Ep.16
しばらくの間棒立ちになったまま、目の前の人物を見つめた。
「・・・マツリさん?」
「どうしたの?」
リファが少し不思議そうに首を傾げて、ジュリちゃんが裾を掴みつつわたしを見上げてきた。
「あ、うん」
とりあえず現実に戻らないと。呆けてる場合じゃないや。
「す、すみません。その、思っていたよりもお若い方で・・・・驚いてしまって・・・」
素直に伝えれば、牧師様は笑って許してくれた。
「いいえ、そう思われるのも無理はないですから」
どうやら言われ慣れているらしい。
「父上さま、まだまだ若いもんなー」
キュシュくんが頭の後ろで腕を組みつつぼやいていた。
そうだよ。リファは、生まれたばかりの時にここにやってきたと言っていた。つまり、最低でも十六年以上は前の話になる。
そうなると、牧師様はまだ十代前半かそれくらいだったのではないのだろうか。
「マツリさん、とお呼びしてもよろしいですか?」
「あ、はい、もちろんです」
「私は、アレン・ロンハード・グレイグといいます。人々はグレイグ牧師と呼びますが、どのような呼び方でも構いませんよ」
「では、牧師様と呼ばせて頂いても?」
「はい」
牧師様はやさしく微笑みかけてくれた。
その笑顔がまるでお日様みたいで。愛に溢れているその笑顔を見て、わたしは感じた。
歳なんて関係ない。大切なのは、どれだけ子供達を、この教会を愛しているかということ。大切なのは、心のあり方なのだ。
彼は、ここに住む子供達の太陽のような人なんだなと、思った。
「他にも仲間が居るんです。もうすぐと来ると思うんですけど」
大切なことがわかった今、これ以上驚く事も、不自然に思う必要もない。
わたしはいつものわたしとして、牧師様に話しかけた。
「そうですか。じゃあ、お出迎えをしなければいけませんね。マツリさん、どうぞ、案内をしてはいただけませんか?」
「はい。もちろんです」
「リファ、旅の疲れを癒しなさい。奥の食堂で、ロレアがスープを作って、あなたの帰りを待っていますよ」
「はい」
牧師様に促されて、リファは奥に行ってしまった。
ほとんどの子供達も彼女の後に続く。
ただ、ジュリちゃんとキュシュくん、そしてレンくんの三人は一緒に行ってくれるらしい。
どうやらみんな好奇心旺盛のようで、わたしに興味を示してくれているらしい。嬉しいけれど、ちょっと恥かしいな。
「では、こちらです」
教会に来た時は逆で、今度はわたしが仲間達の案内をすることになった。
自分の住む家を紹介するために案内してくれたリファ。わたしは、彼女と同じように、自分の居場所に牧師様達を案内する。
「サンジュ父さ~ん!」
「ん?」
みんなはまだ作業中だった。村の人達も何人か手伝ってくれている。
この村は比較的人口が低く、その大半は子供達であるため、あまりに大人は居ない。
「さっきリファに紹介してもらったよ。彼女の育ての親でもある牧師様」
「始めまして、この村の教会で牧師をしています、アレン・ロンハード・グレイグと申します」
牧師様が丁寧な口調で頭を下げる。
彼が顔を上げたのを確認して、わたしも仲間のみんなを紹介した。
「牧師様、この人達が今わたしと旅をしてくださっている仲間達です。この方がサンジュさん、団長です。そしてその隣から、バーントさん、ルイさん、コウヤさん、カイン・・・さん」
「始めまして」
サンジュ父さんが代表として握手を交わした。
他のみんなは無言で頭を下げる。
「そしてこの子が二―ルくん、こっちがセピアといいます」
「こんにちは」
二―ルくんが足元に引っ付いてきたので、紹介した。
彼のあいさつは、牧師様と子供達に向けられているよう。
「このたびは、リファがとてもお世話になったようで。感謝いたします。・・・・なにぶん小さな村ですので、大したもてなしも出来ませんが、どうぞ我が家に帰ってきたように寛いでいただけると、私も嬉しく思います」
「かたじけない」
バーントさんが小さく頭を下げた。
さすが牧師様というべきか、言う言葉がすごく丁寧で美しい。
「皆様の噂は兼ねがね。・・・宿の方も手筈は整っておりますので」
どうやら、バーントさんはすでにここに来る旨を手紙に書いて送っていたらしい。やっぱり、王の右大臣は仕事が早いな。
「おにいちゃん、二―ルっていうの」
「うん。君は?」
「じゅり。よんさいです」
「ボクは七才」
「おぉ、おれと同い年じゃん!」
「ほんと?」
大人達の会話が進む隣で、子供達も会話をしていた。
