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65.「何もしないでいい」は詐欺



 管理所に大型の貨物車両がやってきた。コンテナの側面には音楽フェスティバルの広告がデカデカと描かれていて、音楽まで流せる動く宣伝車。

 首都ではうるさいと問題になって走行禁止になった覚えがあるが、シャーヤランでは騒音問題は言われないのだろうか?


「これに乗るの?」

「そー。じーさんがいいのがあるって用意してくれた」


 手配が領主の侯爵様なら、騒音問題等で苦情があるような車は使わないだろう。

 あまり下の街に行かない私が知らないだけかもしれないが、買い物に出た際に音楽を垂れ流して走っている車と遭遇した記憶はない。今回のような大型イベントのときだけ許可なのか、そのうち誰かに聞いてみよう。


 コンテナは荷物用ではなく上部と側面がカパーンと展開する特殊仕様。

 側面は開けずに上部だけ蓋のように開けて、そこからチビがムニュムニュと入っていく。そんなに大きくないコンテナだったので、本当にチビが収まるのかと見守っていたら軟体動物のように収まった。絶対あっちこっちの骨が折れないと入らなさそうなのに、入った。

 運転席がある車両の横に取り付けられているはしごで登って中を見たら、ぎゅうぎゅうに縮こまっているチビ。


「ぜんぜん隙間がない……」

「そんなことない。首の横のあたりに斜めに寝そべれば入る入る。最後は蓋で押し込んでもらえばいいって」


 押し込むって、私はクッションの綿じゃないってば。


「すみません。リュックを運転席で預かってもらってもいいでしょうか」

「本当に入るんですね」

「箱よりマシ、箱よりマシです、多分」

「今さらですが、別の方法で向かうことを考えても……」


 運転を担当するのは領主館の方。運転手さんは今からでも移動手段を変えたほうがいいんじゃないかと心配してくれて、私もチラリとそう思ったけど、これからなんだかんだとやっていたら間に合わない。

 街中の混雑対策で走行制限が厳しく、車両が手配できない事情もわかっているので、運転手さんも言ってはみたものの妙案はなく、過去は覆らないがピストン輸送が駄目になったのは一番痛かった。


 コンテナを運ぶ車両は特殊車両で助手席のない形の運転席。乗員は一名のみ。通常の車両は進行方向横向きに運転席と助手席があるけれど、この特殊車両は通常助手席にあたる部分がコンテナの上にあがるためのはしごや備品倉庫のような構造になっている。運転席はゆとりがあるので若干の隙間はあるものの、そこに運転する者以外にもう一人乗り込むのは違法だ。

 コンテナの中のぎゅうぎゅうなチビ。そこに私が今から隙間を作り出して詰まろうとすることを本当に心配してくれたが、最終的にチビが「オレっちが一緒だから大丈夫」と押し切った。


 運転手さんにリュクサックを預けてチビの言う首のあたりにぐいぐいと入る。どうにか入ってみたものの私も体勢がきつい。生理痛が抜けた後でよかった。

 運転手さんが水分補給用の開閉可能なパックドリンクと冷却剤が入っている巾着袋を渡してくれて、不憫そうな顔ではしごを降りていき、蓋を閉める操作をした。

 ガコンと音がして、コンテナの蓋がゆっくりと閉じられる。


「いーッ! 熱い! 暑い! ちょーっ! チビー! 蓋がめちゃくちゃ熱いー! 暑い!」

「あっあっあっ、出ますか?」

「運転手さーん、リリカの声は聞かなくていいから、ハイ、しゅっぱーつ! リリカはもうちょっと潜ってー」

「あー! 箱にすればよかったー!」

「もう遅ーい。ちょっと冷やすから待ってよ~」


 後悔先に立たず。

 コンテナの中は空調なんてなくてチビが異能で若干冷やしてくれたけれど、あまり冷やしすぎるとコンテナの外に水滴ができちゃうと言って微妙な暑さ。車中での熱中症の報道を思い出し、ひんやりしているチビの体に張り付き、パックドリンクと冷却剤が非常にありがたかった。


 コンテナの中に入ろうなんて思ってはいけない! 絶対駄目だ! 二度としない!

