第四章:黒子は夜に消えて
世界は浅い。
広くもなければ狭くもない。
ただ平坦とした日常がそこにあってそれを浅いと言わずに何というのだろう?
世界は浅くて狭くて……だけど、かと言って初めから限界などは存在せずだからこの世界に悲観する。
絶望し、落胆し、居もしない神を恨む。
人生を面白く生きて来た奴は未来も面白いなどと、嘘吹くがその先に何があるのかさえ理解出来なければそれはやはり楽しくは無くて、誰が自分の未来を明るく照らしているなどと予知など出来るのだろう?
躓いて立ち上がれない人間など何処にでも居るではないか。
未来など一切分からない事が不安で、恐怖で一番恐ろしい物だ。
怖いというならまさに恐い存在である。
明日がまた来るなど誰が思えるだろう。
明日は昨日かも知れないじゃないか。
永遠に続く無限ループかも知れない。
何百、何千、何万、何億と同じ人生を繰り返しているのだとしたらそれはまた不幸であり、恐怖だ。
死んだ後も同じ人生など一回で真っ平なのだ。
蟲であれ、動物であれ、人間であれ全て同じである。
その先に希望など見いだせる筈がない。
唯一の救いと言えば記憶がない事だろう。
人はいつか死ぬ。
面白くは無い――話だけど。
快晴にして暗澹たる曇り空だった。
雨の日にだってこんな憂鬱な気持ちにはならなかっただろうに。
今の僕は死刑囚の順番待ちみたいな物だ。
どうにもこうにもツイていない。
いや、逆にいっぱい憑いてるのかもしれない。
先ほど、自称切り裂きの女に死刑宣告されたのだから、日本という国の行き先を不安にさせる事この上ない。
自称切り裂きは切り裂きらしい。
もちろん、人を殺して生きる。
それは“そうある事”なのだから何も言うつもりもサラサラ無いが、三人殺した後、殺しますんでと愛想笑いで言われたらどうしようも無いような気がする。
何か勘に触ったような事したのかと聞いたら、無いと答えられたのもまた救いようが無いのだが……
だだ三人後というのがまだ救いかもしれない。
彼女にとっても18人という節目なんだそうだが、節目と言えば20人じゃないのかなと思ったのだけれど、彼女にとっては18人が節目らしい。
はっきり言えばどうでもいい。
殺人をする人間の思考回路は僕にはあまり分からない。
まあ、そんな事を知る事よりも知らない方がマシなのかも知れないな。
判るより判らない方がいい。
無知という名の存在は時として知らない方がいい事もある。無駄に知識を詰め込むと人はそれを正価値として見て、相手の意見を素直に聞けなくなる。
それならば幾らか知らない方がいい。
自分の家に帰って来た僕は、 ベットの上に倒れこみながらあれこれと考えていたかどう考えた所で、それは堂々巡りにしかなからなかったので僕は思考する事を諦め、人生を諦め、晩飯も諦めた。
飯を買うのを忘れてしまったのだ。
冷蔵庫には何故かビールしか置いてなくて、僕は落胆する。
こんな事なら切り裂きと行った喫茶店でサンドイッチでも食べておけば良かった。
自然に溜め息が出た。
最近よく溜め息を吐く回数が段々と増えてきたように思う。
それはやはり、僕が一歩一歩確実に、大人へと近づいているからだろうか?
それは少しだけ寂しい気もするがそれが大人になるという事なのかも知れないな……
面白くはない話だけど。
さてどうしますか? お腹は結構空いているのだけど、買いに行くのも億劫といえば億劫だ。
人間、水だけでどれだけ生きられるのかというのも、実行したいといえば実行したいが身にもならないと3秒で思い込み辞めた。
ピーンポン
何だろうな。なんでこういう展開っていつも人が来るんだろうな……
しかもそういう時に限って大変な奴なんだよな。
新聞屋の集金とかじゃなくてさ、何かこう呼んでもないのに遊びに来た友達――みたいな感じ?
