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78.言えなくて瘉えなくて

 目を覚ましたのは管理所の医務室のベッドの上。

 どこだろうと思ったが、すぐに医務室の急患用一時入院室だとわかった。

 管理所に採用されてすぐの頃に、体調不良で倒れて運ばれたこともあれば、生理痛で倒れて寝かされるのもこの部屋。何度もお世話になっている自分が悲しい。

 扉の向こうから医療室職員の声と音が漏れ聞こえてきて、なぜかホッとしてしまう。

 寝ている頭の付近にある患者監視用の魔道具で私が起きたことはわかるのだろう。ぼんやり天井を見ていたら、入室してきたのはお爺ちゃん先生だった。


「うん、顔色は戻っとるな。いや、まだ寝ておけ」

「あの、すみません」

「寝ている間に診察したが、目立って不調の原因は見つけられなんだ。何かあったか?」


 何か。

 何かはあった。

 フクロウ二号のこと。

 けれどそれを言ってはいけない。なぜかそう思った。


「……わかりません」

「う……ん、うん……、そうか。──伯父さんはよい方向と聞いたが」

「……伯父のことで悪い報告は聞いてないです」


 お爺ちゃん先生が顔の近くに寄ってきて、ギリギリ聞き取れるとても小さな声で伯父のことを聞かれた。私も小さな声で伯父のことで倒れたわけではないと否定。

 直近で私の大きな精神不安は伯父のことだったが、今は解消していると言っても過言ではない。お爺ちゃん先生もその点は安堵してくれた。


「それならよいのだ。あー、起き上がるな、起き上がるな。無理せんでいい」


 お爺ちゃん先生と話しながら、倒れる前のことを思い出してゆっくりと目を瞑る。

 フクロウ二号が闇色にぼやけて、かぶるように見えた砂の光景。私が体調不良のときに見てしまうあの夢と同じに思えた。

 言えない。言ってはいけない。

 だから曖昧な相槌しか返せないのが申し訳ない。


「陛下がお帰りになるまで踏ん張って、その後もチビの歌のこともあるから頑張ったろう。疲れが出たのかもしれんな。この数日で一気に気温も下がったしな」

「そう、かも、しれないです」

「運び込まれたときは異様に体温が下がっとって慌てたが、うん、戻ってきたな。バイタルもまあ正常値だな。しかし、原因がわからんのが心配でな。入院部屋を準備しとるからな」


 体調不良の理由もわからず医務監視がある入院部屋を使うのは心苦しいが、山小屋は床の穴の修理で防カビの塗布剤を使う説明があったのを思い出す。

 お爺ちゃん先生も山小屋の床の修理のことを知っていた。どうやら床の修理は続行してもらえているようだ。

 防カビ塗布剤の臭いがあるからこっちに泊まってしまえばいいと言われ、さっき体を起こそうとしたのに、四肢に重しを括られているような気怠さに負けた。この流れに甘えてしまおう。


「もうすぐ昼だが食べられそうか? 吐きそうなら点滴を用意するが」

「多分、食べられますが、あの、スープだけ」

「うん、わかった。軽くでも食べられるならそのほうがいい。昼を摂ってから移動にしよう」


 お爺ちゃん先生が出ていくのを見送って、壁にある時計を見たら、二時間くらい寝ていたらしい。

 覚醒したら尿意を覚えるのはなぜなのか。

 トイレに行こうと起き上がるが、ベッドに腰掛ける体勢になるだけでもしんどい。疲労困憊で体が動かしにくいのとは異質な気怠さ。

 でも、トイレだ。


 急患用一時入院室にトイレはない。よろよろと部屋を出ると、診療補佐をする職員さんが壁に手をついて出てきた私を見て、すぐに近寄ってきてくれた。「車椅子?」と聞かれたけど、そこまででもない。

 トイレまで付き添ってもらって、寝ていた部屋に戻された。


 昼食に用意されたのは、細かく刻まれた野菜と米粒のような小さいパスタが入ったスープとプリン。おそらく私の診察情報に記されているのだろう。ここにお世話になるたび、何か食べるとなったらスープとプリンが用意される。

 食欲があるなら、パンだけ、粥だけ、芋だけよりも、スープはそこそこバランスよく栄養が摂れるので不満はぜんぜんない。プリンも栄養価が高くて食べやすい。


 昼食を食べ終えたら医務職員さんと入院手続き。診察中に外されていた通信魔導具のイヤーカフは装着していいというので、着信設定を私信宛の最低限に設定を狭めてから付けた。

