安久谷玲衣は、ゲームしたい
高校の帰り道、安久谷玲衣は、何気なく道路を歩いていた。
黒髪ショートまん丸ボブで、眼鏡を掛けている彼女は、何処にでも存在するような女子校生だ。
「はあ、学校は疲れたわ~~」
今日は、宿題もなく、好きなゲーム作品バイロール物語をプレイできると思っている。
彼女の目的は、主人公マルレーネとして、逆ハーレムエンドに、たどり着くことだ。
しかし、その道程は険しく、さらには本当に実在するかも疑わしい。
だが、それでも王子様を始めとするイケメン男子たちとの恋愛を堪能するべく、家へと向かう。
「あ…………クァンだわ? やばい、どうしようっ?」
焦る玲衣だったが、それには訳があり、クァンは苦手な相手なのだ。
中華系であるヤン・クァンは、両親とともに仕事で日本に移り住んだ帰化人だ。
しかし、幼い頃に移住したため、もちろん日本語を話す日本人となっている。
また、容姿端麗な顔立ちで、長い黒髪を後ろで、ロングテールに縛っており、非常に美しい。
ただ、クーデレ気味で、ちょっと、ストーカー気質な点が少しだけ気に障るのだ。
やたら、玲衣に用事があると、表情を変えずに話しかけてきたり、雑用を手伝うと言ったりなど。
決して、彼女は悪い人間ではないが、そう言った事が、少々うざく感じるワケだ。
あと、告白されたら、自身はレズビアンではないため、非常に困るからだ。
「まあ、避けるしか無いわね…………悪いけど、クァンに付き合っている暇はないし」
もちろん、だからと言って、玲衣は優しいので、大人しい彼女を邪険にはしない。
だが、流石に告白されそうになると、うまく逃げたり、隠れたりはするが。
「はあ…………クァンだけじゃなくて、学校じゃあ、百合カップルだらけだし」
玲衣の通う学校は、女子高であるため、そう言う恋愛関係になる者が多い。
しかし、だからこそ、彼女は校舎では見かけない男子との恋愛を、想像するワケだ。
「百合は、私の好みじゃないのよね~~」
等と、独り言を喋る玲衣だが、歩道で屈みながら、何かを調べるクァンが気になった。
「何しているのかしら? 告白でも、されたら大変だし? 今日はバイロール王国物語をプレイする日だし…………」
「うん…………? 首輪、飼い猫かしら?」
玲衣は、クァンを避けて、さっさと路地裏から家まで帰ろうかと考えた。
そう思った瞬間、彼女が黒猫を抱えながら困っている様子が目に入った。
「あっ! 待ってよ、猫ちゃんっ! は…………きゃああ」
「危ないっ!?」
黒猫が、クァンの両腕から逃げ出すと、まっすぐ道路に向かっていった。
それを追いかける彼女を、横からトラックが走ってきて、ぶつかりそうになる。
玲衣は、これは危ないと感じた瞬間、すでに体が勝手に動いていた。
そうして、つぎに感じたのは、想像を絶する凄まじい痛みであった。
「はっ!? ここは…………」
「ようこそ、天国へ」
気がついたら、玲衣は雲海に包まれた大地に立っており、周りは爽やかな青空が広がっていた。
「貴女は女神さま…………はっ! これが噂に聞く、異世界転生のためのっ! いえ、ここは天国?」
「落ち着いてください? 私は女神ではなく、下級天使のアスエルです」
女神さまを前にして、お辞儀をしながら玲衣は、焦りまくりつつ、アレコレと呟く。
アスエルと名乗る金髪ストレートヘアの天使は、右手を胸に添えながら、青い瞳を向けてくる。
「もちろん、貴女の生前の行いは、善行を積み重ねておりましたため、貴女が望む世界に転生させて上げる事ができます」
「本当に? いや、本当なんですかっ!」
アスエルは眼を細目ながら、笑顔で呟き、玲衣に朗報をもたらした。
「でしたら、バイロール王国物語のマルレーネ・フォン・エーレンフリートに転生させて下さいっ! お願いしますっ! 天使さまっ!」
「分かりました…………その願い必ずや叶えて、上げましょう」
いきなり、早口で、望みを言ってしまった玲衣だが、アスエルは微笑みを浮かべたまま答える。
「さあ、そこの泉に入って行くと、後は転生先の世界に生まれ変われます」
「あそこに?」
右側を向いて、アスエルは石に囲まれた泉を指差し、そこに玲衣も注目した。
「では、いきますねっ! 女神さま、ありがとう御座いますっ!」
「はい、何かあったら、こちらからも、バックアップしますのでっ!」
そう言って、泉に飛び込む玲衣に対して、アスエルは笑顔で異世界へと彼女を送り出した。
「ふぅ~~? やっと、今日の仕事は終わったわ~~! ふぁぁぁぁ」
先ほどの丁寧な口調から一変して、アスエルは両手を天に向けながら大アクビをし始めた。
一方、玲衣の魂はワープ空間を通り、遠く離れた宇宙よりも、遥か彼方にある異次元へと送られた。
「…………と言うか? 死んだのよね? 漫画やゲームのやりすぎで、興奮してたけど? 普通は悲しむべきだわ」
などと、玲衣は今更ながら後悔しながら、ワープ空間から出ると、そこは真っ白い光に包まれた。
そこで、彼女は無垢な赤子として、大貴族の有する豪邸で、産湯に浸かっていた。