嘆息吐いた後にインターホンを取ってみる。
「はい? 新聞屋なら喜んで」
「あ、すいません、切り裂きです」
「帰ってください。とい言うかほんとにマジで帰ってください」
今日会ったばっかりの人間に今日殺されるってっか? 何のギャグだ。
レオンも真っ青だろそれじゃあ。
「いえ。あの。言いにくいんですけど……今日だけ泊めてくれませんか?」
「本当に帰ってくれ。何したんだお前は……つうかお前もう切り裂きなのんな! 切り裂きといえばだな沈着冷静。残酷なる死神の代名詞みたいなものなのになんで家無いんだよ……」
「家賃3ヶ月滞納しちゃって」
「聞いてねーよ。むしろ切り裂く前に働け」
「死活問題なんです」
「人殺しといて言う台詞かっ!」
「まだ18人じゃないですか」
「僕、殺す気満々じゃねかっ!」
「……まだ、17人じゃないですか」
「減ってる! て言うかマジで殺す気」
「いやまあ……泊まらしてくれるんなら考えます」
「うん。明らかに殺す気満々だよな」
「お願いします! タ−ゲット変えますから」
「そんな単純にか!」
「美少女ですよ? 可愛い女の子ですよ? いや寧ろ美しい女性ですよ? あんな事やこんな事が出来るかも知れないんですよ? しかも切り裂きですよ?」
「最後が無ければ泊めてやるんだがな」
「美少女ですよ? 可愛い女の子ですよ? いや寧ろ美しい女性ですよ? あんな事やこんな事が出来るかも知れないんですよ?」
「何いい直してんだよ」
寧ろそんな簡単に、捨てていいのかよ。切り裂き
「所詮、抱くだけ抱いて飽きたら捨てるというのね」
「寧ろ、その想像力に脱帽だわ」
「そんなにあの女がいいのね!」
「お前よりはマシだと思うが?」
つうか何なのよこの女は……
「お願いしますぅぅ」
「野宿しろよ。お前なら大丈夫だろ」
「女の子に野宿させる気ですか! 外には一杯、性欲を持て余した狼が私の体を舐め――」
ガチャリ。
インターホン置いてみた。
というか付き合いきれん。
ピーンポン ピーンポン ピーンポン ピーンポン ピーンポン ピーンポン ピーンポン ピーンポン ピーンポン ピーンポン ピーンポン ピーンポン ピーンポン ピーンポン ピーンポン
「どんな連打!?」
「高橋名人も私の前では裸足で逃げ出します」
「どんなシューティングマニアだ」
「シューティングを馬鹿にしましたねっ! どの音楽も神だというのにあなたは馬鹿にするんですね! 近頃のRPGときたら、画質を綺麗にするばかりで音楽やストーリーを疎かにしすぎています」
「ああ、それは分からんでもないかな」
「特に蜂は最強過ぎます」
「ストーリーといい音楽といいな、しかもあの万人向けじゃないのがまたなんとも言えん」
「分かりますうぅぅぅ、やはりゲームは万人向けを作るべきじゃ無いんですよ。人により色々いいものをっ!」
不意に会話が止まる。
受話器越しに小さく息遣いだけが聞こえてくる。
「どうした?」
何も答えない。
「おい?」
「ちよっと質問ですが……隣、人すんでました?」
「なんでそんなこと聞くんだ?」
「いいから答えてください」
「だからなんで?」
腹の置くから声を出すようにして彼女は言う。
「私はこれでも切り裂きと呼ばれています。だから音には敏感なんですよ……」
「だから?」
「隣の部屋に誰か居ますよ?」
「そりゃ居るだろ……隣、人居るんだか」
隣人なんていたっけ?
