Ep.10
前回の投稿からかなり時間が空いてしまいました。申し訳ありません。
まだまだ主人公が後ろ向きなシーンが続きますが、どうぞお付き合いください。
それから更に二日の間、旅の一行を乗せた移動車は走り続けた。
その道中で、わたしはコウヤさんやサンジュのおっさんからこの世界の事について詳しく習った。
この世界は、大きな大陸で出来ている。この間地図を見せてもらったが、全体的にひし形のような形だった。所々大きな湖や諸島なども存在しているので完全なものではないけれど。
改めて、自分が地球ではない国に来てしまったんだと実感した。
海に囲まれているその大陸は六つの巨大な国が支配している。
アルゼンテン、セイレス、カオラズス、ロンデ、二カル、そしてルゼンタ。
今わたし達が居る国はアルゼンテン。全体的に見て、ひし形の頂点に位置する国で、六つの国の中でも一番大きく、強い勢力を持った国。
アルゼンテンは元々かなり平和主義な国で、セイレスとロンデとも、平和条約のようなものを結んでいたらしい。しかし、カオラズスとはいつも敵対していた。他の二つの国とはお互い傍観の立場を保っていたという。
理由は聞かせてもらえなかったけれど、数年前からアルゼンテンとカオラズスは戦争を始めた。
その戦争が終わったのはつい最近。結果はもちろんアルゼンテンの勝利だった。途中で、条約を結んでいる他の二つの国が加勢に来たのが決定打だったとか。
しかし、アルゼンテンという国が大きな損害を受けたのは当然のことで、たくさんの村などが被害にあった。
わたしはまだ見たことはないが、かなりの町や村はいまだ復旧作業の最中だという。そんな人々に元気をつけてもらう為、サンジュのおっさん達は旅をしているのだ。
● ● ● ● ● ● ●
「おい、着いたぞ」
移動車が止まり、サンジュのおっさんが扉を開けた。
どうやら、目的の村に辿り着いたらしい。
わたしはニールくんと共に移動車から降りた。
「・・・・・」
目の前に広がった光景に、わたしは言葉を失った。
「これが、現実だ」
隣に立っていたサンジュのおっさんが、言い聞かせるかのようにそう呟いた。
わたし達は村の入り口ともいえる場所に居た。しかし、その村の建物のほぼ大半は破壊され、ほんの少しの名残が残っているだけ。石やレンガ作り建物も、木っ端微塵。
本物は初めてみた。
日本に居た時は、よくテレビで流れる映像を見ていたが、生で見るのはやはり違う。そのスケールが多き過ぎて、その場に居るだけで苦しい現実を突きつけてくるような感じだ。
人々が、一生懸命復旧作業に取り組んでいるものの、きっと元に戻すには、十何年という歳月が必要になるに違いない。
ただ黙って目の前の光景を見ているだけのわたしを横目に、サンジュのおっさん達は村の人々に囲まれていた。この芸者の一行は、結構有名らしい。
人々の服は、煤にまみれていた。彼らの表情もどこか暗い。
『遊びで廻っているんじゃない』
確かにそうだ。バーントさんはちゃんと忠告してくれていた。
彼らは、きっと、今までにもこんな情況の場所をたくさん見てきたに違いない。そして、これから先もずっと、見ていくのだろう。
「マツリ、手伝え」
「・・・は、はい!」
サンジュのおっさんに呼ばれて、わたしは我に帰った。
すぐに移動車の前に居る彼らの元に向かう。
今から、劇を始めるのだ。
わたしは言われた通りに動くだけ。
サンジュのおっさんに指示される通りに動いて、約二十分後、移動車は見事な劇のステージに早代わりしたのだった。
「・・・すご・・」
茶色の地味だった外観も、今は黄色や白、緑などの色鮮やかなものに変わり、移動車の片方の側面がカラクリによって外れたため、ソファーなどの家具も小道具に早代わり。
劇に出るのは、バーントさんとセピア、そしてわたしを除くみんなだ。わたしは小道具の位置を、バーントさんの指示の元移動させていき、その後は用無しと言う事で客席の方に追いやられた。
セピアは裏方に向かってしまった。
始めて見るみんなの演技が、こんな場所で不謹慎なのかもしれないけれど、楽しみだ。
それからしばらくして、劇が始まった。
ただ、魅入るだけだった。
話の内容は、この国に伝わる神話の一つらしい。
一人の女神が、人間の男性に恋をする事で始まる神話。
二人はすぐにお互いを好き合う事になる。しかし所詮、二人の生きる場所は違い過ぎる。親兄弟、他の神々の反対や、ライバルの出現、更には大切な人の死など、数々の障害が二人の前に立ちはだかる。この話の面白さは、いかに二人がその障害を乗り越えるかにあるという。
その場に居たほとんどの女性は、頬を赤くしながら食い入るようにして見ていた。
もちろん、最後はハッピーエンド。女神がすべての地位を棄て、人間になる事で、男性と結ばれるというありきたりな最後なのだ。
サンジュのおっさん達もみんな、別人のようにその役を演じていた。
