第3話 幼馴染とデート
「藤坂、最近どうだ」
「なんとも、普通っす」
俺の回答に満足しないのか、石渡は深くため息をついた。
生徒指導室に並んだテーブルとイスは一つずつ。俺と石渡はその中央に座って相対する。
「お母さんから話は聞いているが、実際に藤坂の口から聞かないと分からないこともあるんだぞ」
「はぁ……だから、普通ですって。今までと一緒っす」
「まだ異人が苦手か?」
苦手。そういう一言では済まないというのを、どう説明しろってんだ。
「そうっすね……」
どう考えてもデミは危険だ。力の制御すら知らない野蛮な奴らが、なぜ俺たちと同等の扱いを受けて同じ教室で生活しなきゃならないんだ。早く排斥すべきだ。
それを差別と呼ぶなら、勝手に呼べばいい。
「先生にも嫌いなものあるじゃいすか。それと同じっすよ」
「藤坂」
諫めるような石渡の声を無視して、俺は目を伏せる。
「自分のことは自分でなんとかします……中学の時みたいなことは、しないっすから」
前を向くことができない。そんな憐れむような目で、見てほしくなかった。
放課後になった。俺はいつものようにそそくさと下校を始める。
後ろからは性懲りもなくれんがついてきていた。どうして俺に付きまとうんだろう。他にいい男はたくさんいるはずだ。
俺はデミが嫌いで、その中に、漏れなくお前も入っているというのに。
「凌くん、昨日はごめんね。私、焦ってて……」
今日は少し元気がないか。まあ無理もない。
魄山に散々言われ、さらにクラスから孤立しているこいつに、「元気出せよ」なんて軽々しく言うのはあまりにも酷じゃないだろうか。
「焦るって何をだよ。十分、かまってやってるだろ……れん」
俺はれんを落ち込ませまいと少々明るめな態度を気取ってみせた。普段外では言わない名前を呼んでみたりして。
「……そういうの、ずるい……」
「え?」
顔を伏せたれんが何かを呟いたが、俺には聞こえなかった。
「凌くん……その……もう押し倒したりしないからさ……えと」
夏の日差しが傾いていた。気温は日を追うごとに上がりっぱなしだ。
「はっきりしないな、お前らしくもない」
「デ、デデデ、デデデデデデデ……」
なんだ? 大王か? デストラクションか?
「……デートっ……したいなー、なんて……」
大きな瞳がこちらを向く。
女子の気持ちというのはよくわからない。家に連れ込んで押し倒すことはためらったりしないくせに、遊びの約束を取り付けるのにこんな狼狽したりするものなのか。
「はぁ……」
俺はため息を吐き出した。
こいつと一緒にいても碌なことにはならない。淫魔だろうがなんだろうが、デミのやること為すこと全てが俺に害を与える。そうに決まってるんだ。
だが気持ちの沈んだ幼馴染が目の前にいたら元気づけてやろうっていうのが人間の一般常識だ。そうだろ?
「いいよ、別に。ただし、夕飯までには帰るからな」
俺の言葉に彼女は涙目になりながら、うんうんと頷いた。そんなに嬉しかったのか。
繁華街までバスで来た。制服のまま寄り道するのはなんだか久しぶりだった。
「あー、そのなんだ、どこに行きたいんだ」
今はこいつのやりたいようやらせたい。だが、なんかしまらないな、俺。こういう時に、どこへ連れて行ってやればいいのかなんて、分かるはずもなかった。
「凌くんの行きたいところでいいよ」
こいつもこいつで自分の意志を持たない。俺の行きたいところが際どい本を売っている店でもついてくるってのか……いや、こいつなら喜んでついてきてもおかしくはない。
「凌くん?」
「いやなんでもない……えーと、それなら、ゲーセンにしよう」
「うん! 行きたい!」
その純真で無邪気な返事が、俺の邪な気持ちにぶすりと穴をあける。
自動ドアをくぐり抜けると、店内の騒音が頭の中を突き抜ける。久しぶりにこの匂いを嗅いだ気がする。
毛の短い絨毯が敷き詰められたホール。景気の良さそうな音楽。色とりどりに光る筐体。
「さあ、どれからやるんだ?」
といっても金には限りがある。ちょっとずつ触ったとしても、精々遊べるのは四、五種類くらいが限度だろう。
「私ね、この前お小遣いもらったんだぁ」
ニヒルな笑いを見せたれんは、財布から千円札を数枚ちらつかせた。
「お、お前、こういうので大金使うのはもったいないだろ!」
「……凌くんってさ、たまに真面目でつまんないこと言い出すよね」
やや呆れたような表情をするれんは、目を細める。
ぐぬぬ、れんのくせに的を射るようなこと言いやがって。そういえば万灯にも温度が低いと言われたばかりだ。
