Ep.15
「マツリさん?」
「…ん?」
「大丈夫ですか?」
移動車の中で、眉をハの字に曲げたリファがわたしを見つめていた。少しぼーっとしていたらしいわたしは、意外にも近くにあった彼女との距離に驚き、仰け反ってしまう。
「うわぁ!」
「…お前、どうした?」
ソファの端から転げ落ちそうになったわたしを片手で受け止めつつ、カインが眉を寄せてわたしを見下ろしてきた。
「い、いや、別に」
「そうは見えないけれど?」
返答に詰まるわたしに、ルイさんが更に追い討ちをかけてくる。
「マツリさんは、一度何かを考え出すと、止まりませんからね」
コウヤさんの言葉が続いた。
「先ほどから、とても難しそうな顔をされてます」
「お姉ちゃん?」
リファと二―ルくんの止めの言葉が聞こえてきた。
「………ぅ」
なんと返せば良いか分からず、わたしは冷や汗を流す。
この会話からわかるように、今、移動車の中にはお兄さんズ三人とリファ、二―ルくん、そしてわたしの六人が居る。
おじ様二人とセピアはもちろん馬の手綱引き。
「お前が考える事なんて、どうせろくなことじゃないんだろうが」
カインが非常に失礼な言葉をくれた。
「な、ろくでもないって!」
「違うか?」
「ろくでもないかどうかなんて、個人差の問題でしょ」
「ほぉ、言うようになったなぁ」
カインの挑発的な笑いが癪に障る。
「・・・・話が脱線しているよ」
ルイさんの指摘に、わたしとカインの不毛な言い争いは幕を閉じた。
ちぇ、せっかくうまく誤魔化せると思ったのに。
「で?結局、何を考えていたのかな?」
久々に見る、ルイさんの超絶脅しスマイル。
これにはさすがのわたしも抵抗する術はないし、抵抗しようという気力もない。
「あの、ですね」
腹を据えて、質問に答えようとしたとき、移動車が止まった。
どうやら、目的地に到着したようである。ようやく、リファの生まれ育った地に足を踏み入れる時がきた。
少し予感があったのだ。
ここで、わたしは何か大切なモノを見つけられるんじゃないかとか、そんな漠然としたものだけど。
「降りる前に、聞いておこうか」
あくまでも超絶脅しスマイルを装着しつづけるルイさんに、わたしを見つめるみんなの瞳。
わたしの考える事なんて、どうせそんなに大層なことじゃないのに、なんでみんなはこんなに真剣に知ろうとするんだろう。
「おーい、着いたぞ」
口を開こうとした時、サンジュ父さんが顔を覗かせた。
ナイスタイミング!!
「よし、じゃ、行こう!」
「あっ」
ここは逃げるが勝ちってやつだ。
サンジュ父さんの声を聞くや否やすぐさま移動車から飛び出した。後ろでカインの驚いた声が聞こえたけれど、気にしてる暇なんてない。
だって、この事はまだ、みんなには黙っていたいから。
芽生えたばかりのこの気持ちが本物なのかどうか、もう少し時間をかけて見極めたい。
「マツリさん、ここが、ワタシの故郷です」
リファが後ろからやってきてそう告げた。
自分の考えに没頭していたわたしは、彼女の言葉にようやく自分がどこにやってきたのかを思い出す。そうだった。
リファの生まれ育った村にやってきたんだ。
今度はちゃんと辺りを見渡した。
「・・・・かわいいね」
最初に思った感想は、それだった。
ゲームとかの主人公が住んでいそうな、そんな村。・・・・・・ほんとに、表現がどこまでも乏しい自分が嫌になる。
でも、とりあえずほのぼのとした雰囲気が印象に残るような村。
たくさんの木々に囲まれているのに、全然封鎖的に感じられないは、きっとその所々に並ぶ家々のおかげだろう。
小さな煙突に、やわらかな色彩のレンガの家。そんな家の前には、鶏がいて、元気よく歩いていた。
さっき見えたのは、きっとウサギ。
馬も居たし、少し向こうからは牛の声も聞こえる。
そして、遠くに見える真っ白な教会。
