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63.そして私服

「誤字報告」で誤字・脱字・誤変換を教えてくださいました読者様、ありがとうございました!


 領主館から帰ってきた管理所は一見すると普段と変わりないのだが、実際は目まぐるしく忙しい。

 季節性流感にかかって休む人がチラホラといる最中に、チビのサプライズコンサートの演奏に出る人たちも勤務調整してコンサートを優先することになり、この一週間は人手不足となっている部署が出ていてフォローし合っているのが現状。

 初夏の魔草の採取で遠征を組むことになったときの人手不足に比べるとぜんぜんマシではあるが、あれを基準にしてはいけない。

 チビのサプライズコンサートについては私が発起人ではないけれど、チビの相棒として忙しさに拍車をかけたことを気にしてしまう気持ちもゼロではない。しかも管理所だけでなく領主館まで巻き込んでいる。

 かなりの大事(おおごと)となっていて、明日のサプライズコンサートが成功するよう祈るしかない。


 管理所に戻ってきて、リーダーは管理所の何かの打ち合わせに急いで向かって行き、トウマも通常の整備班の作業に向かう予定があると言いながら、少しだけ職員寮の廊下にあるベンチで雑談をした。


「で、明日は結局『箱移動』なのか?」

「チビと一緒に行こうかと……」


 音楽機材の大きな箱に入ってくれと言われているけど、棺桶のようでやっぱり嫌な気持ちが大きく、チビが載っていく輸送車の隙間に入って行くと、チビからモモンドさんたちに言ってもらっている。多分、否とはならないはずだ。

 いろいろな事情が重なり、車の手配が難しくなったのは痛かった。


 昨日のパレードの先頭を務めたので、私は街中で見つかったら確実に囲まれる。囲まれて身動きできなくなること必至。そうなったら警備の方々に迷惑をかけてしまう。こうなることは確実に予想でき、サプライズコンサートのために何が何でも私を隠したい気持ちはわかるが、箱に(はい)れはないと思う。だったら私は現地に行かない選択肢もゼロではなかったはずだ。

 大きなため息が出た。


「俺は機材のセッティングがあって今夜のうちに移動して向こうの仮眠室を使うことになった」

「そういう手があるなら私も夜のうちに」

「向こうの仮眠室がいっぱいだ」

「むうっ」

「チビが一番隠れて向かわないとならないから、チビと一緒に隠れて移動できたらそれが一番いいんじゃないか?」


 チビは野外コンサート会場の地下駐車場の高さ制限ギリギリとなる荷物用輸送車のコンテナの中に、軟体動物のようにギチギチに詰まる気でいる。そのチビの隙間に潜り込もうとひらめいたのがついさっき。


 トウマも整備班から呼び出しが来たので開放しなければ。

 成人の晴れ着を見に行く日は明日のサプライズコンサートが終わってから休みの調整をしようとなった。

 よく考えなくても晴れ着を見に行く場所は侯爵家の屋敷。領主館には行き来していたけれど、屋敷にお伺いするのは初めて。そうしっかりと認識したら、急にお腹の痛みが増した気がする。生理痛とは違う別の痛み。


「今からそんなに緊張しなくても大丈夫だぞ?」


 それは無理な相談だ。私は貴族社会を一切知らないで育った紛うことなく庶民なのだ。


「とりあえず、貴族年鑑を眺めてヴィスファスト家とヴィスランティ家の主要なやつらの名前だけは頭に入れておくといいぞ?」


 勉強まで増えてしまった。これはトウマと付き合う以上、避けて通れない。

 さっきのトウマと侯爵夫人の会話に出てきた名前が誰なのかチンプンカンプンで、私が聞いているフリをしていたのはバレていた。「まだ貴族年鑑を読み返してないな?」とトウマに気づかれ、苦笑されてしまったけれど頑張ります。


