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チビと私の平々凡々  作者: 愛賀綴
本編

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68/81

68.浮遊城に拉致られて

先週は更新できなくて申し訳ございませんでした。


 自分でもわかりやすく浮かれている。

 師事しているチャルデン教授とともに研究中の発光苔の増殖の条件を知る一つの成果を体験できたからだ。

 あのあと、首都の教授の研究室でほぼ同じ条件で生育観察している発光苔は目に見えて増えていないと連絡があり、俄然、研究モードになって「なぜ?」を突き詰める仮説を話し合った。

 シード先輩が妖獣たちとの『海賊ごっこ』でくたばっていたニット先輩を救助して山小屋で休憩させるために戻ってきたときにも、私は教授と通信中。「まだ話しているのか」と少し驚いた顔をしていた。

 でも、シード先輩も筋肉のことを研究する筋学分野で新説などが出たら寝不足になってでもレポートを呼んだり、実践したりする人。前にペニンダさんが愚痴っていたから知っている。

 だいたい研究者はこうだと思う。

 二時間近く教授と話し合った私はとても楽しかった。


 研究室と私の山小屋で確実に違うのは空気と水。水槽の底に敷き詰めてある小石類も関係あるかどうかまで議論したけれど、まずは空気と水。早速、モラさんに連絡して水と空気の分析に強い研究職員を紹介してもらい、分析の協力を依頼した。


 研究対象の発光苔が増える結果があったのはやはり嬉しい。

 なにせこの二年半余り、正直結果が出ていなかった。なかなか増えてくれない苔の水槽を眺め続け、枯れてしまった残念な結果もあった。

 増殖させる一つのきっかけを見つけたかもしれないと思えば、ニヨニヨと表情が崩れるというもの。

 とは言え、まだ完全には喜べない。

 目の前の研究成果に浮かれ過ぎて、実は落とし穴があることに気が付かず、一気に失敗に転じてしまうこともある。

 教授ともどもお互いに浮かれていることを認識して、引き続き慎重に観察を継続しようと言い合った。


「ふふ、今日のリリカさんの雰囲気が明るい理由がよくわかったわ」

「もっ、申し訳ございません! わ、私っ、苔のことばかりっ!」

「いいのよ。嬉しかったことって話したくなるもの」


 小さいティーテーブルを王妃殿下と王弟妃殿下と私の三人が囲み、その周囲に両妃殿下のお付きの方々や給仕をしてくださる方々がいて、最初はガチガチだったけれど、王妃殿下の巧みな会話術で私の緊張は気持ちよく解れ、ついつい発光苔の研究成果を熱く語ってしまった。


 一昨日、領主会合は無事に閉幕。

 各地から来訪していた領主皆様は順次お帰りになっているが、せっかくシャーヤランまで赴いたからと観光したり、近隣を巡って帰る団体もある。制服の試着会の際に話した他領の人たちがそんなことを言っていたのを飛び交う船を見ながら思い出した。

 領主皆様とともに管理所で預かっていた妖獣たちもゴソッと帰っていった。妖獣がチビに会いたいからと相棒の住む領主に直談判して、相棒さんの頭を抱えさせた逸話も何匹か。

 この領主会合期間で、シャーヤラン管理所設立史上初の妖獣世話数を記録。

 何かの会議中に所長代理が「百匹の大台までいかなかったかー」とぼそりと言ったそうで、その話しをリーダーから聞いた私たちはいい笑顔でキレた。

 人より理性的で賢いはずの妖獣が、理性どこに捨ててきた? と言いたくなる状態で、数十匹でヒャッホーッ! とはっちゃけるのを制する苦労を味わってから発言を求む!

 昨日で預かっている妖獣の数はぐっと減ったけれど、まだまだ普段よりは多い。『海賊ごっこ』を生み出した妖獣はまだ滞在中。

 サリー先輩とルシア先輩が所長代理を強制的に拉致ってきて、『海賊ごっこ』のお宝役で放り込んだ。

 口は災いの元。

 十五分持たなかった。


 領主会合は終わったけれど、陛下たちはまだお帰りにならない。

 王弟殿下と王弟妃殿下はあと数日で出立されるが、陛下と王妃殿下はまだいらっしゃる。

 陛下の巨大戦艦──別名『浮遊城』を、領主会合期間の停泊を活用して今後の運航のためメンテナンスを実施中。このメンテナンスにあわせて陛下らも休暇。

 浮遊城に勤務する者を地に降りて休暇させられるのが三カ月ぶりだと聞き、なかなか密なスケジュールで飛び回っていたのだと素直に驚いた。

 今日は真夏の式典の際に陛下がチビとの歌唱会がしたいと言っていたことの約束で、私とチビは浮遊城に招かれている。

 巨艦の浮遊城の甲板まで王族警備隊の舟で一気に浮上。チビも舟とともに一緒に浮上。

 甲板に着いて早々、王族方々に囲まれて、チビのサプライズコンサートのことを大興奮状態で質問攻めに遭う羽目に陥ったが、ほとんどチビがご機嫌で答えてくれた。凄まじい熱気だった。

