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チビと私の平々凡々  作者: 愛賀綴
本編

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66/81

66.チビの初コンサート

「誤字報告」で誤字・脱字・誤変換を教えてくださいました読者様、ありがとうございました!

何度も読み返しているのに本当にごめんなさい。公開前校正、もっと頑張ります(猛省)。


 私はステージに立たないのに、次のステージのために子どもたちと待機しながらドキドキが止まらない。

 チビのサプライズコンサートに向けて協力してくださった大御所バンド『フェスティーナー・レンテー』の熱いステージも、今演奏されている曲が最後だ。

 子どもたちは順番にトイレに行き、お互いに衣装や髪型に変なところがないか確認している。

 大部屋に着いてからのエバンスくんはご機嫌、ぐっすり、空腹とトイレ泣き、ウトウト、理由不明のグズり泣き、ウトウトを経て、ついさっきパチリと覚醒。ニット先輩はエバンスくんをステージに出すのを諦めていたが、ご機嫌モードとなったことでステージに出られそうだとなり、演奏者の方々に急き立てられて慌ててステージ衣装に着替えた。

 子どもたちは真夏の式典のときに陛下らが着たド派手ではない水色ベースのシャツと白色ズボン。

 演奏者はデザイン的には同じだが、若干青みを強めにしたシャツに薄茶色のズボン。

 ド派手ではないがしっかりシャーヤランの伝統シャツであることがわかる揃いの衣装を用意してくれた裏後援会の工房の方々に感謝だ。


「転換でーす! チビチーム、待機願いまーす!」

「行くぞ!」

「行きましょう!」

「ドキドキするー!」

「耳栓外すんじゃねぇぞ?」

「「「はーい」」」


 演奏者の方々と子どもたちはドキドキしつつも楽しそうに声を掛け合っているが、私は口から心臓が出そうで、少し前から言葉数が少ない。私はステージに立たないのに! と、何度も自分に言い聞かせているけれど、緊張がどんどん増していくのはなぜなのか。


 子どもたちは十五人に分かれて、観客からステージを見て左側となるステージ下手にカーラさんが引率し、観客からステージを見て右側となるステージ上手に私が引率する。演奏者はステージの真裏からステージ入りするので、途中で三組に分かれて待機スペースを目指す。

 昼公演の出演者方々以外にも夜公演の出演者の方々も全員楽屋入りしたので、大部屋から出るとき大勢の方々が見送ってくれた。


「リリカさん、顔色悪いけど大丈夫ですか?」

「ダ、ダイジョウブ、デス」

「リリカ(ねえ)、キンチョーしてるんだって」

「大丈夫ですって!」


 ステージが終わって汗を拭いもせず駆けつけてくれたフェスティーナー・レンテーのギタリストでリーダーでもあるベイダさんにも「ステージに立たないのに?」と笑われた。

 緊張が解けないまま待機スペースに着き、モニターでステージや観客席の様子を確認しつつ、子どもたちにここで本当に最後のトイレの確認。誰もが大丈夫だと言うのに、私がトイレに行きたくなってしまった。さっき行ったのに……。緊張しすぎ。


 チビのステージまでの転換時間は二十分間。観客の入れ替えもこの短い時間でやり切るので、観客席スタッフは大忙し。

 ステージの前方にはこれまでの転換では使われなかった細かい網状の黒い幕が降り、そこに映像が映し出されている。同じものがステージの左右の上部に設置されている大型モニターと、公園内の案内モニターにも流れているはずだ。


 次のステージはサプライズ!

 誰が出るかな? 誰が出るかな? これは見逃したら一生の後悔!

 いますぐグルメフェスティバルで飲み食いして入場チケットをゲットしよう!


