろう。


 少しみんなにやさしくされたからって、そこに自分の居場所があるなんて勘違いして。

 日本という比較的平和な国で生きてきて、いつでも誰かが傍に居てくれた事に慣れてしまったせいだ。自分の都合だけで、その場に留まろうとしてしまったのは。


 この世界は、日本じゃないのに。

 

「これからは、一人で旅に出ようと思います」

「・・・・・何?」


 膝を使って頬杖をついていた団長が、わたしの言葉を聞いて驚いたように目を見開いた。

 膝から腕を離して、じっとわたしを見つめてくる。


 あぁ、本当に。ここで、あっさり引き離してくれたら、こんな風に期待する事なんてないのに。


「元々、この国の事が少しでも分かれば、すぐに独り立ちすると言っていました。わたし自身、もう大丈夫だと思うんです」


 自分の浅はかな考えを無理やり押し込んで、笑顔を浮かべて見せた。

 これは、今までの感謝を込めて。

 団長はしばらく黙ったままわたしを見ていたが、しばらくして居心地が悪そうに視線を外してしまった。今度は彼の方が、視線を彷徨わせる。


「・・・・他の奴らには、言ったのか」

「言う、つもりはありません。団長にだけ、ちゃんと許可を頂きたかったんです。その、二―ルくんに面と向かってさよならを言いたくないので」


 恩を仇で返す、なんて言葉が脳裏に浮かぶ。

 でもわたしには、面と向かってわざわざ別れのあいさつをする勇気もない。あんなに懐いてくれたなら、尚更。


「どこに行く気だ」

「・・・この国の、首都に」

「そうか」 

「団長、今まで、本当にお世話になりました」

「って、おい!」


 立ち上がったわたしを見て、団長が驚いた声を上げた。


「お前、今すぐ出て行くつもりか」  

「はい。・・・その、本当に、お世話になりました」


 ソファーの下に隠しておいた細長い袋を取り出して、肩に掛けた。中に入っているのは、この間自分専用に貰った水筒と、元の世界で着ていた服。お金は、懐に入れてある。

 今行かないと、弱いわたしはきっとまた同じ事を繰り返す。これ以上、胸の痛みが募っていくのは嫌だ。


「・・・そうか」


 団長はそう言って、私に背を向けると、何故か引出しを漁り始めた。

 何をしているんだろうと思っていたわたしの前に戻ってくると、小さな白い袋をわたしに押し付けた。


「?」

「食料だ。お前一人なら少しは持つはずだ」

「・・・・ありがとうございます」 


 彼は、わたしを送り出してくれる。その現実を知って、少し勇気が出た。

 わたしの決断は間違っては居ない。


「その、服とマントと、短剣。貰っていくことを許してくださいね」

「あぁ」 


 団長は、それから何も言わずにソファーに座って、わたしを見てはくれなかった。

 彼の大きな背に一礼して、わたしは移動車を出た。

 

 今からわたしは、本当に一人だ。




●  ●  ●  ●  ●  ●  ●


 前にコウヤさんに貰った地図を見ながら、わたしは、やってきた村の入口とは反対の方向に進んでいた。

 今から向かうのは、考古学者の曾孫さんのところ。

 おじいさんの情報によれば、きっと首都に居るに違いない。まずは、そこを目指そう。

 この村から少し距離はあるが、数日あれば着けるだろうと予想した。その間に二つの小さな村と森が存在するようだ。


 山賊に会わない事を願いつつ、わたしは前を向く。


 地図の道筋を少し憶えて、袋の中にしまう。

 団長が別れ際にくれたのは、チーズに似た食感を持つ保存食品や、りんごやオレンジのようなフルーツを干したものだった。少しずつ食べていけば、きっと三日ぐらいは持つと思う。

