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64.伝説が始まる朝



 一部の妖獣が極彩クリスタルや各種宝石の原石を隠し持っている秘密なんて知りたくなかった。なんで私に言ったのか。


「リリカはそういう欲が皆無じゃん」


 妖獣的には最高の褒め言葉だと言うけれど、喜んでいいのだろうか。


「ま、アタシたちも暴露話する人は選んでるって」


 そんなこんなで、強制連行で服を買いに行かされ、山小屋に帰って他人の目と耳から離れたらどっと疲れてしまった。チビが石を出していたとき、周囲には誰もいなかったと言われたけれど、無闇なところで言わないでほしい。

 一人で抱えきれなくて、トウマに「チビが昔採った宝石を売ろうとする」と愚痴メッセージを送ったら、「ゴミ同然で持っているなら一つ二つくらい売っぱらってチビの口座に入れて魚代にすればいいんじゃないか? そんで一着くらい服を買ってもらえば、チビも安心だし、俺も安心だ」と返事がきて、宝石が極彩クリスタルだとは言えなかった。

 トウマからの返事で、オニキスはトウマに一部の妖獣が石を隠し持っていることを話していないことが伺えた。オニキス自身が石を隠し持っていない妖獣なのかもしれない。

 私がきちんと服を買って、そして適切に買い替える生活サイクルを作り上げれば、チビも宝石類や鉱石類を売ろうと言わなくなるだろう。「オレっちのこの鱗でココからココまで!」と服を山のように買われても困る。ジェイダン商会長さんの前でやりかねないから、ちゃんと服を買おう。


 山小屋に戻ってきて、再びウッドデッキにしゃがみこんでキィちゃんのベルトリボンを工作。

 裁縫や工芸用工具を使う工作はそこそこできる。

 学院時代の一時期、劇場通いをしていた際、チケット代を捻出するだけでも苦労していたので、お洒落は努力で補った。おかげで繕いものとちょっとした工作は得意だ。

 ネックレスの細いチェーンをリボンと組み合わせて、キィちゃんの腰に結びつける長さなどを調整。チェーンの重みで垂れ下がりすぎないか確認してベルトリボンが一つ完成。

 ベルトリボンで使わなかったネックレスのパーツをじっと見ていて、キィちゃんの首まわりの長さに使えたので細かいパーツを調整して普通にネックレスとして装着できるようにした。留め具がマグネットなので装着が簡単。ネックレストップもそのまま活かせた。

 金属パーツだけの装飾品よりもリボンがお気に入りのキィちゃんだが、ネックレスも大喜びで着けてくれて、次はこういうのがほしいと言うだけ言って、仲良くしている職員に見せびらかしに出かけていった。

 そこから私は寝た。まだ夕方だったけれど寝た。体よりも心が疲れた。

 夜にぐったり状態で起きてお風呂に入ったり、保冷庫にあるものを適当に食べて、また寝た。


 早々と寝すぎたため、起きたのは早朝。

 お待ちかねのチビの初コンサートの日だ。

 今日の起きた頃は小雨が降っていたけれど、日が昇り始めたら雨はあがって蒸し蒸しと暑い。真夏とは言わないけれどしっかりと夏。これがシャーヤランの秋。

 生理三日目になれば痛みもない。妖獣が隠し持っている宝石のことは頭の奥の奥に押しやって、朝食を取りながら今日のスケジュールを確認した。


 管理所を出発するのは昼前だが、下の街は交通規制があるのでところどころ渋滞している。あまり早すぎても駄目だが、できるだけ早く出発できるように再通知があった。

 私はチビが隠れて載る荷物運搬用のコンテナの隙間に入っていくことが決定。箱より絶対マシだ。

 スケジュール連絡網の通知を見ていたら、職員寮住まいの演奏者と子どもたちは早めに出発するようだ。中型一台しか手配できずに全員が乗れないので、演奏者の何人か誰かの車に乗り合って行くと聞いた。ピストン輸送も検討されていたけれど交通規制による渋滞を考えると行き来は避けたいとなってやり繰りしてどうにかである。