 今の私はあれこれ受けられる余裕がない。体調もだが、精神的に無理。

 運び込まれて診察する際、ポケットから取り出されていた情報端末も同じように着信設定を変更した。

 検査用で着替えさせられていた服から入院患者用寝間着に着替える。倒れたときに着ていた作業服と靴下、靴は洗濯部に出したと言われ、柔らかな布靴を借りて入院部屋へ移動。

 歩けなくはないけれど、普段の速度で歩けない。車椅子での移動になってしまった。


「面会制限はないですが、チビは短めでお願いしたいかな」

「窓越しに居座らないよう言います」

 

 チビに入院する部屋の窓越しに浮いて留まられると、職員寮にいる子どもがきゃーきゃーと騒ぎ出してしまう。何回か経験してチビも長くは留まらないよう学んでいるけれど、私が倒れて山小屋に帰れないときは心配して来てしまう。


 医務室エリアから出てすぐのところにリーダーとメイリンさんがいた。心配をかけてしまっていることの申し訳なさしかない。

 医務職員さんが「多分無自覚の疲労でしょう。少々安定しないので様子見で入院になりました」と説明してくれて、リーダーとメイリンさんが、さもあらんと納得した表情。


「陛下がお帰りになったら王太子殿下だものね」

「無理言ってるしな」


 やはりそう思われるのかと、困った顔で勤務に穴を開けてしまうことを詫びた。


 無自覚の疲労がないとは言えない。

 でも、今回昏倒したのは疲労じゃない。

 誤解させたままになってしまうが、今はその誤解がありがたい。


 入院部屋までリーダーとメイリンさんも来てくれて、医務職員さんの説明を聞く姿は完全に保護者。


「二泊なら下着は替えが一つあれば足りるわね。タオルは借りられるし、山小屋に戻るときの服はあのダボダボしたワンピースにしましょう。あとは歯ブラシとカップと化粧水ね。ほかに必要なものがあったら連絡して頂戴」

「ありがとうございます」


 入院中に必要なものを確認して、メイリンさんが準備してくれることになった。

 お爺ちゃん先生は様子見二泊と言っていたので、下着は持ってきてもらう一着分と、今身に着けている下着を洗えば足りる。

 リーダーとメイリンさんと話し、妖獣のクッションの補修をさせてもらうことにした。

 あれから判明したのはクッションの中の綿は水洗いしたら駄目な素材で、洗濯部で布団類を補修するときの綿を分けてもらうことになっている。綿の代金はリーダー負担だ。メイリンさんは旦那のやらかしに苦笑。

 内側の綿を包む袋はほぼ完成しているので、外側のクッションカバーを直せば、早ければ明日には妖獣に返せるだろう。洗濯部に使い道が決まっていない端切れの布がたくさんあるのも知っていたので、綿の交渉の際に合わせて端切れの布も分けてもらうことにしてある。外側は元の布も活かしながら、パッチワーク風にするつもり。

 こちらもメイリンさんが洗濯部に取りに行ってくれることになった。


 リーダーたちが退室したのを見送り、入院部屋のベランダ側の窓を開けた。もともと職員寮なので住居としてベランダがあるが、入院部屋はベランダには出られないよう窓が腰の高さのものに変更されている。よっこいせと窓枠を越えればベランダに出られるが、今の私にそんな気力はない。


「チビ、お待たせ」

「リリカ!」

「世話係殿……」


 私が倒れてから管理所と職員寮の近くをずーっとウロウロと飛び回っていただろう。外から目ざとく私が使う入院部屋を特定して、ずっと近くにいた。

 ただ、リーダーと勤務のことを話しておくのも重要だったので待ってもらっていた。


 ボタボタと泣いているチビ。

 フクロウ二号も来てくれていて、新緑の瞳が濡れている。


「リリカ……」

「大丈夫。お爺ちゃん先生に二日(ふつか)寝てろって言われちゃった」


 そう言って窓の近くに寄ってきたチビの鼻先に手を伸ばす。触れればチビに念話のように私の伝えたいことが伝えられる。私は首から上の頭のどこかをチビのどこかに触れないと、チビの声なき言葉を認識できない。もう少し近寄ってほしいと手を出した意味をわかってくれて、私はチビの鼻先を抱きしめるようにして頬を鱗にくっつけた。


 ──本当に大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫?