元々人懐っこい子ばかりのせいか、もう仲良くなってる。
「おれ、キュシュってんだ。よろしくな」
「ボクはレン」
「二―ルです」
律儀に頭を下げて自己紹介をする二―ルくんは、きっとすごくサンジュ父さん達の影響を受けているだと思う。
とてもいい事なんだけれど、こうやって自然の中で伸び伸び暮らしている子供達と比べると、あまりにも背伸びをし過ぎているようにしか見えなくて、なんとなく寂しい気持ちになった。
わたしの、二―ルくんに対する気持ちはもう、他人というだけじゃ片付けられないもの。彼は大事な家族で、弟で、そして、息子。
「なぁ、二―ル、おれらと教会行こう。他にもいっぱい子供達が居るんだぜ」
「ほんと?」
キュシュに手を捕まれつつ、二―ルくんはお伺いをたてるようにわたしを見上げた。
「うん、いっといで」
「ありがと!」
そう言って、二―ルくんはキュシュくんとレンくんに連れられて行ってしまった。
「おねえちゃんも、いこう?」
ジュリちゃんは今だわたしの傍に居た。
すごく懐かれてしまったようだ。
「マツリ、すっかり懐かれたようだね」
ルイさんがすぐ傍に来て笑った。
「・・・・だれ?」
ジュリちゃんはルイさんを見上げてまたもや首を傾げた。けれど、全然恐がっている様子を見せない。誰よりも好奇心の旺盛な子なんだろう。
「始めまして、ルイシェルといいます。お嬢さん、あなたのお名前は?」
ルイさんはそうにこやかに笑って腰を折った。わたしと同じで、ジュリちゃんと同じ目線の高さにしてあげたらしい。
「じゅり、です。・・・・おにいちゃん?」
疑問系の意味が、わたしに良くわかる。
確かに、時々わからなくなるもんね。
すると、ルイさんは苦笑した。困ったように眉を下げて、ジュリちゃんの頭を撫でる。
「あいにく、私は男だよ。それとも、お姉さんがよかったかな?」
ジュリちゃんと接している時のルイさんはいつにも増して輝きを放っていた。
でも、自分で操作して輝いているわけじゃない。意地悪する時とか、悪巧みを考えている時では感じられない、清く穏やかな輝きを纏っていると思った。
すごくすごく優しい顔つきでジュリちゃんと会話をしている。
そんな彼らを見て、わたしはポツリと呟いた。
「・・・・ルイさんに子供が出来たら、きっとジュリちゃんみたいになるだろうね」
「・・・・・」
わたしの呟きを聞きとめたルイさんが動きを止めた。
何かまずいことを言ったのかと疑問に感じた刹那、わたしと彼の微妙な立ち位置を思い出した。口を抑えて絶句する。
まってわたし、なんて事を。
「おにいちゃんが、おとうさん?」
「・・・い、いや」
「・・・・」
ジュリちゃんの純情無垢な瞳がわたしを射抜き、ルイさんの形容し難い不思議な色の瞳もまた、わたしに向けられていた。
しどろもどろになりつつどうにか弁解を試みたその時、ジュリちゃんが愛らしく笑った。
「じゃあ、おねえちゃんがおかあさん」
「!」
「なってくれる?」
爆発発言に目を剥いた。ルイさんに対して失礼だろうけど、それでもオーバーリアクションをしなければいけなかった。
「ジュリ、ちゃん。教会に、案内してくれないかな」
わたしの驚きように少なからず同情を覚えたのだろう。今まで沈黙を守っていたカインがジュリちゃんの手を取って歩きだした。
「お友達、いっぱい居るんだってね」
「うん、いっぱいいっぱい」
「じゃあ、オレにも紹介してくれるか?」
「うん!」
カインが子供好きだ。
極自然にジュリちゃんの意識を逸らして、そのまま彼らはあっという間に歩いていってしまった。
取り残されたのは、微妙な距離に立ち尽くすわたしとルイさん、そして、サンジュ父さんにバーントさんにコウヤさん。もちろん、セピアも居た。
「すみません、ジュリが、驚かせてしまったようで」
牧師様が頭を下げてくる。
「い、いいえ、そんな!」
わたしは急いで手と首を横に振った。そもそも、わたしが原因になるような事言ったのだし、自業自得というやつだ。
「ジュリは、まだ本当に幼かった頃に家族を皆殺しにされて・・・」
牧師様の表情が曇った。
「どうしても、大人の女性を見ると、母だと認識してしまうようなのです」
笑える話なんかじゃなかった。
「・・・え、じゃあ」
「きっと、マツリさんに母になってほしいと、言い出すでしょうね」
子供は無意識の内に、親の存在を求めるものだのだと、牧師様は悲しそうな表情で告げた。
そして、教会の子供達はそれが叶わないのだとも。