 ……などのメッセージが映し出され、心を煽る曲とともにアナウンスも流れている。アナウンスの声は我らがシャーヤランの領主、侯爵様。ノリノリで録音したのが声色でわかる。侯爵様の孫娘、ユリアンヌちゃんが「お祖父様、三十回以上も録音し直してたのよ!」と笑いながら教えてくれたっけ。


 チビのステージのときは観客席も少し変更がある。

 ステージに立つ演奏者と子どもたちのご家族や裏後援会の方々を最前スタンディングエリアにご招待するが、高齢の方など長く立っていられない人も観覧できるように、最前のスタンディグエリアの前方と左右に臨時で座れる区画を作る。この作業が一番時間との戦いだ。


「こちら第三スタンディング、退場完了!」

「三階楽屋フロア、全員出たからフロア出入り口を施錠したぞ~」

「第二スタンディング出口二番に体調不良の観客がいる。救護班来てくれ!」

「おーい、フェフェどこいったー」

「地下駐車場、建物への出入り口を閉めるぞー」

「アナウンス室聞こえるかー、公園全体放送で水分摂るよう言ってくれー」


 あちこちの監視機器のマイクが拾ういろいろな報告も聞こえてきて、子どもたちもモニターを見ながら、流れてくる言葉にも耳を澄ましている。その中に「視察の舟の到着まであと八分」という報告があった。とっさに待機スペースにある時計とステージ開始予定の時間を照らし合わせて、領都を舟で視察していた陛下らもチビのステージに間に合うとわかって安堵と苦笑が溢れた。


「へいか、まにあう?」

「うん、ぴったりっぽい」

「びっくりするかなー?」

「ねー!」


 ゴードンと少し歳上の子は『視察の舟』が陛下たちのことだと理解していて、なおかつ侯爵様が陛下らを驚かせようと画策していたこともわかっているから、企みが成功するとわかってニンマリ顔。


 領主会合三日目は視察という名の息抜き観光で、陛下と領主皆様は舟で領都のあちこちを巡っている。領主館に戻る前に公園上空を通ると、なんとタイミングよくチビのステージが開演──というスケジュールを組んだのは、もちろんニヤニヤと笑いが止められなかった我らがシャーヤラン領主の侯爵様とウチの所長だ。

 舟での視察に同行しない方々は侯爵夫人が車で観光に連れ回している。街はとても混雑しているので、個人で観光すると行列必至のところも多い。そうなると時間をロスして見て回れない。それを踏まえて侯爵夫人は事前に主要なところを予約し、ツアーを組んだ。断らない人はほぼいないだろうと話しを聞いていたが、一人残らず参加しているというから流石である。

 侯爵夫人の地上観光チームも最後はここに来る。ツアーに参加した方々は、なぜ最後に音楽ステージ? と疑問符だらけかもしれないが、内容はサプライズステージ。楽しんでもらえると思っている。

 妖獣によるコンサート。

 伝説となるだろうチビのステージに立ち会うのだから、終わったら観客として連れてこられたことに文句もでない……と、祈りたい。


「最前、座席セット完了。入場開始します!」

「ステージ、楽器隊のセット完了」

「チビ、収まりましたー」


 チビ、あのコンテナにまた収まったんだ。


「おーい、音響ー、応答遅れたー。フェフェだよー。ベンチ席の一番後ろの隠しスピーカー、楽器隊音量を二レベル上げてー」

「さっき下げるって言ってなかったか?」

「ちょい上げー」


 あちこちからの報告の中にフェフェの声があった。

 フェフェは子どもたちと一緒に来ているのに会っていない。チビのステージの音響リーダーとしてどこかにいるんだろうし、ド派手シャツを着て嬉々としていたからステージが始まったらステージにくるだろう。

 一度ガラーンとしたスタンディングエリアに人がわらわらと入場してくるのを見ていたら、ジェイダン商会長さんの両手で顔を覆って大泣きしているのが映った。

 最前スタンディングエリアの最前列ド真ん中に案内されたジェイダン商会長さんの大泣き。

 誰もが認めるチビの応援団長のジェイダン商会長さん。今回、裏後援会の取りまとめ役として奮闘してくださったお礼でもある。

 ジェイダン商会長さんの左右とすぐ後列も裏後援会の方々が優先。多額の費用を出してくださっているので、ささやかなお返し。あのスタンディングエリアに入場している管理所の面々が誘導の補助をしているはずだ。


