悪役令嬢、レーア・アクセルソン誕生
玲衣は、父親に抱き上げられ、赤子らしく元気よく泣いていた。
「オンギャア、オンギャアッ!!」
「おーーよしよし」
「良い子ね? 初の娘だわ」
赤子を抱く父親は、グレーの髪をオールバックにしており、高級貴族らしい黒い服装をしている。
母親は、金髪のパーマがかった長い髪に、碧色に光る瞳をして、ベッドで横になっている。
「さて、赤ん坊が生まれたと報告せねばっ!」
「無事に生まれましたなっ!」
「体を冷やすと、いけないわっ! すぐに、体を拭かなくちゃ」
「そうよ、タオル、タオル」
老執事は、走りながら部屋を出ていき、しわくちゃの産婆は笑みを浮かべる。
黒髪ポニーテールと茶髪ショートヘアーのメイド達は、タオルを探し始めた。
「んぎゃあ、んぎゃあ」
こうして、玲衣は無事転生を果たす事ができたのだが、それは予想しない結果に繋がった。
「ねぇ? 貴方、この子の名前は何にしましょうか? 私はレーアに決めていたのよ?」
「ふむ、私も色々と考えていたが決められなかったっ! レーアにしようっ! レーア・アクセルソンっ! それが、我が娘の名前だっ!」
母親と父親たちは、仲良く名前を決めてしまい、二人とも微笑みを浮かべ続ける。
「えっ! 待ってよっ! それって、マルレーネを苛めて、最終的には魔王化する悪役令嬢の名前じゃなうっ! 私…………いったい、どうなっているのよーーーーーー!?」
と、内心で悲鳴を上げながら、ひたすら赤ん坊として、玲衣はレーアとして育つほかなかった。
あれから、十数年が過ぎて、彼女は王立カルデンホーフ貴族学校に通うようになっていた。
「レーアさま、次はどんな悪戯をしてやりましょうか?」
「マルレーネの奴、もっと懲らしめないと」
学院のまるで、城内みたいな廊下を子分である貴族令嬢たちを引き連れながら、レーアは歩く。
毛先をカールさせている、シルバーブロンドのロングヘアーを靡かせなる、彼女は美しい。
母親から受け継いだ碧色の瞳と、父親や兄弟たちと同じ高身長なモデルスタイル。
学園服を着ていても、魅惑の美貌から放たれる神秘的なオーラは他者を圧倒する。
「そうね…………止めときなさい、表だって動くと、また殿方たちから嫌われるわよ」
そう言いながら、レーアは今日も、マルレーネに対する嫌がらせを押さえようとした。
また、時には罠を解除したり、自ら落とし穴に嵌まったり、教師に怒られたりした。
こうする事で、なるべく主人公である彼女を庇い、対立を激化させない積もりなのだ。
やがて、訪れるであろう自身の破滅を防ぐべく、密かに動いている。
「マルレーネね? はぁぁ」
小さなオペラ会場のような教室に入り、レーアは端に見えるマルレーネを、チラ見する。
一度、憧れた主人公に成れなかったとは言え、せめて、自分自身と彼女を守る事ができる。
「大丈夫そうね?」
「あっ!」
そう考えながら、レーアは今日も酷い罠に嵌まったりしなかっただろうかと、真剣な表情になった。
その剣幕に圧されたらしく、マルレーネは目が合うと、慌てながら俯いてしまった。
「ふぅ~~! どうやら、私は嫌われているようね? まあ、接点がないだけ、マシな方よね…………」
レーアとしては、百合ではないが、流石に主人公から嫌われているとなると辛い気持ちになる。
ゲーム中、アクセルソン家とエーレンフリート家は、派閥争いで激しく対立していた。
「家同士の対立があるなんてね? 日本では、一般ピーポーの学生だから分からなかったわ」
この構図が、レーアとマルレーネ達を、最終的に決戦へと持ち込む要因なワケだ。
そうして、これ以上は両者を戦わせないように、何とか対立を解消しようと、彼女は考える。
「はあ、授業は終わったわ? 私は今できることをするだけ、それが報われないとしても」
「お嬢様、馬車の用意が出来ております」
レーアは、不意に呟きながら、夕陽が広がる放課後の学園玄関から外に出ていく。
すると、燕尾服を着ている御者の男性が、豪奢なコーチ馬車を校門まで運転してきた。
「ありがとう」
御者に対して、爽やかな笑顔で礼を言いながら、レーアは車内に入る。
「あの時、天使さまが間違わなければ…………」
車内の椅子に座りながら、くたびれた体から力を抜いて、レーアは一人回想に耽る。
「アスエル先輩っ! 大変ですっ! ワープゲートの位置が本来の位置からズレていますよっ!」
「えっ! イシエル、今すぐ元の位置に戻しなさいっ!」
アスエルとイシエル達は、大慌てで、空中に魔法のタッチスクリーンを出した。
「ダメですっ! 間に合いませんっ! このままじゃ、エイリアンの魔王に転生させちゃいますっ!」
「ええ~~!? それじゃ、いや…………ここを」
イシエルは必死で、コードを書き換えようとするが、半ば諦めかけていた。
しかし、パニックに成りながらも、何とか元の転生先に近い位置へと、アスエルは座標を戻せた。
「と言うワケなんです…………申し訳ない」
「え? ちょっとおーー! 申し訳ないだけですか? 私、どのみち同じく魔王になってしまうんですけど」
鏡の向こうから、こちらに申し訳なさそうに、話しかけてくるアスエル。
そんな彼女に、怒りと困惑の眼を、レーアは椅子に座りながら向けていた。
「本当に、申し訳ありませんっ! その代わり、こちらから必要なサポートは提供させて頂きますっ! なので、魔王には絶対させません」
「そんなの信じられる、ワケないでしょうがああぁ
っ!」
アスエルの謝罪を聞いて、レーアは全身を真っ赤にしながら、ブチキレる。
「本当に、本当に申し訳ありませんっ! ぐすん…………」
「…………はあ、だったら私とマルレーネが対立しないように、何とかしてね? それと、イケメンとハーレムエンドしたいから頼むわよ」
平謝りするアスエルに対して、レーアは怒鳴るのは可愛そうだから、一度冷静になった。
そして、物語の主人公であるマルレーネになる事も仕方がないため、未練はあるが諦めた。
なので、代わりとして、男子に囲まれた幸せな暮らしを要求しながら頬を赤く染めた。
なぜなら、彼女の夢は、イケメン男子たちに囲まれるハーレムエンドだからだ。
「はいっ! こちらからは、攻略本や攻略サイトのように、サポートしますからっ!」
「マジで頼むわよ」
自信満々に、宣言するアスエルに対して、レーアはジト目を向けるのだった。