 若干興奮が収まってきたら、チビは陛下と王弟殿下とともに甲板に一画に誘われ、私は流れるように王妃殿下が離れた場所に用意してくださっていたティーテーブルに招かれた。


「領主会合でシャーヤランを訪問するのだもの。だから今回は『人生で一度は行ってみたい場所第一位』のシャーヤランで、船のみんなの休暇が取れるように前々から画策していたの。この休暇のスケジュールだけは崩れないように随分調整したのよ」


 陛下が思いつきで「ついでだからあそこにも寄ってみよう」と言い出すのを諌めまくる王妃殿下とお付きの面々を想像して、返す表情に困ってしまうが、王弟妃殿下がクスクスと笑うので、つられて苦笑い。


 今日は非公式の場だからか、驚くほどこざっぱりした話し方の王妃殿下。

 両妃殿下もお付きの方々も服装が非常にラフ。

 王妃殿下は船の整備作業に付き添っていたそうで、なんと作業服のままだった。

 そういう私もいつもの作業服。

 朝の妖獣たちの餌担当後にシャワーを浴びて、汗びっしょりの作業服ではない別の作業服に着替え、フェフェの待つ図書室に向かう途中、拉致同然で連れてこられたので他の服に着替える暇はなかった。

 本来、陛下の船にご招待されていたのは昼食後だった。

 しかし、待ちきれなくなった陛下が、前倒しできないかの催促の連絡云々すっ飛ばし、「迎えに行こう!」と、牧場まで直々に来てしまった。

 王族警備隊の皆様の苦笑と諦めた顔。何にしても私に断る選択肢はない。

 昼食後だったらリーダーとトウマと待ち合わせて向かう予定だったのに、リーダーは会議中、トウマも仕事中。

 私とチビだけ拉致られた。


 一緒に管理所に戻ることにしていたサリー先輩が苦笑顔で見送ってくれて、陛下の船に着いて少ししたらリーダーとトウマから「まぁ頑張れ」という通信が送られてきた。追いかけてきてくれる気はないらしい。

 リーダーはともかく、トウマよ、私が困っているだろうことを察して来てくれる気はないのか? あとで愚痴愚痴言ってやる。

 真夏の式典の際に初めて王族の方々にお会いしたときは吐きそうなくらいの緊張だったけれど、今日はだいぶ落ち着いていたので、リーダーとトウマが来ないことはすぐに諦めたけれど。

 伯父の事件で王弟殿下と映像通信でお話し、領主会合初日の行進の役目をいただいた際にも王族方々とお会いして話しをしている。

 それに私が成人の晴れ着を着ていないことがバレて、急きょ制服で撮影会していた際には、王妃殿下に見つかり、その後、王族方々全員に見守られてポーズを指定されて撮影もした。

 そんなこんなを経験したからか、完全に緊張がなくなるわけではないけれど、多少は慣れた、と……思う。


 陛下と王妃殿下は私の親の一つ上の世代。祖父母世代と言うには若い。第二王子殿下ご夫妻に御子様が誕生しているので、王妃殿下ご本人も「私もお婆ちゃんよ」と仰ったが大変お元気。元気溌剌さが若々しさの秘訣なのだろうか。

 王妃殿下は巨大戦艦『浮遊城』の維持管理チームの一員でもあり、機械工学を専攻し、陛下と出会うまで船の製造に従事されていたのは『王族史〈最新〉』を読んで頭に叩き込んできた。

 今、王妃殿下がお召しの服は私が着ている作業服に非常に似ている色違いで、洗っても落ちなかっただろう汚れがチラホラとある。何度となく船の整備に参加されることが伺える汚れだ。