 扇形のすり鉢状の観客席がどんどん人で埋まっていく。

 臨時で設置した座席にトーマスとマドリーナの姿を見つけた。ゴードンとヘンリーは上手組なので用意した席も上手。侯爵夫人も入場の誘導をしてくださっていたが、下手組の孫娘さん側の下手の座席に落ち着いた。

 そろそろサプライズステージの開演。


「あ、ふねがきた!」


 観客席全体を写しているモニターの空に数隻の舟が見えた。舟にいる陛下らや領主皆様もサプライズステージはなんだろうと思っているはずだ。


「スタンディング第三まで入場打ち止めです!」

「ベンチ席も打ち止めです!」

「区画外通路の警備をチビステージ対応配置に変更!」

「よーし! 舟も到着したし、オンタイムで行くぞー!」

「SE切り替えまで一分!」

「おー!」


 子どもたちをステージ袖に連れ行く合図のSEが流れ始めた。

 大音量から耳を保護する耳栓を軽く押し込み直す子どもたち。本格的な練習のときから装着し始めたが、会話などは支障なく聞こえて大音量で耳が痛くならない。


「みんな行くよ」

「「「あい!」」」


 一斉に返事があり、みんな目がキラキラしている。

 待機スペースから出てステージまでの階段を上がってステージ上手袖に待機すれば、下手袖にカーラさんの姿が見えた。ニット先輩がエバンスくんをあやしながらやんわり口を塞いでいるが、ご機嫌そうなので大丈夫だろう。


 SEがデデッデデデッ、デデッデデデッとアクション映画のテーマソングに切り替わり、ステージと最前スタンディングエリアの間にコンテナを積んだ車両が下手から入ってきた。コンテナに何の装飾を施したのか全貌を見ることができなかったが、「おおっ!」という観客の声が直に聞こえてくる。


 ステージの真ん中に停車すると、コンテナからプシューと空気が抜けるような音とともに、ガコンとコンテナの上部が開き始めた。プシューという音は演出で、同時に濛々(もうもう)と溢れ出る白い靄。

 ……待って?

 白い靄の演出のことを聞いてない。

 チビ、いったい何を仕込んだの? 煙? 流石に何かを燃やしてはいないだろうからドライアイス? チビ、酸欠になってない? 異能でどうにかしているんだろうけれど、こういう実用性が低い異能の使い方はうまいんだよね。

 テーマソングの曲中にあるジャーンという合図とした音を聞いて、子どもたちをステージに送る。


「みんな、行ってらっしゃい!」


 子どもたちは笑顔のまま無言でステージに走り、細かい網目状の黒い幕のステージ内側でそれぞれの場所に立つ。みんな真剣なのに笑顔を隠せていない。

 ニット先輩も一番下手に胡座で座り、エバンスくんを抱えた。

 同時に演奏者もスタンバイし、チビを待つ。


 SEとして使用しているアクション映画のテーマソングの中でも最高潮に盛り上がる音とともに、ステージ前方に張られていた黒い幕がザンッと落ち、一瞬のうちに下手の袖に引き込まれれば、子どもたちはバッと足を開いて万歳のポーズと満面の笑顔!

 そして、コンテナの観客席側の側面なども全開となって、白い靄からチビが登場!


「やっほー! チビでーーーすッ!」


 ウオオオオッ! と怒号のような歓声が地響きのよう。

 開演だ。

 無事に開演した。

 私は大きく大きく息を吐いた。終わってないけど安堵してしまう。


 最初の曲『おひさまイェーイ!』が始まれば、チビと子どもたちの揃った振り付けを見て、歓声も楽しいものに変わっていく。

 チビはコンテナから出て、ステージの中央に浮いて移動。

 その間にコンテナの車両はそろりそろりと退場。

 『おひさまイェーイ!』の途中からフェフェが乱入し、チビの顔の高さで振り付けを真似しながら、右に左に楽しんでいるのも見えた。


「次の曲はオレっちのオリジナル曲! 『さかながたべたい』だよー!」

「さかながー?」

「さかながー?」

「さーかーなーがー?」

「「「たーべーたーぁーい!」」」

「うきゃぁー!」


 子どもたちが問いかけ合うように「さかなが」と言い合って、一斉に「食べたい」と叫べば、まるで狙ったようにエバンスくんが大はしゃぎ。なんてミラクル。エバンスくんを抱えているニット先輩も大笑いだ。