 今日の午後からは妖獣世話班の細々したことを手伝おうと思っていたけれど、リーダーが私の体調を知って、明日のために休めと勤務を調整してくれた。その代わりに先輩たちが休めていない。本当に申し訳ない気持ちで腹痛が増しそうなのに、それを見越したように全員から「明日頑張れ!」とメッセージが来た。泣きそう。しっかり休んで明日のビッグイベントに備えよう。


 トウマと別れて職員寮の駐車場に停めておいた浮遊バイクで山小屋に戻ると、山小屋前の広場にチビが寝そべっていていて、キィちゃんもいた。キィちゃんとは久しぶりな気がする。


「おーかーえーりー」

「おっかえり~」

「ただいま。チビは打ち合わせも終わり?」

「うん! オレっちが聞いておかないといけないことは終わった! 呼ばれたら行くけど今日は喉休めー」


 チビがウキウキだ。

 キィちゃんも誰かからもらったらしい七色にキラキラと光るリボンを腹に巻いていて、とてつもなくご機嫌だ。


「オパールたち元気だったわ。フクロウたちがね、この痺れ辛子を育てられるところがないかって探してた」

「そっかー」


 キィちゃん、オパールたちの様子を見に行ってくれたんだ。

 バケモノカサハナの種のことがあるので、領主会合が終わり、陛下たちが帰ってから一度こっちに戻ってくる約束になっている。オパールたちは無理せずで、フクロウたちだけは種を持ってくる約束だ。オパールとフクロウたちが心穏やかに過ごせる場所を見つけられたらそれでいい。


 山小屋の横を流れる小川と言うのも憚られるところに植えた痺れ辛子は思いのほか茂っている。

 シャーヤランで育つ痺れ辛子は根茎が全然育たない品種で、葉しか食用にできない。水が清く、涼しく、ほどほどの日当たりという条件下で育つ。暑い地域でこの条件を満たす場所は多くない。つまりは森の奥にしか育たない。食べる部分も少なく、痺れる辛さは食べ物としても香草とするにもイマイチで、その結果、雑草扱いなのもわかる気がする。私もメインディッシュ食材になるとは思っていない。

 痺れ辛子が好きというフクロウたちも変わっているが、好きなものを食べられるほうがいい。棲む近くでも生えていればいいのだが、育つ環境が近くにあればいいと思う。


 チビとキィちゃんに断ってトイレに行ってから歯磨きをして、昨日の今日でまだ捨てきれないヨレヨレのワンピースに着替えた。昨日ほど酷くお腹は痛くないけれど、慣れない場所にいたことの気疲れがすごい。着慣れたヨレヨレ感にホッとしてしまう。

 椅子に座るより蹲りたかったので、ウッドデッキに出てクッションを抱えて座って話すことにした。

 山小屋付近で遊んでるはずの妖獣たちの姿が見えないのは、ルシア先輩が湖の向こうに連れて行っているからだという。


「オレっちもよくわからなかったけど海賊ごっこしてたよ?」

「湖で?」

「いや、森ン中で」


 どういうこと? 森の中だと山賊ごっこ?

 チビですらよくわからないというよくわからない遊びを妖獣たちが編み出して、ルシア先輩はノッたんだろう。どちらにしても物騒なごっこ遊びじゃないといいんだけど。


「ねぇ、そのヨレヨレのワンピースまだ着るの?」

「いや、うん、そろそろね、捨てるよ、うん……」

「オレっちが言うことじゃないんだけどサー、やっぱりもうちょっと服を買おう? だってトウマとデートに行くとき着る服ある?」


 クローゼットの中を思い出す。

 作業服が一番に思い浮かんだが、チビに「作業服は却下だからね」と頭の中を覗かれた。

 キィちゃんが呆れた顔をしているけれど、チビ、昨日のことを事細かに説明しなくていいから!