 ──うん。体が(だる)いけど、フクロウ二号にも大丈夫って伝えて。


「……世話係殿」


 フクロウ二号にはチビから念話で伝わっただろう。


 ──ここはいっぱい人がいて話せないー!

 ──……二日後ね。二日後……。


 こんなとき、山小屋のあの付近で、チビとぽんぽんと話せるのはやっぱりいいなと思ってしまった。


「……また来るね」

「来るときは通信鳴らしてもらってもいい? もしかしたら怠くて寝てるかもしれないけど」

「わかった!」


 ブンッと尾を顔の近くに寄せて、普段は隠蔽している赤い通信機を出現させた。

 さっきイヤーカフの着信設定を変更したので、試しにチビから通信してもらったけど、変更した設定で受けられた。

 長くチビが職員寮の近くにいるわけにいかないので、離れてもらう。チビもフクロウ二号も去り難いのを振り切って、山小屋のある森の中に戻っていった。


 窓を閉めてベッドに座る。

 体が重たくて、たったこれだけの面会で疲れた。

 入院部屋は静かだ。

 山小屋と違う人工的に遮断された静かさ。

 木の葉の擦れる音も、虫の声も、たまに遠くから聞こえる鳥の気配もない。

 重たい体の感覚にチビが巨大竜になったときのことを思い出す。

 驚きすぎて、動けなくて、巨大竜になったチビの姿が怖くて、体が強張(こわば)ったんだと思っていた。

 でも、今の体の気怠い重たさで()()


 同じだ。


 がむしゃらに動き回って筋肉痛になったのとは違う。

 高熱で全身筋肉痛になるのとも違う。

 自分の体なのに、自分の意志で動かすのが億劫で、回路の切れかけた機械のよう。

 体の隅々に動けという指令がうまく伝達できない。そんな感じ。


 チビが巨大竜になったときは、驚きのあまり、自分の体が動かないことにも気づいていなかった。

 チビの前脚でがっちり抱えられて、しばらく離してもらえなかったし、教授や先輩方、警備隊などが来てくれたときも、腰を抜かしているのだと()()()()、思われた。

 体のことより、私は大パニックだった。


 巨大竜出現!

 大騒ぎになった学院。

 向けられる情報端末の撮影レンズ。

 「あれ特待生じゃねーか!」「森林生物学専攻のコストゥだ」「リリカっつーやつ」──


 やめてやめてやめてやめて! 

 撮らないで撮らないで撮らないで撮らないで!


 私の名前も、学院の成績も、学院に来た経緯も、本当も嘘も飛び交って、たくさんの人に囲まれて、勝手に撮られた写真や映像とともに、私という人物の情報が世の中に撒き散らされた。


「やめてーッ!」


 叫び声で起きた。

 いつの間にかベッドに倒れ込み寝ていた。

 ブルブルと震える体。部屋は適温に保たれているすごく寒い。


「リリカさん、どうしました?」

「す、すみません、……夢を、見た、みたいで」


 夢の中で叫んだのではなく、どうやら本当に叫んでしまったらしい。

 走り込んできてくれたのは入院部屋の階に詰めている診療補佐の職員さんの一人。お爺ちゃん先生と茶飲み友だちの高齢の男性職員さんは、私が(うな)されることがあるのを知っている数少ない人で、私の様子を見て、(うな)されたのだと想像してくれた。

 

「寒いですか?」

「はい。少し」

「熱を測らせてください。……んー、でも平熱の範囲ですねぇ。んー、室温を上げるより、羽織るものがいいかな」


 テキパキと私の様子を診て、通信機で誰かに連絡したら、女性の職員さんが長袖のバスローブみたいなものを持ってきてくれた。


「ゆっくりしたほうがいいと言っても、んー、さっきの今じゃ寝たくないよねぇ。気を紛らわす何かがあったほうがいいのかなあ」

「……すみません」

「何も謝ることないから、うん」


 男性職員さんと女性職員さんが私の様子が落ち着くまで話し相手を務めてくれて、何の話しからかキィちゃんのアクセサリーを作っている話題になり、「それを作って時間を過ごすのは?」と提案された。