 『さかながたべたい』のオリジナル曲からは観客席にいる大半の人が知らない曲になる。

 ポカーンとなってしまわないか不安だったけれど、子どもたちの振り付けやステージ左右の大型モニターに映っている振り付け映像を見て、笑って真似してくれる観客の姿がちらっと見えて、またまた安堵。

 モニターでは振り付けと一緒に歌詞も流れている。

 チビは魚が食べたいけれど大量に食べると私を破産させそうという内容のところで、ぶははっと笑い声が聞こえてきたのは予想済み。ここの歌詞は変えてと何度も言って、別の歌詞ができていたのに結局そのまま歌われた。

 チビめ、眉間に肘鉄されることは覚悟していることだろう。


 上手ステージ袖にあるモニターを見ていたら、肩を叩かれて振り返ればアビーさん。所長とともに奔走していたアビーさんとは数日間会っていなかったが、疲労の影もなくとてもにこやか。


「成功ね。陛下も驚いたあと大笑いしてるって」

「よかったー!」

「ジャックした報道局は問い合わせでてんてこ舞いらしいけど」

「そ、そ、それは問題に?!」

「大丈夫よ。問い合わせが殺到することも説明済みで放送枠を買ったから」


 何を放送するか不明のまま打診したので断られた局のほうが多いと聞いた。放送枠を売ってくれた局は懐が大きいと思う。

 アビーさんによればチビのサプライズコンサートの様子を放送している局の視聴率がどんどん上がっているそうだ。

 片手の手のひらの大きさの情報端末があれば、誰もが遠くの噂をリアルタイムに知ることができてしまう。あっという間にチビのサプライズコンサートが放送されている情報は駆け巡り、見る人が増えているのは想像できた。


 アビーさんとこそこそと話しているうちにステージは三曲目。

 三曲目はフェスティーナー・レンテーの曲をモモンドさんが替え歌にしたもの。チビが魚に関する歌にドハマっていくきっかけとなった曲だ。

 元の曲は『大声で泣け! そして笑え!』という熱いメッセージソングなのだが、それを「サカナ! サカナ! サカナはうまい!」なんて清々しいまでにバカバカしい替え歌にしたことを、バンドメンバーはお腹を抱えて笑ってくれた。一人は笑いすぎて痙攣して救急を呼ぶ寸前だったというから本当に笑いすぎだ。

 そして案の定、観客席は大爆笑。


 四曲目に突入するとステージが静かになり、いつの間に着替えたのか濃紺色のドレスのメイリンさんがステージ下手に仕込まれている迫り上がりのステージ、通称『せり』で上昇していく。

 ガラリとステージの雰囲気が変わったことは観客に伝わって静かに見守ってくれる中、せりの上昇はチビ首下くらいの高さに。

 メイリンさんが静かに上昇する横でチビがくるりと回転するとタキシード風の格好に早変わり。こういう異能の無駄使いはうまいのに、なんで草むしりは習得できないんだろう。

 子どもたちはチビを半円状に囲って膝を抱えてチビを見上げる。

 そんなステージの演出に観客もバラードだと察して静か。

 この状況になって演奏するのが管理所内では別名『笑ってはいけない四分三十二秒』と言われるようになった『魚の虜』。

 開始二十秒くらいに最初の笑いポイントの歌詞がある。勘がいい観客ならここできっと気がつくはずだ。この曲、バラードに見せかけた爆笑曲だと。

 ヴァイオリンが悲しげに泣き、チビが切々と歌い上げる。

 魚の魅力に取り憑かれたチビのため、私が必死に貯金している内容の歌詞は変えてもらえなかった。大きな魚にかぶりつくのもオツだが小さい魚を口いっぱいに食べる面白さにハマれ諸君と言われても賛同しにくいよ。

