Ep.12
村に数日滞在した私たちは、明日を最後に村を出発することになった。
その日は、最終日のお芝居をみようといつにも増してたくさんの人が押し寄せてきた。
話は毎回違うが、今回は特に人気がある話なのだと、サンジュのおっさんが教えてくれた。わたしはいつものように裏方で、バーントさんの言われるがままに動き回る。その後は用無しなので、少し辺りをぶらついた。
温泉に入ったあの日から、不思議な老婆には会っていない。あえて、あの場所に行くのを避けているのかといわれれば、その通りである。
お芝居を見る気もない。これ以上、自分が惨めになりたくなかった。
お芝居をやっている場所の後方へ向かったとき、数人の子供達が身を寄せ合って立っているのに気が付いた。
その内の一人とばっちりに視線が合ってしまった。
「お兄ちゃんは、出ないの?」
子供達がわたしの周りに集まってきた。
わたしは子供嫌いではない。どちらかといえば好きな方だ。
それに、いつもなんだか色んな意味で怖いお兄様方に囲まれているので、たまには潤いも必要なんだ。ニールくんもセピアもその大切な潤いの一つになっている。
気が付けば、いつの間にかわたしは子供達の中心にいた。
「お兄ちゃん、あの人達の仲間でしょ?」
「出ないの?」
年の頃は、大体二―ルくんと同じか少し年下くらいだろうか。
彼らは不思議そうな顔でわたしを見上げてきた。ちょっと待って。今、『おにいちゃん』って呼ばなかったか、わたしの事。彼らの発した言葉に、今更ながら突っ込みを入れたくなった。
そして、そこでやっと自分が男装をしていたという(いや、ただ男物の服を着ているだけなんだけど)事実を思い出した。だから、あえてスルーすることにしよう。子供達に悪気はない。
「うん、わたしは、出ないよ」
「なんで~?」
「「「なんで?」」」
「そうだね。・・・劇とか、できないから」
「じゃあ、僕らと遊んでよ」
子供というのは素直だ。
さらりと強制的に遊びに誘われ、苦笑しながら同意した。どうせ、暇なのに変わりはないし。
わたしは、手近にあった棒を手に取って、地面に絵を書き始めた。
みんなしゃがみ込んで、わたしの書く絵を興味深そうに見つめる。
しばらくの沈黙の後、ある一人の女の子が、少し興奮気味にわたしを見上げてきた。
「これっ、お馬さん!!」
「正解」
「すごいすごい!」
「じゃあ、これは猫さんだ」
「うん。当たり」
「お姉ちゃん、絵、上手だね」
「ありがと」
男の子が褒めてくれたので、少し照れくさくなりながらお礼を言った。
わたしの数少ない趣味の一つが絵を書く事。といっても、そんなにうまいわけではない。本当に趣味程度なのだ。人の絵を書くのはあまり得意ではないが、動物ぐらいなら、なんとか見分ける事が出来るくらいには描ける。
その趣味である絵も、ここ最近書いてなかったけれど、腕は落ちていないようだ。よかった。
「・・・みんなは、お芝居見ないの?」
子供達のリクエストの元、さらにいくつかの動物を描きながら、ふと疑問に思った事を尋ねた。
すると彼らを代表して、一人の男の子が立ち上がった。わたしの絵を褒めてくれた子だ。
彼らは、わたしの後ろにある劇の舞台を少しだけ見つめ、視線をわたしに戻して口を開いた。
「あのお芝居は、父さんや大人の人達が見るためのものなんだ。だから、ぼく達はじゃましちゃいけないの。・・・みんな、いつもいっしょうけんめい働いてるから、こんな時ぐらい、子供のぼく達の事も全部忘れて、楽しくお芝居だけを見ててほしいからね」
「この時は、あたし達が働くの。小石を拾ったり、危ない棒とか片付けたり」
女の子がさらに補足して、他の子達と笑い合った。
「・・・え、らいね」
「そんな事ないよ。ぼく達が大きくなった時、村がこのままなんて嫌だもんね」
「「「ね~」」」
子供達が顔を見合わせて笑っていた。
「そっか」
子供達は素直で、純粋で、大人の気が付かない所を良く見ているし、言葉に関する知識が少ないため、必要な事を、必要最低限の言葉で伝えてくる。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
子供は無意識の内に、こちらの胸を射抜くような言葉を発するのだ。それは、時にわたしの癒えない傷口を開き、中をぐちゃぐちゃにかき混ぜるぐらい強い威力を持つのだと言う事を、今知った。
「お兄ちゃん」
彼らに罪なんてない。みんなはただ、未来を見つめて歩いているだけなんだから。