 下の街に住む子どもは現地集合。できる限りこっそり来てもらうことになっている。


 野外コンサート会場のステージは屋外だが、ステージ裏手に五階建ての建物があり、楽屋などがそこにある。駐車場はその建物の地下。

 楽屋に着いたらまず昼食。食べたら子どもたちは一時間程度の仮眠。別に絶対に寝なくてもよく、お腹を落ち着かせる時間だ。仮眠時間後に子どもたちだけの簡単なリハーサルをして、ステージ衣裳に着替える。

 文字だとそう忙しそうな感じはしないが、三十人の子どもの見守りを私とニット先輩、カーラさんでやらないとならない。演奏者のみなさんもフォローはしてくれるけれど楽器の調整などもある。忙しない時間になるだろう。

 実際のステージではぶっつけ本番。

 ステージの左右に子どもたちを連れて、サプライズコンサートの開始の合図で子どもたちをステージに放流する。

 観客からステージを見て、右の上手がカーラさん、左の下手が私。ニット先輩はエバンスくんの機嫌次第でステージに出るが、上手から出ることになっている。泣き出したら退場だ。

 チビと子どもたちがステージに出たら隠しごとは終わりなので、あとは楽しく歌って踊って笑ってほしい。


 チビのサプライズコンサートをやろうとなった際、やる気はあっても管理所と領主館だけでできるわけがない。

 誰の発案だったか覚えていないけれど、もともと開催が決まっていた音楽フェスティバルのバンドの方に相談をすることが生じた。

 あやふやな記憶ながらチビが歌った替え歌の元曲のバンドで、話しの流れでチビに今後も替え歌を歌っていいかの打診をしたのが、サプライズコンサートをやろうとなった入口だったと思う。

 バンド名を聞けばたいていの人が知る人気のバンドで、音楽フェスティバル出演の打診の際、「念願のシャーヤラン観光ができる!」と真っ先にスケジュールを空けてくれたとも聞いた。

 話しの入口は替え歌のことだったが、極秘としていつかチビのサプライズコンサートを開催したい夢を言い、そうしたら「音楽フェスティバルでやってしまえばいい、ウチらの時間を半分くらいあげてもいいよ!」と言ってくださったのだ。

 こうしてチビのサプライズコンサートの隠れ蓑役も引き受けてくださることになった。「こんな面白いことはない!」と言ってノリノリで、面白いどころの騒ぎではないと思う。


 当初の音楽フェスティバルは夕方から夜の公演で、チビはこのバンドの演奏時間枠を貰って最後に演る方向で調整していた。けれど、何度となくバンドの方々と映像通信で打ち合わせをしていた中で、バンドのほうから「今からだと無茶で無理な話しだとは思うんだが、昼の時間帯に別枠でスケジュールを作れたりしないかな?」と提案が出た。

 理由は自分たちもチビのステージを観客として見たいからと笑いながら言われたが、話し合いを進めると子どもの出演があるなら早めの時間がいいことを気にしてくださっていて、頭の下がる提案だった。

 当たり前のように夕飯の時間過ぎまでチビと練習していた子どもたちの姿に慣れ、管理所の私たちの配慮が足りなかったことを痛感。

 すぐに管理所と領主館の関係者が集まって悲鳴も飛び交う話し合い。

 昼公演の実現可否が不明ではあるが、実現できるなら昼公演の出演者はどうするのか? チビだけなのか? など答えが見えない課題を前に、その課題も解決策を示してくださったのもそのバンドの方々だった。

 バンドの方々は夜公演に出演する他のアーティストで連絡を取り合える方々にも調整してくれて、なんと夜公演出演者の半分が昼もやるならステージに立つよという回答をまとめてくださったのだ。快諾の回答してくれた方々の昼の出演料はチビとの交流。どうぞどうぞ!


