Ep.15
今回やってきた村では、そんなに大きな変化は訪れなかった。
せいぜい、ルイさんがわたしで遊ぶ楽しさを見出した事ぐらい。いや、これはかなり忌々しき(ゆゆしき)事態かもしれない。わたしは嫌だぞ、これから先、ずっと人間の皮を被った魔王にからかわれるのは。
あの日、わたしが一緒に寝ようと二―ルくんに提案した日から、わたし達は一緒に寝るようになった。今まで、ずっと男達の間で過ごしてきた彼だから、女性に甘えたくなる事もあったんだろう。最近は特に懐いてくれるで、わたしとしてもとてもうれしい。
前にも言ったが、この見知らぬ世界でもっとも重宝されなければいけない事、それは子供の純粋さだと思う。彼らは、わたしの精神安定剤といっても過言じゃない。
子供の愛らしさは異世界共通なんだ。
わたしはもう十九歳なので、もちろん子供の範囲には含まれない。
「ニールは、小さい頃に戦争で家族を亡くしているのさ」
ある日の夜、ルイさんがニールくんの事を教えてくれた。
ニールくんは、セピアのお腹を枕にして、もう寝てしまっている。お昼からずっとお芝居をして、その後町の子達を遊んでいたから、疲れたんだろう。本当に、子供はよく遊びよく寝るな。
今は、みんな移動車の中で思い思いの時を過ごしていた。
コウヤさん後方部で本を読んでいたし、カインさんはその近くで剣の手入れをしていた。バーントさんは、町の人々の様子を見て回っているので今は居ない。
ルイさんとわたしはソファーで他愛もない話をしている。ちなみにサンジュのおっさんは、もう一つのソファーに座り腕を組んだまま夢の世界へと船を漕ぎ出している。
「・・・そうだったんですか」
ルイさんの言葉に相槌を打った。
確かに、何かあるとは思っていた。でなければ、こんなに小さな子がこんな旅芸座に居るわけがないし。その考えを打ち明ければ、ルイさんは小さく苦笑してニールくんの居る足元に視線を移した。
「家族が亡くなった時、彼はまだ本当に幼かったんだ。多分、一歳ぐらいかな。だからきっと、二―ルは何も憶えていないよ。両親の顔も、兄弟の顔だってね」
「・・・・」
わたしもルイさんに習ってニールくんを見た。
こんなにかわいらしい寝顔を浮かべているのに、いつもは、どんな気持ちで居るんだろう。町の子供達が母親に連れられて帰っていく時、一体どんな気持ちで見送っているのかな。
「でも、こんなにたくさんの人に囲まれているなら、そんなに寂しくもないでしょうね」
素直な感想を述べてみれば、ルイさんが困ったように話を続けてくれる。
「最初はすごく人見知りしていてたんだよ。団長やバーントの顔を見ては泣くし、セピアの事も少し怖がっていたようだった」
「・・・すごいわかるかもしれません、その気持ち」
確かに、あの男二人は怖い。顔なんか特に。
団長は無精ひげの厳ついおっさんだし、バーントさんも目つきがすごくきついし。
わたしだって、今も怖いと思う時がある。
「じゃあ、誰に最初に懐いたんですか?」
「彼が最初に懐いたのは、カインだったよ」
おや、意外だ。わたしは、コウヤさんだと思っていた。彼、誰にだって親切そうだし、子供の扱いだって慣れてそうだ。・・・・あ、でも想像出来ない。コウヤさんが赤ちゃんをあやしている所。
それはある意味ホラーだ。あんな無表情で、どうやってあやすんだろう。なんだか、とても興味がある。
「・・・コウヤは、子供の対応が苦手なんだよ。だけど、カインは手馴れてるね」
「へぇ」
わたしの考えを読み取ってか、ルイさんが補足してくれた。
彼の声を聞いてだろう。後ろに居たコウヤさんとカインさんが同時にわたし達を見た。
「なんでもないよ」
ルイさんが手を振ってそう言えば、すぐに自分達の作業に戻ったけど。
サンジュのおっさんの首が、さっきから少しずつ傾いていっているのが、すごく気になる。このままじゃ、確実に横に倒れてしまいそうだ。
横目でその様子を眺めながら、ちゃんとルイさんの話は聞く。
「コウヤは、誰に対しても敬語を使うからね。ニールと話している彼を見ると、すごく笑えてくるよ」
ルイさんのその言葉に反応したらしいコウヤさんが、またしてもこちらを見てきた。何か言いたそうな顔をしてたようだったけど、何も言わず、再び作業に戻っていった。
言われてみればそうかもしれない。
