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第六章:あさひゆめびし酔いもせず(い)

「一つだけ条件ある」

「条件……ですか?」

「――止めておけ」

「は?」

「その笑顔は止めておけ(ソの笑ガオは止メてオケ〕」




 壊れたままのインターホン。

 取れ掛けたドアノブ。

 郵便受けに大量に入ったまま放置された新聞

 エレベーターの前に貼られた故障中の紙切れ。

 廊下に人気は無く、それ故にこの場所に人などいないだろうという錯覚すら覚える。

 しかし、ここにはちゃんと人は住んでおり、そのために僕はこうして、こんな辺境の地まで足を延ばしているのだろう。

「…………憂鬱。いや陰鬱かな?」

 憂鬱など口に出した所で、現状は何も変わらない。それどころか、 

こんな場所に好き好んで住む人間といえば決まって、変人か狂人か愛人ぐらいな物だろう。

 ――所詮は言葉遊び何だかろうけど。

 相変わらず変わった人間だと思うが、それにしたってこんな場所に住む必要も無いだろうと僕は思う。

 いや、実際頭では思っていても、心の底ではそんな事、微塵も思っていないのかも知れないが。

 思う事と口に出す事は同意語だ。

 その先に両方に本質という物は存在しない。存在するのはそこにあると思う人間の悲観的観測及び客観的同情心である。

 そこまで考えて僕は思考を辞めた。

 多分、その先に結果など出ないからだ。

 どちらにせよそれは主観の問題で人により様々な見解をもたらすからだ。

 ならばその思考をパターン化するならば何百通りの一部にしか過ぎない。

 その一部を導き出した所で、その解答は100中4点という事になる。

 ならばそれは意味の無い事。

 悔しいが世界の疑問を得るだけの知識や思考を僕は持っていない。

 ニーチェがそうであるように哲学を語る上で必要な物は、その物事を見定める目と知識と狂心だ。

 それがあって初めて学者は哲学者となる。

 僕はニーチェよりもゲーテの方が好きだが。

 そんな意味の無い思考をとり止めて、僕は金属とペンキと不純物で出来たドアを三回叩いた。

 返事は決まって無い。寧ろ返事する方が僕にとって恐怖だ。

 念の為もう一度ノックしてみる。

 やはり――返事は無い。

「……ただの屍のようだ」

 某RPG風に言ってみた所で遊び人が隊列組んでカジノとか連れて行ってくれる筈もなく、程なくしてメダパニは必要なのかどうかと考え出したが、やはりそれも結論など出る筈も無く諦めた。

