第6話 デミとデミ棟
「ねえそれって、本当なの?」
「間違いない。音が聞こえたんだ。タキオンが現れる時は、必ず鈴の音がする。ここにタキオンがいるんだ」
「き、危険です! 戻ろうよ!」
俺と魄山と飯蛇の三人は、看護師や警備員の指示に従わず、入口の破壊された隔離病棟、俗称デミ棟と呼ばれる建物に入った。
ここには変異が始まった子どもたちがたくさん収監されている。収監といえば聞こえは悪いが、みんなそう言っているんだから仕方ない。
デミ棟は一種の刑務所だ。変異したやつの大体は一週間やそこら、監視付きで幽閉される。安全が確認できればすぐに解放されるが、稀に何ヶ月も出て来られないようなやつもいる。
中での問題行動とか、体に適合しないものとか、噂は様々だったが、デミの特性が体に馴染まないやつは、決まって社会に出て悪さをし始める。そうならないためにも、異変の起こり始めた子どもをここで治療するんだと。
「お前らはここに何日入ってたんだ?」
俺は息を潜めながら二人に聞いた。
魄山が額の角に触れる。
「――私は、デミ棟には入ってないわ。力が強くなったのは変異してからしばらく経ってからだし……」
「……私はメデューサでしたから、結構長かったです。変異したての時、幸いにも誰も近くにいなかったので、人を石にさせずにすみました……藤坂くん、逆に一つ聞いてもいいですか?」
俺は足を止めて彼女の目を見た。
「私が言うのもおかしな話ですが、どうして、メデューサだと知ってる私の目を、そんな怖がらずに堂々と見ていられるんです……?」
大人しそうに見えた彼女の眼光が鋭くなった。
「私のこのレンズは、誰彼構わず石にしてしまう能力を抑える、特殊な加工がしてあります。ですが実際のところ、私は瞳の力を制御できているので、こんなふうに目があっても石にさせたりしません」
眼鏡を外した飯蛇は魄山と視線を合わせる。もちろん、魄山が石になったりすることはなかったが、俺は素直に驚いた。彼女がそこまで力を制御することができていたとは。
「藤坂さん……何か私たちに隠しごと、していますよね?」
尋ねられて、顎を掻いた。
まただ、この感覚。こいつらデミは本当にどうしようもない。そんなことを聞いて何になるっていうんだ。ひくつく表情筋を無理に動かし、俺は返した。
「隠してることなんかない。眼鏡のことは知ってた。けど飯蛇こそ、自分がメデューサなのによく目を合わせようとしていただろ。おとなしそうなお前が積極的にそうするのは、石にさせない自信があると思ったからだ」
不自然にならないよう俺は前を向いた。
「……ねぇやっぱあんたおかしいわ。どうしてそこまで私たちのことを知ってるの? そうじゃない、知ってるんじゃなくて、よく見てる」
この俺をつかまえておかしいとはなんだ。俺は普通だ。
「おかしいのは俺じゃない、お前たちの方だろう。ありえない怪力に、生物を石に変える能力。命がいくつあっても足りねぇよ」
何か反論が返ってくるかと思ったが、後ろの二人は息を潜めて押し黙ってしまった。
デミ棟の中は電気が寸断されて薄暗くなっていた。強烈な衝撃に破壊されたのは入り口だけで、中はそれほど荒れてはいない。
しかし、微かに感じる人の息遣いは、デミ棟全体に異様な雰囲気を醸し出していた。収容されているデミに目覚めた子どもたちが、起きた異変にさらなる不安を重ね合わせる。
「ねぇ誰か出して! お母さんに会いたい!」
「おい、どうなってんだよ! 誰かいねぇのか!」
「お薬ぃ! お薬ちょうだいぃ! 体が溶けちゃぅ!」
廊下に響いてくる阿鼻叫喚の叫び。ドアを叩く無数の響き。
ここはデミ棟の中でも結構やばい、世間に野放しにできないような生物兵器たちの巣窟なのかもしれない。
俺は二人に告げる。
「早くしないと混乱が広がっちまう。どうにかタキオンを見つけ出して終息させないと!」
「そんなこといっても、そのタキオンってのがどこにいったのかもわからないのよ!」
魄山の言う通り、デミ棟は広い。警備員や看護師が来てもおかしくないのに、ここには誰もいなかった。多分、デミ棟が非常事態に陥った時、収容者は置き去りにして避難するよう言われているのだろう。
「そういえば、タキオンって姫野さんを狙って攫ったんでしたよね?」
分厚いレンズを押し上げた飯蛇は、床を見ながら言った。
「ああ、『珍しいサキュバス』……そう言ってたな……」
俺は自分で言った後、その不可解さに疑問を抱いた。
ん? れんが珍しい……?