コウヤさんと二―ルくんが二人が会話をしているところなんて、幾程も見たことはないけど、確かに、コウヤさんは敬語を使っていたかも。ニールくんは普通に砕けた喋り方をしていたにも関わらず。
「それに比べて、カインは結構子供の扱いはうまいよ。たまに、村の子供達とも遊んでいるからね」
わたしにとってのカインさんの第一印象は、結構冷たい感じだったので、少し想像が難しかった。
「でも、二―ルくんはよくルイさんと一緒にいますよね」
「まぁ、みんなの中で、一番暇なのは僕だからね。医者は、病人が出る時意、あんまりする事ないから」
ルイさんがそう言って笑った。
なるほど。
「でも、やっぱり男だけっていうのも色々大変だったんじゃないかな。だから、マツリが来て、君の中に忘れていた母親的なものを見つけたのかもしれない」
「・・・・・・」
母親、か。その言葉は、胸にずっしりと落ちてきた。
わたしの中にそんなものがあるのか、些か疑問ではあるが、確かにたった一人の女である。そう見えてしまうのも仕方がない事かもしれないけれど。
少し複雑だ。
「どうかした?」
ルイさんのひんやりとした手が頬の辺りに感じた。
彼は意地悪ばかりしてくるが、基本的に優しい人・・・・だと思う。敵に回さなければの話だけど。
「いいえ、なんでも」
すぐに笑って誤魔化した。心配をかけるわけにはいけないしな。
「あっ」
少し視線を外した時、良いタイミングでサンジュのおっさんの体がぐらりと傾いた。
やっぱりね。いつかはそうなると思ってたよ。頬杖をついてうたた寝をしていると、たまにバランスを崩して額から激突する。その要領だな。
反射的に体が動いて、ギリギリのところで彼の頭を受け止めた。
両手でサンジュのおっさんの頭を支える。自分のこの行動に拍手を送りたい。
「・・・・お」
サンジュのおっさんがようやく目を覚ました。
何が起きたのか分からない様子で、わたしと見てくる。そして、ゆっくりと体の体制を戻した。それに合わせて、わたしも手を離した。
「大丈夫ですか?」
「・・・おぅ」
「団長、そんな所でうたた寝しないでくださいよ。寝るならちゃんと横になってください」
「・・・寝てたのか」
「はい」
まだ完全に目を覚ましているわけじゃないのか、目が半分閉じている。ルイさんとの会話も、テンポがいつもより遅い。
「わるいわるい」
何を思ったのか、団長がいきなりわたしの体を抱え上げてきた。
「うわっ」
「お前、もう少し肉つけたほうが良いな」
膝の上にわたしを乗せて、頭をぐしゃぐしゃに撫でてきた。
一体なんなんだ、急に。
されるがままになりながら、呆然と団長を見上げた。もしかして酔っ払ってるのか。ちょっとお酒臭いぞ。
前のソファーで、ルイさんが苦笑しながらそんなわたし達を見ている。
「・・・何してんですか」
騒ぎを聞きつけたらしいカインさんが、こちらへやってきた。コウヤさんも一緒だ。二人共、胡乱気な視線を向けてくるけど、わたしだって何がなにやらわからないんだぞ。
ヘルプの視線を出してみても、男性陣は誰も気づいてくれない。気づいていて助けてくれない。なんて薄情な。
「お前はもう少し女らしくしないとな。誰も嫁に貰ってくれんぞ」
一人で笑いながらそんな事を言って来た。
あ、確実に酔っ払ってる。
「団長、もしかしたら君を娘みたいに見てるのかもね。もし結婚してたら、君くらいの娘が居てもいい頃だし」
ルイさんは何気ない事を言ったのかもしれない。
でも、その言葉は、わたしの胸に突き刺さった。
頭を乱暴に撫でながら笑ってる団長をぼんやりと見上げた。
もし、お父さんが生きていたら、こんな風にわたしの事撫でてきてくれたのかな。
今まで思ったことがなかったことを、考えてしまった。
サンジュのおっさんが思い出の中の父の面影と重なって、すごく切なくなった。
● ● ● ● ● ● ●
最後の日、わたしはもう一度おじいさんの元を訪れた。
どうしてかは知らないが、団長も一緒に。
扉を叩けば、いつものようにおじいさんが出てきた。
「また来てくれたのかい」
「はい。今日は、最後のごあいさつに」
わたしがそう返せば、団長がなんだか背筋を伸ばしておじいさんを見た。
「長殿、今回はお世話になりました。我々の滞在を許可してくださり、誠にありがたく思っております」
団長が敬語を使うほど、気持ちが悪いものなんてないな。
あれ、今、長って言った?・・・・・・長殿?
