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キセキが起きるその場所へ  作者: あかり
第一章:すべての始まりはここから
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Ep.13

「ルイさん、この単語の書き方ってこれで合ってます?」

「どこ?」


 新たな覚悟を決めるため髪を短く切って、ルイさんに受け入れてもらってから、わたしの生活は劇的とは行かないまでもそれなりに変わった。

 ルイさんには、この世界で必要な知識を教えてもらっている。この世界で、普通に会話が出来ているわたしだが、本などの書物に載っている文字はまったく理解できなかった。この国の文字は、英語と似通ってはいるものの、まったく一緒というわけではない。Rと言う字は鏡を使ったような反対向きだし、Aでさえ上下逆だった。


 つまり、意味不明な文字なのだ。


 これから、元の世界に帰るにあたって、書物で調べる事も重要になってくるだろう。そう考えたわたしは、日頃からよく本を読んでいるルイさんに指導を頼んだ。

 予想通り、彼の教え方はわかりやすいし勉強になる。だが、その指導の仕方が時々問題なのだ。何度も同じところを間違えたり、心の中で彼の事を批判すれば、そのどす黒い笑顔で迫られる。そして、倍以上の課題を出されてしまう。


「マツリ、言いたい事があるなら、ちゃんと言った方がいいよ」


 にっこりとした笑顔に裏に隠されているのは、果たして悪魔か魔王か死神か。


「・・・いいえ、滅相もございませんっ」

「はい、じゃあ、後二十ページ追加ね」


 うぅ、この鬼教師め。


 サンジュのおっさん、もとい団長には、簡単な護身術を習い始めた。ここでも、新たな発見をしてしまった。彼はそのでかく荒々しい外見と違い、教えた方はとても丁寧だった。なんだろう。手馴れている、といった方がしっくりくるかも知れない。

 そう考えると、どこか不自然だ。どこが、というわけではないけど、なんとなく。


 とにもかくにも、前よりも断然充実した生活を送れるようになったのだ。



 確かに、心細くならない日はないし、ふとした拍子に元の世界を思い出して泣きそうになる事もある。それは仕方ない事だ。人間って、かなり脆いし崩れやすい。

 けれど、バーントさんと約束した手前、みんなの前で泣く事は出来ない。

 わたしが泣くのは、一人で居る時。湖に体を洗いに行く時や散歩と評して辺りの探索に出掛ける時など。そういう時、誰にも怪しまれないように声を出さずに泣くのだ。


 でも、いつも一人で、というわけではない。セピアが黙って隣に寄り添ってくれることもあった。

 前に進むと決意したばかりだけど、たまにはこんな風にひっそり泣く事ぐらい、許されてもいいんじゃないかな。



●  ●  ●  ●  ●  ●  ●


「マ、ツリ、水をくれるか」

「は、はい」

「・・・・・・悪いな」


 次の目的地に向かう道中で、わたし達はまた森の中で一晩を明かす事になった。


 ルイさんが普通に接してくれるようになってから、カインさんも、本当に少しずつだけど、わたしに歩み寄って来てくれてるみたいだった。

 名前も、たまにだけど呼んでくれる。

 まだあんまり慣れてなくて、呼ばれたらすぐには反応できないわたしだけど、カインさんはそんなわたしを苦笑いで許してくれる。


 彼も彼なりに、結構考えていたらしい。

 わたしは見た目的にもまだ少し幼くて、精神的にもすごく脆い。こんなわたしに当初から厳しい目で見ていた事を後悔していたんだそうだ。

 この間、ルイさん経由で聞いた。


「マツリも少しずつ慣れて来たみたいだな」 

「はい」

「良い事だ」


 サンジュのおっさんも笑う。

 カインさんの態度が軟化してきた今でも、バーントさんだけは、わたしをいつも厳しく見てきた。頑なに心を閉ざしていて、一日一度、口を利ければ良い方だ。

 わかってる。

 わたしは、誰にでもすぐに好かれるような、そんな物語のヒロインみたいな人間じゃない。仲間内でも、一人くらい、わたしを好きにならない人が居たって当然だ。

 元の世界でも、友達全員に好かれるような性格をしていたわけじゃないから、尚更。


 わたしはとても弱い。友達の輪の中で話していても、心の奥底では、彼女達が本当にわたしを好いてくれているのかと疑ってしまう。疑ってしまうから、友達を完全には信用出来ない。そして、その気持ちを素直に伝えることも出来ない。だって、それを肯定されてしまえば、わたしはきっと立ち直れなくなってしまうから。そんな意気地なしな自分が悔しくて、悲しくて、また自己嫌悪に落ちていく。だからわたしは、友達以上の友達、親友なんて持ったこともなかった。


 その点、この世界は幾分か過ごし易い。


 気に入らないのなら、ちゃんと態度で示してくれる。確かに、冷たい態度をとられて悲しきなる時はあるけれど、他の事で気を紛らわす事だって出来た。

 たとえ、受け入れてもらう日が来なくても、今、この場所に居させてもらっている。それだけで、十分ありがたかった。



 次の日の朝、山賊の襲撃を受けた。

 

 