 出演者側からここまでお膳立てされたら、何が何でも実現させる! となり、昼公演を実現させるまでの調整はそりゃもう大変だった。とくに所長室と所長代理室のメンバーが。

 私も指示された細々としたことを手伝い、管理所の研究者として提出しないとならないレポート提出が遅れた。リーダーと部長は怒らず、むしろ労われた。リーダーのレポートは私よりさらに遅れ、部長のレポートは未だに仕上がっていない。部長はノリノリでコンサート終了後に配布開始となるチラシ作成していたけど、いい加減、全員のレポートをまとめて提出しないと所長に怒られるんじゃなかろうか?

 ……怒られないか。

 一番ノリノリで駆け回っているのが所長だった、そうだった。

 

 諸々色々あれこれの集大成。

 あとは楽しんでもらうのみ。

 予報通り日が昇った時間には晴天。野外コンサート日和だね!


 私は今日も仕事を振られていないが、遊び回っている妖獣たちは山小屋付近で寝ているし、チビとオニキスも事前に牧場に直行すると言ってこない限り、山小屋に来てから牧場に餌を貰いに行く。

 朝の餌担当の補助をするくらいの時間はあるので、妖獣世話班の全体連絡網に「餌のフォローに入ります」とメッセージしたら、体力自慢のルシア先輩が疲労困憊でノックダウンと連絡があり、朝の餌担当に名乗り出た。

 みんなの負担を少しでも軽減したい!

 チビと一緒にいるから私が務めるのがスムーズ。食べ終わった頃にシード先輩が牧場に来てくれることになった。


 昨日の遊びの延長で山小屋の周辺のあちこちに潜んで寝ている妖獣たちをチビとオニキスに呼び寄せてもらう間に、わさわさに茂っていた痺れ辛子の間引き。あまり密集してしまうのも成長に悪い。それにしても本当に随分茂ったなぁ。


「あー、それ捨てるなら持ってこ?」

「痺れ辛子?」

「うん、もしかしたら使うかも?」

「え? 何に?」


 チビが捨てるなら痺れ辛子の葉を牧場に持っていこうと言い出し、何のためなのか予想がつかない。

 チビももしかしたらと言ったので、何か思いついたことがあるけれど不確かなようだ。

 何かを作りたくて間引いて収穫したわけでもないので、手にしているものは捨てるしかない。捨てるならチビの言う通り持っていくだけ持っていこう。


 わらわらと集まった妖獣たちの数を確認。真夏の式典のときより多くて、妖獣世話班で預かる最高記録を更新した。三桁に達していないだけいいと思う。


「昨日は何して遊んでたの?」

「木登りー!」

「枝投げー!」

「石投げー!」

「追いかけごっこー!」

「蔓ぶら下がりー!」


 一斉に言い出した妖獣たちの言葉だと、そうおかしいことはしていないように聞こえるけれど、チビとオニキスが首を傾げたので普通なようで普通じゃないことをしていたんだね。ルシア先輩が筋肉痛の酷さでノックダウンしたくらいだから大騒ぎだったんだろう。


 牧場ではトーマスと従業員さんが待っていてくれた。

 今朝のスプラッターな餌は討伐班が捕獲してきた魔獣で、あまり見かけない種類だがわざわざ狩ってきてくれたものだった。


「チビの歌手デビュー祝いだってよ」

「やったー! ありがとー! あとでお礼言わなくちゃ!」

「落ち着いたら討伐の支援を引き受けてくれってさ!」

「まーかーせーてー!」


 討伐班の職員ともいい関係を築いているチビ。

 今日のコンサートが終わったら大騒動になること間違いなしだけれど、チビ自身は一旦落ち着く。その後に振り回されるのは人だ。

 涼しくなってくるこの時期に繁殖する魔獣がいるので、討伐班は頻繁に出動している。チビとオニキスが朝と夕方に森の見回ってくれているおかげで、近い範囲に来ることはいないが、森の奥地で知らぬうちに大繁殖して魔獣恐慌襲撃(スタンピード)が起きても困る。