 陛下が時間を前倒しして私を連れてきてしまうと知った王妃殿下も着替える時間がなかったのだろう。私を待たせて身仕度して構わないのにと思ったが、チビのサプライズコンサートへの質疑応答時の王妃殿下の興奮を思い出すと、お付きの方々の声を一蹴して駆けつけて来た感じもする。

 王妃殿下の作業服は、巨艦の浮遊城を守るお姿。私はカッコイイと思った。


 何年も前から領主会合の場所と日程は計画される。

 そして、戦艦の大小様々な機器にも一定期間でメンテナンスを行うので、浮遊城で飛び回る運航スケジュールとメンテナンススケジュールを重ねて、今回のシャーヤラン来訪時に長めのメンテナンス期間になるように画策。そう考えると年単位で今の休暇は予定されていたのか。それもすごい。


「計画しておいて本当によかったわ〜」


 そう言って数十メール先に視線を向ければ、陛下と王弟殿下とチビとその他にも歌うことが好きな浮遊城勤務の方々がわいわいと歌っている。

 そこにウチの警備隊長さんと洗濯部のオバチャンと、私から見ても引き籠もりの代表者のような素材管理士の大先輩お爺ちゃんまで混じっているのはなぜだろう。

 声や音は聞こえないが、どう見ても和気藹々。

 陛下や王弟殿下に物怖じせず、気持ちよさそうに歌っている。その強さを見習いたい。


 歌唱会の声も音も聞こえないのは、浮遊城勤務の者を相棒としている妖獣が防音の障壁を作っているから。浮遊城では陛下の気分転換で歌唱会をよくやるそうで、その妖獣も慣れたもの。相棒の人もあの歌っている中にいると聞けば、そりゃ慣れるよね。


 チビが数十匹どころか百匹以上乗船してもへっちゃらな広々とした甲板に、手作り感がある歌唱会用のステージや機材がささっと出てきたとき、私の頭の中は「あれはなに?」の疑問符で埋め尽くされた。そんな私は蚊帳の外で歌唱会はスタート。

 今日は私がいるので歌唱会が見える場所に席を設けてくれたけれど、普段は完全に放置なんだとか。王妃殿下らは慣れたもの。


「船のメンテナンスと休暇の日程の計画は五年前には組んだの。まだ貴女とチビが出会ってもいなかったときよ。まさか、ああして陛下が巨大竜と思いっきり歌い合える未来になるなんて思いもしなかったわ。本当に長めの休暇にしておいてよかった!」


 チビのサプライズコンサートを見せて驚かせたあとに、すぐにシャーヤランを離れなければならないスケジュールになっていたら、陛下はカビが生えそうなくらいジメジメ愚痴愚痴落ち込んだだろうと言われて、さっきからどういう表情を返していいのかわからない!

 王弟妃殿下も「ジメジメしすぎてキノコも生えそうね!」と大きな声で笑うから、私は引き続き困った顔で苦笑い。


 去年の春頃に『歌える妖獣チビ』の噂は陛下の耳に入った。

 私が下の街に買い物に行くようになった際、チビを何度か連れていき、街中でチビが大道芸まがいなことをやらかしたことが数度あるので、噂は瞬く間に広がったことだろう。 

 陛下はその噂を知って、一緒に歌いたいとなったそうだ。

 今年の夏、前倒しでチビの式典デビューの実施だと知った途端に、なんとかしてチビに会えないかと、かなりごねてスケジュールをやりくりし、所長にチビのことを聞きまくり、結果としてチビと歌う約束を取り付けてガッツポーズ。

 陛下、ごねたのか。

 王妃殿下からそんな話を聞いたら、好きなだけチビと歌っていいよと、陛下を見る眼差しも生温かくなるというもの。

 そう言えば所長も式典のときに、無理なスケジュールうんぬんと苦言を呈し、マザキさんという人を心配していたな。


 陛下は歌うのがストレス発散だけど一人で熱唱するのではなく、誰かと熱唱したい人。そういう陛下なので、王城もしくは浮遊城勤務となる者は採用後に歌うことが好きかどうかを確認するという。

 同じ趣味人が集まると、とことん突き詰めていくもので、いつの間にか浮遊城の甲板に歌唱用ステージが作られていて、王妃殿下も呆れたそうだが、いろんな廃材を駆使してできているので王妃殿下もお目付け役の方々も見逃したそうな。ただし、小型の戦艦を格納するスペース一つがあの歌唱用ステージの倉庫になっているそうで、有事の際は一番に捨ててやるとおっしゃっていた。有事がないことを祈るばかりだ。