「あそこが、家です」
リファがその教会を指差しながら言った。
「父上様を紹介します」
彼女はわたしの腕を取ると、嬉しそうに笑いながら歩き出した。引き摺られるようにしながら、わたしの歩も進む。
「サンジュ父さん達!ちょっと教会に行って来るね!!」
「おう。俺達も後から来るからなぁ」
「はーい」
一応断りを入れようと声を張り上げれば、移動車から色々取り出しているサンジュ父さんが返事を返してくれた。
一緒に作業をしている他のみんなの視線もわたしに向いたみたいだけど、思わず顔を逸らしてしまった。
だって、絶対さっきの事聞かれると思ったから。
リファとわたしは、そのまま教会を目指して走った。
リファの実家でもある教会は、意外に大きかった。
「父上様、只今戻りました!」
屋根のてっぺんとに十字架の飾られている古典的な教会の扉を開けながら、リファが言った。彼女の後に続いて、わたしも中に入る。
「リファ姉ちゃん!」
「おかえり~」
「遅かったよぉ」
とたんに子供達に囲まれた。
彼らの目的は主に、というか完全にリファのお出迎えなのだろう。けれど、必然的に傍にいるわたしも、子供達に囲まれる事になるわけで。
「おねえちゃん、だぁれ?」
その質素の薄い髪を耳の上でウサギみたいに二つ結びにしてる、四歳児くらいの女の子が聞いてきた。
ちょうど足元にいるので、かなり見上げる形になってる。
首が疲れるだろうと思って、わたしは腰を折って彼女と同じ目線になった。
「始めまして。リファの友達の、マツリです」
「りふぁのおともだち?」
「そうです。ほら、ジュリ、あいさつは?」
リファに促されて、少女はわたしを見た。
「こんにちは。じゅりです。よんさいです」
ジュリと名乗ったその子は、行儀よく頭を下げながら自己紹介をしてくれた。
「おれ!おれ、キュシュ!」
「あたしはローナっていいます」
「ボクは、レン」
周りに居た子供達も、一斉に自分の名前を名乗ってくる。みんな満面の笑みでわたしを見つめていて。こんな初対面のわたしにも、とても素直に接してくれる子供達の姿を見ると、妙に鼻の奥がツンとなった。
「こーら、みんな。マツリさんが困っていますよ」
みんながあまりにも元気良く言ってくるものだから、わたしは少し対応に困ってしまう。けれど、すぐにリファが宥めてくれた。
「リファ、おかえりなさい」
「父上様!」
ふいに何かが床に当たる音が規則良く聞こえてきたと思えば、柔らかな男の人の声が聞こえた。そんな彼の声に、リファが嬉しそうに答える。
リファの育ての親である牧師様をしかと見届けるために、子供達を映していた瞳を牧師さんの方にやった。
「・・・・・」
そこで思わず沈黙してしまう。
いやいやいや、・・・・あれ?
「長旅、ご苦労様でした。道中は大丈夫でしたか?」
「はい。親切な方達に助けていただいて、戻ってくる事が出来ました」
「そうですか」
牧師様と話すリファは、本当に嬉しそう。
だけど、わたしはそれどころじゃなかった。牧師様を見つめたまま、失礼にも棒立ちになってしまっていた。
彼は足が悪いのか、杖をついている。
それは別に驚く事ではない。
普通に牧師さんが着るような黒い長いローブを着ているけれど、それも前から想像していた通りなので、特に気になるような事でもない。
違う、わたしが一番驚いたのは。
「おや、あなたは?」
「・・・・」
「こちらが、旅ですごくお世話になった人です。マツリさんといって、本当によくしてくださったんです」
「それは。リファがお世話になったようで。お礼を申し上げます」
「・・・・・・・・・・・・・・・い、いえ、そんな・・・・」
わたしと同い年か少し下ぐらいの年齢にみえるリファが、『父上様』と呼び慕う牧師様。
ルイさんと同い年くらいにしかみえない、まだまだ若い、青年でした。