革命/死の絶頂
窓ガラスを銃床で叩き割り、屋敷に押し入った。ただの女学生の私が、こんなことをするだなんて思ってもいなかった。
革命の風が吹き始めた時は、ただのそよ風で終わるかと思っていた。政府に不満はあるが、行動を起こしても無駄。それなら関わらない方が幸せに生きられる。だから私は無関心だったし、むしろ彼らを批判したこともある。だが、勢いは衰えなかった。首都で始まった運動は地方にまで広がった。政府の抵抗も虚しく、哀れなものへと変わっていった。その頃になると私も考えが変わっていた。
「私の抱いた不満は間違ってなかった。なんで正直にならなかったんだろう?」
革命の風は私達の所へも流れてきた。友達の知り合いの知り合いが、友達の彼氏が武器を持って戦いに行った。私も友達に誘われて、決起集会に参加した。
そして気が付けば、大臣邸宅の窓ガラスを破って侵入していた。窓枠を乗り越えて高そうな絨毯に足を付けた。廊下を見渡し、手にしていた銃剣付きのライフルを捨てた。狭い室内では長い銃身が邪魔になるし、接近戦でボルトアクションは頼りないからだ。弾も護衛の兵士を始末する戦闘でほとんど使い、もう3発しか残ってない。だから私はホルスターから回転式の拳銃を抜いた。軽くて短く、ライフルより連射も速い。拳銃の撃鉄を起こして歩き出すと、胸の奥から冷たいものが込み上げる感じがした。
それは恐怖だった。私は今、人を殺そうとしている。今更になってそのことを激しく実感した。押し入る前の戦闘では、1人の兵士を5人で狙うような数の差があり、誰の弾がどこに当たったのか分からないような状態だった。だから殺しを然程意識はしなかった。しかしこうして静かな屋敷の中に1人でいると、どうしてもそのことが頭から離れなかった。私がいるのは屋敷の端の方の廊下だ。皆は正面の扉を押し破り、大臣の首を取ろうと突っ込んで行った。彼らと一緒に行けば大臣の最期を見ることは出来る。でも、あれだけ大勢味方がいる中で、活躍することは出来るだろうか?それなら人の少ない場所に行って、自分達の血税で買い漁ったであろう金品を破壊したり、略奪したりした方が活躍は出来る。そうに思ってこの場所を選んだのだ。屋敷の本邸の方からは銃声や破壊音が聞こえる。
廊下を進んで突き当たりの部屋に入る。シンプルなテーブルと椅子が置かれた部屋だ。奥には開けっ放しのクローゼットがあり、高そうな背広が並んでいる。腰の高さくらいの引き出しもある。もしかしたらそこに宝飾類があるかも知れない。そう思い近付くと、引き出しを開ける前にその上に置かれた物に目が止まった。コートの裾で半分隠れているが、それは拳銃だった。22口径自動式のそれは、シンプルだが細身で洗練された見た目をしていた。私の大量生産された回転式とは大違いだ。大臣本人、あるいは使用人の物だろう。いずれにしても大臣邸宅から盗んだ拳銃となればこれ以上に無い土産だ。私はそれを手に取った。しっかりとした重さがある。弾倉を抜いて確認すると細身の22口径弾が見えた。威力は低いが扱いやすく、リボルバーより装弾数と連射性に優れている。武器としても優秀だ。
うっとりと拳銃を眺めていると、扉の開く音がした。咄嗟にスライドを引いてクローゼットの中に隠れる。その一瞬後、灰色の背広を来た恰幅の良い男が部屋に入って来るのが見えた。遠目でも高級品だと分かる。まず革命の同志ではない。恐らく使用人か秘書だろうか。武器は持っていないようだが、自分と敵対する陣営の人間を目の前にして、私は寒気を覚えた。こっちには拳銃がある。相手は丸腰のようだ。じっとしていることに耐えられず、拳銃を構えて飛び出した。
「動くな!」
と叫び、相手の前に仁王立ちになる。思わず声が裏返った。銃の安全装置は外し、指も引き金に掛けている。相手は驚いて前を丸くし、口を大きく開けた。しかし、それは私も同じだった。
