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ことぶき荘の聖域管理人 〜若返った最強おじいちゃんは、掃除ついでに世界を救う〜  作者: 渡部安恵
第2

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17/25

管理人の「通常業務」報告:異常なし

 衝突回避から二週間。世界はようやく「昨日の続き|《絶望の余韻》」ではなく、「新しい今日《泥臭い日常》」を生きることに慣れ始めていました。


 NASAやJAXAの精鋭たちが、衛星データに映り込んだ「黄金の粉末」を巡り、純粋な科学的好奇心の狭間で不眠不休の議論を交わしている、ちょうどその頃。


 当の「原因」である善吉は、ことぶき荘の管理人室で、新調したばかりの「度なしブルーライトカット眼鏡」をインテリ風に指で押し上げ、がま口財布の中身を改めていました。九十五歳の徳を積んだ魂に最強の肉体。老眼とは無縁ですが「知的な管理人は帳簿をつける時に眼鏡をかけるもの」という彼なりの様式美です。


「ふむ……。炊き出しの費用がかなり浮きましたな」


 物流が止まり、金が紙屑同然だった数日間。善吉が「ちょっと山海そこまで」と言い残して担いできたのは、どこで獲れたかも不明な「巨大なイノシシ」、以前の築地すら震え上がる「活きのいい寒ブリ」、そして冬のことわりを無視して芽吹いた「立派な山菜」の山でした。


 新鮮な食材をふんだんに使った炊き出しは、略奪と絶望に明け暮れていた人々の心と胃袋を、物理的にも霊的にも温め直したのでした。



【日常、それは最強の結界】


 衝突回避から二週間が過ぎる頃には、あれほど世界を震撼させた「あの赤い星」の話題も、記憶の隅に追いやられていきました。

 未曾有の事態を経験したはずの人々は、驚くべき適応力で再び「今日の仕事」や「明日の献立」に没頭し始めています。恐怖に震えた記憶は、まるで長い白昼夢だったかのように日々の喧騒の中に薄まっていきました。


 それは忘却というよりは、人類が「生き続ける」ために選んだ本能的な防衛反応なのかもしれません。


 そんな中、中野の「ことぶき荘」のベランダには異様に青々と茂ったプランターの列が並んでいました。


「善吉さん!流石にプランターを増やし過ぎよ!洗濯物を干すスペースが狭すぎよ!」


 佐藤さんが、半ば呆れ顔で声を張り上げました。


「カカカ、佐藤さん。まあそう言わずに。この小松菜、今朝摘んだばかりなのでお浸しにすると体がシャキッとしますぞ」


 善吉が手渡したのは、ただの野菜ではありません。

 健やかな成長を願い魔法をほんの少し使って育てた一品です。

 神の残滓のような毒にも薬にもなる力ではなく、あくまで「人間の日常を少しだけ元気にサポートする」程度の、優しい滋養に満ちた贈り物。それを食べた人々は、不思議と腰の痛みが和らいだり、目覚めが良くなったりと、笑顔になってしまうのでした。


 夕暮れ時。

 善吉は、かつて隕石を叩き伏せたあの布団叩きを手に、自分の布団をパンパンと叩いていました。


 パァンッ、パァンッ。


 その乾いた音は、今や宇宙を揺らす衝撃波ではなく、ただの「平和な午後の合図」として中野の空に溶けていきました。


 天を見上げれば、一番星が静かに輝き始めています。

 次元の彼方では、ろくでなしの神様や邪神様たちは姉神様にこってり絞られていることでしょう。


「さて……。明日もまた、朝五時には起きて門の前を掃き清めねばなりませんな」


 善吉は、最強の肉体に宿る健やかな眠りを求めて、ふかふかになった布団を抱きしめました。

 最強の管理人が守りたかったのは、宇宙の平和でも、人類の存亡でもありません。ただの一度も、そんな大層なことを考えたことはありませんでした。

 ただ、この布団の温かさと、明日の朝に作る味噌汁の匂い。


 世界で一番騒がしかった一週間の記憶は、こうして「管理人の忙しい日常」の一ページへと綴じられ、穏やかな夜の闇に消えていくのでした――。







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布団たたきで布団を叩いたらダメよ。布団の表面を撫でて、誇りとダニを出すんだからね!

布団たたきで布団を叩いたらダメよ。布団の表面を撫でて、誇りとダニを出すんだからね!

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