「・・・・・えぇ!?」
わたしは目の前に微笑むおじいさんの顔を見ながら、大変失礼だろうが、大きな声を上げてしまった。すぐに団長に叱られたが。
「長って・・・あの、有名な?」
昨日の夜も話題になっていた。
昔は王の側近の護衛役を務めていた戦士で、戦いが起きるたびにたくさんの勝利を勝ち取ってきた英雄だって事。今は隠居してしまっているけど、その功績もあって、とある町の長をしていると言う事。
それが。
「おじいさんだったんですか・・・」
わたしはそんなに立派な方と、人生について語り合ってしまったのか。うわぁ、すごい失礼な事を。
「ははは、お嬢さんは反応がいいね」
おじいさんはわたしのこれまでの失態を責める事もなく、わたしの反応を見て笑ってくれた。
さすが、器がでかいな。誰かさんと違って。
そんな事を思ったら、背中を何かが走りぬけた。最初にルイさんに睨みつけられた時に感じた悪寒と一緒。
わたしは、ばっと後ろを振り返るが、そこにルイさんの姿はない。
気のせい・・・だよね。
「お嬢さん、これは、少しだけど受け取ってくれないかい?」
おじいさんが白い封筒をくれた。
不思議に思いながら受け取って、中を開いてみると、お札が入っていた。こちらのお金だ。
「い、いえ!!こんなにたくさん!」
こんなの、受け取れるわけがない。ましてや、わたし達は赤の他人だ。何回かお茶をしただけの他人なのに。
すぐに返そうとしたが、おじいさんは受け取ってはくれない。逆に押し付けられてしまった。
「これから、お金も必要になるだろう。その時に、ぜひ使ってほしい。老いぼれ爺の最後の頼みだ。・・・・君は何となく、古い友人に似ているから、何かしたいと思っていたんだ」
「・・そ、そんな」
対処に困ってしまい、団長を見れば、苦笑された。
「せっかくの好意だ。受けとっておけ」
「・・・ありがとうございます」
言いたい事すべてを頭を深く下げる事で表した。
とても、ありがたい。
正直にそう思った。
もう一度、団長を一緒に頭を下げて、移動車に帰る途中、わたしは貰った封筒を握り締める。それが何故か、すごく重たく感じた。
こちらの世界ではじめて持つことが出来たお金。
そこで思い出した。
わたしは、言ったではないか。団長達に同行する時、それをお願いした時に。
『少しの間だけでもいいんです。もし、この国の事がわかって、なんとか暮らしていけるようになれば、絶対に独り立ちしますから』
お金が手元にやってきたと言う事は、その日がそんなに遠くないと言う事を指し示しているのかもしれない。
コウヤさんのおかげで、この国の情況についてはなんとなくわかった。料理も、簡単なものなら作る事が出来る。
ルイさんのおかげで、簡単な文字は分かるようになったし、自作の辞書も作り始めた。
団長のおかげで、賊に会った時の逃げるコツや護身術も少しわかるようになった。
独り立ちが出来る状態になったではないか。これだったら、一人でもなんとか暮らしていける。
彼らと一緒にいる理由が、なくなってしまった。