 観客席のそこかしこからブフーッと吹き出す声が聞こえるので、これも成功である。

 『魚の虜』の終わりは、クスクス笑いがさざなみのようだったが、とうとう堪えきれなくなった誰かの吹き出した笑い声をきっかけに、観客全体が揃って笑いながら拍手してくれた。

 チビとメイリンさんが深々とお辞儀してから、チビがえいやぁっと声を掛けるとタキシード風の衣装が空気に溶けるように消える。子どもたちもヘイッと立ち上がって、次の曲の振り付け位置へ。


「みんなーっ! オレっちの初コンサートを見てくれてありがとぉ! オレっちのコンサートのために本当にたっくさんの人が助けてくれて、こうしてステージに立てましたー! 本当に嬉しい! めちゃくちゃ嬉しい! 歌うの気持ちいぃッ! みんなー! ありがとー! 明日からも頑張って働きまーす! 持ち曲少ないんで最後でーす! 聴いてくださいッ! 『オレっち、チビ!』」


 このコンサートのためにチビと演奏者の方々で作った『オレっち、チビ!』は、巨体と名前とのギャップを歌ったもの。

 新しい妖獣の体を作っている最中に死にかけていた小さなときに私と出会い、甲斐甲斐しく世話してくれた日々が本当に嬉しくて、あのときを忘れたくないから名前はチビのままなんだという想いが詰まった曲。やっとチビ自身で口を動かして食べられるようになったときに私が嬉しくて食用花を買ってきた出来事も、シャーヤランの森に戻そうと必死に行政に掛け合って何度も申請書を書き直して徹夜していたことも、構築できた新しい姿の妖獣に化け直したら大騒ぎになったけれど、こんな巨体と暮らすのは面倒くさいはずなのに、たとえ山深い森の奥地に引き籠もることになっても一緒に生きていくと決めてくれた相棒が世界で一番なんだ──。


「オレっち、チビ! 大きいけどねっ、 もうちょい大きくなっても名前は変えないっ! オレっち、チビ! チビチビチビッ! 草むしりは下手くそだけど、芋掘りうまくなったんだー!」


 チビの駄目なところも小出しして、私は泣きながら笑ってしまう。

 チビと私の出会いは首都での大騒動で、自称友だちという方々の情報漏洩によって何もかも知られてしまっている。

 小さなトカゲだったチビを実験体としていたことへのバッシングもあった。

 実験体の最後として、元いたところに戻そうとした私の行為は研究者失格だという言葉もあった。偽善者だと罵るような手紙も、チャルデン教授や研究室の先輩、警備隊の方々に見守られながら全部読んだ。

 チビは実はそうした心無い言葉に怒っていた。

 私はひたむきだったのだと。私を見守り指導してくれた教授たちも真摯だったと歌詞に盛り込んでくれて、初めてこの曲を聞いたときは大泣きした。

 私もチビが大事。

 だからチビが魚を食べたいならそのために私も頑張る。

 チビが私のために必死に考えてくれたこの曲は、今後、私の心の支えになるだろう。


 フィナーレ。

 私がステージの袖で泣き止む努力をしていたら、ゴードンたちがステージ袖までやってきてステージに引っ張り出された。

 出ないって言ったのに!

 『オレっち、チビ!』を歌い上げたチビが前脚を広げてくれるから、世界のどんな場所よりも安心で安全な爪の檻に囲まれる。


「初コンサートおめでとう!」

「ありがとー! リリカ大好き!」


 ステージに子どもたちと演奏者とともに並んで礼をして手を振った。

 モニターで見ていた観客席を実際に見たら、本当に沢山の人が集まってくれていて、上空の舟からも手を振り返してくださる方々の姿が見えた。


 これで昼公演が無事に終了。

 チビの登場で集まった観客がなかなか退場してくれないのを見つつ、ステージとステージ前の空間に音楽フェスティバルの出演者や各出演者のマネージャー、そのほか持ち場を離れられる関係者全員で集まって記念撮影。