 シシダに帰るときに着る服は、多分、マトモなはず。ただ、シャーヤランの気侯には合わない。()()()での上空の寒さに耐える防寒と、寒い地域のシシダ向けだからだ。

 シシダ帰省向け以外だと、ゴゴジとゴゴジの相棒の方の葬儀向けで用意した空色のワンピースがある。買った理由はリャウダーでの葬儀で青色を纏うためだったけれど、シャーヤランでは普段着だ。買った理由が理由でリャウダーで着てから一度も着ていない。


「空色のワンピース」

「アレくらいしかないって気がついた? もう何着か用意しないと困るのはリリカだと思うよ?」


 昨日の朝、私がやらかした生理痛による惨劇で作業服を血まみれにしてしまい、チビとフェフェが着替えを漁ってくれたけど、クローゼットの中を見て二匹とも「このままでは駄目だ」となり、わざとアビーさんたちがいる前でヨレヨレ大披露会としたというから確信犯だった。

 そうしないと私は作業服を普段着にしかねないと言われて、私の頭の中では作業服さえあれば大丈夫の認識になっていたので言い返せなかった。


「そういうチビもコーディネートは全然ダメでしょ? アタシがコーディネートしてあげようか?」

「……キィちゃん、あのね、それなら、トウマに選んでもらおうかなって」

「ッン! キャー! リリカが乙女ー!」


 両頬に両手──ではなく前足をあててクネクネしだしたキィちゃんだけど、言った私も頬が赤くなったと思う。

 チビはリリカが成長したと生温かい目を向けてきた。

 デートの日程は決まっていないけれど行くと約束してくれているので、そのときに選んでもら……


「そのデートに行くときに、私、何着て行く気?」


 ようやくの自問自答。

 チビとフェフェがこのままでは駄目だと気にかけてくれたのは、こういうことかとやっと自覚した。


「……やっと? やっとなの? やっと気付いたの? せーりのときって頭に血が巡ってないのかな?」

「……チビ、生理じゃなくてもリリカはこうだったと思うわよ」


 チビとキィちゃんから憐れみの視線を向けられているけど、それどころではない。

 デートに何を着ていくのか?

 作業服は駄目だよね?

 ままままま待って! 近々侯爵家に赴く約束しているけど、私、何を着て行く気!? 空色のワンピースはやっぱりまだ無理で、とりあえず作業服じゃ駄目? 大丈夫? 駄目? 


「……リリカ、お(なか)どれくらい痛い?」

「……リリカ、薬飲もう?」

「あ、う」

「今から売店に行くわよ! アタシがついて行ってあげる! 新品一着買っとこう!」

「オレっちも近くで待機するからね!」


 いつの間にか背後にスライムがいて、体の一部をムチのようにしてピシピシッと床を叩いてきた。掃除の催促のときは容赦のなくビジビシビチーンという音だから、これはチビとキィちゃんに賛同して服を買いに行けと急き立てられている気がしてならない。スライムよ、お前もか。


 生理痛の腹痛よりも侯爵家に行くときの服がないとわかってから変な感じでお腹が痛い。せめて明日が終わってからじゃ駄目かな。生理痛も抜けるだろうし。


「思い立ったが吉日!」


 思ったのは私じゃなくてチビとキィちゃん。


「善は急げ!」


 善なのかなぁ。


 ピシーン! どろり……


「あー! スライムー! このワンピース溶かさないでー! これが着られなくなったら本当に作業服しかなくなるー!」


 そうして脅されて、鎮痛剤を飲んだら、チビにがっちり抱えられて職員寮に運ばれた。私に拒否権はなかった。


 売店の一画の衣類コーナーに置いてある品数は多くもないが少なくもない品揃え。実物展示がなくても店頭にある端末で仕入れ先の店にあるものを確認でき、在庫さえあれば最短で翌々日には売店に納品される。


 キィちゃんは売店に入る前にキィちゃん独自ルールの儀式があって、宙に水を大きな玉を作り出し、その中で水浴びする。全身きれいに洗ってから入店しなくちゃと言うキィちゃんは、泥だらけのままやってくる人より真面目だ。


