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第二章:魔法使いの矛盾

「魔法使いは魔法を使えない」

「なら、一般人と対して代わらないだろそれは……」

「魔法使いは魔法を使うから魔法使いなんかじゃなくて、魔法使いは魔法使いと思うから魔法使いになれるの」

「それはただの自称だろ」

「それが自称じゃないんだよ。自称魔法使いは魔法使いと定義されないんだ。魔法使いは魔法使いになれるから魔法使いなんだよ」

「どういう意味だ?」

「魔法使いは魔法使い。魔術も魔法も何も使えない。

だけど自称は本当に何もできない。魔法使いは出来るってだけ」

「だけど魔法は使えないんだろ? なら矛盾だろ」

「矛盾は魔法使いの特許だよ。矛盾だからこそ魔法使いは魔法使いになれるんだから」

「――意味が分からん」

「分かんなくていいよ。ただ訊いて欲しかっただけだから」

「なら気が済んだか?」

「……だいっきらい!」




 ――――夢を見た。

 正確には夢じゃなくて過去だが……

 だから夢は嫌いだ、いや眠る事自体が嫌いなのかも知れない。無防備になる。過去を振り返っても意味は無いように、夢を見る事も同じ位、意味は無い。

 忘れてしまった思い出と、そうあるべき未来の矛盾した世界。

 夢とはそういう物だ。

 “もしも”を現実に持ってきて、その思い出をあるべき未来の破片へと変換する。

 その偽りの世界になんの意味があるのだろう。

 やはり悔やんでいるのだろうか? それこそ、欺瞞だとしか言えないような気がする。

 望む資格はとうの昔に置き忘れてしまったというのに……


 時計を見ると科学の無駄な発展のせいで何でもかんでもデジタル化された時計が八時半を示していた。

 遅いのか早いのかよく分からない時間だ。サラリーマンなら遅刻だし、自営業の人ならまだ寝ててもいい時間だ。

 いや。自営業でも市場とか行く人も居るだろうから、やっぱり普通の人間からしたら遅い時間だ。

 ベット代わりのソファーから半身を起こすとプーさんのイラストが描かれたタオルケットが床に落ちてしまった。

 どうやら寝ている間に掛けてくれたらしい。

 ブラインドの隙間から差し込む朝日が尚一層、埃を明確にしていて、空気中に嫌という程、紛れている事を示されていた。

 灰色の業務用机には大量の本と無数のファイルが乗っていて、そこの主様は片付けるという事を多分知らない。

 遠くの方では土を固めているのか鉄骨を地面に差し込んでいるのかは知らないが何かを打ち込む機械がドン! ドン! と規則的に或いは規則性に従って聞こえてくる。


 此処は僕が高校中退した頃から勤めるている仕事場兼事務所である。

 部屋の隅には名画や重要文化財、大金の価値のある国宝級まで……

 そんな品々が乱雑に置かれているのはここの主が絵や彫刻に興味が無いからであろう。

 じゃあ何故、こんな仕事をやっているのかと言えば、本人曰わく給料がいいからだそうだ。


「後二時間寝てたら顔に落書きしてやろうと思ってたのに……」


 真っ白なマグカップを両手で包み込みながら、僕を見下ろしている女性。

 白色の長袖ワイシャツと黒いライダースのパンツを履いたポニーテール姿の女性はやんちゃ坊主。この場合やんちゃガールだが――をそのまま成長させたような笑顔を浮かべた女性がソファーを挟んだ後ろで笑いながら立っていた。