 少し上空から撮らないと全員が入らなさそうな集まり具合だったが、舟から撮ってもらえた。

 陛下と同じ舟にいた侯爵様が物凄くいい笑顔だったので、宣材としてもあちこちで使用するんだろう。


 ステージと観客席は音楽フェスティバルの夜公演の準備があるのに、いつまでもチビがいると観客が引かないので、記念撮影を終えてチビとフェフェは先に管理所へ帰ることになった。


「リリカも気を付けて帰ってきてねー」

「チビも帰ったらゆっくりしてね」


 チビとフェフェが宙にぶわりと浮くと、見える範囲にいるほぼ全員が声援を送ったり拍手したり。

 その手には部長が描いたチビの曲の発売情報が掲載されたチラシ。チビのコンサート終了で配布解禁となり、裏後援会の方々が経営する店先にポスターも貼り出される。このチラシとポスターの解禁で、裏後援会も正式に音楽フェスティバルの後援会として名前を出すことができたことになる。


「みんなー、ありがとねー! 夜の公演も盛り上げてねー!」


 チビとフェフェを見送って、私たちは大部屋で帰り支度。


「エバンスくん、最後まで泣きませんでしたね」

「『魚の虜』のときに笑い続けるから、一旦待機スペースに引っ込んでよかったよ」

「エバンス頑張ったね! 今日の映像、絶対貰いましょうね!」


 エバンスくんは絶妙なところで大きく笑い叫んだり、素っ頓狂な声を合いの手のように入れていて、あれもステージが面白くなった要素だった。


 サプライズが終わったので、子どもたちの保護者代表一名に子どもの帰り支度や迎えに来てもらい、大部屋の掃除も手伝って貰ってしまった。おかげでなかなか早く撤収。

 ゴードンたちの帰り支度の手伝いにはトーマスとマドリーナの代わりにフォスターさんだった。ゴードンとヘンリーがフォスターさんの足にしがみついて、エヘヘ、エヘヘと笑いが止まらない。両親に直にステージを見てもらえたのが嬉しくて仕方ないようだ。二人も会うのが楽しみだろうから早く帰ろうね!

 職員寮住まいの子どもの何人かは、これから家族や親類と街で食事をしたり買い物をしたりと自由行動。そうすると管理所からここに来るまでに使った客員用輸送車の乗客人数に空きが出るので、私はそれに乗って帰ることができた。


 私は子どもの見守りと挨拶まわりくらいしかしていないのに、管理所に着いたらヘトヘトで、出迎えてくれたサリー先輩とペニンダさんにぐったりと寄りかかってしまった。


「今日は預かっている妖獣たちもチビのコンサートを見るって言って、アチコチ遊び回らなかったから楽だったわ」

「リリカは明日から忙しくなるから今日はもう休んで。夕飯は持って行くから」


 ここのところ世話班の仕事がぜんぜんできてないので、休めと言われても躊躇ってしまうが、この状態で頑張ろうとしてもミス連続になってしまう。


「でね? チビが『アフターパーティーだー!』って言って、妖獣たちを引き連れて(ねぐら)に飛んでたから、明日の朝の集合はお願いしてもいいかしら?」


 ……チビたち、夜通しで楽しみそう。

 まぁ、今夜は見逃そう。


お読みいただき、ありがとうございます。

66話に関しては「活動報告」に補足を書いています(2025/05/09)。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/2056786/blogkey/3439439/


感想や評価等をいただけると励みになります。

(2025年5月9日時点)引き続き、家族介護看病の事情で更新の間隔が空いてしまう可能性があります。

更新頻度が落ちてしまったら本当に申し訳ないですが、頑張って書いていきますので、引き続きよろしくお願いします!

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愛賀綴は複数のSNSにアカウントを持っていますが、基本は同じことを投稿しています。どこか一つを覗けば、だいたい生存状況がわかります。

愛賀綴として思ったことをぶつくさと投稿しているので、小説のことだけを投稿していません。
たまに辛口な独り言を多発したり、ニュースなどの記事に対してもぶつぶつぶつくさ言ってます。

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