 (うな)されることを恐れて寝ないなら、強めの入眠剤の使用も考えるけれど、今の診立(みた)てはそこまでではないからと。


 妖獣のクッション直しをする予定だが、サイズも小さく、そんなに時間をかけずに終わりそう。

 すぐに職員さんがメイリンさんに連絡してくれて、持ってきてもらうものにキィちゃん用のアクセサリーの素材などを入れている箱もお願いしてくれた。


「でね、どうするかってなったんだけど、許可を取って持ってくることになって……」

「山小屋に戻したほうがいい……?」


 山小屋から下着や歯ブラシ、裁縫道具などを持ってきてくれたメイリンさんと、仮設妖獣仮眠所に向かう途中で、這っていたボウルを見つけてしまったニット先輩が困惑顔で並ぶ。

 ボウルが這うわけはなく、ボウルをかぶったスライムだった。

 ボウルをかぶったスライムを見つけたニット先輩も察するものがあった。このスライムはリリカのところに行こうとしているぞ、と。

 会話ができないことは重々わかりながらもボウルをかぶったスライムに声をかけたら、ビョーンと体を伸ばしてボウルをニット先輩に持たせ、シュッと飛び上がってボウルに収まった、と。

 さあ、運べとばかりにボウルの中で小刻みに揺れるスライムはたくさんの草を抱え込んでいた。食べたわけではなさそうなこともわかってしまうくらいに、ニット先輩はこのスライムのことを知っている妖獣世話班の一人。


「部長はとにかく連れてけって言うからさ」


 私に押し付ければ何とかなると思わないでほしい。

 ボウルの中で細かく揺れるスライムは、抱え込んできていた草を体の表面にニョキッと出して、もはやボウルから草が生えているようにしか見えない。


「ここで干すの?」


 ブヨン。


 そうか……。もう、好きにしろ……。

 私とニット先輩、メイリンさんの三人の心の中は同じだったと思う。

 私が使用する入院部屋の階の診療補佐の職員さんを呼び、スライムが草を干すけれど放置してほしいとお願いしたら、「は?」と驚かれた。

 このスライムが謎茶を作っていることを聞いて知っている職員さんもいたが、本当に草を干している現場を知っているのは妖獣世話班メンバーのみ。部長さんもモラさんも草を干している現場は見たことがない。

 私にとっては当たり前の日常なので、驚かれることがなんだか新鮮だった。


 スライムは医療室や診療補佐の職員さんたちと面識はないのに、姿を見られてもどうやら気にしない様子。

 ニット先輩が持つボウルから床までデローンと落ちたと思えば、ペシペシと床を叩いて何かを主張してきた。その主張が薄っすらわかる自分が悲しい。


「あの、何か、敷物が欲しいです……。ピクニックで使うような……」

「もしかして、草を干すのに使う?」

「はい……」


 困惑と驚愕の末、床の一部にレジャーシートを敷いてもらえた。

 スライムが部屋の洗面所に向かってまた主張するので、ニット先輩にお願いして洗面所の水を出してもらえば草を洗い出し、草をボウルに詰め、体にボウルを乗せて這い、タオルを一枚奪って草の水気を拭いてからレジャーシートにいそいそと草を並べるまでの流れを見守る、診療補佐の職員さん数名は、唖然、呆然、興味津々。

 そんな観察風景をよそに、私は妖獣のクッションの外側カバーの修繕。

 メイリンさんも私がパッチワーク風に縫い始めたのを見て、少し手伝ってくれた。ニット先輩はベッドサイドテーブル下にある小さい保冷庫の中が空っぽなのを見て、売店に飲み物を買いに行ってくれた。

 スライムの草並べは、妖獣世話班メンバーは見飽きている。私にしてみれば、掃除の催促じゃなければどうでもいい。診療補佐の職員さんたちはそんな私たちにも驚いていた。


「まあ、私も慣れちゃったけど、リリカほどじゃないわね。リリカの感覚は麻痺してるものね?」

「私の感覚に異常があって観察者不適格となれば、いつでもスライム観察の役目を誰かにお渡しできるんですが」

「ふふっ、引き続き頑張って」


 メイリンさん、そこは私をフォローしてくださいよ!