 運搬は揺れに揺れ、あまりの揺れと宣伝の音楽が響いてきて煩く、チビと会話もできなかった。


 大型貨物車両が野外ステージの裏手のリハーサル室や楽屋などがある建物の地下駐車場に乗り入れたのは、走行音などで把握できた。

 外からコロンボンさんの停車位置を誘導する声が聞こえ、まだかまだかと待っていた時間がすごく長く感じた。

 ガコンとコンテナの蓋が開いた途端にぶわっと空気は入ってきて大きく息を吸う。

 もう、びっしょり汗だく。


「大丈夫ですか?」

「……ありがとうございました……」

「いえ、無事に着いてよかったです」


 運転手さんに支えてもらいながらコンテナから這い出し、はしごを降りる。地面に足を着けた途端にへたり込んでしまった。


「きーつーかったー」


 チビもコンテナの中から出てきた。バキッボキッって音がしたけど、骨を折って無理やり収納して、出てくるとき治癒している気がしてならない。


「チビ、やっぱり無理した?」

「ぜーんぜん! 元気もりもり!」


 それならいいけど。

 それにしても暑かった。本当に暑かった。チビの異能で少し冷やしてくれたから生きているんだと思う。

 関係者以外の誰にも見つからずに着いたからよしとするけど、もう一度誓う。二度とコンテナに入ろうなんて言わない!

 駐車場で待っていてくれたコロンボンさんが苦笑しながらタオルを貸してくれた。


「無事に着いてよかった」


 本当にそう。

 だいたいなぜ私だけ箱で移動の案だったんだろうか?

 車両の窓から私が見えなければよかっただけなら、蹲っておけばよかったんじゃないか?

 いろいろすごく文句を言いたいが、着いたからもういい!


 地下駐車場は満車御礼。満車どころか完全に超過の状態。

 街にある駐車場だけではぜんぜん足りず、公営施設の駐車場も観光客向けに部分的に開放した結果、野外コンサートのあるこの公園の駐車場も通常の六割程度しか使えない。その余波で地下駐車場の一部も野外コンサート以外の用途で駐車している。

 野外コンサート関係者の車はイベント中に動くことがないので、縦横スペースギリギリにして詰められるだけ詰めて停めてあった。


 チビと私を運んできたコンテナ車両が停車した場所は地下駐車場でも天井が高い。ステージで使う大型セットなどの組み立てや分解に使う場所としても使うことがあるため、わざと一階分吹き抜けになっている。チビが背伸びできる高さがあって、出演時間までチビはここで待機。


 チビと私を載せてきたコンテナは側面の広告を剥がして、サプライズステージ登場用に変身させる作業が始まるので、私はコンテナから離れて子どもたちが乗った車を待つ。

 私たちとほぼ同時に出発したはずなのに到着していない。


「すごい汗だから、楽屋に行って着替えていいぞ」


 そしてすぐに戻ってきてくれとコロンボンさんに言われ、私たちが着いたら出演者の方々とチビの挨拶があることを思い出した。

 普段、妖獣の世話をしていると汗びっしょりの作業服姿になるから、このままでも構わないといえば構わないのだが、地下駐車場は涼しいので体が冷えてしまいそう。コロンボンさんの言葉に甘えてチビに着替えてくると言って楽屋に向かった。


 私たちが使わせてもらえる楽屋は、ステージとほぼ同じ大きさの演奏やダンスなどの練習場として使う大部屋。一つ丸ごと借りている。その練習場には小部屋や給湯室、専用のトイレやシャワー室もある。子どもたちだけでも三十人いるので、ここを借りることができてよかった。