なぜならそこにいたのは、大臣その人だったからだ。白髪混じりだが上品さを感じる髪型に、綺麗に整えられた髭。程よく日焼けした健康そうな肌。新聞で何度も見た彼は、まさに「大臣」という肩書きに相応しい人物だった。全くの予想外。押し寄せる革命軍に怯えているか、もうとっくに殺されているものかと思っていた。そんな彼と屋敷の隅の方で偶然にも遭遇し、銃口を突き付けている。自分でも夢なんじゃないかと思うくらいだ。
「う、動くな!動いたら撃ち殺す!」
どうして良いのか分からず、脅し文句を繰り返した。
護衛の兵や使用人なら簡単だ。武器を持っているなら殺すし、そうでなければ投降させる。相手が大臣となると話は別だ。こんな大物、私の手には余ってしまう。殺して自分の手柄にするか?それとも仲間の元に連行して何かに利用するか?その途中で彼が暴れたら?彼に注意したせいで生き残った敵に撃たれたら?色々な考えが短時間で脳内を駆け巡った。だが、殺すという結論にはならなかった。取り返しがつかないからだ。今更この男に同情するつもりはないが「利用価値があったのになぜ殺した」と後から仲間に責められるかも知れない。それに、殺すのはここ以外でも出来る。結局、私は彼を連行することにした。周囲を警戒して、いざとなれば彼を盾にしよう。
「そのまま後ろを向いて、ゆっくり歩け」
私は彼を脅した。銃を向けていれば大人しく従うだろう。
そう思った自分が甘かった。いや、普通の人間ならそうしたのかも知れない。彼は後ろを向くどころか、両手を広げてこう言った。
「ようやくこの時が来たか……撃ってくれ。遠慮は要らん」
「は?」
思わず間抜けな声が出てしまった。
「そのピストルで私を撃つんだ。もう、生きることには飽きていてね」
「……何を言っている?」
この男の思考が理解出来ない。それと同時に、この丸腰の中年から何か恐ろしいものを感じた。
「私は裕福な家に生まれ、何不自由なく暮らしてきた。様々な美食を味わい、娯楽や芸術も最高峰の物を一通りは試した。大臣の職も務め、様々な世界の人とも交流した。勿論女も沢山抱いた。その中には、君のような子もいてね……」
「寄るな!」
彼はゆっくりと近付き、私は銃を向けたまま後ろに下がった。背中が壁に触れて思わず振り返る。気が付けば私の方が追い詰められた形になっていた。
「50を超えた辺りから生きる事には飽きたんだ。この世のほぼ全てを経験してしまったからね。だから、私に残された最後の楽しみは死だけなんだ。死ぬ瞬間は何を感じるのだろうか。天使が迎えに来るのか?それとも死者に会えるのか?天国はどんな景色なんだ?ああ、知りたくて堪らない!」
「それなら、勝手に自殺すればよかったのに」
「やろうとはしたさ。だが、私も人間だからね。どうしても思い留まってしまった。死そのものは魅力的でも、その直前までの苦痛を考えると勇気が出なかった。死が素晴らしい物でない可能性も考えた。そうなると私は血の海で後悔しながら死ぬ事になるだろう?死ぬ程の怪我をしたら、『やっぱりやめとけばよかった』なんて思っても遅いからね。だから、死は自分の意思ではなく、他人によって与えられるものがいいんだ。それなら避けようがないし、そこまで後悔もしないだろう。そして、その時が来たんだ。さあ、私を撃つんだ。撃ってくれ!死の絶頂を与えてくれ!君みたいな若く可憐な子が最期の景色だなんて最高だ!!」
男は眼を爛々と光らせて私に迫った。
「触るな!気色悪い!」
これ以上下がる事が出来ず、咄嗟に引き金を引いた。小さな破裂音と共に男の胸に穴が空いた。
「急所を……外したな……」
威力の低い22口径弾。それでも胸を貫かれれば無事では済まない。彼は床に倒れ、傷口を押さえながら悶えている。
「早く、殺すんだ……焦らさないでくれ……
本能が死を拒絶しているのか。そう言いながらも大臣は傷口を強く押さえていた。
「ああ……血が止まらない……死んでしまう。このままでは死んでしまうぞ……!」