「せっかくきたんだからさ、楽しもうよ!」
すいすいと進み始めた彼女は、背中についた羽を揺らしながら楽しそうに店内を歩き出す。
見たところ、気分もかなり持ち直せたようで何よりだ。
こんなことで全てがうまくいくわけではない。問題の先延ばしと言われるかもしれないし、原因の解決には関係ないのかもしれない。
しかしそうだったとしても、今日を明るく生きていかなければ、どうにもならない時があるはずだ。それは人間もデミも変わらない。
エンジン音をふかす中、カウントダウンが始まる。
「凌くん、このレースに負けた方が次のゲーム奢りね」
「あぁ? 負けるわけねぇだろお前に」
「あっずるい! ショートカット知ってたでしょ!」
「歴が違うんだよ歴がぁ!」
暗い背景から現れたゾンビが襲いくる。画面越しに爪痕が引かれた。
「おい、しっかり狙え! まだ来てるぞ!」
「凌くん! 私の方の敵から先に倒してよ!」
「なんでそんなことまでしなくちゃ……うわ、死んだ!」
「あわわわ、撃てなくなっちゃった……無理ぃ! 無理だよお!」
投影された水面の中に熱帯魚のようなカラフルな魚が泳ぐ。
「これコイン入れたらどうなるの?」
「魚が寄ってくる」
「それだけ?」
「それを釣る」
「それだけ?」
「そう、それだけ」
「……地味だね」
「……地味だな」
模型の馬が列に並ぶ。合図とともに盤面の上を走っていくそれらを見ながら、俺とれんの二人はエスカレーター横のベンチに座っていた。
ところ狭しと並んだゲームは懐かしいものから新鮮なものまで豊富な品揃えだった。
あらかたやり尽くし俺たちは、幾重にも連なる音楽を浴びながら、一呼吸置く。
「結構遊んだね」
れんは嬉しそうに言った。
「はしゃぎすぎだ。後半、座ってばかりいただろ」
「ばれてたか」
「ちょっと待ってろ、飲み物買ってきてやる」
「え、いや、私もいくよ」
「いいから、座ってろって」
そう言い残して、俺は入り口付近にあった自販機を目指した。
財布を開くと、今日の朝まであった金額の半分がなくなっていることに気づく。やっちまった。つい浮かれて金を注ぎ込んでしまった。やはりあいつといると碌なことがない。なんて頭に浮かべながらも、俺の口元は少し緩んでいたと思う。
友達がいないのは人間関係が嫌いだからじゃない。こうやってテンション上げて盛り上がるのだって、遠巻きながらうらやむこともある。
そりゃそうさ、いつまでも子どもみたいにいじけているのはみっともない。たまにはこんなふうに本来の高校生然とした楽しみを享受したっていいじゃないか。
幼馴染のれんとつるむのは楽しい。昔からの友達だし、お互いがお互いのことを知り尽くしている。彼女のような存在は、どこを探しても見つけられないだろう。
適当に選んだ自販機のボタンを押すと、軽い電子音が鳴った。
――れんはどう思っているんだろうか。
スマホを決済用のパネルに押し当てる。
――彼女が俺といたがるのは、幼馴染という以外に、学校に居場所がないからだ。
決済完了の音楽とともに、乱雑にボトルの落ちる音がした。
どことなく、サキュバスになってから彼女が少し変わったのを、俺は知っている。
昔ほど友達と一緒にいなくなったし、一人でいる時間も増えた。デミに変異するというのは、子どもなら誰しもが通る当たり前の事で、心にも微妙な変化をもたらす。
サキュバスは生気を集めるために、男を魅了する。友達がいなくなったのも、それが原因だとしか思えなかった。彼女が俺といたがるのは、その生気を吸収するためなんだろうか。
……いや、高校にはたくさんの男子生徒がいる。俺でなくたって、彼女の容姿なら色恋に困ることはないだろう。
――だけど。
だけどそんなれんは、不思議と俺といたがった。
そこに、何か特別な意味があるんじゃないか。彼女が俺に対して持っている感情は、今までとは違う、もっと別のものなんじゃないか。
二本目のペットボトルを拾い上げると、取り出し口の透明な蓋が勢いよく閉まった。
俺は少し、いやかなり、そのことに期待していた。体が変われば心も変わる。一緒にいればなおさら、ただの幼馴染ではいられなくなる時がくるんじゃないか。
少し待たせすぎた。そう思った俺は、急いでれんのもとへ戻る。
吹き抜けのエスカレーター、鳴り響くゲーセン特有の甲高い機械音。
しかし俺の予想とは裏腹に、れんは俺を待ってはいなかった。
「さらとくん、ちょっと痩せたんじゃない?」
「姫野さんこそ、もっと食べなよ」
そこには、親し気に話すれんと万灯の姿があった。