スーと目線が流されるように後ろを捉える。
黒。
初めの感想はそんな感じ。
黒一色でどこか黒子を思い出させる。
そんな生易しいもんじゃないかもしれないな。
空間が黒なんだ。
歪んでいるような、絵の具を撒き散らしたようなそんな間感じ。
黒とか青とか紫とかそんなものを撒き散らしたような感じ。
顔は黒子の布で隠してある。
というか全部黒子の服装だ。
黒い足袋。黒いティシャツ。黒いズボン。黒い……肌
吐き気がする。
人間のようで人間じゃないもの。
人であり人で無いもの。
考え方の違いか、それとも人として何か……根本的に違うのか。
それすらも分からない。
人間であり、人間じゃなくなった者。
勝己はなんていうだろう?
イレギュラーかな? 規定外? 人外? どれも違うな。
多分、『化け者』だな。
瞬間的に化け者が動く。
音も無く無音で動く。
人間という人間という人間に出来る芸当ではない筈。
感想を漏らす前に頭ごとフローリングの床に叩きつけられた。
視界が一瞬にして反転し、集点が定まらない。
視界がぶれる。脳信号がハッキリと遅れない。声すら出ない。
痛い。
何の恨みがあるのかね。波風立てずに生きてきたつもりだったんだが。どうにもこうにも、誰か傷つけてるらしいね。
髪を掴まれたまま、何度も何度も床へと叩きつけられる。
それほど酷い事したか? と見当違いな事を必死で考えてはみたものの、それはこちらの人間にしか通用しないのであって、あちら側の人間には通用しないのが道理なんだなと思う。
嫌なもんだと結論づけてから流石に病院いかないと死ぬなと本気で考えた。
頭は切れ、唇は真っ赤に染まり、鼻は多分折れてるかな? そんな結論が出た時に化け者の攻撃が止まる。
しかし髪は掴まれたままだ。という事はどういう事だ?
1・切り裂きが来た
2・そいつが凄い形相で。
3・化け者の腕を切り落とした。
さあ、どれ?
「あまり、汚い手で触らないでくれますかね? 私の泊まる所無くなっちゃうんでというか義手ですか。自分の手を汚すのがそんなに嫌なら、殺人なんかしなきゃいいのに……」
笑顔で切り裂きは言う。それが当たり前なのだろう。そういえば切り裂きの本名聞いてなかったな。
「三下」
三下といわれてキレたのかは分からないが、切り裂き目掛けてて化け者は跳躍する。
だけど切り裂きは嘆息する。吐き捨てるように。つまらなそうに呟いた。
「18人だったんだけどなぁ」
トスンと意図も簡単に楽勝とでもいうように喉にナイフを突き立てて、あっさりと人を殺した。虫でも潰すようにして。
「面白くないなぁ」 喉からナイフを引き抜きぬいて独語した後に嘆息した。
「大丈夫ですか?」
「地獄直行みたいな感じ?」
「天国でしょ……行くのは」
「そう思いたいがな。つうかよく開けたなドア」
「ピッキングぐらい造作も無いですよ」
「じゃあ初めから、殺されてた訳ね」
「そうなりますが……まあシューティングやってましたから気が変わりました」
「なんで?」
「ただでさえシューティング人口は少ないですから」
そんな理由で僕は助かった訳か……今度からマジでシューティングは買い続けないといかんな。
切り裂きは僕から顔を背けると、死体へと目をやる。
「顔見てみます?」
「だな」
うつ伏せの死体を足で転がすと見知らぬ男がそこに居た。
「……知った顔ですか?」
「いや、知らないん」
見たこともすれ違った事も無い。
「じゃあ何者でしょうね?」
「ただ一ついえる事は、僕が邪魔だって事だな」
「何でですか? 寧ろ生きてても害はなさそうな人間ですが」
「なんでだろうね? 僕が聞きたい。まあその前に救急車呼んでくれ……流石に本当に死にそうだ」
「泊まらしてくれますか?」
「病室になるけど……それでよければ」
「はい!!」
何で満面の笑顔なのか教えて欲しいところだった。