 春日井 黒猫という名の修復師だ。

 一応断っておくが本名であり、修復家じゃなくて修復師だ。

 彼女は何故か修復家と呼ばれるのを嫌っていて、修復師と自分で造った造名を好んで使っている。


「何時間位寝てました?」

「知らないよ。私はあんたに興味は無いからね。何時間寝てようが私の生活に支障は無いからね」

「念の為に確認しますけど……」

「何?」

「僕ってここの従業員ですよね?」

「一応、書類上はそうなってるね」


 独特な筋肉だけを突っ張ったような愛想笑いを浮かべ彼女は一人掛けのソファーに座るとコーヒーカップを口元に持っていき、ふぅ〜と溜め息を吐いた。


「今し方、一点完成してね。とりあえず一休みって感じさ」

「言ってくれたら手伝ったんですが」

「馬鹿かお前。スヤスヤと寝息起てて幸せそうな顔してる奴を誰が起こせるか。それこそ罰が当たるよ」

「あれ? 怖い物は無かったんじゃないでしたっけ?」

「ゴキブリと神様とタマネギ以外はね」


 彼女はゴミだらけな木材のテーブルにマグカップを置いて、胸ポケットからメンソールを取り出すと、慣れた手つきでそれを口に持っていく。


「それで……成果はあったか?」

 真剣な表情でそう訊いてくる春日井さんは、時として怖い物がある。

 カチャンとジッポの蓋が下がり、いつの間にかタバコに火が付いていた。


「いえ、あまり無いですね。昔話と脳の雑学ぐらいですかね」

「まあ初日だしな。ただあのペテン師は分かってる癖に言わない事が多々あるからな……」

「ペテン師ですか」


 それはまた上手い事を言う。というか春日井さんと勝己は相性が悪いのだ。険悪ていう訳では無いが、勝己は春日井さんを罵る時にいつも『年増で三十路でガメツくて女を女とは思えない可哀想な女』と罵っている。