 大部屋に入ると先行して着いた演奏者の方が数名いて、私の姿を見てシャワー室を教えてくれたけれど今は体を拭いて着替えるだけでいい。


「アイロンがあると聞いたんですが」

「あっちの給湯室の隣にある。そうそう、ズボンがこれだって」

「え? 薄茶色じゃありませんでしたか?」

「リリカ用って書いてあるぞ?」


 ひょいっと掲げて見せてくれたズボンは白色で、誰の字だかわからないけれど確かに『リリカ用』と書いてある紙が貼り付けてあった。

 ピッチリしたズボンではなく、膝丈のキュロットスカートでウエストはゴムと紐で調整できるラフなもの。

 衣裳用の他の箱を明けてみたら演奏者は事前の打ち合わせ通りの薄茶色のズボンだが、私は子どもたちのズボンの白色と合わる方向で変わったと推測できた。

 ステージに立たないから何色でもいい……、よくない。ド派手な色にされなかっただけよしとしよう。


 リュックから街デビューで着た浮かれたド派手シャツを取り出し、仕舞い皺を確認。

 何度見てもド派手すぎるが、首都の学院時代に一時期ハマった芝居を思い出し、これはステージ衣裳、私はチビのステージセットのひとつだと言い聞かせて、アイロンをかけた。何事も諦めが肝心。


 小部屋を借りて体を拭いて着替えていたら、少し遠くから聞いたことがある声が聞こえてきた。


「お食事の追加をお持ちしましたー! 同じく南西五番の廊下でーす!」


 大部屋から出て声の聞こえてきた方に行けば、とてもお世話になっているジェイダン商会長さん。


「リーリーカーさーん! そのシャツをまた着てくれたんですね!」

「……はい」


 仕方なく、とは言えない。

 アルア商会のジェイダン商会長さんは昼公演の裏後援会の筆頭だ。

 裏後援会はジェイダン商会長さんと陛下にド派手シャツを着てもらえた組合の二つから、今日まで秘密を守れる繋がりに声をかけてもらった。出資金が一番多いのはシャーヤラン領主のヴィスランティ侯爵家。侯爵ご夫婦が笑顔でポンと出してくれた。陛下を驚かせるのが楽しみで仕方ないらしい。


 昼公演に関わる関係者の昼食や軽食なども裏後援会の負担で用意してくれて、弁当だけでなく、屋外用の簡易キッチンも何台か持ってきて、出来立て提供のメニューまである。

 ジェイダン商会長さんの声で昼公演の出演者のアーティストさんやステージスタッフの方々が興味津々に集まってきたので、私は皆様にご挨拶開始。


「今回はお助けいただき本当にありがとうございます」

「何言ってるんですか! ベイダさんから声がかかった僕らは幸運ですよ!」

「おーい。そろそろ行くぞー」

「あ、もうすぐ出番でしたね。忙しくしてすみません」

「朝も美味しいのを持ってきてくれたのに、このあとで昼も食べていいなんて、こんなに至れり尽くせりのフェスはないです! じゃ、準備があるんで。チビさんとの挨拶も楽しみにしてます!」

