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第八章:あさひゆめびし酔いもせず(は)

か                                                  僕は餓鬼だった。

ら                               だから?

女         なにもないんでしょ?

は                                   交換しよっか?

幸                                                      それは約束。

そ         何をかなえればいい?        どうすればいい?

に                                         さあ?

た          ――何も無いという事は何か在ったという事。

   幸せって何?

                                       ――何か在ったという事は何も無いという事。


                   何言っていいかわかんない。

                                        ――それはとてつもなく悲しい。

     カラッポなんだね。

                 ――そんな事を今更気づいた事に。


                                            誰がそんな事言った。

君はいまから××××だ。

                             じゃあ私は■■■■だ


              ――僕は堪らなく悲しくなった。











 一つの体に二つの意志が存在しないように、二つの体に一つの意志は存在しない。

 ifもしもとして一つの体に意志が二つあるとするならば、脳はキャバシティを超えて何も出来なくなってしまう。

 魂というものに遺伝子の有り得ない存在のバックアップがあればそれに越した事は無いが、科学的にしろ、非科学的にしろ未だに魂という物の価値は解明されて無いし、もとより魂というのは言語化された奇跡みたいな物なのだ。

 だから彼女は奇跡なのだろう。

 いや、奇跡だと思う。

 だから彼女の体には意識が二つあり、むしろ初めから二つあったのだろう。

 それこそ奇跡に近く軌跡には届かないくらい凄い事だった。

 そう……だったって話。所謂過去形である。そんな存在は初めから居ないのかも知れないし居たのかも知れない。 僕には詳しくは分からない。それこそ今自分が何者なのかすら分からないのだから。

 それは許されることでは無いのであろう。そもそも自分がそんなものだと考えた事が無かったからだ。

 僕は此処に生きては生けない人間なのだ。生きると言うことはそもそも過去が有るということで、無い人間は誰が過去を証明してくれるというのだろう? 僕は此処に生きてはいけない人間だったのだ。誰もが過去というものがアリ、人間はそこに準じる生き物だ。だからかもしれない、僕は産み落とされてから、ちょっとしてまで自分が生きている思ったことは無い。

 そもそもこの肉体は死んでいるのだ。それを証明できるのは他でもない。自分自身だ。

「へ? 勝己?」

 切り裂きが信じれないように僕に振り向く。勢いが強すぎて切り裂きの髪がパシッと僕の顔に当たる。

「痛いっつの」

「何でそれを先に言わないのよ!!」

「何でお前が怒るんだよ」

「あー失敗した。ああー失敗した」

 切り裂きはクルリと僕に背を向けて、悔しそうになにやらモジモジとしてる。

「何があったんだよ。いじけた子供みたいだぞ」

「うるさい。死ね。むしろ豆腐の角に頭ぶつける前に、交通事故で死ね」

「『交通事故で死ね』だけでいいじゃん」

「うるさい。もういい。ヤンデレになる」

「ツンデレじゃなくてッ!」

「それどういう意味よ」

「いや、カテゴリー的にお前はツンデレだろ」

「死ね」

 頭を抱えながら切り裂きは唸りながら沈んでいる。

 沈黙のまま納得がいったのか切り裂きは立ち上がる。

「よし! まあなんとなく分かった。あんたは勝己なのね?」

 何が分かったのだろうか?

「まああちらさんも勝己なんだがな」

「へ?」

 いきなり顔を上げる切り裂き。

 そこに居るのは錆びた柵の上に座りながら、体を揺らし今の今まで猫みたいな目を細めてこちらを見ている女。

「うー?」

 なんか可愛く首を捻る切り裂き。

 猫ア○クって感じかな?

「あれだ。気にすんな」

「なんでよー私だけ知らないのは卑怯だ」

「俺も正確にはわかってねーんだよ」

「あ、そうなの? 同じ名前とかじゃなくて?」

「そういう風にとらえてくれたらいい」

 カシャンと音を立てて降りてくる沙希。

「そういう言い方はよくないなー。僕だって来たくてきたわけじゃないんだ」

 トコトコと擬音が似合いそうな足取りで此方に向かってくる沙希。

「つまりは、勝己は私のお兄ちゃんであり、彼氏であり、半身であり、敵なんだよ」

 敵という言葉を聴いて、ピクッと肩が上がる切り裂き。

「つまりは、交わらなかった半身。名前が無い彼におにいちゃんが渡した名前。でありながら私の敵なんだよ」

「――それってどういう事?」

 刺すような睨みを利かせる切り裂き。

「その通りだよ。はじめから名前なんて無かったんだよ僕には。そもそも人間として欠落しててさ。過去なんてものがないんだ。それだけだったらまだ希望をもてたんだけど、どうもぼくは生きるという事に執着しなくてさ。おかしな話さ。だから僕は勝己なんだ」