 コンサート終了後に予定されている討伐班からの要請にチビは応える気でいるけれど、人工森林の整地も依頼がきているから、そちらとも調整しなければ。


 さて、私も餌場対応用の防水を施してある作業服に着替えて、パパオの葉と痺れ辛子の葉を入れたウエストポーチを装着。

 牧場に着くまでにチビとオニキスから、昨日と一昨日の餌場での混迷の様子を聞いた。

 情報端末で読んだ内容では『十数匹の浮かれ食いがあった』というものだったが、チビとオニキスから聞いたら、『浮かれ食いと遊びまくりハイ状態のコラボで十数匹を押さえ込む事態だった』という。

 シード先輩の共有報告にも十数匹とあったので、そんなに数多かったのかと慄いたけれど、押さえ込む事態までは書かれていなかった。

 牧場に着いてトーマスと牧場の従業員にも聞いたら、浮かれ食い以前に遊び回れることが嬉しくて気分が高揚していてハイ状態なんだという。餌場で追いかけっこが始まり、チビとオニキスにも手伝ってもらって捕まえるまで大変だったというので走り回る覚悟もした。

 最終手段はチビとオニキスに異能で捕まえてもらうが、異能を繰り出すと異能で対抗してきて別の騒動になるので、本当に最終手段だ。


 ポンッとチビが思いついたのは、ハイ状態になってどうにもならない妖獣に痺れ辛子の葉を口に放り込んで、味覚から思考を麻痺させる作戦だった。

 たまに興味本位で痺れ辛子の葉を食べて悶絶する妖獣がいるけれど、一時間くらいすると落ち着く。辛くて食べすぎると胃にも刺激的だが、それでいて体に悪影響が出るわけではないから不思議。パパオほどではないが消化を助けてくれる効果もある。

 うまくいくかはわからないし、預かって妖獣に対してやると問題にならないか微妙だが、あまりにもハイ状態の妖獣が多くて落ち着いてくれなかったら、私が痺れ辛子の葉を口の中に放り込むことにした。


 トーマスと牧場の従業員二人と私の四人で見守る前で始まった妖獣たちの食事。

 この数日間、浮かれ食いをする妖獣が多数報告されているので、ガラス越しではなく最初から餌場で待機。

 鮮血滴る肉が食べられる嬉しさだけでなく、ここに預けられている間は存分に遊び回れることが嬉しくて、普通の状態でハイになってしまっている妖獣が推定ですでに八匹。

 そして、餌を食べ始めたら浮かれ食いする妖獣も出た。


「今、肉を頬張るだけ頬張ってるでしょ! 頬張ってる肉を飲み込んでから次を食べなさい!」


 ハイ状態で浮かれ食いしている妖獣たちを捕まえて、口に容赦なくパパオの葉を放り込んでいく。たいていはパパオの葉の味で落ち着いてくれるのに、パパオの葉を突っ込まれることすら楽しんでいる妖獣がいた。チビとオニキスがハイ状態からなかなか戻ってこないと言っていたのはこのことか。これは思った以上に大変かもしれない。妖獣たち楽しみすぎだ。

 一度目は見逃して、叱咤二度目に小さく千切った痺れ辛子の葉を口の中に投入。舌にべったりとくっつけてやった。


「ムッキャァアッ! カーラーイーッ!」


 ハイから目が覚めたかな?

 ドビューンと水飲み場に飛んでいって、「世話係酷いじゃないかー!」と文句を言われたが仁王立ちでビシっと言う。


「ハイになってないで普通に食べなさい!」


 餌を食べているのを見守る係の私たちが血の海を駆け回ること事態が異常だとわかってほしい! 人より賢く聡い妖獣なのだから、今の自分がおかしいと気づいてほしい! 正常ならこんなことは起こさないでしょ!


