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第12話:刺客と防衛

王都から差し向けられたのは、騎士団の中でも選りすぐりの「第一騎士団」であった。


その数、五百。表向きは「アイリス嬢の身柄保護」だが、実態は軍事力を背景にした実力行使である。


城の門前で、若き騎士団長レオナルドが声を張り上げた。


「辺境伯ゼノス! 殿下のお言葉を預かって参った。アイリス・ランバート嬢を不当に拘束している罪を認め、速やかに引き渡せ。さもなくば、この地を叛逆の牙城と見なし、全山焼き払うこととなる!」


ゼノスは城壁の上から、冷めた視線を下ろした。


「不当な拘束、か。あいにく彼女は今、重要な『決算業務』の最中だ。部外者を通す予定はない」


「……問答無用か! 突撃せよ!」


レオナルドが剣を抜こうとしたその時、城壁のスピーカー(魔力増幅式の拡声機)から、冷静で、どこか楽しげな女性の声が響き渡った。


「皆様、無益なカロリー消費はおやめなさい。現在、城門の周囲500メートルにわたり、私が設計した『経済的防衛線』が敷かれています」


声の主はアイリスだ。彼女は城壁の上に悠然と姿を現した。


「レオナルド騎士団長。あなたの背後にある輸送馬車……。あれには、あなたがたの向こう一ヶ月分の食料と、馬の飼料が積まれていますね? ……残念ながら、その馬車の車輪の軸受け、あと10分で焼き切れるように細工(メンテナンス不足の誘発)を施しておきましたわ」


「なっ……馬鹿な! いつそんな真似を!」


「三日前の宿場町でのことです。あそこの給水係は私の雇い人ですので。……さらに計算してみましょう。今ここで戦闘を開始すれば、あなたがたは食料を失い、この雪深い地で餓死する確率は98.2%。一方で、今すぐ武器を捨てて降伏すれば、私はあなたがたを『冬季限定の土木作業員』として、適正な時給で雇い入れましょう。……どちらが期待値が高いか、算術が得意でないあなたでも分かりますわね?」


アイリスは平然と、騎士たちの心の中に「恐怖」ではなく「損得勘定」を突きつけた。


士気が高いはずの騎士団が、ざわつき始める。彼らは王都での給料遅延を知っている。一方で、辺境が今どれほど潤っているかも、道中の噂で聞いていた。


「惑わされるな! 突撃だ!」レオナルドが叫ぶが、その時、本当に輸送馬車の車輪が音を立てて砕けた。


崩れ落ちる食料袋。騎士たちの心も同時に折れた。


「……あー、アイリス。少しやりすぎじゃないか?」ゼノスが苦笑しながら尋ねる。


「いいえ閣下。五百人の訓練された兵を殺すコスト(埋葬料、防疫、国際的非難)に比べれば、彼らを洗脳……失礼、再教育して労働力に変える方が、はるかに領地利益に貢献します。……さあ、騎士の皆様。剣をスコップに持ち替えなさい。ヴォルガード領は、ホワイトな職場ですわよ?」


アイリスは完璧な笑みを浮かべ、手元のボタン(魔力結界の解除)を押した。


結局、一滴の血も流れることなく、五百の「刺客」は、アイリスが用意した「雇用契約書」にサインすることとなった。彼らは後に、王都よりも高待遇で、三食昼寝付きの労働環境に感涙し、辺境最強の「土木騎士団」へと変貌を遂げることになる。


王都へ届いた報告は、エドワードを狂乱させるに十分だった。


「……全滅しただと? 剣も交えず、全員が寝返っただと!?」


「は、はい。アイリス様が提示した『福利厚生』の条件が、あまりにも魅力的だったとかで……」

エドワードは目の前の書類をなぎ払った。


アイリスはもう、彼が知っている「従順な(と思っていた)道具」ではない。


彼女は自分の知性を武器に、王国の秩序そのものを「買収」し始めていた。


「……こうなれば、もはや正攻法は不要だ。アイリス、貴様のその小賢しい頭脳を、恐怖で塗りつぶしてやる」


エドワードは、禁忌とされる「魔道具」の起動を命じた。


それは、かつてアイリスが「リスクが高すぎる」と封印を具申した代物だった。


一方、アイリスは城の庭で、降伏した騎士たちに「効率的な穴の掘り方」をレクチャーしていた。


「……閣下、王都の動きが加速しています。次はおそらく、倫理を欠いた『非論理的な攻撃』が来ますわ。……データを取りましょう。私たちの絆を試すための、最終テストの開始です」


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