 とりあえず、わたしと二―ルくんは一緒に少し離れた木の陰に隠れて、戦いの様子を見守っていた。

 わたし達の護衛には、セピアが付いてくれている。

 旅が長いせいもあるのだろう。サンジュのおっさんもみんな、すごく強くて、どんどん敵を圧倒していく。

 一番最初に彼らを見たのも戦っている時だったが、あの時のわたしに周りを見る余裕なんてなかった。だから今、ちゃんと見ておこうと思う。

 良い参考にもなりそうだし。


「うぁ!」

「グホッ」

「グァァァァァ!!」


 サンジュのおっさんは、真剣を使って戦っている。といっても、ドラマのように相手をぶった切るのではなく、あえて峰討ちなどで気絶させているだけ。その動きは、図体が大きいくせに、かなり俊敏だ。一体その速さはどこからくるのだろう。


 ルイさんは、腰に剣があるのにも関わらず、素手で戦っていた。なぜだ。柔道やボクシングみたいな動きだな。相手の顔面に向かって強烈なパンチが炸裂した時は、見ているこっちが痛くなった。あれを受けた男、顔は無事かな。


 コウヤさんは、中国のカンフーみたいな動きで、相手を次々になぎ倒していく。素直に、かっこいいと思った。映画のワンシーンを見ている気分だ。


 カインさんは、どちらかと言えば、サンジュのおっさんに似ている。彼も、剣を持っているものの、あえて切る事はせずに相手を気絶させていく。かなり場慣れていると思う、この人。


 バーントさんは銃を使っていた。刑事ドラマで見るような、小型の拳銃。すばやく相手の懐に入って、相手の急所を突く。彼は、拳銃を使って相手を殴っていたようだ。すると相手はすぐに仰向けに倒れた。まぁ、死んではいないようだし、血さえ流してはいない。でも、バーントさんは、銃の使い方を間違っているじゃなかろうか。言いたくても言えないけどさ。


 みんな、決して相手に瀕死の怪我を負わせることなく、男達を仕留めていった。

 すっごくかっこいいし、見るからに慣れてる感じだ。

 すぐに、山賊男達で作られた山が出来上がった。


「大丈夫ですか?」


 片付け終わり、もう危険じゃないという事を確かめたのだろう。コウヤさんがわたし達の隠れていた木の方にやってきた。

 彼に手を差し伸べられて、素直にその手をとって立ち上がる。


 その瞬間、何故か腰が抜けた。


 一度は立ったのに、すぐにしゃがみ込んでしまった。再び立ち上がろうとするものの、足に力が入らない。

 わたしは、結構緊張していたようだ。自分じゃ気づかなかったけど。


「久しぶりに乱闘を見て、怖くなってしまったのでしょう」

「・・・別に、怖いとは思わなかったんですけど・・・わっ!」

「ご自分が思っていなくても、体は本心に正直ですからね」


 立てないわたしを見かねてか、コウヤさんが横抱きに抱え上げてくれた。

 見かけはすごく細い感じのコウヤさんのどこにこんな力が、と思うほど軽々と、彼はわたしを抱えたまま歩き始めた。


「どうした、腰でも抜けたか」


 コウヤさんに抱えられて戻ってきたわたしを見たサンジュのおっさんが、大袈裟な態度をとって笑い声を上げた。


「・・・悪いですか」


 しょうがないじゃないか。わたしは今まで、乱闘というものを見た事がなかったんだから。最初に見たあれは、その数には含めないでおく。あの時は完全にテンパっていて、所々しか覚えていない。


「団長、終わりました」 


 ルイさんが声をかけてきた。

 姿が見えないなと思っていれば、どうやら、退治した男達を縄で縛っていたらしい。彼らは、こういった山賊狩りもやっている。

 カインさんが、どこからともなく荷馬車を引いてきた。

 これに積み上げて、引きずっていくようである。最初の時のように。


「・・・どうしました」

「い、いえ」


 少し身体を乗り出してしまったわたしに、コウヤさんがそう尋ねてきた。もちろん、彼の顔に表情らしきものは何もない。

 わたしは、気まずくなり、俯いた。

 実は、あのルイさんのパンチを受けた男の顔が気になったのだ。人間、衝撃が加われば顔の変形も可能なのかと、ちょっと興味が湧いてしまった。けど、ここはまぁ大人しくしておこう。


「あの、わたしもう大丈夫ですから、降ろしてください」

「わかりました」


 コウヤさんが、ゆっくりと降ろしてくれた。こういう時、さり気なく肩を支えてくれるから、彼の声や表情が無だととしても、全然気にならないんだ。

 コウヤさんが肩から手を離した時、二―ルくんが隣にやってきた。


 どうしたんだろうと思って彼を見つめれば、ニコっとした笑みでわたしを見上げつつ、短いその腕をわたしの腰の方へと回してきた。

 コウヤさんの真似でもしているのかもしれない。

 微笑ましい事この上ないな。


「ありがと」


 そうお礼を言えば、満面の笑みが帰ってきた。


「よし、そろそろ行くぞ!!」


 団長の声が響き、わたしはニールくんとセピアと一緒に、移動車に乗り込んだ。

 


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