Ep.13
万が一にでも待っていてくださった方が居ましたら、スライディング土下座をしながら言いたい。「お待たせいたしました」
ルイさんは酷い人だ。
乙女の唇を、本人の同意もなく奪った。
わたしも、抵抗しなかったけど、あれは不可抗力と思ってほしい。
ルイさんのキスは、花火が終わるまでずっと続いた。
キスされるなんて初めてで、さらに、ルイさんがあまりにもうまいものだから、すっかり翻弄されてしまった。そのせいで毒気を抜かれてしまったわたしは、こうして翌日になって、ルイさんの行動を批判しているわけ。
まともなキスさえしたことのないわたしに、あのディープキスはいくらなんでも早すぎだ。
普通はちゃんと順序を踏んでだね・・・。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「・・・・べ、別に、なんでも」
「恐い顔、してるよ?」
思わず顔に手を当てた。
サンジュ父さんは、移動車の整備でもう居ない。バーントさんも最後の調整かなにかですでに外に出ている。
昨日のあれこれで、夜あまり寝付けなかったわたしは、結局すごく寝坊してしまったのだ。
早く荷物をまとめて下に下りないと。
二―ルくんを安心させるように、もう一度なんでもないと言い直して、わたしは荷物をまとめた。
寝間着も着替えて、鞄を持って、忘れ物がないことを確認すると、ドアを閉めた。
「マツリさん、大丈夫ですか?」
「あ、コウヤさん」
扉のカギを閉めて少し歩いた所で、コウヤさんに会った。どうやら、わたし達を呼びにきたらしい。もう、移動車は出発準備が整っているとのこと。
「・・・・」
移動車に行く事が、こんなに辛いことになるとは、思わなかった。
一体どんな顔をしてルイさんに会えばいんだろう。
昨日の、濃厚なキスを思い出して、わたしは一人赤面する。
いや、ちょっと待って、なんで赤面する必要がある?わたしはルイさんの思いには答えられないと言った。でもルイさんは諦めないと言った。そしてキスをされた・・・・。
とっても深い、忘れられない、キス、を・・・。
「!!」
「マツリ、さん?」
「お姉ちゃん?」
真っ赤になって頭を抱えたわたしを、コウヤさんと二―ルくんが訝しげに見てくる。セピアもそうだ。じっとこちらを見つめてくる。
でも、こっちはそんな事に構っている余裕なんてないんだ。
ルイさんの舌の動きとか、色々な事を思い出すと、もう、何がなんだか分からなくなりそうで。
「うわぁ・・・・」
思わず蹲りそうになるのを必死に堪えて、わたしはようやく移動車まで辿り着いた。
「マツリ」
「!」
「昨日は、大丈夫だったかい?」
「・・・・う、うん」
ルイさんは、もう何も感じさせない白い笑みでわたしを出迎えてくれた。
誰のせいだと・・・・誰のせいだと!!
「マツリ、餞別さ」
「姐さん」
いつものように見送りに来てくれた姐さんは、いつものように贈り物をくれた。中に入っていたのはおいしそうな果物だった。
「肌に良い新鮮なものばかりだ。旅の途中で、リファと一緒に食べるといい」
「ありがとう!」
「ありがとうございます」
いつの間にか来ていたらしいリファも、隣で頭を下げていた。
「二人共、元気にやるんだよ」
「「はい!」」
姐さんの笑顔に元気に返事をした。
けれどやっぱり、相手はあの姐さんだ。
去り際に、耳打ちをされた。
『ルイのこと、しっかりやんな。そう簡単にすべてを委ねるのはやめておくんだよ』
「!!」
引き攣り笑いを浮かべたわたしを乗せたまま、移動車はゆっくりと出発する。
「マリンデ―ルさん、とても良い人でしたね」
「そうでしょ?」
「とても、お姉さんのような人でした」
「うん」
他人が慌てている所を面白がるという、少し厄介な癖があるけれど、最終的には相談にのってくれる良い人なのだ。
「そうだ。今度はリファの故郷に向かうんだよね」
「はい。ラズルという村です」
「その前に少し遠回りをして、ソリテアという街に行くが、いいか?」
ソファーに腰掛け、資料に目を通していたバーントさんがリファに尋ねた。
彼女は一瞬表情を強張らせたようだったけれど、次に見た時にはいつものかわいらしい笑顔で頷いていた。
「ソリテア?」
聞いた事のない街の名前にわたしは説明を求めた。
「この国ではそれなりに名の通った街だ。戦争があってからはかなり衰退してはいるが、それなりに規模は大きい」
「へぇ」
「・・・けれど、今は、昔のような華やかさはないと思います」
リファの言葉の真意を知ったのは、街に着いてすぐのことだった。