「あの、私たちは今からで大丈夫ですか?」

「『美美美(ビビビ)』のみなさんですね。トップバッターを引き受けてくださり、ありがとうごさいました! はい、これから私と駐車場までいいでしょうか?」

「リリカさん、リリカさん、行く前に。お子さまたちは?」

「もう来ると思います。管理所を出てくるのはほとんど一緒だったんですが、どこで離れちゃったのか」

「じゃあ、大部屋に昼の準備しておきますんで。私はあとでたっぷりたっぷりたーっぷりチビと語らせてくださいよ!」

「わかってます」


 いい匂いが漂う廊下にチビの相棒である私もいるとなって、人だかりになってしまったが、通信映像越しに挨拶をしている方々が多く、握手攻めにあうことはなかった。

 ステージの順番もあるし、その隙間にチビとの個別挨拶会を入れ代わり立ち代わりにやっていくので、けっこう忙しくなりそうだ。

 ジェイダン商会長さんはスキップしそうなほど浮かれているが、アルア商会員さんたちがジェイダン商会長さんの暴走は止めてくれるだろう。


 昼公演のトップバッターを務めてくれたダンスグループの『美美美(ビビビ)』は女性五人組。夜公演も二番手で登場する。地下駐車場に向かいながら、昼講演での客入りを聞いたらスタンディングエリアの半分が埋まっていたように見えて、そこそこ早い時間なのに予想より観客が集まってくれたと教えてくれた。


「グルメフェスの入場券でスタンディングに入ってくれた方が結構いた感じでした」

「ね。正直、時間が早かったんでガラーンとしていると思ったら、目の前に人がいっぱいいたから嬉しかったよね」

「そうですか」


 目の前が閑散とした風景で()るのはしんどいはずだ。だから客入りがそこそこあったと聞いてホッとした。


 昼公演は無料。あまりにも急だったこともあってそうなった。

 昼公演の開催にかかる費用は裏後援会の負担でどうにかするなっている。そうした費用負担の方は偉い方々がそう決めたことなので、私とチビは考えるなと言われた。


 しかし、単に無料としても、どういう順番で観客エリアに入場できるのかで揉める可能性も話し合われた。

 お目当てのアーティストやバンドのガチなファンが徹夜待ちしたり、スタンディングエリアの最前列に居座り続けられても困るので、夜公演同様に出演者ごとに観客は入れ替え制。

 優先して入場できるのは、隣接して開催されているグルメフェスティバルの飲食物購入で配布される入場券を持っている人と、三日前から昨日までに街の商店で買い物や飲食をした際に配布していた入場券を持っている人。事前配布は裏後援会の方々の経営するところ限定になってしまったが、優先入場券目当てに買い物をしたファンの方もいるのは、昨日までに裏後援会からの報告で聞いている。

 それらの優先入場券の次に、夜公演のチケットを持っている人は提示だけで昼公演のスタンディングエリアに入場できる。昼も夜も公演してくれる出演者が多いので、そのファンならどちらも観たいから、多少は昼公演の客入りになると期待してそうなった。


 スタンディングエリアの外側はベンチ席がある。夜公演は指定席だが、昼公演中は自由解放。ただし、そこもステージの出演者ごとに入れ替えで、えんえんと居座ることはできない。

 美美美(ビビビ)の五人がステージから見た限り、ベンチ席にもくつろいでいる人がいたので、閑散とした光景にならず、正直な声として演者としてもホッとしたという。


「ふふふ。でも昼公演はなんと言ってもチビさんのコンサートを成功させるための前座ですからね! 私たち観客ゼロでもいいって引き受けたんで! 結果よしだったということで!」


 本当に無茶な計画に乗っていただいたことに頭が下がる。

 チビと美美美(ビビビ)の五人とマネージャーさんたちを含めた面会は大はしゃぎとなった。想定内だ。すべての出演者の方々がこうなるだろう。


 いつの間にかモモンドさんが駐車場にいて、コロンボンさんが子どもたちと大部屋に向かったというが、駐車場に降りてくるまでに子どもたちとすれ違わなかった。


「車をあっちに止めたからあっち側の昇降機で上がっていったんだ。ヘンリー君が泣きながらリリカのこと呼んでいたから、先に大部屋に戻ってくれないか?」

「ヘンリーが?」


 地下駐車場と楽屋フロアを行ったり来たりだが仕方ない。

 大部屋に戻ったら演奏者の方々も全員到着していて、メイリンさんがヘンリーを慰めていた。


「おがあざんがぐるっでいうんだもん。だめだっでいわないど、だおれじゃう」


 グズグズと泣いていたヘンリーは、マドリーナが愛息子たちの晴れ舞台を直に見ようと、無理してでもステージを見に行くと言ったことにあるらしい。

 ゴードンは五歳なりにマドリーナの悪阻の状況を理解していて、マドリーナの体調が大丈夫なら見に来てほしいと思っている。それで管理所で車に乗る前から兄弟で言い合っていたという。


