浩、修行するってよ
浩とあずはアサカの集落に居た。
すこし離れたところで人?だかりができている。広島の人?々?である。
広島はもう作業を始めているようだ。
ここに来る前、八岐はこう言っていた。
「広島は全く月光浴を知らなかったらしい。」
「広島は月の細い頃、暗い夜を選んで活動していたらしく今まで効果に気づかなかったようだ。」
「月光浴は、『上』単体でも効果がないわけではない。ただ依代がいればものすごく効率がいいエネルギー補充方法のようだよ。」
「それから、消滅しない程度という引き際を全体に啓蒙しているそうだ。」
浩はそれはすごく良かったと思った。
彼らは遮二無二突っ込んで消えるのが当たり前と思っている。
一旦消えてしまうと死にはしないが復活まで相当の年月がかかってしまう。
浩とあずは手を繋ぎ、上空から作業に加わる。
川の土砂を取り除けた頃、浩の蓄えた力は空っぽになり、あずは子どもの大きさまで縮んでいた。
浩が「あず、お疲れ様!」といって地上に下り、手を離した瞬間。
あずがいなくなった。
眼の前から消えたのだ。
異変を感じたアサカが走ってきた。
「なにかありましたか?変な感じがしたもので。」
「あずが、あずがいなくなりました。」うろたえた声で浩が言う。
あずの捜索が始まった。
「あず~!」
「あずさ~ん!」
皆が口々に現場を中心に範囲を広げて捜索を始めた。
遅れて駆けつけてきたアサカの集落の長老が悔しそうに浩の前で話し始めた。
「儂らの落ち度じゃ。まさか、そこまでしようとは。」
浩は今、長老の話を反芻しながらバンダイの集落に向かっている。
ヤマはアサカの嫁になることになった。しかしすぐというわけにはいかない。
契りを交わすための体力を取り戻せるまではヤマは何処に居るかわからなくしてある。
それから最近、集落の若い娘が失踪する事件が起こるようになってきた。
疾走した娘は誰も生還していない。
何が原因か、誰の仕業かは本当のところは全く分かっていない。
ただ、数名の集落の人間は、失踪が起こる時、力の歪みを気取る。アサカもその一人である。
浩は思った。それはバンダイであろう。
あずもそれで攫われてしまったのではないか。
全く証拠はない。しかし、ジリジリした焦燥感とともに体が動いてしまう。
バンダイの集落の柵の前で叫ぶ。
「あず!あず!居るのか?居るなら返事をしてくれ!」
中から男の声がする。
「こんな夜中にやかましい!一体何時だと思っている。」
バンダイがニヤッとしながら暗闇から現れた。
バンダイに劣らず浩も上背はある。上背はあるが、バンダイのような力は使えない。
「ここにあずが来ているかどうか、検めさせてはもらえないか?」浩はバンダイに懇願した。
「そんな義理はねぇ!」バンダイは言い捨てた。
「そんなにやりたきゃ、力づくでやったらどうだ?」
「口だけで根性も力を持ち合わせていないんだろう?帰れ帰れ!」
「あ、そうだぁ・・・。」バンダイはニヤリとした。
「お前の厄介になっているアサカの集落のヤマを連れてこいよ。」
「ヤマをこちらに引き渡すなら、居るか居ないか検めさせてやらんでもねぇぜぇ?」
「あっはっはっはっはっ!」
浩を一瞥した後、バンダイは暗闇に消えていった。
浩はトボトボ引き返していた。
鈍い頭で巡らせる。
ーバンダイの集落を襲うか?
ー僕独りで何ができる。
ーそっと忍び込んで夜陰に紛れて検めるか?
ーできるものか。今ので警備は一層厳しくなったに決まっている。
ー土地勘もなにもないのにどうやって検められる?