 キィちゃんが何が何でも私について服を選ぶと話していたを店員に、「確かにそのワンピースはそろそろ捨てましょう」と言われてしまった。やはり第三者から見てもヨレヨレ感が駄目だった。

 皺が寄らなくて伸縮性がある生地の肌触りがいいので、同じサイズがあればほしい。


 昼のピークが過ぎて夕方前の午後のこの時間は暇なのだと言う店員も、キィちゃんと一緒になってコーディネートしてくれることになった。

 途中チビとキィちゃんが異能で話し合って、キィちゃんが「なるほどー」と言ったりしたけど、何がなるほどなのか?


「このあたりは値段もお手頃ですし、これとこれの組み合わせもいいと思うんですが」

「アタシもそれいいと思ったけど、リリカに『組み合わせを変えて着る』概念すら感じられないの。だから『これとこれでセット』というガチ決めがいいと思う」


 キィちゃんの分析に何も言えない。きっとチビからもそういう話が来たんだろう。でもね、流石にカーディガンくらいは幾つかの服に組み合わせて着るという方法を知ってるよ?


「カーディガンか。これから少し涼しくなるし、買っとく? トウマに選ばせるものとして保留する?」

「先程の話だと一週間後くらいにヴィスファスト家に行くご予定があるんですよね? 仕事での訪問ではなく。それならワンピースを着ても薄手の上着のあるスタイルがいいのではないかと」

「店員ちゃん、いい指摘! 何にでもあわせられる色のカーディガン探そう!」

「あと靴でしょうか。作業用のもの以外にどういうのを持ってますか?」

「えーと……」


 今日の午前は制服の着せ替え人形役をしてきたばかりだが、午後に自分の服を選ぶためにたくさん試着するとは思わなかった。そして靴も買うことになっているけれど口を挟めない。

 苔の水槽が高いので、そのために貯金しておこうと日々節約してしまうだけで、実際の懐事情はそう寂しいわけではない。だけど値段はそこそこのものばかりを選んでくれるのはとても助かる。

 キィちゃんが展示品以外にも端末とにらめっこして、「これ!」と言った薄桃色のワンピースは注文になった。色違いの深緑色なら売店にあったけれど明るい色を推された。

 キィちゃんとキィちゃん経由のチビと店員に「森に溶け込むような色ばかり選ばない」と注意された。黒色、茶色、深緑色……確かに……。


 注文したワンピースは明後日に売店に届くので取りに来る約束をしたところで、下着類も買い増しとなった。

 チビからキィちゃんへの下着も買わせろと念押しが入ったのだ。

 空中で憤怒の顔で仁王立ちになってしまったキィちゃんに逆らえるわけがない。

 パンティーはペニンダさんとアビーさんが買ってくれたものの支払いをしたばかりだけど、あと一つと言われ、そしてブラジャーは買い直しだと宣言された。

 下着売り場でいつものやつを手にしたら、適当に買うなとサイズを測られ、手にしたらブラジャーのサイズと合ってないじゃないかと怒られた。キィちゃんが異能で私のまわりだけ防音エリアを作り、ギャンギャンで怒られた。私より人らしい感覚があるキィちゃんだった。

 怒られながらも胸のサイズがちょっとだけ大きくなっていたのは嬉しかった。胸自体ではなく全体に肉がついたからだろうか。


「ここに来たとき心配するほど細かったんだから、やっと普通になったの! お給料きっちりもらってるでしょ! 食事抜き禁止!」


 キィちゃんがアビーさんと同じことを言う。もう食事抜きはしてないです!