ルイさんは、その中世的な美貌を生かした女神役。これがまた、普通の女性より美しく、その微笑は本当に女神のように見えた。男女構わず魅了されているのは、仕方がない事だと思う。わたしも、一瞬彼が誰かわからなかった。
カインさんは相手の男性役。彼もまた、見事な演技をこなしていた。荒々しい中にある、男性特有の繊細さを垣間見せた演技は、いつもの冷たい彼からはまったく想像も出来ない。これが、彼の本当の姿なのだろう。
コウヤさんは、その神秘的な容姿を生かして、色々な役を演じ分けていた。その役は男女を問わず、様々だった。村娘をしたかと思えば、神様の一人になったり。まるで、忍者の変わり身の術を見ているような気分になった。
サンジュのおっさんも、コウヤさんほどとは行かないまでも、それなりの数の役を演じ分けている。確かに、外見がおじさんなので、役に制限はあるだろう。しかし、女神の父役をしたかと思えば、男性の叔父役をしたり、その活躍は目まぐるしく変わっていく。
ニールくんはもちろん子供役だ。子供らしい素直な演技は微笑を誘い、彼の出番になると、見ているみんなが小さな笑顔を見せた。
劇の本編が終われば、もちろん大拍手が起きる。
観客は皆立ち上がって拍手を送る。その表情は前と違い、少しずつだが活気が窺えた。
こんな風に、彼らはたくさんの人々に勇気を与えているのだろう。
わたしなんかとは、考え方も器も、何もかも違う。
それを自覚した途端、みんながはるか遠くに居る気がした。
わたしなんかが、到底傍に行くことも出来ない、高いところに。
皆が、それぞれのファンに囲まれているところを見ていられなくて、わたしは静かにその場を離れた。
● ● ● ● ● ● ●
当てもなく歩いていれば、丘のような場所に辿り着いた。
「・・・・っ」
そこにあったのは、いくつもの砂の山。
ちょうど人一人入るくらいの小さな砂の山が、何十、いや何百と並んでいた。それが何なのか、判らないほどわたしは子供ではないし、けれどだからといってその意味を素直に受け止められるほど、大人でもなかった。
人の死が、どれだけ重いものか、わたしはよく知っている。
「おや、お嬢さん。どうしたんだい、こんな所で」
「!」
後ろから突然声を掛けられて、肩が飛び上がった。
後ろを振り返れば、一人の老婆が花を持って立っていた。
「ここには誰も寄りつかんが・・・・。迷ったのかい?」
「・・・はい。その、気が着けばここに居て」
「お前さんは、旅のご一行様のお一人かな?」
老婆のその質問に、わたしは返事に戸惑った。どう答えればいいのだろう。
自分の立場が微妙すぎて、答えられない。
「仲間・・・というわけではないのですが・・・・その、一緒に居させてもらっています」
「そうかい」
老婆はそれ以上は何も言わず、持っていた花々を、砂山の一つ一つに供えていった。
わたしは、ただなんとなくその老婆の傍に居て、その一つ一つに手を合わせた。なんでそうしたのかわからない。日本人の、習慣なのかもしれないし、ただしたかったのかもしれない。
花がなくなった時、老婆が立ち上がった。
「ここには、ワタシの家族や友人達が眠っているんだよ」
「・・・皆さん、その、戦争で?」
「あぁ、そうさ。戦争に駆りだされた者も居れば、ここで戦争に巻き込まれた者も居る」
そう語る老婆の表情はどこまでも穏やかで、見ているこっちが切なくなった。
「村のもん達はまだ若い。みんな、未来を見据えて村の復旧にがんばっているだけどね、ワタシにはそんな余裕も時間もない。だから、こうして、亡くなった人達の弔いをしているのさ」
老婆は、その静かな瞳をわたしに据えた。
「・・・・っ」
その瞬間、自分の全てを見透かされてしまった気がして、無意識のうちに一歩下がっていた。
老婆は、少し悲しげな表情をしてわたしを見た。それはどこか、わたしを哀れんでいるようにも見える。
「あんたはまだ若い・・・・。なのに、過去に捕らわれて動けないでいるようだね」
わたしは、目を見開いて老婆を見つめた。
「年老いたワタシには過去しか残っていない。けれど、あんたは違うんじゃないのかい?」
「・・・・・どうして?」
「?」
「なんで、分かるんですか。初めて会ったのに」
わたしは老婆を直視できず、彼女の額を見つめながら問う。目を合わせたら、全てを知られてしまう、そう思ったからだ。
老婆は小さく笑った。
「経験、かねぇ」
「・・・・」
「あんたは、その過去を引きずって生きてきた。それが、悪かったんだろう」
何も言えなかった。
すべて、正解だから。
「それ・・・は、わたしもわかってるんです」
わたしはこれ以上この場に居る事が耐え切れず、老婆に一礼してその場を去ろうとした。
「もう気が向いたら、またおいで。・・・・話なら、聞くよ」
彼女のそんな言葉が、わたしの背中を追ってきた。
けれど、混乱していたわたしは、その言葉に反応することはできなかった。
誤字脱字を発見した場合、こっそり教えていただけると嬉しいです。。。