第4話:味方の獲得
【保守派の壁】
城の清掃が徹底され、ゼノスの体調にわずかな改善が見え始めたものの、アイリスの前には大きな壁が立ちはだかっていた。
「古参」という名の、変化を拒む厚い壁だ。
その筆頭が、先代から仕える料理長バートと、兵舎の管理を担うガストンだった。
彼らはアイリスを「王都の贅沢に染まった小賢しい令嬢」と見なし、彼女が導入しようとする新制度に公然と反発していた。
「奥様、我々は代々このやり方でやってきたんです。食事の時間を決めるだと? 兵士がいつ戻るかわからんこの地で、そんな計算通りにいくはずがない!」
バートが巨大な包丁をまな板に叩きつける。
アイリスは動じない。
彼女の手には、過去一週間の厨房の稼働記録と、兵士たちの残飯量をグラフ化した資料が握られていた。
「バート。あなたが『代々』という言葉で隠蔽しているのは、単なる『予測精度の低さ』です。私の計算では、あなたのやり方で調理された食事の20%が冷めて廃棄され、その分のコストが兵士の新しい防具代を食いつぶしています」
「ぬかせ! 根性のない数字の話など聞きとうない!」
アイリスは力でねじ伏せるのではなく、「実利」を提示する作戦に出た。
彼女が発表したのは、城内スタッフの**「完全交代制(シフト制)」と「スキル別歩合給」**の導入だった。
「いいですか、皆様。今の皆さんは『24時間常に気を張っているが、実労働の質は低い』という最悪の状態です。
今日から、調理場は3チームに分けます。待機時間を明確にし、休息を保証します。
その代わり、温かい食事を『必要な時間』に『必要な量』提供できなかったチームは、翌月の特別手当をカットします」
さらに彼女は、兵士たちの訓練内容にも口を出した。
「ガストン。筋肉を痛めつけるだけの猛稽古は非効率です。疲労物質が蓄積した状態での訓練は、怪我のリスクを3割高めます。今日から訓練後の『強制ストレッチ』と『高タンパク食の摂取』を義務化します。これも業務です。従わない者は、辺境伯様の命により減俸対象となりますわ」
「な……減俸だと!? 閣下がそんなことを許すはずが……!」
「許可は既に取得済みです(後で事後承諾を得る予定ですが)」
アイリスの嘘偽りない(?)強気のプレゼンに、現場は混乱しつつも動き出す。
彼女は自ら厨房に入り、在庫管理の棚卸しを完璧にこなし、兵舎の備品リストをミリ単位で整理してみせた。その背中は、誰よりも働いていた。
一週間後。効果は劇的に現れた。
決まった時間に休息をとるようになった使用人たちは、以前のような「死んだ魚の目」ではなく、生き生きと動くようになった。
何より驚いたのは兵士たちだ。
アイリスが考案した「疲労回復スープ」と効率的な休息法により、訓練中の怪我人がゼロになり、模擬戦のスコアが平均12%向上したのだ。
頑固だったバートが、照れくさそうにアイリスの元へやってきた。
「……奥様。あんたの言った通りだ。時間に余裕ができたおかげで、新しいスープの試作ができた。兵士どもが、あんなに嬉しそうに食う姿は久しぶりに見たよ」
「……当然の結果です。感謝の言葉は不要ですので、その余った時間で厨房の衛生管理マニュアルを暗記してください」
素っ気なく返すアイリスだが、その耳たぶは少しだけ赤い。
彼女は、自分が「小賢しい」と疎まれるのではなく、初めて「その小賢しさで誰かを救った」という事実に戸惑っていた。
それを、影で見ていたゼノスが、ふっと笑みを漏らす。
「……アイリス。お前の言う『合理性』には、案外、血が通っているのだな」
「……閣下。それは契約外の情緒的評価です。勘違いしないでください、私はただ、損失が嫌いなだけですから」
城の使用人たちは、今やアイリスを「小賢しい女」ではなく、「我らの若き女主人」として、畏敬の念を持って見るようになっていた。
職場環境が整い、領地の経営が回り始める。
しかし、アイリスは知っていた。
この「ホワイト化」が進めば進むほど、かつて彼女を捨てた王都の人間たちが、彼女の「有用性」に気づき、再びその手を伸ばしてくるリスクが高まることを。
「……次の防衛策を考えておかなければ」
彼女は夜の書斎で、ゼノスの症状の対策を調査して、書斎で見つけたある文献に類似の検証データを見つけていた。
アイリスは調べた内容をまとめ、新たな「契約更新」の必要性を感じていた。
それもゼノスとの距離をさらに縮めることになる、ある「特別な条項」についてだった。