 なんだかんだとお話していたら、少し早いけれど昼食を一緒にと言われたら断れるわけがない。

 両妃殿下と昼食を取らせていただいたものの、美味しいことは美味しいのに、正直、味がわからなかった。

 歌唱会のほうでも歌ったり、食べたり、何かを語らって盛り上がったりしている姿が見える。

 チビは朝に餌を食べたあとはあまり食べることはないのだが、何か気になる料理があったのか、しばらくしたら大鍋がいくつも運ばれてきて流し込むように食べている。

 チビの前に置かれた鍋を囲って何人かが悶絶しているから、多分、唐辛子がふんだんに使われている激辛料理。チビは唐辛子の辛さがけっこう好き。こちらの昼食でも出されたチリソースが使われたドリアだろう。

 声も音も聞こえてこないが動きでだいたい想像がつき、こちらのティーテーブルにいる者たちも全員で笑ってしまった。


 昼食を終えて、気遣いあふれるトイレ休憩。しかし、私が帰っていい気配はない。

 ティーテーブルに戻って、両妃殿下と再びチビのサプライズコンサートに始まり、チビの歌のことなど、話しが尽きることはなく、音源発売となった際の騒動の予想などを話したり、歌にあったチビの草むしりがうまくないことのリアルな状況を話せば、両妃殿下ともテーブルに突っ伏すほど笑ってくださった。

 サプライズコンサートが終わってからも子どもたちは芋堀りのアルバイトに来ていて、チビと一緒にせっせと働いてくれている。たまにチビが近くの草を抜こうとチャレンジしては穴をボコボコ作っていくので、子どもたちが叱っているくらいだ。


 私はいつまでここにいればいいのだろう。

 チビを置いていくので私はそろそろ退席しては駄目だろうか?

 王族の御方々にお会いする機会なんて滅多にないことで、王室ファンの方々が私の心の内を知れば殴られそうだが、発光苔のこれまでのレポートを読み返したい気持ちのほうが高い。


「リリカさん、だらだら引き留めてごめんなさいね。申し訳ないけれど、もう少しだけ付き合ってほしいの。息子がどうしても話したいと言っていたのよ」

「へっ?」


 喉の奥から変な音が出た。

 王妃殿下の息子と言ったら王子殿下になるわけで、昨夜やっつけで覚えた『王族史〈最新〉』を頭の中に引っ張り出す。

 陛下の御子様は王女一人、王子二人。

 一番上の王女殿下は嫁がれて王族の籍から外れている。

 第一王子は伝統舞踊の道に進み、たまに役者としても活躍されている。王族として国内の視察や諸外国との外交に就かれることはあるが、(まつりごと)の中枢にはおられない。

 そんなわけで、第二王子が陛下のあとを継ぐ。

 頭に詰め込んできたことを思い出しつつ、ティーテーブルに設置された少し大きめの通信端末画面の向こうを恐る恐る覗くと、映っていたのは第二王子殿下だった。


「父が我が儘を言ったようで申し訳ない」


 開口一番そう言われて、「そうですね」とは答えられない。

 第二王子殿下はまず、私の伯父のことに触れて謝ってくださったが、悪いのは悪いことをした奴ら。他の誰かが謝るものでもない。

 今日までに陛下、王妃殿下からも同じ言葉をいただいている。

 王弟殿下は事件後のご説明のときに一番に。

 王弟妃殿下からもシャーヤランに着いてすぐの打ち合わせの際に。


 なかなか咀嚼しきれなかった苦いものは飲み込んだじゃないか。

 納得できなくても受け入れるしかないことがあるのだと悔しく学んだじゃないか。

 王子殿下が頭を下げることではない。そう思う私の気持ちは正しいと思いたい。

 素直に言葉を受け取った。


 重たい話しは長くなく、第二王子殿下がお聞きになりたかったのはスライムのことだった。

 第二王子殿下は山小屋に棲み着いているスライムに興味津々。


 掃除をするとは?

 ゴミを集めるとは?

 トゲトゲ状態とは?

 花を飾るとは?

 踊るとは?

 謎茶、飲みたい!


