第一話 地下牢
「……酷い、アイリスはまだ嫁入り前の女の子だぞ」
「それ、アイリス先輩に直接言ってみてくださいよ。多分、怒られますよ。女も男も関係無いってね。ほら。アイリス先輩、大丈夫ですか?」
私の耳元で、そう優しく呟く声が聞こえた。
私は大丈夫だとその声に答えようとしたが、喉が潰れているのか、声とも言えない代物しか絞り出す事は出来なかった。
「アイリス先輩、無理しないでください。今、手枷も目隠しも取ってあげますから」
先程と同じく、優しく呟く声が耳元に聞こえ。それと共に私の縛られた手足と視界が解放された。
私の身体は上体を起こす力も残されてないのか。何の抵抗もする事が出来ず、不様にも地下牢のカビ臭く湿った床に倒れ込んでしまった。
「本当に酷い事しやがる。教会は自分達が何をやってるのかわかってるのか? それに騎士団も騎士団だ。なんで教会の好きにさせてるんだ?」
「知りませんよそんな事。教会の人達にでも聞いてくださいよ。そんな事より、速くここから逃げますよ。ウェイド先輩」
その声がすると同時に、私の身体が何者かに抱えあげられる感覚がした。
しかし。目が霞み、視界が定まらない。身体中にも力が入らない。喉も潰されているのか声も出ない。
情けない事、この上ない……
「アズラン隊長。アイリスを救助しました」
「そうか、二人ともよくやった。速くこんな悪趣味な拷問部屋から立ち去るぞ」
揺らぐ様な視界の中。彼は私の顔を覗き込み、こちらに言い聞かせるかの様に呟き、優しくその手で私の頬を撫でた。
手甲越しではあるが、そこには確かに優しさと温もりを感じた。
「……こ゛めんなさい゛……たい゛……ちょう゛……」
「やはり、喉が潰されている様だな。それ以上、喋るとは喉を痛めるぞ。それに君は何も謝る必要はない。大丈夫、直ぐに外に連れて行ってやる」
アズラン隊長の手が私の頭を優しく撫で付ける。
「アズラン隊長。魔女だからって、こんな仕打ちしていいんですか? コイツが何をしたってんだ。アイリスは今まで騎士として、この国の人達を護って来たじゃないですか。例え魔女として力を使ってたとしても、皆を護る為だろ? こんな仕打ち許されるはずないでしょう!!」
「ウェイド。君の言ってる事は決して間違っていない。だが、教会は魔女と言う存在事態を拒絶したんだ。そして、彼女は魔女だった、だだそれだけの事だ。いいか、御託を並べる暇があったら速くここから逃げるぞ」
ウェイド先輩。
彼は私の事をそんな風に思っていてくれるのか。
まだ、騎士として見習いで孤児院出の私に、出自も性別も何も気にせず接してくれた本当に優しい兄の様な人。
彼には騎士として優しさを教えて貰った。
「ウェイド先輩。アイリス先輩がどれ程の騎士だったか、ここにいる三人、その全員が知ってます。だから、皆ここにいるんです」
「ああ、そうだ。絶対にこんな事あっていいはずない。だから、俺達はここにいるんだ」
柔らかく優しい声がウェイド先輩を嗜める。
この声はジェット君。
まだ、若いのに何時でも騎士としての厳格さ、したたかさを兼ね備えている、とても強い少年。
だけど、常に自分の弱さと正面から戦っていた謙虚な少年。私は知ってるよ、何時も夜中まで一人で剣の稽古をしてるのを。
何時も弟を見守る様な気持ちで見守ってた。
彼には騎士として謙虚さを教えて貰った。
「二人共、速く逃げるぞ。いずれ追っ手が来る。そうしたら、アイリスを抱えて逃げなければ行けないんだ。少しでも時間が惜しい速く行くぞ」
この冷静な声はアズラン隊長。
何時でも冷静で強く気高い人。そして、誰よりも優しくて強い人。だけれども、冷静な判断を下す時、この人は必ず自分の感情を押し殺し、目的の完遂に徹底する。
他の隊員達に悲しい選択をさせない為。皆の責任をその背中に背負う為、何時でも冷静な判断を下す騎士として最も強く完成された人。
彼には騎士としての心の強さを教わった。
なのに、なんで……
なんで、どうして三人とも来てしまったの……
私は魔女なんだよ。
その私を助ければ皆はどうなるのか、知ってるはずなのになんで……
私は皆が疑われない為に大人しく捕まったのに……
火炙りにされようと何をされようと、それで良いと思ってたのに、どうして……
どうして、皆、来てしまったの……