 会計前に店員とキィちゃんで最後の吟味会が始まってしまい、またワンピースとカーディガンの試着をさせられた。


「んー、この組み合わせも捨てがたいのよね」

「リリカさんの雰囲気は柔らかいので、このくらいの花柄のものもいいですよね」

「リリカ、これを着た自分を覚えておいて。トウマとデートして服を選ぶときに、アタシと店員ちゃんにこういうのを勧められたって覚えておいて。デートでいいのが見つからなかったら、そのときにこれを買おう」

「このシリーズは半年スパンで入れ替えですが、柄が少し変わるけれどだいたいあります」


 試着から解放されて、最後に着てきたヨレヨレのワンピースの同じサイズの新品があったので買い、会計後にそれに着替えて帰ることになった。


「新品、こんなだったんだ」

「伸縮性がなくなるほど伸びに伸びてヨレヨレになったら買い替えって覚えておきなさい!」

「ハイ……」

「ここまで着倒したら服も本望でしょう。回収していいですか? 下着以外の着なくなった服は回収していますから持ってきてください」

「ハイ……」


 キィちゃんから何度目になるかわからない叱責を食らい、店員に服の回収のことを教えてもらった。下着は駄目だけど、服だけでなく寝具類のカバーやシーツも回収してくれるという。服から服に生まれ変わる率は僅かだけど、繊維にして工業用のマットレスなどの素材に生まれ変わるのだと教えてもらった。


 購入したのは薄桃色のワンピースとクリーム色のカーディガン。

 ワンピースは全体的には薄桃色だが、裾に向かって色が僅かに濃くなるグラデーションで、濃くなっても派手な色にならない。薄桃色がわざと少しくすんでいるからパステルカラーより落ち着きがある色合いだった。

 それに合わせるのがクリーム色のボレロ風のカーディガン。こちらも色は落ち着きがある。袖の部分がレース編みになっていて、上品さがある一品。ワンピースより高かったが、先ほど別のワンピースとも組み合わせも見せてもらえた。私が選びがちな森に溶け込みそうな色と組み合わせても締まる印象になる。

 靴はお手頃のもの。

 バッグは学院時代に一時期劇場通いしていた際に奮発して買った余所行きのショルダーバッグがある。食事を抜いてどうにかやりくりして買えたものなのでぜんぜん高いものではない。シャンパンゴールドなので今回買った服と組み合わせてもおかしくない。


「これでどうにかなるわね」

「キィちゃんありがとう」

「ふふっ楽しかったわ!」


 やりきった感のキィちゃん。

 キィちゃんへのお礼にと選んでおいた小さい花をモチーフにした髪飾りとリボンを組み合わせて作ったキィちゃん用お洒落ベルトを差し出したら、「こういうのをもう何個か作って!」と強請られてアクセサリーを見て回ることになった。店員とキィちゃんが私の服選びで奮闘していた間にベンチで突貫で作ったものだから山小屋に帰ったら作り直しも約束した。


「これはアタシからリリカへのプレゼントよ」

「え?」

「アタシだってお手伝いしたときにお金でもらうことあるからお金持ってるからね?」


 なんならリリカの貯金額より持ってると思うと言われて、何百年も生きていれば富豪並に持っていそう。

 差し出されたのはゴムに花のモチーフの飾りのついた髪飾り。透明な素材の花弁の先端に紅色の着色があるけど透けているから派手さがない。さっき買った服に合わせて使えと瞬時に理解した。


「前に聞いたけど、劇場通いしていたときは頑張って背伸びしていたんでしょ?」

「うん、そう、……そうだった」


 大人のお洒落を真似たくて、でもお金は有限。あの当時として必死に背伸びしてお洒落をした。劇団員への熱が冷めるのと同時にお洒落を頑張っていた気持ちをスッカリ忘れてしまっていた。

 キィちゃんが前の片足をふんふんと降ると小さい腕輪ならぬ足輪が登場した。通信機能のないキィちゃんの決済用魔導具はつややかで、よく見せてもらったら輪っかの部分は琥珀だった。