 若干虐待じみた覚醒方法ではあるが有効だった。チビの言う通り、痺れ辛子も適量なら消化促進の作用はある。浮かれ食いの胃腸にいいハズだと思いながら、その後も十一匹に痺れ辛子の葉の刑を執行した。

 なお、妖獣たちに『チビの相棒は容赦ないから怒らせたら駄目』と認識され、その認識が妖獣界に広がり、どう容赦ないのかと興味津々に面白がられて私を見に来る妖獣が増えるなんて、このときは予想できない未来である。


「リリカなかなか容赦なかった」

「容赦なさすぎだろう。お前の思いつきの入れ知恵だぞ?」

「怒られっかなー」

「怒られるだろうな」


 私が血の海で仁王立ちして妖獣を叱っていた背後で、チビとオニキスがそんな会話をしていた内容は、所長代理と部長とリーダーとシード先輩とサリー先輩に「事前相談!」と、滾々と怒られてからこっそりトーマスが教えてくれた。

 チビと並んで怒られるだけ怒られたが、リーダーとシード先輩から痺れ辛子の葉をどれくらい小さくして放り込んだのか確認され、これは明日以降にハイ状態の妖獣が発生したらやる気だとも思った。

 ならばと、痺れ辛子で腹痛を訴える場合はミルクを用意しておくといいことも共有しておく。

 おすすめは植物性ミルクで、これまで自ら興味津々に痺れ辛子の葉を食べて悶絶した妖獣に好まれたのはアーモンドミルクです!


 牧場の離れのシャワーを借りて汗を流したけれど、山小屋に戻ってもう一度髪から洗い直し。血の海でびっちょりになった妖獣を捕まえて回ったので、血臭が染み付いてしまった気がする。

 モラさん経由で買っている研究職員特製の洗髪剤がなかなかいい。髪だけでなく体も洗ってしまう。これが一番臭いが取れて無香料かつスッキリする。

 髪を乾かしていたらフェフェがやってきた。


「モモンドが通信しているのに返事がぜんぜんないと、ワシが飛ぶ羽目になったじゃないか!」

「お風呂してた。ごめん」

「そのようだな。まだ山小屋にいてよかった。街デビューのときのド派手シャツだと!」

「え」

「『え』、じゃない。伝えたぞー!」


 言うだけ言ってさっさと帰ったフェフェはド派手シャツを着ていた。

 フェフェはステージに立たないはずなのに、あの姿ということはステージ上空をくるくる飛び回りそうだ。普段は引き籠もっている妖獣の代表のようなフェフェなのに、お祭り騒ぎのノリはいい。


 チビの街デビューのときに着たとても目に痛いド派手シャツ。チビのは山小屋に仕舞い込むにも場所を取るので洗濯部の倉庫に保管してもらっている。

 えええーッと思うが決定事項なんだろう。仕方なくド派手シャツを引っ張りだして、仕舞い込んでいた間についた臭いがないか確認。防虫用に放り込んでいる木材チップの仄かな香りがした。臭いは問題ない。

 皺々だけど今からアイロンをかけてもリュックサックに詰め込んだらまた皺がつく。入浴中に外していたイヤーカフを拭きながらモモンドさんに連絡したら、楽屋にアイロンがあるというので皺々のままリュックサックに突っ込んだ。

 今日はいつものショルダーバッグではなくリュックサック。子どもたちを宥めて抱えるときショルダーバッグだと邪魔になるので、確実に両手が空くリュックサックにした。


 チビは牧場で体を洗ってもらってから真夏に新しく建てた休憩所で待機している。私もそっちに行って待機しようと山小屋を出たら、浮遊バイクのところにキィちゃんとオニキスが見送りだと待っていてくれた。


「とうとうチビの歌手デビューね!」

「とうとうだよー」

「そうそう! コレ! すごくイイ! もう一個作って?」

「うん、いいよ」


 キラキラのネックレスチェーンを組み合わせたリボンベルトとキィちゃんでもつけられるネックレスはお気に召したようだ。

 キィちゃんはこっそり細々とお世話してくれているので、私の工作の腕でいいなら時間があるときにまた作ろう。キィちゃんとの遊びに付き合って命が短くなりそうな時間を過ごさなくて済むなら、私の工作労働なんて安いものだ。