地面が揺れたような気がして、わたしは立って居られなくなってしまい、思わず地面に膝をついた。
すぐに、子供達が心配そうな顔で覗き込んでくるが、すぐに大丈夫だと笑顔で知らせた。すると、みんな一斉にほっとした表情になった。
その気遣いが、とてもうれしい。
そして、眩しくて尊いものに思えた。
● ● ● ● ● ● ●
子供達と別れた後、わたしは再び散歩に出た。
いや、そんなに大層なもんでもない。ただ、当てもなくぶらぶらと歩いているだけだ。
脳裏にはまだ、子供達のよく変化する表情が焼き付いている。
彼らはあんなに幼いにも関わらず、自分達の立場をちゃんと分かっていて、その上で出来る事をしようとしていた。
逃げる事なく、歩いているのだ。
それなのにわたしは。
サンジュのおっさん達のお芝居を見て、自分がとてつもなくちっぽけな人間だと自覚した途端、彼らから逃げたんだ。お芝居を見ることもなく、一人こうして歩いてるだけで、何かをしようともしない。ただ、自分を惨めに思う気持ちが溢れるだけで。
老婆に会って本当の事を指摘された時も、自分の言い分だけ通して、こうして逃げてる。彼女に会う事もせずに。
だって、怖いから。向き合うのが、怖い。
つくづく情けない人間だな。わたしは。
サンジュのおっさん達に同行させてもらうとき、覚悟を決めたと思ったのに、全然そんな事なかった。
わたしは歩みを止めて、マントのポケットから短剣を取り出した。
サンジュのおっさんから、護身用にと貰ったこの短剣で、新たな覚悟を決めたいと思う。新しい自分を、この手で、この地で、見つけたい。
「・・・・・」
深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐いた。
それを何度か繰り返して、気持ちを落ち着かせる。
腰まで流れる髪を、毛先から手に巻き付けて、そのまま肩ぐらいまで巻いた。
そしてその長い髪を、肩の高さから、なにかを考えるその前に、短剣で切り落とした。
少し息を詰めて、手に残る自分の髪の毛を見つめた。ずいぶんと切ってしまったけど、それでも、後悔はなかった。
残った髪は、ちょうど肩の辺りで揺れている。何も考えずに、短剣だけで切ってしまったから、見た目は最悪に違いない。後で、鏡を見ながら形を整えなければ。
わたしがそう逡巡していると、後ろから誰かの足音が聞こえた。
ここは、あまり人気のないところだと思っていた。
その足音は、わたしの後ろで止まる。さすがに不思議に思って後ろを振り返り、そこに立っていた人物を認めて、わたしは目を見開いた。
「・・・ルイ・・・さん」
しまった。一番見られたくない所を見られてしまった。
ルイさん本人はというと、なんだか驚いた様子で、わたしを凝視してきていたまま、何も言わない。いや、何も言えないのかもしれない。
まぁ、確かに驚くだろうな。何せ、年頃の娘が、自分で自分の髪をばっさりと切ってしまったんだから。しかも、短剣で。
女の役を務めるルイさんにとっては、考えられない事ではあるだろう。
わかるだけに、今、すっごく居心地が悪い。
なんか、逃げたい。さっき覚悟を決めたばかりだというのに、不意にそんな事を考えた。いいんだ。これは別件。さぁ、どうやって逃げよう。
「・・・あの、ルイさん・・」
先にこの場を去ろうと彼に声を掛ければ、そこでようやく意識が戻ってきたらしい。彼は少しずつわたしに近づいてきて、その短く残ばらになった髪に触れた。
「君は、そんなに辛かったのかい?」
「え?」
「こんな、事をするほどに」
「・・・・」
どうやら、ルイさんはわたしが乱心したと誤解されているらしい。まぁ、普通はそう思うわな。
妙に納得するが、誤解が誤解を招く恐れがあるため、わたしはすぐさま否定した。バーントさんに言われた日には、わたしは地獄に落ちる。
「違います」
「違う?」
「その・・・わたしの、本当の覚悟を、表してみました」
そんなに大層なものでもないけれど、と少し笑う。
「バーントさんの言ってた意味、なんとなくだけどわかった気がして。これから先、色んな村に行くでしょ?その度に、こんなに情緒不安定になっちゃいかんなという、意気込みを込めてみたんです。これをきっかけに、強くなれたらいいなぁって」
誰かに面と向かってこんな事をいうのは、少し・・・いや、かなり恥かしい。
わたしはルイさんがどんな表情をしているのか見たくなくて、頭を下げてその場を足早に立ち去る。