 私への髪飾りを含めて私が買った服代よりも高額な支払いをしたキィちゃん。本物の宝石のついたアクセサリーを買ったからそりゃ高い。


「ねぇ、これからすぐ作ってくれる?」

「うん、山小屋に戻ったら作れるよ」


 くるくると宙を舞うキィちゃんと一緒にチビが待ってる駐車場までいくと、チビは小さい石を並べて真剣な顔をしていた。

 あれはいけない。


「チビ、それ、どこから採ってきたの……」

「昔々あるところに心優しい大きなトカゲがいました」


 誤魔化そうとしても誤魔化されないぞ。


「返してきなさい」

「えー」


 キラキラ輝く石が三つ。確実に宝石の原石。どれもそこまで大きくないけれど、一つだけ異様にキラキラしている。


「チビも極彩クリスタル持ってんのね」

「これねー、そんな名前だったねー」

「ご、ごくさいくりすたるぅう?」


 カッティングされた小指の先にも満たない小さいものでも何百億とする、採掘できることが奇跡の貴重な宝石!

 どうしてこういうときに大問題になるものを出してくるのか! 薬が効いているはずなのにお腹が痛い! 吐きそう!


「ソレ、人の世に出すと揉め事にしかならないじゃん」

「そーなんだよねー。だからずっと持ってんだよねー。でもオレっちが持っててもゴミ同然だし、だったら売れないかなーって」

「極彩クリスタルをゴミって……」

「石で腹は満たされないもんねー」

「まだいっぱい持ってんだよねー」

「いっぱい……」

「アタシもー」

「キィちゃんまで……」


 妖獣同士の会話が怖い。

 私がブルブル震えだしたので石は仕舞ってくれた。

 お願いだから山小屋で話そう。あそこなら他人の目も耳も届きにくい。

 チビに抱えられて飛び始めたら、どれくらい昔のことはわからないが、宝石類を巡って人が争い合うのを見ていられなくなり、妖獣で話し合って隠すようにした時代があったんだと聞かされた。誰にも言えない秘密が増えた。本当にお腹が痛い。


「ちょっとずつ採れそうなところに戻すようにしてンだけど、採れたら採れたで騒ぐでしょー? 戻しにくいんだよねー」

「わかるー。アタシも諍いも血もイヤだから持ったままよ」


 砂粒状態まで粉砕して消滅させてもいいけど、そこまでの決断にならないから石のまま持っているんだそうだ。

 前にチビがドカンと出してきた鉱石類もそういうときに隠したものの一部で、時代が変わってきて、物によってはそこまで争わなくなったから、放出して大丈夫なものを出したつもりだと言われた。

 さっきは小さいやつならいけるかと出してみたら、うっかり極彩クリスタルを出してしまっただけだと謝られた。極彩クリスタルを市場に出したら大騒動になる認識はあるらしい。


「単にキラキラしているだけで、石は石なのに人って変だよね。でも、キラキラしていてきれいなのは確かだから、二、三個アタシのベルトリボンの飾りに使おうかしら?」


 何をですか? 極彩クリスタルをですか? 何百億どころか何千億のベルトリボンになっちゃいません? そしてそれを作るのは私?

 それよりも、妖獣たちの秘密を知った私はどうすればいいの? これって知っている人は知ってる話し?

 ……ねぇ、泣いていい?


お読みいただき、ありがとうございます。

感想や評価等をいただけると励みになります。

(2025年4月11日時点)引き続き、家族介護看病の事情で更新の間隔が空いてしまう可能性があります。更新頻度が落ちてしまったら本当に申し訳ないですが、頑張って書いていきますので、引き続きよろしくお願いします!


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愛賀綴は複数のSNSにアカウントを持っていますが、基本は同じことを投稿しています。どこか一つを覗けば、だいたい生存状況がわかります。

愛賀綴として思ったことをぶつくさと投稿しているので、小説のことだけを投稿していません。
たまに辛口な独り言を多発したり、ニュースなどの記事に対してもぶつぶつぶつくさ言ってます。

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