「オニキスも昨日も今日も森の見回りありがとう」

「誰かが俺までステージに駆り出そうとしてただろう。討伐班の仕事の支援で俺だけでも管理所に残らないとならないと言ってもらえて助かったぞ。森を走り回っているほうが断然いい。あぁ、そうだ。キィから聞いたが俺は極彩クリスタルとか市場に混乱を呼びそうなものは持っていない。持っている石はたとえリリカが買い取り業者に出しても、全く問題ない低レベルなものばかりだ。トウマも俺が石を持っていることは知っていて、クソ高いものがないことも知っている」

「そうなんだ。チビとキィちゃんが頭を抱えたくなるビックリな宝石を出してこない限り、私は黙っとくよ」

「極彩クリスタルは……フェフェも持っていたような気がする。アロンソがそれを知っているかはわからん。機会があればフェフェに聞いてみるといい」


 うう、知りたくない情報がまた増えた。でも知っておくと心構えができて助かるといえば助かる。


「うっかり暴露してゴメンね?」

「ううん。キィちゃん、私を信じてくれてありがと」

「リリカ好きー!」


 過去のいろいろから妖獣が何らかの条件で宝石を隠したことは、悲しいけれど理解できる。

 学院で勉強した歴史年表は無機質な文字。どれほど血なまぐさい争いだったのか、どれほどの人が亡くなったのか、その残虐行為の中身などは文字だけで知ることはできない。

 過去の妖獣たちの決断を知って、愚かな人の一員である私はとやかく言えない。

 私も争いは嫌だ。

 宝石一つで戦争が起きるような時代ではないと思いたいが、わかることは混乱を生み出さないようにすればいい。


「リリカが下着と服を適度に買い換える()()()()()をしてくれたら、チビから宝石は出てこないし、トウマもアビーもペニンダも悩みの種が減っていいな」

「……」


 オニキスの言葉にとても心が抉られた。衣食住のうち『衣』に関することが壊滅的な私の生活が改善すれば、チビが鱗を差し出したり、隠し持っているものを出す確率が減ることはよくわかった。

 近々のミッションは服を買い足す。

 キィちゃんがいつでもコーディネートしてあげるからねーという言葉に助けられることもあるだろう。アクセサリーを工作してあげるからよろしくね。

 私たちが出発したあとに休憩所に大型モニターを設置して、サプライズコンサートの様子を観覧できるようにすると聞いている。オニキスとキィちゃんはモニター越しで見守っていると言って見送ってくれた。


 陽が高くなってきたら暑い。

 休憩所に着いたら、演奏者と子どもたちとチビがワイワイガヤガヤと誰もが興奮していた。


「チビのでんせつのはじまりだー!」

「オレっち伝説になっちゃう? なっちゃう?」

「なるだろ!」

「こんなにことする妖獣の話を聞いたことないわ」

「伝説を作るオレっち! カッコイイー!」


 子どもたちと演奏者とチビの会話だけを聞いている分には面白おかしいが、振り回されるその後を考えると楽しみにくいこの葛藤。

 あと、何がどうカッコイイかも突っ込まないでおく。

 でも、伝説が始まるのは同意だった。


お読みいただき、ありがとうございます。

感想や評価等をいただけると励みになります。

(2025年4月18日時点)引き続き、家族介護看病の事情で更新の間隔が空いてしまう可能性があります。更新頻度が落ちてしまったら本当に申し訳ないですが、頑張って書いていきますので、引き続きよろしくお願いします!

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愛賀綴は複数のSNSにアカウントを持っていますが、基本は同じことを投稿しています。どこか一つを覗けば、だいたい生存状況がわかります。

愛賀綴として思ったことをぶつくさと投稿しているので、小説のことだけを投稿していません。
たまに辛口な独り言を多発したり、ニュースなどの記事に対してもぶつぶつぶつくさ言ってます。

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