 もし無くなった時は、近くの村によって食料を分けてもらう事にしよう。


 これからの事を具体的に考えながら、わたしは歩き続けた。


 考え事をしながら歩くと、時間はどんどん過ぎていくんだ。日の傾き方から見ても、すでに村を出て何時間か経過しているようだった。

 何もない原っぱを歩きながら、わたしは呑気にそんな事を考えていた。少し向こうには、森も見える。夜ぐらいには、辿り着けそうだ。

 意外と、一人でも大丈夫そうだな。

 けれど、夜の野宿について思い出し、その考えもすぐに吹っ飛ぶ。そうだ。夜はどうしよう。女一人なのに、眠るのはすごくまずい気がする。

 これは、夜に起きて昼に寝るという生活を行なうしか方法はないかもしれない。

 肌が荒れちゃうっ。・・・・・などという事を思うほど、わたしは自分の美容にはあまり興味がなかった。否、前はあったけど今はない、と言った方が正しいか。

 正直、この世界に来て、肌のことを気にするほどの余裕がわたしにはなかった。


「・・・・・・・・・・」


 そこでふと、何かが視界を横切った。

 足を止めて、後ろを振り返る。馬が居た。すごく育ちの良さそうな黒馬。どうやら、草を食べているらしい。馬の近くの草むらからチラッと見えたのは、誰かの靴。


 いい、すごく平和な風景を垣間見た気分・・・・・・って人ぉぉぉ!?


 気分を持ち直して再び歩き出そうとしたわたしは、けれどすぐに現実の異常さ気がついて、勢い良く後ろを振り返った。その時の自分の行動は、本当にバカだったと思う。見ていたのは、馬一頭だけだったのに、自分でノリ突っ込みをしていた私って一体。


 小走りで近づいていく。

 やっぱり予想した通り、人が倒れていた。

 そして、それがただ倒れているだけじゃないという事にも気がついた。


「・・・・血?」


 真っ黒なマントにこびり付いている赤い染みは、もしかしなくても血じゃないだろうか。そのマントも、所々裂かれていた。ただ事ではないその様子に、素直に恐怖を覚えた。

 血なんて、自分のものしかあまり見覚えがない。

 団長達は、出来るだけ血を出さずに山賊達を倒していたし、彼らと一緒だったからそんなに怖いとは思わなかった。


「じゃないくって!!」


 とりあえず助けないと。

 ここで放っておいて、その後で死なれたら、わたしはまた人殺しになってしまうではないか!