よく考えれば、なぜタキオンはそんなことを言ったんだ。
「もしかして、それって……」
息を飲んだ魄山は言葉を詰まらせる。
俺は食い入るように訊いた。
「なぁさっき言いかけたことって何だったんだ。れんに、何かあるのか?」
廊下の奥からうなり声が上がった。デミになりたては、興奮状態に陥りやすい。そんなやつらにストレスでも与えて狂暴化させたらどうなることやら。一刻も早くここを元のデミ棟に戻さなくては。
飯蛇が掌をぎゅっと握りしめて告げた。
「私、目のことがあって、数か月に一回このデミ棟に通ってるんです。検査したらすぐ帰るんですが、そこで、何度か姫野さんと万灯くんを見かけていました」
な、なんだって? あいつらが知り合っていたのは、このデミ棟だってのか?
一体何のために……。
「気になって、声をかけてみたんです。二人は、同じ病気みたいなもので、みんなには黙っていてほしいと言われました」
「病気だって? 何の病気なんだ? あいつ、そんなの一言も言わなかったぞ、いつからだ。なんで俺にも黙ってたんだ!」
「藤坂、落ち着きなさい!」
気が動転した俺は飯蛇の肩を両手で掴んでいた。
「す、すまん……」
飯蛇は自分の肩を抱いて、それでもまっすぐ俺を見た。
「姫野さんは……単なる病気というのとは違うんです。同じデミでも、個性が違ったりすることがよくあります。姫野さんはサキュバスとして変異しましたが、男性の夢や欲望から生気を吸えなかったんです」
「なんだって……そ、それじゃあ……」
サキュバスが生気を吸い取るのは人間でいうところの食事と同じだ。体を保つのに必要不可欠な生理的欲求。どんな生物だって、それが足りなければ……それが満たされなければ……。
「姫野さんはもうすぐ、死んでしまうんです」
飯蛇の言葉が、鼓膜を突き抜けていく。
大事なものを落としてしまったかのような喪失感で、心が一杯になった。
小さい時からずっと一緒にいた。楽しい思い出になるはずだった懐かしい記憶の中に、必ず現れるれんの影。何も言わなくても通じあえて、何も言わなくても笑いあえた。
知らないことなんか何もないと思っていたのに、そんな彼女が、今は隣にすらいない。れんが死ぬ。その言葉の切っ先が、喉笛から下を八つ裂きにしていくように感じた。
「藤坂! 最後まで聞きなさい! あんたがしっかりしなくてどうすんの! 姫野は私の元カレみたいな、その辺の男からは生気を吸えないのよ。でも生物なら必ず生きていくための機能を備えているはず!」
魄山が力強く俺に叫んだ。生きていくための、機能。
「藤坂くん。姫野さん言ってましたよ。哀れみから恋が始まってほしくない、だから藤坂くんには絶対に言わないでって。心に決めた人からの愛情でしか、姫野さんは生気を吸えないんです! つまり、藤坂くんがいないと、姫野さんは生きていけないの!」
飯蛇の言葉に、れんの言葉が重なった。
”凌くん、昨日はごめんね。私、焦ってて……”
あいつ、そんな大事ことを黙って……。
「万灯も怪我をしていて、今は別の病院に入院しているわ。藤坂をたきつけるため、変な芝居をうってすまなかったって言ってたわよ。あいつも、サラマンダーなのに熱を体に貯めると呼吸不全になる、そういう体質だそうよ」
すかしたような態度をとっていたのは、そういう理由があったのかよ。クソっ。何も知らない俺が馬鹿みたいじゃないか。哀れみから始まる恋が嫌だった? それで命を落としてもいいっていうのかよ。とんだ頭ピンク野郎だ。だからデミどもは嫌いなんだよ。自分勝手で私利私欲の権化。他人を顧みない。自分たちの個性を理解したふうに立ち回って、それと向き合うのにずっと必死で、折り合いつけながらクソみたいな人生を歩んでいきやがる。何度でもいう。俺はそんなデミどもが大っ嫌いだ。
「飯蛇、魄山……頼みがある」
夕飯の時間には戻れそうにない。これは、自業自得だ。
「デミ棟の地下実験室にタキオンはいる。そこまで、一緒にきてくれないか」
差別主義者である俺が、デミどもをこの世から絶滅させる。




