葬列
「仕事が入ったぜ。白人の観光客だ。彼女が急に心臓発作で死んだんだとよ」
意識の遠くで微かに声がする。
「本当に彼女かね。……まぁいいや人間困った時には羽振りがイイからな」
男達の笑い声——それから 乾いた砂の匂い。
からからと回る換気扇の音。
崩れかけた壁石の隙間から暮れかけた夕日が見える。
だけど徐々に近付く闇に、部屋の中は良く見えない。
(……)
目覚めてすぐ何かを考えようとしたけれど何も思い付かない。
ただ肩を揺する振動と、心地よい何かの言葉に——私はゆっくりと目醒めた。
「……動けるか?仕事だ」
焦茶色の肌にぎょろりとした目の男はそう言うと、なかなか動けずにいる私の手を取り、ゆっくりと私をベットから引き起こした。
「……まず身体を洗ってからだな」
そう言われて視線を落とすと私の身体は泥だらけ。
髪も顔も爪の中まで全部。
男は丁寧にシャワーで私の身体の泥を落とし、黒い服を着せた。
「よし。行くぞ」
男はそう言うと私を軽々と抱き上げ、車に乗せて何処かへ運んだ。
身体中がだるくて重い。
私の身体は走る車の振動に無抵抗に翻弄され、まるで人形の様だ。
このまま揺さぶられ続けたらバラバラになるのではないだろうか。
そんな事を思い始めた頃、車は突然真っ暗な闇の中で停車した。
新月の夜。月明かりさえない。
男に降りる様促されて、そっと車から足を下ろすと、私の足先はひんやりとした砂粒に触れた。(……砂)
「いいか。お前はここをできる限り深く掘ってこいつを埋めるんだ」
そう言うと、男は車の荷台から黒い布に包まれた大きな塊を担ぎ上げ、乱暴に私の目の前に落とした。そしてぼんやりと立ち尽くしている私にこう言った。
「太陽が昇るまでにちゃんとやっておけよ。ちゃんと出来ていたら明日も生かしてやる」
男はそれだけ言うと、何やら穴を掘る道具と私の目の前に大きな黒い塊を残して、車に乗り込み行ってしまった。
男の口元から白い息が出ていた。
良く見れば私よりも随分着込んでいた気がする。……でも私は何の温度も感じない。
何故私は何も感じないのだろう。
自分自身に付いて不思議に思う事はまだあった。
私は月明かりもない真っ暗な砂漠の真ん中でも、視界はクリアだった。
私の目の中に映るモノクロのグレイな色彩が、黒い塊を包んだ布が風に揺らめいているのを鮮やかに映し出している。
(……仕事)
そうだ。やらなくては。言い付け通りに。
私はふらふらと地面に放り置かれた大きなシャベルを拾い上げると、力一杯その先端を砂の中に突き差した。
錆びた鉄の上を、乾いた砂がざらざらと擦れ合いながら落ちてゆく。
何度も何度も同じ作業を繰り返す。
だけど砂粒はざらざらざらざらと、嘲笑う様に鉄皿の上から思う半分は零れ落ちてゆく。
不思議と疲れを感じる事はなかったが、永遠のような作業は私を焦らせた。
『太陽が昇るまで』
何を畏れているのかわからない。でも脳の中で誰かが生きたがっている。
不意に強い風にめくれあがった布の中から、女の顔が覗いた。
女の首に巻き付いた何枚もの薄い金属が、風にしゃりしゃりと音をを立てる。
しゃりしゃりしゃりしゃり——その音はまるでその女の声の様に、しつこく何度も私の頭の中に響いた。
掘る度にその穴の中に砂が落ちてゆく。
風に舞う薄い金属が笑う。
どれくらいの時間それを繰り替えしていただろう。
モノクロの視界にうっすらと色が戻りつつある頃、それでも何とか、私はやっと女の身体が隠れるくらいの穴を掘り終え、その重い抜け殻を埋める事が出来た。
(……ああそうか)
女を埋めた場所にはすぐに新しい砂が舞い込み、もう何処に埋めたのかわからない。
私はその場に座り込み、白けてゆく空をぼんやりと見つめながら、自分の身体から泥の様な臭いが込み上げて来るのを感じていた。
(——還るのか)
じわりじわりと私の泥は乾き、風が少しずつ奪っていく。
揺らめいた私の身体を覆っていた布が、やがて主人をなくし何処かへ飛んで行った。
「……おお、ちゃんと仕事は終わらせたみたいだな」
作業を確認しに来た男達が、砂の上に残されたシャベルを軽々と持ち上げそう笑った。
「遺体処理代行を死体にやらせるなんて、お前しか思い付かないよ」
「……そうだな。奴らを生かせるのは一日きりだ。終わった後は骨すらも残らない。もし死体が見つかっても、気が狂って彷徨った砂漠のど真ん中でのたれ死んだと思うだけだろうからな」
男達の笑い声——それから 乾いた砂の匂い。
からからと回る換気扇の音。
崩れかけた壁石の隙間から暮れかけた夕日が見える。
だけど徐々に近付く闇に、部屋の中は良く見えない。
インプットされた同じ記憶を繰り返しながら——貴方もゆっくりと目醒めるの。
Imagestory by 夏路殻巣
歌詞がわからなかったので音だけでイメージしました。
砂漠、薄い金属の音、換気扇の音、過去を語るようなイメージ。
短いストーリーですが
椎名林檎『葬列』を聴きながら読んでもらえると嬉しいです。