 でもこれだけスライムらしからぬ行動を見れば、妖獣が化けている説は濃厚も濃厚。どうにか断定できればいいんだけどなあ。


「えーと、んー、リリカさんはこのスライムがいても大丈夫なんですよね?」

「はい。悪さはしないと思います」


 診療補佐の職員さんたちは、スライムが山小屋の床を溶かして穴を開けやがったことも聞いているので警戒していたけれど、レジャーシートの上に草を並べている様子を見たら、警戒の意味が崩壊したらしい。

 ニット先輩が小さいパックジュースとゼリーを買ってきてくれて、メイリンさんとともに何かあったら連絡してと言って退室。職員さんたちも持ち場に戻っていった。


 私の勝手な思い込みかもしれないが、スライムは私のことを心配してきてくれたのだと思う。未だに薬草と香草の名前がわからない私だけど、スライムが並べている草は、モラさんにリラックス効果があると説明されたものが多かった。


「スライム」


 スライムに呼びかけたら、草を並べていた動きを止めて、どこが目だかわからないけど私のことを見ている気がした。


「ありがとね」


 草並べ再開。

 さっきまでは入院部屋の静けさに不安になっていたのに、スライムがいてくれるだけで、不思議と一人でいるより落ち着く気がした。


 スライムの来訪騒動が気分転換の役割になったのか、私の固まっていた何かが解れた気がする。

 妖獣から預かったクッションは大きくない。そんなに時間がかからず外側のカバーも縫い終わり、リーダーが夕食の時間くらいに引き取りに来てくれるというので、それまで少し横になることにした。


 横になっても眠気はこない。

 体の怠さを布団に預けているだけ。


 十数分間横になったけれど、のろのろ起きてベッドサイドテーブルのポットでお茶を煎れることにした。

 メイリンさんが私が普段持ち歩いているバッグを持ってきてくれたので、一昨日から入れたままの三つの小さな茶葉缶をサイドテーブルに置く。緑茶、焙じた茶葉、謎茶一号。残っている量を見て焙じた茶葉を煎れた。


 スライムがやってきたときに騒がしく過ぎた時間は早かったのに、一人になった途端、時間の進みがのろまになる。

 それでも煎れた茶を飲みながら、せっせとレジャーシートに草を並べるスライムを見ていたら、いつの間にかウトウトと寝ていたらしい。

 そう長く寝たわけではないが、起きたらベッドサイドテーブルに一本の草。

 スライムはレジャーシートのど真ん中に置いたボウルの中で微動だにしない。

 草を指で摘んで軽く振ると、微かに爽やかな香りが舞う。確かミントの仲間の草。微かな香りは精神疲労の緩和にいいとモラさんが言っていた。


「ありがとう」


 ボウルの中のスライムは無反応だけど、きっと聞こえている。


 (うな)されず軽く寝られたことに安堵だが、また何もせずにいると、どうしても闇色の向こうにあった砂の光景を考えてしまう。


 倒れる前の記憶が確かなら、フクロウ二号は「しまった!」と叫んでいたと思う。

 私が倒れたことへの言葉だとわかるが、何が「しまった」なのか。

 考えても疑問符だらけの堂々巡り。


 チビと出会ってから、妖獣について時間があるだけ学んだ。教授との師弟関係を利用して、王立図書館の閲覧権限が高い書物もいくつか読んだ。

 そんな私の様子を知ったゴゴジは、真偽不明の書物を読み漁ることに若干否定的だった。「知らなくていいことはたくさんある」、と。


 知らなくていいこと。


 そうだよな、と思う。

 砂の光景のことは、聞いても悲しみが増す予感しかしない。

 せめて倒れた原因だけでも話してくれるだろうか。それも聞かないほうがいいだろうか。


 嫌になるくらい静かな部屋に落ち着きがなくなる。

 体を傾け、レジャーシートに整然と並ぶ草と真ん中のボウルに入って動かないスライムを見るだけで、山小屋の風景を思い出せて、息を吐いた。

 考えても仕方ない。

 今は体の回復に努めよう。


お読みいただき、ありがとうございます。感想や評価等をいただけると励みになります。


2025年7月25日の活動報告にも書きましたが、「チビと私の平々凡々」は、あと数エピソードで『本編』としては完結します。

本編完結エピソードまでのたたき台は書いたので、誤字・脱字・誤変換点検と、エピソードごとの過不足を確認して、引き続き、週一金曜に更新します。

でも、『番外編』を書く予定があるので、引き続き「チビと私の平々凡々」をよろしくお願いします!

頑張ります!

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愛賀綴は複数のSNSにアカウントを持っていますが、基本は同じことを投稿しています。どこか一つを覗けば、だいたい生存状況がわかります。

愛賀綴として思ったことをぶつくさと投稿しているので、小説のことだけを投稿していません。
たまに辛口な独り言を多発したり、ニュースなどの記事に対してもぶつぶつぶつくさ言ってます。

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