第11話:王国の衰退
アイリスが辺境へ去ってから半年。王都・ランバート公爵家の私室で、エドワード皇太子は頭を抱えていた。
かつてアイリスが「整理整頓の極致」と評した執務机の上には、今や判読不能な走り書きの報告書と、未決済の請求書が山を成している。
「……また赤字だ。なぜだ! 徴税額はアイリスがいた頃よりも増やしたはずだろう!」
エドワードが怒鳴りつけるが、新たに「内政官」に任命されたリーネの取り巻きたちは、ただ震えるばかりだ。
彼らはアイリスが構築した「複雑だが無駄のない税制システム」を理解できず、「税率を上げれば金が増える」という単純な足し算しかできなかった。
その結果、商人は国外へ逃げ出し、物流は停滞。市場の物価はアイリスが予測していた最悪のシミュレーション通りに高騰し始めていた。
「殿下、そんなに怒らないでくださいな……。私、殿下のために一生懸命お花を飾ったんですのよ?」
男爵令嬢リーネが、枯れかけた花を手に甘い声を出す。かつてのエドワードなら、その愛らしさに顔を綻ばせていただろう。
だが、今の彼の耳に届くのは、花を飾るための「無駄な経費」への苛立ちだった。
「花などどうでもいい! 兵士たちの給金が三ヶ月も遅れているんだぞ! アイリスなら、どこからか予備費を捻出するか、無駄な宴会を削ってでも調整したはずだ……」
「……また、アイリス様のお話ですか? 殿下、あんな小賢しい女のことは忘れてくださいって仰ったのは殿下ですわ!」
リーネが泣き出す。だが、その涙に以前のような魔力はなかった。
かつてアイリスが「感情論は政策のノイズです」と切り捨てた時、エドワードは彼女を冷酷だとなじった。しかし今、彼は痛感していた。
**「涙で腹は膨れない」**という、あまりにも残酷で合理的な事実を。
アイリスという「盾」を失った王家には、これまで彼女が密かに処理していた隣国からの抗議、汚職貴族の告発、そしてインフラの老朽化という難題が、津波のように押し寄せていた。
そこへ、アイリスの実父であるランバート公爵が青い顔をして駆け込んできた。
彼はアイリスを勘当した張本人だが、今や家計は火の車だった。
「殿下! ヴォルガード辺境伯領から、衝撃的な報告が入りました。……あそこは今、黄金の地と呼ばれているようです。アイリスが導入した新産業と、隣国との独自契約により、我が王都の三倍の成長率を記録しているとか……」
エドワードの拳が机を叩いた。
「……あの女、俺に黙ってそんな力を隠し持っていたのか! 卑怯な! 最初から俺を陥れるつもりで……!」
「いえ、殿下。……彼女は、婚約期間中に何度もその計画書を提出していたはずです。それを『小賢しい』『女が政治を語るな』と破り捨てたのは、我々です……」
公爵の言葉に、エドワードは声も出なかった。
アイリスは、この国を救うための「最適解」を常に提示していた。
彼は自分のプライドを守るために、国という名の巨大な資産をドブに捨てたのだ。
「……連れ戻す。どんな手段を使ってもだ。彼女さえ戻れば、この帳簿も、この国も、すべて元通りになる。……そうだろう?」
エドワードの瞳に、狂気じみた執着が宿る。
彼はアイリスを愛しているからではなく、自分の無能を埋めるための「部品」として、彼女を渇望し始めたのだ。
エドワードは、騎士団に命じた。
「ヴォルガード領へ向かえ。アイリス・ランバートを『保護』し、抵抗するなら辺境伯を叛逆罪で討て」と。
それは、アイリスが最も嫌う「非合理的で感情的な、最悪の投資」だった。
彼女を失ったことで崩壊を始めた王国は、ついに自ら破滅の引き金を引いたのである。
一方、その頃のヴォルガード城。
アイリスは、王都の経済崩壊を告げるデータを見つめ、静かに眼鏡を直していた。
「……予測より12日早い崩壊ね。殿下、再教育が必要なようね。……私の知性を買い叩いた代償が、どれほど高くつくかを」
隣に立つゼノスが、鋭く研ぎ澄まされた剣を鞘に収める。
「掃除の準備はできている。……行こうか、我が最愛の軍師」
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