「この前お見舞いしたときはだいぶ落ち着いて元気いっぱいに見えたけど、出てくるときどうだった?」

「あさからすごくげんきだったよ。だから父さんとくるっていってたんだ。だけど、ヘンリーはおととい母さんがはいたから、またたおれちゃうって」

「そうかぁ」

「クララさんもだいじょうぶだっていうし、おいしゃさんもついてくるし、ぼく、みてほしいから、……ヘンリーどなっちゃった」

「そうかー、そうかー」


 同じ車で来たメイリンさんやニット先輩たち、ラワンさんなどの演奏者と、ゴードンよりも少し歳上の子たちでそれぞれの言い分を聞いて宥めてきたけれど、最後は「リリカねえ、リリカねえ」と泣くばかりなったヘンリー。

 ステージ衣裳に着替える前のメイリンさんの上着はヘンリーの涙と鼻水と涎で濡れている。それを見てド派手シャツを涙と鼻水まみれにできないと瞬時に判断して、少しお待ちをと小部屋に駆け込み、まだ乾いていない作業服に着替えて、メイリンさんからヘンリーを受け取った。

 こういうときは気が済むまでよしよし抱っこしかない。ゴードンがひっつき虫になったのが懐かしい。

 ド派手シャツと白色キュロットスカートを汚さないよう着替えた私を誰か褒めてほしい。


 ゴードンとヘンリーの兄弟喧嘩は私に任せてもらい、演奏者と子どもたちは昼食。

 事前にアルア商会が昼食の用意をしてくれていたので、ずらりと並べた料理に子どもたちは釘付けだ。食べたいものを自由に食べられるバイキング風にしてくれたので楽しくもある。

 目視で子どもの数を数えたら、下の街に住む子どももどうやら全員到着したようだ。侯爵家の孫娘さんと目が合ったらピースサインされた。ちゃんとこっそり来ることに成功したのが嬉しいのだとわかった。


 ゴードンもヘンリーもリリカ姉と慕ってくれるのは嬉しい。二人とも両親に対して不満があると、私に言えばなんとかしてくれると思っているのも嬉しいが、私にあの二人をどうこうできる力はない。ひたすら慰めて気を逸らして落ち着かせるしかない。

 ヘンリーは泣き止んでも私の上半身にへばりついてなかなか離れてくれず、そろそろ二歳のヘンリーはけっこう重い。腿の上に座らせたので足が痺れてきてしまった。

 ニット先輩が横からヘンリーの様子を見てくれて、トマトソースの甘めの焼き飯をヘンリーの口元にスプーンで持っていけばパクリと食べた。泣きながらもお腹は空いているらしい。

 それを見てゴードンがニット先輩に助けてもらいながら、自分とヘンリーの昼食をワンプレートにして持ってきた。

 随分泣いたから別の器で持ってきてくれたスープから食べるように促すと、ヘンリーは勢いよく私の作業服の胸元で鼻水を拭いた。グズグズ泣いて引っ付き虫だったゴードンもそうだったが、兄弟揃ってやることが一緒すぎる。

 ようやくの解放。

 昼食を食べながら兄弟で仲直りして、食べ終える頃にはヘンリーも両親に見てもらいたいとなったので、その気持ちはあったんだろう。

 ヘンリーはまだ悪阻とは何かがわかってはいない。母親がずっと体調が悪くしていて心配しているのだ。一昨日マドリーナが吐いたから心配になって、見てほしい気持ちと心配が綯い交ぜだったんだろう。