『浩殿・・・』
声が聞こえた。居るはずがない八岐の声であった。
『今、アサカの長老から話を聞かせていただいた。』
「僕はどうすれば・・・?」
『一旦、差海に来ないかね。』
「この場を離れてもいいのでしょうか?」
『君は今のままでは何もできない。できるだけそばに居たい気持ちはわかるが差海に来られよ。』
「...分かりました。」と、言ったか言わないか。浩は差海の八岐の前に居た。
八岐も暗い顔をしている。
『大変だったな?』こちらの表情を確かめている。
八岐も浩の焦燥感、喪失感を共有しているのだ。
ぱっと、刀がでてきた。二振りの刀。
八岐が言う。『これを使えるようになりなさい。これは、邪を払う。』
浩が受け取る。「うわ、重い!」途端。抱きかかえてしまった。
『重いであろう?そのふた振りの刀を、右手と左手に持って使いこなせるようにしなさい。』
『修行は広島に頼んであります。どうか、焦らずに。』
瞬間
浩は広島のあの千畳敷に居た。
今度はこの前と違い、誰も居ない。ただ眼の前におおとさんが居るだけである。
『話は聞いとる。大変じゃったのぉ。』
浩は早速、刀を鞘から抜いて両手で持とうとする。
『いけん、いけん。無茶じゃ。いっぺんには無理じゃけぇ。』
『浩殿は、ぎっちょかな?』
「いえ。右利きです。」
『じゃぁ、まずは左手だけで左用の刀を持つんよ。それを1時間で三千回振るんよ。そこからじゃ。』
浩は言われたとおりに修行を開始した。
その日は、全く振れなかったと言っていい。
おおとさんが来た。『ちょっと、貸してもろうてええかな?』「どうぞ」
おおとさんは表情一つ変えず振り始める。
ひゅんひゅんひゅん...
『これを浩さん、あんたが出来るようにならんと。儂がなんぼ出来てもな。あずさんの横には立てんけぇの。』
くしゃっと笑って刀を差しだす。
浩は希望を感じた。おおとさんが出来るんだ。僕も出来るようになる。
『メシはお好み焼き屋に行きんさい。』そして、おおとさんは消えた。
夜も倒れるまでは寝ないで、目が覚めたら振って、また倒れるまで振って。
千畳敷の畳がぼろぼろに擦れている。
お好み焼きは、食べたあと浩の疲れをすべて取ってくれていた。
倒れるまで振って、起きたらお好み焼き食べて、また倒れるまで振って。
「ひゅん・・・」音が出だした。浩は「出来た!」心のなかで叫んだ。
「いやまだだ。これを両手で出来ないと。」
おおとさんが来た。『おお。早いのぉ。もう出来るようになったんか。』
「お陰様です。ありがとうございます。」
『じゃ両手のを見せようか。』おおとさんは両手で刀を持って
ひゅんひゅんひゅん・・・
それからおおとさんは力を入れて振り始めた。
びゅぉぉぉ~~~~~!
『ぼっけえじゃろ。これかこの刀の正体じゃ。』『これでの。魂と体を切り離すんよ。』
浩は呆気にとられた。が出来るまでしなければ。
『じゃ、がんばりんさい。』おおとさんは消えた。
数日後、浩は差海に居た。
浩の前には呆気にとられた表情の八岐が座っている。
『まさかこれだけ早く出来るようなるとは思いませんでした。』
そういって破顔する。
「ありがとうございました。では行ってまいります。」
『いやいや。もう少し時間が必要なんですよ。』八岐が申し訳無さそうに言う。
浩は確かに焦っている。しかし、十全でないとバンダイには勝てない。それも分かっていた。
『まずは刀の各部を再度チューニングします。摩耗した部分は取り替えて。万全の体制で行きましょう。』
『それから手を前にお出しなさい。』
言われるまま浩は手を前に出す。
すると すっ、と今まで離れたところに居たはずの采女が手を握ってきた。
采女がにっこりしながら「じっとしててくださいね?」と自らの手を青白く光らせ始めた。
浩は、手の平から何かが放出できるようになったことを感じた。
しかも、力の入れ方で加減ができる。何が出来るようになったかはわからないが。
『ありがとう。稲田比売。』八岐がにっこり微笑んだ・
采女もにっこり微笑む。しかしふっと表情が変わって。采女は一礼してまた離れていった。
『あれは儂の嫁が憑依した巫女なんだよ。』八岐が言った。
『これで浩殿は一人で翔べる。そして、力を放出できる。』
『刀のチューニングと力のコントロールをあと一日で覚えましょう。』
「分かりました。」
いつの間にか采女が横に居た。「コントロールついては私めがお教えいたします。よろしくお願い致します。」
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