「そもそもどっちが主人格なんだ? 沙希の体を使ってるから沙希か? それともやっぱり――」

「どちらも主人格ですよ。精神的と言うなら勝己だし、肉体的というなら沙希ですね」

「何かややこしいなあ」


 煙草の煙をわっかに作り天井に向かって吐き出しながら春日井さんは馬鹿にするかねようにき捨てる。


「……結構、長引きそうか?」

「身元がわかりませんからね。元を辿るのはツラい物がありますね」

「そっか」


 床に煙草を捨ててブーツの先で揉み消し、肺一杯に溜めた煙を吐き捨てると少し悩んだように訊いてくる。


「実はなお前の件の他にもう一件来てるんだ」

「……他にですか?」

「うん、ちょっとだけ頼まれてくれるか?」


 珍しいと言えば珍しい。

 春日井さんは大抵、仕事は一件一件こなす人なのだが……しかも別件と言うなら尚更である。


「悪いとは言わないですが――今回は勝己の件も絡んでるんですよ?」

「だからこそさ。だからこそアイツに絡んで欲しいんだよ。というかアイツにしか解決出来ないんだよ」


 それはまたやっかいな話だ。

 しかも勝己絡みとなると尚更である。

 一ヶ月に一ヶ月という頻度で現れていたのに、二件発生とは……少しだけ嫌な前ぶれのような……そんな感じがする。


「頼めるか?」

「別に構いやしませんが……何かあったんですか?」


 春日井さんにそう訊くと春日井さんは思量深げに唇を二、三度触った後、決意を決めかねるかのように言葉を濁す。


「事件というなら事件だか、ちょっと不可解でな。明らかにおかしいんだ」

「おかしい?」

「ああ、連鎖反応だ」


 連鎖反応? それもまた興味がある。

 いや、興味というよりは好奇心か。


「今月に入って六人死んだ。一週間ごとに一人、同じ時間、同じ場所でな」

「どういう事です?」

「人が確実に死ぬんだ。催眠術みたいにな。特に共通点も無いんだが、確実に死ぬんだ」

「ん? それおかしく無いですか?」

「おかしい? お前はこの事態がおかしいって思うのか?」


 信じられないとでもいいたげに少しだけ睨んだような目線を春日井さんは僕に向けると、小さく溜め息を吐いた。


「――異常なんだよ」


 背筋に虫が這ったようなそんな感覚。

 鳥肌が右腕から電子反応するかのように全身を強く通っていった。

 凄みのある声で春日井さんは尚も続ける。


「自殺やら他殺やら憶測はやたら飛び交っているんだがな、どうも……な」

「どういう事です?」

「死因が……な」


 やはり言葉を濁すあたり何かあるのだろう。いや、何かというべきでは無いな。人がもう死んでいるのだから。


「死体は必ず二人。相手の体を刺し合って死ぬんだ」

「……それはまた」

「奇怪か? それとも鬼畜か? まだあり得る話だ。一緒に死にたい奴なんざ大勢いるからな」

「ん? 意味がちょっと分からないですね」

「そのまんまの意味。一人では死にたくない。一人では死ねない。なら他人となら怖くない。私は一人じゃない。だから殺して、殺される」


 足をソファーの上に乗せて、体育座りをした彼女はユラユラと上下に揺れながらそういう。

 端から見ている僕にとっては行儀が悪いとは言わないまでも、もう少し大人っぽく振る舞って欲しいと思う。

 余談になるが、この人はテレビ局主催のパーティー会場でカメラ回ってるのにも関わらず、自前の五重箱におかずを詰め込んで持って帰ってきた勇者である。

 勿論、主役は春日井さんだったから呆れる他無いが。


「だからこそ、その気持ちは分からないでも無いんだけどね。ただ六人という数が異様なんだよ」

「異様ですか」

「異様だね。異質とはまた違う。異様で奇怪だ――頼めるか?」


 彼女はそういうとソファーの背もたれに後頭部を押し付けながら、虚空を眺めて小さく溜め息を吐いた。


「憂鬱そうですね」

「そりゃあね。修復師が聞いて呆れる。何が修復師だ。修復なんて何も出来やしない」


 ――修復師

 僕がそう名乗るのもおこがましいのかも知れないが、僕達は自分の職業をそう呼んでる。

 修復をするのが仕事である。

 例えばそれは物であったり、関係であったり、事件であったりだ。

 それを全て纏めて僕達は修復師と呼んでる。

 依頼される事は大抵は美術品だけだけれど、事件や関係であったりもする。

 そんな時は事件や関係を先に修復する事を前提としている。 ――がしかし


「事件ばかりじゃ憂鬱ですか?」

「そりゃね。修復の仕事はたんまりとあるんだけどね、今は四割が事件だ。探偵だってこんな仕事はしないさ」

「……春日井さんが有能だからでしょ?」

 そういうと春日井さんはまた溜め息を吐く。


「有能は私みたいに逃げたりはしないよ。私は無能で無粋な落ちこぼれ。成り上がりのなり損ないさ」


 辛く微笑むかのように筋肉を釣り上げた彼女は悲しそうに顔を伏せて、大きく息を吐き出した。


「本当、今更だよ」


 西脇という地名のそのまた奥にある研究所に春日井さんは十年という月日の間、其処に居た。

 外界と遮断されたその施設は何の研究をしているのだか、漏洩する事を恐れているかの如く、未だにその秘密を内側に隠したまま今でも其処に佇んでいる。

 噂では原爆を作ってるだとか何だと噂がはびこってはいるがそれは憶測に過ぎない。

 勝己辺りは何かを知っているかも知れないが、僕には検討も付かない。

 だが春日井さんは十年そこにいて、逃げ出して来たのだ。

 自分の事は話そうとはしない人だから僕が聞いても何も話さないのだ……彼女はそういう経緯の持ち主なのだ。

 だから修復師という難しい職種なんかをしているのだろう。


「はぁ……滅入るね、こんな暑さじゃ」


 彼女はそういって外に目を向ける。

 青い空に入道雲が浮かんでいて、蝉の声とプールに行くのだろうか? 小学生達の声が聞こえる。


「……もう夏ですね」

「夏だね」



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