 やっと私もまわりも一安心。


 そういえば、泣くと言ったらヘンリーよりもニット先輩の息子のエバンスくんなのに、大部屋に入ったときからきゃっきゃきゃっきゃとご機嫌で、今はぐーぐーと寝ている。

 おかげでニット先輩が子どもたちの面倒を見つつ、エバンスくんが寝たことでカーラさんもを子どもたちの顔を拭いたり、うがいを促したりできた。


 子どもたちの保護者の方々はチビのサプライズコンサートが終わるまでは楽屋に来ることはできない。よしとしたら三十人の子どもの両親や兄妹、祖父母などまでわらわらと来てしまいそうになり、そんな大勢がゾロゾロと野外コンサートステージ裏の建物に入っていくのを見られたら、何事かとなる。サプライズのために、行きは周りの状況を見て子どもだけ送ってもらい、帰りの迎えは解禁である。

 チビのステージのときは、スタンディングエリアとベンチ席に関係者用を設けるので見ることができる手配はしてある。


 本音を言うと、子どもの保護者の数人に見守りのお手伝いをお願いしたかった。けれど特定の家族だけ許可にできず、私とニット先輩夫婦の三人が子どもたちの見守りチーム。

 演奏者の方々もいるけれど、楽器の準備や音出しのリハーサルがあるので常に子どもを見ることもできない。ステージスタッフもギリギリの人員。

 今回のチビのステージが極秘プロジェクトであることをよく理解している子どもたちなので、聞き分けもいいし、問題行動はないが、やはり現実はドタバタだ。


 私はまだ昼食を半分くらいしか食べていない。

 チビと出演者の方々の挨拶に顔も出さなきゃならない。

 子どもたちは昼食を食べて眠そうにし始めた子と、普段と違うことで興奮して寝そうにない子がいる。

 今さらながら、あと二人、せめて一人、子どもたちを見てくれる人が欲しい。


「……で、呼び出したのか」

「そう! 商会長さんがご馳走をこんなに準備してくれたから、先輩さんもこっちに呼んで食べて食べて!」

「そして子どもを見守っておけと」

「そう! 音合わせが終わるまででいいから!」


 映像配信のために昨日の夜から建物の上の階に泊まり込んでいる人手がいるじゃないかとトウマを呼び出した。

 映像配信の準備はほとんど終わっていて、そろそろ昼食をもらいに降りるようとなったときに私からの呼び出しだったと言われ、なんてグッドタイミング!

 トウマを呼び出して大部屋にいてほしいと言ったけれど、状況を見ていたジェイダン商会長さんが商会員さんを二人置いていってくれたので、こういうときは遠慮なくお願いしてしまう。


「じゃ、私は駐車場に行かなくちゃなので!」

「……着替えてから行け」


 ヘンリーの涙と鼻水と涎ですごいことになっている作業服のままだった。

 当初、ステージの隅っこにひっそりといて何もしなくていいと言われていたのに、私、なかなか忙しい。

 でも、子どもたちに昼食を取らせてしまったら昼寝のあとに簡単なリハーサル。それまでにあと三組、できれば四組の出演者の方々のチビとの挨拶に立ち会って、リハーサル以降は大部屋で待機できる、ハズ、多分。

 頑張れ私!


お読みいただき、ありがとうございます。

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(2025年5月2日時点)引き続き、家族介護看病の事情で更新の間隔が空いてしまう可能性があります。更新頻度が落ちてしまったら本当に申し訳ないですが、頑張って書いていきますので、引き続きよろしくお願いします!

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愛賀綴は複数のSNSにアカウントを持っていますが、基本は同じことを投稿しています。どこか一つを覗けば、だいたい生存状況がわかります。

愛賀綴として思ったことをぶつくさと投稿しているので、小説のことだけを投稿していません。
たまに辛口な独り言を多発したり、ニュースなどの記事に対してもぶつぶつぶつくさ言ってます。

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