「――だから……どういうこと?」

 拗ねるように切り裂きはそういう。

「勝己は彼だけを示す名前じゃない。私であり、彼であり、その他なんだよ」

「じゃあ勝己って……」

「二年前に死んでる。沙希がそれを認めないだけだ」

 死んでいる。そう勝己は二年前にちゃんと死んでいる。

「死んでないよ。勝己はちゃんと生きている」

 あっけらかんとおかしい事など何一つ言っていないとでも言うように、沙希はそう言う。

 なぜそれが、間違いだと思わないのだろう? 死んでいると認めていないという事は、沙希には何かしらその確証があるとでもいうのだろうか? いや、人が死んで認められないという事はありえないんだ。確かに拒否することは可能かも知れないが、認めないという事は初めから認識していないという事なんだから。

「認識はしてるよ。脳みそも正常。脈拍。血圧。心音。血液。体温。すべて正常だよ? まあ血液だけはAB-だから普通とは言えないけどさ」

 笑って彼女はそういう。その表情しか知らない子供みたいに……彼女は笑う。

「そもそも正常なんて誰が決めるんだろうね? だってさもし隣に住んでた順風満帆そうに見えた家庭が次の日には惨殺されてるかもしれないんだよ? その犯人が親だったりしたら尚の事面白いよね。そうすると周りは決まって『まじめそうな人』というフレーズをつかって、真剣な顔を作って陳腐な事を言うんだよ? 爆笑だと思わない?」

 肩を震わせ、沙希は忍ぶように笑む。

「なにが言いたい?」

「人には誰もが殺人衝動があるという事さ。そもそも人間は動物から進化物なんだから人を殺して生きるのは本能と一緒だと言うんだ。だから人が人を殺すという事はそんなに悪い行為じゃないという事さ。誰だって殺人衝動はあるよ。そこに何をどこまで耐えるのかという事だよ。人間なんてそんなものさ」

「相変わらず悲観した人間だな」

「悲観なんて見方によっちゃ楽観主義よりよっぽどリアルさ」

「甘ったれた独裁者が言いそうな台詞だな」

「陳腐な台詞よりはマシさ」

「あああああああウザッタイ。結局あんたなんなの? さっきからなんか哲学みたいな訳分かんないこといってるけど、あんたがとりあえず、この莫迦殺そうとした張本人ってことでいいの?」

 先ほどまでうなっていた切り裂きがガヴァーと立ち上がったと思うと、沙希を見ながら額に皺を寄せてズカズカと詰め寄っている。

「まあそうなる。でも体本人は違うから、どうなんだろうね? 沙希になるのかな? いやしかし意識は僕だからね。僕の意識を保ったまま、沙希が殺したといったほうがいいのかもしれないな」

 楽しそうな玩具でも見つけたように沙希は笑いながら切り裂きを見たと思うとニヤニヤと笑む。

 そこにムカついたんだろうな。切り裂きは歯をギリッと噛んだ後、詰め寄るように一足で沙希に詰め寄った。

「その余裕たっぷりの笑みがムカつくんだよ」

 刃渡り十センチのサバイバルナイフの切っ先を沙希の喉元にもって行きながら、沙希を威嚇する。

「おお怖い。人間の域を超えてるあたりが規格外というところかな?」

「規格外? 漫画じゃあるまいし。普通に努力したんだ」

「人を殺すことに努力か、面白いことをいう人だね。人を殺すのは本能だ。そこに努力も何も必要ない。本能のまま君は殺してただけだろ? 違うかい? 人を殺すスキルなんてはじめから本能として持ってるんだ。でも其処に満足できなかった君は納得できる殺し方を探し回った。それが君の本能だ。そこしか君は生きれないからだ。なんと言うんだっけ? 君みたいな人間のことをなんと言ったかな? そうそう、社会不適合格者だ」

 ギリッと歯を噛み締めその眼孔に早希を捉え、口一文に結びながら切り裂きは小さい舌打ちする。

「あんたみたいな人間は大好きだ」

「これは奇遇だ。私も大好きだ」

「しかしだ。そこまでして何で『ソコ』に拘るんだ?」

「人類はみな、その答えを追い求める為に、生きているとは思わないか? その答えが何なのかと知りたくは無いか?」

 例えばの話。

 哲学という学問の答えを自己見解ではなく、全員が全員、同じ見解を得られたとするならばそれはとてつもなく、気味の悪い事だとは思わないか?

 全員が自己という謎かけに対して全員が同じ答えというのは有り得ない。

 ――人生とは、世界とは、人間とは?