今日の夜には、この村を去る。つまり、この村に居られるのも、後数時間と言う事になる。その前に、やっておきたい事が一つあった。
それは、あの不思議なおばあさんに、もう一度会う事。
「おや、もう来ないと思っていたよ」
予想通り、老婆はまた花々を持ってそこに立っていた。
彼女は、ルイさんのように、わたしの髪を見て少し驚いた顔をする。
「どうしたんだい、その髪は」
「わたしの、覚悟です」
わたしは、おばあさんを真正面から見つめた。
「おばあさん、わたし、がんばりたいです。この村の子供達は、あんなに小さくても前を見つめて進んでる。それなのに、わたしだけいつまでも立ち止まってるみたいで・・・情けなくなって」
おばあさんは、いつものように黙ってわたしの言葉を聞いてくれた。
「ちゃんと前を向いて歩けるようになるかは、わたしにもわかりません。けど、心意気だけはちゃんと持ちたいと思ったんです」
おばあさんが傍にやって来て、その皺くちゃな手をわたしの手の上に重ねる。
「少しずつでも、いいんだよ。他人なんかの目を気にする必要なんかないさ。ただ、ゆっくり、確実に前に進めれば、いい」
「はい!」
おばあさんに一礼して、わたしは移動車に戻った。
● ● ● ● ● ● ●
サンジュのおっさんは、わたしの短い髪を見て、すごく動揺してた。
「お、おまっ・・・どうしたんだよその髪!?」
両肩を掴まれて、前後に揺さぶられた。その慌てぶりが、なんだか尋常じゃなくって、少し笑えた。
「い、いや~、ちょっと気分転換に・・・」
彼らには、覚悟の事なんて言わない。
ルイさんはたまたま目撃されてしまったからしょうがなかっただけで、元々言うつもりなんてなかった。
覚悟はわたしの中にちゃんとある。それだけで十分だ。おばあさんも言ってくれた。他人の事なんて気にしないで、自分のペースで進めと。
「マツリ」
聞きなれない声に、名前を呼ばれた。わたしは、サンジュのおっさんから体を離して、声のする方を見た。
そこに居たのはルイさん。何故かはさみを持って立っている。
それよりも、今、びっくりしてるのは。
「ルイさん・・・名前・・・」
「いいから、早くおいで。その髪、整えてあげるから」
「は、はい!」
移動車の中に引っ込んでしまったルイさんの後に続いて、わたしも中に入った。
「・・・・あんた」
中にはカインさんも居た。
他の人達のように、彼も例には漏れず驚いた顔をして、髪の毛の事を指摘してきた。
その反応に、苦笑いで返した。
「ほら、そこに座って」
移動車の片隅には、折り畳み式の化粧台があるのだが、ルイさんはそこに座るように指示してきた。その言葉に素直に従う。
「まったく。君は何を考えているのか本当にわからないね」
「・・・どうも」
「褒めているわけじゃ、ないんだけど」
鏡越しに、あの超絶悪スマイルを見た。
けれど、そのスマイルは、最初に逢った時よりも全然やさしいものになっていた。その瞳は、もう冷たくない。
ルイさんは、慣れた手つきでわたしの髪の毛を揃えてくれた。
最終的に、わたしの茶色の髪は、肩より少し上ぐらいの位置で落ち着いた。といっても、元々のくせ毛のせいで、所々外側に跳ねているのでまるで落ち着いたようには見えない。けれどこっちの髪の方が、動きやすそうで個人的にはとても気に入った。
「はい、出来た」
「ありがとうございます」
「髪は、後で火を使って処分しようか」
「はい」
ここで、ルイさんが少し決まり悪げな顔をしてわたしの頭に手を乗せて来た。
「?」
「・・・今まで、冷たい態度ばかりとってきて、その、すまなかったね。君がそこまでして覚悟を決めないといけないぐらい、追い詰めてしまった一つの要因は、きっと私達にもあるはずだ。本当に、悪かったと思ってる」
「そ、そんな。別に、ルイさんが悪いわけじゃないですよ」
意外な話の流れに、わたしの方が戸惑ってしまった。
「マツリ、これから、よろしく頼むよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・は、はい」
今度は、ルイさんの超絶甘スマイルに当てられた。
その綺麗な笑顔を正面から受け止めて平然としていられるほど、わたしの器は大きくない。
これから、また違った意味で大変になりそう。
これからお話が少しずつ前に進む。。。といいなぁ。(笑)
主人公の子供達に対する考えは、あくまでも作者の個人的な意見として受け取っていただければと思います。