 多分、使う人は使うのだろう。

 けども無駄にMP食うんだよなアレ。

「おお〜勇者よ。死んでしまうとは情けない」

 その台詞と共に扉が開かれ、半分眠たそうな表情の女が車椅子を器用に動かしながら、パジャマ姿で僕を見下したように眺めていた。

「じゃあ王様が行って下さい。誕生日の日に旅がしたいとは思いません」

「……いや、そこは普通に行こうよ。RPGの意味無いし」

「薬草一つくれない王様の言う事なんて聞きたくありません。寧ろこんな世界滅べばいいと思います」

「ぶっちゃけたッ! 勇者ぶっちゃけちゃった!!」

「というかそもそもダーマ神殿なんてハローワークじゃねぇか。転職しすぎだっつうの。農民を少しは見習えっつうの」

「RPGの世界観否定しちゃった!!」

 という風な会話を交わしながらとりあえず話が進まないので、ここで終わらせる。

「……で? 何でまた此処に来いと? 周りくどい手使いやがって」

 女は肩を少しだけ上に動かした後、見定めるように僕を見る。

「少し痩せた?」

「三キロ太った」

「嫌みな野郎め。ボクの話ぐらいは素直に聞いてもいいものだろうに」

「お前の話だからひねくれて聞くんだよ」

 引きこもりである彼女――裏話 闇夕(勿論、偽名)は楽しそうに笑むと僕を部屋の中へと通した。

 中は相変わらず電気ケーブルとLANコードの束が、大量に壁や天井を這っていて、女の子らしい道具は何一つ見当たらない。

 仕方が無いのだろう。

 彼女には両足の膨らみは無い。

 それと頭がおかしい。

 いや、冗談抜きで。

「何か飲む? と言ってもコーラとペプシとラムネしか無いけど……」

「炭酸ばっかりッ!!」

「炭酸は体にいいんだよ? 頭がシュワァーとして、それからゴワァ―として、ついでにヌァ―ってなるんだよ」

「もう火星に帰れ…………な?」

「何! その同情ッ!?」

「寧ろ冥王星に帰れ」

「火星人でも無かったんだ!」

「まあ……流石に宇宙人と延々と話しててもいいんだが。いい加減話進めたいんだが」

「もうま、とめ、られちゃった……」

「何俯いて、犯されちゃったみたいな健気な子演出してんだッ!」

「やっぱり、そんな女の子が趣味か……」

「誰もンナ事言ってねぇぇぇぇ」

 軽くねぇぇぇぇがNEEEEEになりかけた所で話を戻す。

 こんな事している暇は無いし、こんな事している時間も空間も無いのだ。

 いや、空間は関係無いか。

 所詮は平行世界の話なんだし。

「で、お前の情報……を」

 なぜか物欲しそうにして手を出す闇夕

「何?」

「写真」

 あ、やっぱり渡さなきゃならないのか……

「何でそんなに写真が必要何だよ」

「魔法使いが鍋に何入れてるか教えてくれる童話が今まであった? 魔法使いが魔法を使えないのと魔法使いが魔法を遣えないのではまた違う。活字と活字の違いと魔法が真宝というように意味と位置と利害で大きく変わるのをお前は考えた事があるか?」

 ありゃ……ありゃありゃありゃ。

「人間が識別出来る物なんてたかがしれてるし、それに伴い価値も上智も平地だって見る人によればそれは価値の無い物だろ? 世界をセカイというのとセカイを世界(周り)というのではまた違う。そこに意味は存在しないし、そこに価値も自我も感覚も存在しない。

 唯一あるのはそこに何がありそこに何も無いと思える人間の感覚だけであり、そんな物の為に我々は世界をセカイと定義して、この倭小な殻とガランドウな入れ物の中に存在するだけだ。

 ならば自分などという存在は世界のたち位置及び客観的見解性及び自我の飽和に値する。そこに定義も底辺も或いは天井もありはしない。それはただ単純に“そこ”という位置に初めからあり、それ故に人は不幸とか幸せとかを決めつける。

 そこに何の意味と位置がある。

 それこそ意味のない飽和し沈殿した人間という糞忌々しい感情と論理と理由であり、そこを幸せだと思わない奴に何の……何の……意味がある」

 はぁ……スイッチが入っちまったか。

「論理は判るさ。言いたい事もな。だからそう自分に悲観するな……な? お前は生きていていいんだから。おかしい事なんて何一つ無いさ」

 冷蔵庫からコーラ缶二本取り出して、一本を放り投げた。

「別にお前を責めて無いし、世界なんて自分行ける場所で精一杯だ。だから、その……あれだ。深く考える必要は無いし、深く落ち込む必要も無いんだって」

 だからコイツと会うのは嫌いだ。

 なぜ僕がコイツを慰めなきゃならんのだ。確かに色々あったよ。色々あったけど――思い出したくは無い。

「ごめん。ちょっと入ってた」

「仕方ないさ――色々あるだろうさお前も」

 優しい言葉をかける事は人生最大の汚点である。と言った人物は誰だったか。

 そんな歴史上の人物を思考しながら、僕はコーラのタブを開けて、コーラを飲み干した。

「結局の所、お前はまだ人間が嫌いなんだな。人嫌いじゃなくて人間嫌いか……」

「……うん」

「仕方ない――のかも知れないな」

 呟いてみた所でその意味は意味を為さない。それは僕が一番よく知っている。

 それの意味も一番よく知っている。

 結局の所、闇夕は人間に希望を抱き、逆に人間に失望した人物てである。

 僕とは似て非なる存在だ。

 僕は初めから人間嫌いの人嫌いだったから。

 闇夕よりまだマシな方だ。

「――お前はまだいい方さ」

 小さく呟いてみた。闇夕に聞こえないよう小さくそれでいて優しく呟いてみた。

「そうだね――相変わらず君は優しいね」

「止めとけ。お前が壊れる。僕は優しくは無いさ。優しく見せてるだけだから」

 そう見せているだけだ。その先に何もない。優しさていう善意だけ。偽善に良く似た優しさは優しいもは言わない。

 優しいのは心の水が溢れてる奴だけ。

 僕の場合、心の水はとうに枯れてしまった。

「――そうだな。いい人は元々いい人なんだろうと思うよ。心のそこから。多分いい人なんだろうさ」

「そうだね。君は元々壊れてたんだよね」

 ――そうなる。

 相づちは心の中で打った。

 口に出すのが嫌だったから僕は自分で自分を肯定した。

 それは卑怯者の特許であり、それは僕にとって僕という存在意義であると同時にその理由を話すべき時じゃなく、それは僕が倭小であるという存在証明でもあった。

「ヒーローはもういない」

「ヒーローはもういない」

 僕の言葉に彼女――闇夕は繰り返す。

「もういないんだよ。ピーターパンもウルトラマンも狼すら逃げたんだよ」

 そうそれはお伽話に似た願望。

 それはお伽話に似た羨望。

 そうそれはお伽話に似た希望

 それはお伽話に欲望

 小さな小さな耳の種。

 咲かすは希望か願望か。

 揺れに追い風。嵐に乗って、我は我だて人にいい。

 夏の夜空は散らばり消えて、残るあはひ。

 ――あさひゆめびし酔いもせず。

 さぁ――語ろうか。


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