恍惚とした表情で彼は床を這い回っている。私はその姿に激しい嫌悪感を覚えた。殺したい、というよりも生きていて欲しくない。その思いで頭が一杯になり、狙いをつけるのももどかしく男の胴体に残弾を全て撃ち込んだ。この歪んだ男を1秒でも早く黙らせたかった。質の良い背広に次々と穴が開き、赤い血で染まってゆく。床にも真っ赤な水溜りが広がる。
「死ぬ……死ぬ……ようやく死ねる……」
掠れた声でそう呟くと、空気の漏れるような音を出し、彼は息絶えた。
私は人を殺したのだ。建物に押し入る前の戦闘より、ずっと強くそれを実感した。しばらくの間、弾を撃ち切ってスライドの後退した拳銃を握ってただの肉塊となった大臣だったものを呆然と見つめていた。
「私が、大臣を殺したんだ……」
そうだ。私が殺したのはただの人ではない。この国の大臣だ。偶然にしてもとんでもない大物を仕留めてしまったのだ。その事がより一層私に人を殺したという事を認識させた。……仲間に報告しなければ。この事を黙ってはいられなかった。後悔か、あるいは自慢したかったからなのか。理由はどうあれ、私にこの事実はあまりにも重過ぎた。弾切れとなった銃を仕舞うと、リボルバーの方を抜いて来た道を引き返した。
扉を開けると、1人の男と鉢合わせになった。大臣程ではないが仕立てのいい服を着ている。屋敷の使用人だ。しかも、手には銃剣付きのライフルを持っていた。
「っ!?」
「クソっ!!」
私を息を飲んだ。相手もそれは同じで、2人は同時に発砲した。最初に感じたのは熱と衝撃だった。後ろに倒れ、その場所を確認する。右の横腹。手にべっとりと熱い感触があった。撃たれた。それに気が付いた瞬間激しい痛みに襲われた。苦痛に叫びながら、痛みで暗くなった視界で相手を見ると、彼もまた腹部を押さえて倒れていた。そのまま必死の形相でボルトを操作している。2発目が来る。今度こそ殺されてしまう。私は倒れたまま右手を伸ばし、相手を撃った。反動で後ろに飛んでいきそうな銃を必死で握り、2発撃ち込んだ。どこに当たったかなんて分からないが、彼が動かなくなったということから、殺したのだと分かった。よく見ると、彼が持っていたのは私が捨てたライフルだった。
柔らかい絨毯の上、私は動けずにいた。息をするだけでも傷が酷く痛み、助けを呼んだり、立ち上がって仲間のところへ行く気になんてならなかった。身体から血が無くなるのが分かる。ああ、このままでは……
その時、私は何かを感じた。何かが自分にゆっくりと近付く感覚。例えるならば、愛撫される時に感じるオーガズムが近いだろうか。徐々に、着実に、それは近くなっていく。死だ。死が私に迫っている。身体がその感覚に包まれ、満たされた時、私は死んでしまうだろう。あの大臣はこれを求め、これを感じていたのだろう。その時私は何を感じ、何を見る?全ての苦痛が無くなり、絶頂のような快感に包まれるのか?美しい天使が現れ、私を天上の花畑へと導くのか?それとも、幼い時に亡くなった祖母が迎えに来てくれるのか?
あるいは、ただ苦痛の中、闇に沈むのか。
「死にたくない……死んでたまるか……」
私は壁に手を付いて立ち上がった。まだだ。まだ死のその先を知るつもりはない。取り返しが付かないからだ。死があの男の求めた素晴らしいものである保証なんてどこにもない。私はまだ、その賭けをするつもりはない。死が至高の幸福だとしても、誰も証明はしてくれない。それならまだ、仲間と笑い、温かい食事を食べ、柔らかいベッドで眠る確実な幸福の方がいい。
「私は……死なない……」
血を流しながらも、私は歩き続けた。私はまだ、人生に絶望してはいない。生きる事に飽きてはいない。私に死は、必要ない。
ありがとうございました。
元の夢の内容で覚えてるのは
・少女が金持ちの屋敷に押し入る
・クローゼットから拳銃を盗む
・家主を殺そうとしたら自殺願望のあるヤバい奴だった
という感じです。映像が流れる、というよりはその少女自身に自分がなっている感じでした。
シリーズ化したいけどそう都合良く面白い夢は見れませんね。