 少々考えが吹っ飛んでいる気がしないでもなかったが、とりあえずその倒れてる人の傍に膝をついて観察してみる。

 どうやら男性らしい。マントから出てる手が骨ばってたし大きかった。うつ伏せに倒れているからよく顔は見えないが、とりあえず、女性ではない事は確かだ。


「えーと」


 助けようと思ったはいいけれど、実際こういう時、どうしたらいいんだろう。

 救急車・・・・なんて、あるわけないか。

 そこで、ルイさんから聞いていた応急処置の方法なるものを思い出す。確か、怪我があるかどうか確認して、出血を押えるように言われたはずだ。

 倒れている男性から血が出てないか確認していると、右の二の腕が裂けているのを発見した。しかも血も出てる。


「血止め・・・」


 何か巻く物はないかな。

 わたしは背負っていた袋を降ろすと、布がないか探してみた。すると、草を食べていた馬がすぐ隣にやって来て、手元を覗き込んできた。


「この人、君の主人?」


 いつもの癖で、馬に話し掛けてしまった。いつもセピアに話し掛けてるから、つい。

 とりあえず、布は発見した。

 寝る時に使うシーツのような掛け布団だ。これがないと、夜寒いかな。


 でも、これ以外に使えるものはないし、仕方ないか。


 わたしはその布を二つに引き裂いて、片方を男の二の腕に巻きつけた。

 お馬さんがわたしの行動をじっと見てる。

 なんか最近、動物との触れ合いが増えてないか。

 元の世界で包帯を巻く要領で、怪我の止血をし終わった時、突然倒れていた男の人がすごい勢いで起き上がったかと思えば、何かをわたしの首元に突きつけてきた。

 銃だ。


「・・・・お前は、コアが目的か」

「・・・・」


 彼が何を言っているのかわからなかったけど、とりあえず動かずに大人しくする。ほんと、何度首に色んな物を突きつけられれば気が済むんだ、わたし。

 ちょっと遠い目をした。そんなに恐怖を抱かなかったのは、男がそのすぐ後、いとも簡単にわたしを解放したからだ。

 少し距離を置いて彼の方を振り返れば、彼が不思議そうに二の腕を見つめていることに気がついた。ようやくわたしが助けた事に気がついたか。

 けど、わたしの注目したのは、そこではない。


「・・・・ミイ・・・ラ?」


 いやいや、冗談でしょ。


 異世界に来て、よくわからん旅の一行にも出会った。魔王(仮)にも会った。

 その後はミイラに遭遇ですか。

 目の前に居た男の人は、そう疑ってしまうくらい、変な格好をしていたのだ。首元から始まって、鼻のところまで包帯がグルグルに巻かれていた。そのせいで、顔は目の辺りしかよく見えない。年齢的に・・・・すごく微妙だが、あえて二十代としておこう。


「・・・お前が」


 二の腕を見ながらそう聞いてくると言う事は、「これをしたのはお前か」と聞いているんだろう。


「はい、まぁ」


 男はここでようやくマントのフードから頭を出した。

 そこから出てきたのは、見事なほどに真っ青な髪。長くもなく短くもない、しかし前髪の長い髪。空の色より濃いけど、海よりはまだ薄い。とりあえず青いなと思った。

 そりゃあ、こんなに暑い中でそんなに真っ黒なマント着て包帯巻いてたら、干乾びもするだろう。

 わたしは持っていた水筒を彼に差し出した。

 ミイラは干乾びると死ぬというではないか。・・・いや、もう干乾びてるのか。

 その水筒を受け取って、少しだけ水を飲むと、静かに頭を下げながら水筒を返してきた。一応礼のつもりらしい。


 コウヤさんのように無表情で、けれどコウヤさんよりずっと無口な人だな。

 わたしはじっと男の人を観察した。特に襲ってくる様子もないし、わたしは非常に彼の外見に興味を持っていたからだ。髪は青いのに、顔の半分は包帯のせいで白い。すごく絶妙なコントラストだと思う。

 けれど、とりあえず人であることは間違いないようだ。

 二の腕はちゃんと人肌だったし、干乾びてもいない。でも、外見はミイラ。

 めちゃくちゃ怪しい。こんな格好でどう生活しているんだ。


「あの、あなたは・・・」


 わたしが話しかけると、彼は音もなく立ち上がった。わたしの隣で草を食べていたお馬さんに近づくと、さっさとその上に跨ってしまう。

 ちょっと待て。


「礼を、言う」


 ミイラ男は、それだけ言い残してさっさと馬に乗って行ってしまった。


 うわー、あれが命の恩人に対する態度か。


 わたしは半眼でその男の後ろ姿を見送った。なんってこった、せっかく助けたのに。わたしの使うはずだったシーツ半分上げたのに、自己紹介もなしとは。

 男の姿が米粒ぐらい小さくなるまで、わたしは心の中で彼の態度を批判した。

 そして、あらかた言い終えた後、森に向かって歩き始めた。

 もう、日も暮れそうだ。



 そしてその夜、わたしは森の中での野宿を余儀なくされた。

 コウヤさんに習った通りに火を起こして暖を取る。いくら昼間は暑くても、夜は少し冷えるのだ。しかもシーツもないので、マント一枚だとさすがに寒い。

 じっと炎を見つめている内に、頭がぼーとしてきた。

 やばい、眠たい、寝ちゃ駄目。

 わたしがそう思って目を覚まそうと頭を左右に振った時―――何かがわたしの真横に突き刺さった。


「!!」


 一瞬にして、目が覚める。

 恐る恐る横に視線を移せば、そこには、地面に突き刺さった弓矢。


「・・・・っ!」


 反射的に体が動いて、すぐに炎を消した。

 しんと静まり返るはずの森の中で、大勢の人の気配がする。

 ここでも、考えるより先に体が勝手に動く。荷物も置いたまま、わたしは全速力で走り出した。

 その後に続くように、周りの気配が動き出す。

 


 最悪だ、こんな時に限って。


 わたしを追いかけてくる者達。

 想像するまでもなく・・・・・・・・・・・山賊たちだ。




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