 そんな見解を抱かずに死んだ人間も居るだろう。

 しかし、その問題点は、人間という種族にして最大の疑問なのだ。

 人が死ぬのは何故か?

 何故生きなければならないのか?

 どうして死せる事が出来ないのか?

 やはり人は生まれながらにして罪なのか?

 罪悪の根源であると共に、永遠に出ない結論。

 永遠というものがあるならば、何故人は地球から見れば悲しい程の短い時間で死ななきゃならないのか。

 疑問は声にはならず。ただただ秋風の如く移ろうが如し。

 しかして、それが消えないのも悲しい人間のサガ故にという奴かな……

 人は何故死に、人はその後どこへ行くのだろう?

「悲しい話だとは思わないか? 人は結局、人という鎖に縛られたまま、セカイのどこにも行けないのだ」

 そのセカイという物に地球は入っていないのだろう。

 世界は広い。人間の視野が狭いだけで。

「だから殺した――と言えば理解して貰えるかな?」

 唐突に簡潔に明瞭に……沙希は夕飯を頼むように普通にそう曰う。

「悪い事だとは思ってはいない。いい事だとも思ってはいない。しかし。此処じゃないどこかがあるのならば、何故私達はこの世界に存在しなければならなかったのだろうか? セカイは無数にある筈なんだ。ならば何故? 私達は此処に存在し、此処に点在し、此処に理由という理由もなく、存在せねばならなかったのか。そもそもどうして、此処なのか。その理由を知りたくはないか?」

 理由……理由ねぇ。

「例えば――」

「理由なんて無いと思うよ?」

 沙希の言葉を遮って、そういう。

「生きていると存在理由も。死んでいるという概念理由も。何をすべきかという運命理由も。何もしないという理由論理も。宛もなくただ僕らは生きているだけ。そこに理由とか。概念とか。運命とか。論理とか。全部関係無い。あるのは理想とリアルと現実だけだ」

 リアルと現実………か。

 誰がリアルを現実と言ったのだろうね? リアルはリアルだ。現実じゃあ無い。そこにあるのはリアルという仮想空間だけ。リアルは現実。現実はリアル?

 現実は現実だ。

 そこに意味は無くて、そこに理由も無い。

 誰もがリアルを現実という。

 リアルなど初めから存在しないのに。

「相変わらず、悲観的というか悲観的論理展開だ」

「論理展開? ただの阿呆が考えた見解だよ。そこに何も存在しない」

「希望は存在しないという事……か」

「いや、希望はあるよ。自分が希望だと 思えばの話だけれど」

 それは悲しい考え方だと――切り裂きはボソッと小さく呟いた。

「悲しいとか。悲しく無いとか。それは――」 自分が決める事だよ。と言えれば良かったのだけれど、その言語は結局、言葉にならなかった。

  悲しいとか悲しく無いというのは考えた事が無かったから。

 生きる事に必要な事は一通り覚えたけれど、生き抜ける事に必要な事は考えた事は無かったから。

 それは悲しい事なんだろうか?

 僕は基本、引きこもりだったから。

 いや、今もか。

「あれだよ。悲しいとか悲しく無いとかは、それは神様が決める事だよ」 だから極めて笑顔を作り、極めて普通に接した。

 それが最大の譲歩。

 そこから先は何も言えないし、言う事すら出来ない。

 何かを言えれば楽なのかも知れない。

 だけど、それは多分意味の無い言葉の羅列。

 言葉というのは言霊で、言葉というのは何も無いような戯言であってもそれは意味がある。

 昔、そう教えられた。魔法使いに。

「だからそう……沙希は悪くない」

「だから違うと何度も!! 私は勝己でお兄ちゃんで……」

「……勝己という人間はね。沙希。初めから存在してはいないんだよ」

 冷めた目で沙希を見つめる。

「勝己という名前はね。己に勝つと書いて勝己なんだ。その名前はね沙希」

「違う。違う。言わないで」

 深く深呼吸する。

 冷たい空気が喉を伝って、肺に送られる。

 頭にも冷却機能でも積んでたらなぁとか有り得ない事を思う。人間の脳がまだ機械よりも遥かに凄いという事を、この一年で僕は知った。

 あっという間の一年だった。

 口を開け、その言葉が喉から出掛かって、止まり、後戻り出来ないと知って……僕は口にする。



「――勝己は君の名前だ」



 沙希の顔が破顔する。

 笑顔であるならばどれだけ良かったか。

「君の名前は勝己。女の子っぽくない名前だからと、僕に譲った名前だ。僕は名前すら無かったから。名前があるのならば良かったのだけれど……生憎僕の脳みそはポンコツで欠陥品でね。もう何も思い出せないんだ」

 糸の切れた人形みたいに沙希は足元から崩れ落ちた。


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