表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/22

第15話:ヒーローの覚醒

アイリスが失踪してから三日。ヴォルガード城には、彼女が用意した「完璧な証拠」が揃っていた。


彼女が隠し持っていた(とされる)多額の横領金、ゼノスを欺くための手記、そして「辺境伯は無実の被害者である」と証明する法的書類の数々。


「……計算通りだと、あいつ」


ゼノスは、アイリスの机に並べられたそれらの書類を眺め、低く笑った。


アイリスは自分の身の安全など一切考えず、ゼノスの「正当性」だけを完璧に守り抜いて消えたのだ。


王都の使者は満足げに頷いていた。


「辺境伯閣下、賢明なご判断です。この書類を提出すれば、貴殿の反逆容疑は晴れ、領地も安泰。あとはあの『詐欺師令嬢』を捕らえて処刑するだけで、すべては丸く収まりますな」


使者の言葉が終わる前に、ゼノスの拳が机を砕いた。


「……丸く収まる? お前は、俺がこんな紙切れ一枚のために、あいつを見捨てると本気で思っているのか」


「閣下、なりませぬ! 今さら彼女を追えば、彼女が命懸けで作ったこの『無実の証明』がすべて無駄になります!」


側近のバートやガストンが必死に縋り付く。


アイリスの意図を理解しているからこそ、彼らもまた、彼女の犠牲を無駄にすまいとゼノスを止めた。


だが、ゼノスの瞳に宿っていたのは、冷徹な領主の光ではなかった。


「アイリスは言った。自分の知性は誰かを救うためにあると。……ならば、俺のこの力は何のためにある? 守りたい女一人救えず、彼女が泥を被って用意した椅子にふんぞり返るためか!」


ゼノスは、アイリスが残した「詐欺の証拠」をすべて暖炉に放り込んだ。


「書類などいらん。正当性も名誉も、必要なら後で力ずくで奪い返す!

……俺は、俺の意志で、アイリス・ランバートを連れ戻す。例えそれが、この世で最も『非合理的』な選択だとしてもだ!」


ゼノスは愛剣だけを手に、厩舎へ走った。


アイリスが「最も見つかりにくい」と計算したルートを、彼は「アイリスが最も孤独を感じる場所」という直感だけで逆算し、雪解けの泥道を突き進んだ。


国境近くの寂れた宿場。


アイリスは、自分が用意した「完璧なシナリオ」が順調に進んでいることを、遠くの鐘の音から察していた。

(……これでいい。閣下は被害者として受理され、ヴォルガード領は守られた。私はこのまま、歴史の影で消えればいい……)


自分に言い聞かせ、震える指を組んでいたその時。


宿の扉が、暴風のような衝撃とともに蹴破られた。


「……契約違反だ、アイリス・ランバート」


息を切らし、全身泥にまみれ、それでも王者のような威圧感を放つゼノスがそこにいた。


アイリスは立ち上がり、絶望したように叫んだ。


「……どうして!? 来てはいけないと言ったはずです! 私が用意した書類はどうしました!? あれがあれば、あなたは救われたのに!」


「あんなゴミなら燃やした」


ゼノスは一歩、また一歩と、アイリスを追い詰める。


「……バカです、本当に救いようのないバカですわ! 閣下、あなたのしたことは、これまでのすべての努力を無にする、最低の『損切り』です!」


「ああ、そうだな。……だがな、アイリス。お前のいない未来なんて、俺にとっては一銭の価値もない『赤字』なんだよ」


ゼノスはアイリスの腕を掴み、強引にその体を抱き寄せた。


「……離してください。私は詐欺師なのです。あなたを騙した悪女なのです……」

アイリスの声が、涙で湿っていく。


「なら、一生かけて俺を騙し続けろ。……お前のその小賢しい頭脳で、俺が死ぬまで『幸せな結婚生活』という嘘をつき続けてみせろ。……それがお前の、次の『業務』だ」


ゼノスの心臓の音が、アイリスの耳に直接響く。


論理も、計算も、正当性も。この男の熱い体温の前では、すべてが意味をなさなかった。


「……後悔しても、知りませんわよ。……私は、あなたを地獄まで道連れにするかもしれませんのに」


「地獄の帳簿付けなら、お前の得意分野だろう?」


二人は、雪の降る異郷の地で、契約ではない「魂の約束」を交わした。


もはや、隠れて生きる必要はない。二人は、アイリスの知性とゼノスの武力、そのすべてを懸けて、自分たちを追い詰めた王都という「不採算部門」を徹底的に叩き潰すことを決意した。


「……行きましょう、閣下。……私を捨てたことを、あの王子に100倍の利子をつけて後悔させてやりますわ」


愛ゆえに暴走した男と、愛ゆえに牙を剥く女。


最強の二人が、王都を震撼させるために向かう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