 先程、両妃殿下を前に熱く発光苔について語ってしまった私が言うのも何だが、第二王子殿下のスライムへの関心の高さは凄かった。

 私が管理所に提出しているスライム観察レポートもすべて読んでいるけれど、実際に体験している私から聞きたいと言って通信を繋いできたらしい。

 もともと私は昼食後に招かれていたから、第二王子殿下は午後のスケジュールで通信を繋ぐつもりでいたようで、それなのに陛下が前倒しで私とチビを拉致ったことから、第二王子殿下は昼食前後のスケジュールをやりくりしたのも、合間合間の陛下への愚痴でわかってしまった。聞かなかったことにします。


 一つひとつお話しするたびに王子殿下は前のめり。

 謎茶のために薬草と香草を育て始めたこともお話したら、そのレポートはまだ読んでおられなかったらしく、大興奮。


「よし! スライムに会うぞ!」

「殿下、簡単に言わないでいただきたい」

「なんとしても行く。マザキ、調整を頼む」

「……」


 通信端末の画面には第二王子殿下しか映っていないのだが、画面にいない人の声が聞こえてきた。

 前に所長が心配していたマザキさんらしい。


「マザキを困らせるものではないわ。それにジーロとも相談が必要よ?」

「ジーロはいつでもいいって言ってましたよ?」


 横から王妃殿下が第二王子殿下に言ってくれたが、ジーロという人に了承を取っているという言葉が返ってきて、私が思ったこと。

 ジーロって誰だ?

 王妃殿下とマザキさんと第二王子殿下の穏やかな口論を聞きつつ、消えかけていた記憶を引っ張り出して、所長の名前がエッナジーロだったことを思い出した。前後の会話でジーロは所長の愛称だとわかった。

 所長が第二王子殿下の訪問を了承しているなら、一職員の私が否と言えるわけはない。そこはかとなく陛下の血を感じる第二王子殿下だから、スケジュールをやりくりしてきっと来る。真夏の式典のときのように何も知らされず、陛下の船を見て肝を冷やすよりいい。心構えだけしておこう。


「泊まるところはトウマのところでいいじゃないですか。そういえばトウマも呼ぶって言っていましたがどこに逃げました?」

「逃げたのではなく、こちらに手違いがあったの」


 第二王子殿下がさらりと『トウマのところ』と言った。

 『トウマのところ』とは、職員寮のトウマが借りているワンルームの部屋のことではないだろうから、ヴィスランティ家のお屋敷?

 トウマに聞けばいいことだが、両妃殿下のいらっしゃる目の前で通信端末を操作するのは少々躊躇う。しかし、わからないままでいるのも気になる。


 ティーテーブルに置かれた端末の画面は完全に王妃殿下のほうを向いて、第二王子殿下がシャーヤランへ来訪するための計画が話し合われ始めた。

 なんとなくではなく確実に私は聞いてはいけない単語が聞こえてきて、そっと席を立つと、王妃殿下が目配せしてくださったので、ティーテーブルから離れる。

 すぐに王弟妃殿下が離れたところの別のティーテーブルに案内してくださって、王妃殿下らが何を話しているかまでは聞こえない距離に安堵。

 王弟妃殿下は私が聞いちゃいけない話以外の何かに困惑している様子に気づいてくれて、どうしたの? と、表情で気にかけてくださったので、思い切って聞いてみた。


「あ、あの、……キアラ様、王子殿下とトウマの関係をご存知でしたらお教えいただけないでしょうか?」


 こっそりと聞いてみたら、ニンマリ笑って教えてくださった。


「バ・イ・ク」

「……ありがとうございました」


 バイクという単語だけでわかった。

 同時に昨夜頭に叩き込んだ第二王子殿下の学業専攻も王妃殿下と同じく機械工学だったことも思い出した。

 船の整備の一員として活躍している王妃殿下の血を受け継いでいる感じが強くする。

 その対象は船ではなくバイク。

 第二王子殿下もトウマと同じバイク愛好家か!

 トウマー!

 次代の国王陛下と友人だなんて、聞いてない! 聞いてないぞーッ!


お読みいただき、ありがとうございます。

感想や評価等をいただけると励みになります。

(2025年5月30日時点)引き続き、家族介護看病の事情で更新の間隔が空いてしまう可能性があります。

更新頻度が落ちてしまったら本当に申し訳ないですが、頑張って書いていきますので、引き続きよろしくお願いします!

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愛賀綴は複数のSNSにアカウントを持っていますが、基本は同じことを投稿しています。どこか一つを覗けば、だいたい生存状況がわかります。

愛賀綴として思ったことをぶつくさと投稿しているので、小説のことだけを投稿していません。
たまに辛口な独り言を多発したり、ニュースなどの記事に対してもぶつぶつぶつくさ言ってます。

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